ガトー (潜水艦)
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艦歴 | |
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発注: | |
起工: | 1940年10月5日 |
進水: | 1941年8月21日 |
就役: | 1941年12月31日 |
退役: | 1946年3月16日 |
除籍: | 1960年3月1日 |
その後: | スクラップとして売却 |
性能諸元 | |
排水量: | 1,526トン(水上)2,424トン(水中) |
全長: | 307ft (93.6m)(水線長) 311ft 9in (95m)(全長) |
全幅: | 27.3 ft (8.3 m) |
吃水: | 19.3 ft (5.9 m) |
機関: | ゼネラル・モーターズ278A16気筒ディーゼルエンジン 4基 ゼネラル・エレクトリック発電機2基 |
最大速: | 水上:20.25 ノット (37 km/h) 水中:8.75 ノット (16 km/h) |
航続距離: | 11,000カイリ(10ノット時) (19 km/h 時に 20,000 km) |
試験深度: | 300ft (90m) |
巡航期間: | 潜航2ノット (3.7 km/h) 時48時間、哨戒活動75日間 |
乗員: | 士官6名、兵員54名(平時) 士官、兵員80 - 85名(戦時) |
兵装: | 3インチ砲1基、21インチ魚雷発射管10基 |
ガトー (USS Gato, SS-212) は、アメリカ海軍の潜水艦。ガトー級潜水艦の1番艦。艦名はメキシコ西部海岸沿いに生息する小さなネコザメの一種に因む。同名の米軍艦(USS Gato)としては初代。
目次 |
[編集] 艦歴
ガトーは1940年10月5日にコネチカット州グロトンのエレクトリック・ボート社で起工する。1941年8月21日にロイヤル・E・インガソル夫人によって進水し、艦長ウィリアム・ジラード・マイヤーズ少佐の指揮下1941年12月31日に就役する。コネチカット州ニューロンドンでの調整の後、ガトーは1942年2月16日に出航、パナマ運河とサンフランシスコ経由で真珠湾に向かう。
[編集] 第1・第2・第3の哨戒
真珠湾からの最初の哨戒(1942年4月20日 - 6月10日)では、5月3日に敵空母への攻撃を行ったが失敗に終わる。マーシャル諸島で哨戒を行っていたが、5月24日にはミッドウェー島西方の偵察を命じられ、ミッドウェー海戦時には280マイル西方に位置していた。ガトーは6月10日に51日間の哨戒を終えて帰投した。
7月2日からの2回目の哨戒では千島列島方面へ向かった。当時この方面には日本軍によるアッツ島・キスカ島への補給を妨害するために、グロウラー(USS Growler, SS-215)やグラニオン(USS Grunion, SS-216)など新鋭艦が優先的に配置されていた。ガトーはこれといった戦果を挙げることなく8月29日にダッチハーバーに帰投した。艦長がロバート・J・フォレイ少佐に交代した9月4日からの3回目の哨戒では再びキスカ島近海で哨戒したが、ガトーを含めたこの方面の潜水艦がグロウラーやグラニオンに続くような戦果を挙げる事ができなかったため、ガトーなどこの方面にあった新鋭艦は最前線に回されることとなり、ガトーもミッドウェイ島と真珠湾を経由してトラック諸島方面の偵察を実施した後、ブリスベンに入港した。
[編集] 第4・第5の哨戒
1943年1月13日からの4回目の哨戒ではソロモン諸島方面を行動し、1月21日に南緯6度12分、東経155度51分のブイン島沖の地点で陸軍輸送船乾坤丸(乾汽船。4,575トン)を撃沈、続いて1月29日に南緯6度21分、東経156度04分のブーゲンビル島南東海面で陸軍輸送船日運丸(日産汽船。2,723トン)を、2月15日には南緯6度27分、東経156度02分で海軍徴用船駿河丸(日本水産。991トン)を撃沈した。さらにもう1隻にも損傷を与えたが、止めを刺す事はできなかった。ガトーは2月26日に帰投し、44日間で3隻2分の1、11,500トンの戦果を挙げた。
3月19日からの5回目の哨戒でも同じ海域を行動したが、その途中の3月29日、ガトーはブーゲンビル島沖で子供27人、その母親と見られる女性9人を救助した。4月4日には敵の爆雷攻撃を受け損傷し、一時ブリスベンに引き返して4月11日から20日にかけて修理を実施した。修理成って再出撃したのち、4月29日にブーゲンビル島に16人の沿岸監視隊を上陸させた。さらに5月25日にはチョイセル島の湾を偵察した後真珠湾に向かい、6月6日に帰投。メア・アイランド海軍造船所でオーバーホールに入った。
[編集] 第6・第7の哨戒
オーバーホールが成って戦列に復帰したがトーは、真珠湾に寄港した後9月6日から6回目の哨戒に出た。トラック諸島方面やブーゲンビル島方面での偵察を実施した後、10月28日にブリスベンに帰投した。続く11月18日からの7回目の哨戒ではビスマルク諸島方面の哨戒に従事した。11月30日、ガトーは北緯1度56分、東経147度23分の地点で陸軍輸送船ころんびあ丸(三菱商事。5,617トン)を撃沈した。次いで12月20日には北緯1度26分、東経148度36分の地点でラバウル行きの船団を攻撃し、海軍徴用船常島丸(飯野海運。2,927トン)を撃沈。ガトーは直ちに深々度潜航に移ったが、この時護衛の第28号駆潜艇と水雷艇鴻が爆雷攻撃を行ってきた。ガトーは水深100メートルを越える深度に避退していたものの、爆雷攻撃によって水密区画が損傷し、このため一時船体の数部屋に浸水が起こった。ガトーは爆雷攻撃から何とか逃れ、2時間後に浮上したところ、後部甲板に不発爆雷が1個転がっているのを発見した。ガトーは修理の後、1944年1月5日にグリーン島に探査部隊を送り込んだ後、1月10日にミルン湾に帰投した。
[編集] 第8・第9・第10の哨戒
2月2日、ガトーは8回目の哨戒でビスマルク諸島~ニューギニア~トラック諸島を結ぶ海域に向かった。2月3日、ラバウル攻撃に参加し撃墜されたP-38の搭乗員12名を救助した。2月15日、トローラーを浮上砲撃で撃沈した後、2月26日には南緯0度55分、東経139度02分の地点で陸軍輸送船第三大源丸(名村汽船。5,255トン)を[1]、3月12日には南緯0度25分、東経132度55分の地点で陸軍輸送船第三沖ノ山丸(大図汽船。871トン)を撃沈[2]した。ガトーは真珠湾に移動する命令を受け、4月1日に真珠湾に帰投。新しい艦長としてリチャード・M・ファーレル少佐が着任した。
ガトーはミッドウェイ島まで太平洋艦隊潜水部隊司令官チャールズ・A・ロックウッド中将を便乗させた後、5月30日に9回目の哨戒でトラック諸島方面に向かった。ウォレアイ島の写真偵察を終了した後、6月11日から6月18日までの間はマリアナ諸島方面の上陸作戦援護に従事していた第58任務部隊の搭乗員救助を支援した。マジュロ環礁に6月22日帰投した。続く7月15日からの10回目の哨戒では第58任務部隊の小笠原諸島空襲の支援に従事。ガトーは父島近海でパイロットを2人救出した。9月2日に真珠湾に帰投したのち、メア・アイランド海軍造船所で2度目のオーバーホールに入った。
[編集] 第11・第12の哨戒
1945年に入って戦列に帰ってきたガトーは、1月28日にジャラオ(USS Jallao, SS-368)、サンフィッシュ(USS Sunfish, SS-281)とともに黄海方面に11回目の哨戒に出た。2月14日0時ごろ、ガトーは済州島東南の黄海(北緯32度43分、東経125度37分[3])において第205号海防艦とともに上海から佐世保に向かっていた第9号海防艦を撃沈した。次いで2月21日には北緯35度24分、東経125度23分の地点で大陸丸(拿捕船。2,325トン)を撃沈した。ガトーは3月13日にグアム島に帰投した後、4月12日から12回目の哨戒に出て、主に沖縄空襲を実施する第58任務部隊の援護に従事。また、4月22日から23日にかけて攻撃を受けたが回避した。4月27日から30日にかけては都井岬沖で米陸軍航空隊の搭乗員10名を救助した。ガトーは6月3日に真珠湾に帰投した。
[編集] 最後の哨戒・終戦
ガトーは1945年7月8日に13回目の哨戒に出航し、ウェーク島から日本の本州へ向かう。トラック諸島へ向かう途中の8月15日に日本が降伏し、8月31日に東京湾へ入港する。1945年9月2日には戦艦ミズーリ (USS Missouri, BB-63)などとともに、日本の降伏調印式に立ち会い、敵国の首都に勝者として入港するという名誉に浴している。翌日東京湾を出港し、真珠湾、パナマ運河を経由してニューヨーク海軍造船所に到着、1946年3月16日に予備役となる。その後はニューヨーク、メリーランド州ボルチモアなどで予備役訓練艦として使用され、1960年3月1日に除籍される。ガトーは1960年7月25日にペンシルバニア州フィラデルフィアのノーザン・メタルズにスクラップとして売却された。
ガトーは第二次世界大戦の戦功で13個の従軍星章を、第4回から第8回までの哨戒での功績で殊勲部隊章を受章した。
- 脚注
- ^ 『日本商船隊戦時遭難史』では南緯1度51分、東経139度10分の地点で2月23日沈没
- ^ 『日本商船隊戦時遭難史』では南緯0度20分、東経132度08分の地点で沈没
- ^ 『海防艦戦記』による。Roscoe "United States Submarine Operetions in World War II"では北緯34度48分、東経125度58分
[編集] 参考文献
- Theodore Roscoe "United States Submarine Operetions in World War II" Naval Institute press、ISBN 0-87021-731-3
- 財団法人海上労働協会編『復刻版 日本商船隊戦時遭難史』財団法人海上労働協会/成山堂書店、1962年/2007年、ISBN 978-4-425-30336-6
- Clay Blair,Jr. "Silent Victory The U.S.Submarine War Against Japan" Lippincott、1975年、ISBN 0-397-00753-1
- 海防艦顕彰会『海防艦戦記』海防艦顕彰会/原書房、1982年
- 木俣滋郎『敵潜水艦攻撃』朝日ソノラマ、1989年、ISBN 4-257-17218-5
[編集] 外部リンク
- history.navy.mil: USS Gato (SS-212)
- navsource.org: USS Gato (SS-212)
- hazegray.org: USS Gato (SS-212)
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