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コカ・コーラ - Wikipedia

コカ・コーラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ザ コカ・コーラ カンパニー
The Coca-Cola Company
ロゴ
種類 公開会社
市場情報
NYSE KO
本社所在地 アメリカ合衆国
ジョージア州アトランタ ワン コカ・コーラ プラザ
設立 1919年
業種 食料品
事業内容 ノンアルコール飲料の原液及びシロップの製造、流通、販売
資本金 8億7,800万ドル
売上高 240億8,800万ドル
(連結・2006年12月期)
従業員数 約71,000人
(連結・2006年12月末日現在)
決算期 12月31日
主要株主 バークシャー ハサウェイ インク 8.62%
サントラスト バンクス インク 4.27%
ロバート・W・ウッドラフ ファウンデーション・インク 1.67%
主要子会社 日本コカ・コーラ(株) 100%
外部リンク www.cocacola.com
  

コカ・コーラ (Coca-Cola) は、コーラ名称、または、それを製造販売するアメリカThe Coca-Cola Company (ザ コカ・コーラ カンパニー、NYSE:KO)のことである。日本法人は日本コカ・コーラ株式会社。コカ・コーラの別称"Coke"(コーク)も商標登録されている。

目次

[編集] 概略

コカ・コーラとその中の気泡
コカ・コーラとその中の気泡
アメリカ コカ・コーラのバン(シボレー・アストロ)
アメリカ コカ・コーラのバン
シボレー・アストロ

コカ・コーラは世界的に有名であるのみならず、ペプシコーラマクドナルドなどと並んで「アメリカ合衆国」を象徴する存在の一つですらある。発祥の地はジョージア州アトランタ。現在も本社はアトランタにあり、敷地内にある "World of Coca-Cola" という博物館には多くの観光客が訪れる。博物館では世界各国のコカ・コーラの味を比較できる。

その原液は、アメリカで調製されて世界中に広く輸出されており、世界各地のボトリング会社によってコーンシロップ砂糖などで薄められ、更に炭酸水で割られて、瓶詰め・缶詰めされ販売される。風味はトップシークレットの香料7xと柑橘系およびスパイス系のフレーバー7~8種類程度の配合によるものと言われる。このレシピのことを「フォーミュラ」と呼ぶ。フォーミュラは1984年カンザス計画によって1度だけ変更されたが、抗議運動により3ヶ月で元に戻されて以降は変更されていない(コカインカフェイン量を除く)。コカ・コーラ社のフォーミュラは非公開であるが、真偽不明の情報がしばしば出回っている。かつてそれを基にしてOpen Colaという製品が作られたが、コカ・コーラの味を完全に再現することはできなかった。

オリンピックFIFAワールドカップの公式スポンサーである。

[編集] 歴史

[編集] 自然療法とソーダ・ファウンテンからの誕生

19世紀末期のアメリカでは、医者不足から代替医療・殊に自然療法や万能薬が広く庶民に多く受け入れられ、自然療法医や薬剤師は自らの治療法や薬剤の売り込みに躍起になっていた。

その一方で、1767年に人工的な炭酸水の製造法が発明されると、当時は何らかの効能があると思われていた炭酸水を客の注文に応じて調合して飲ませるソーダ・ファウンテンが薬局に併設されるようになった。こうして売り出された炭酸水には、当然薬効を謳うものも多く万能薬同様に売り込み競争が激しかった。

そんな自然療法家の一人に、ジョージア州アトランタを拠点に活動するジョン・S・ペンバートン (John Pemberton) がいた。南北戦争で負傷したペンバートンはモルヒネ中毒になっており、中毒を治すものとして当初注目され始めたコカインを使った薬用酒の開発を思いついた。この種の薬用酒には既に類似品が多く出回っていたので、ペンバートンは、ワインにコカインとコーラのエキスを調合したフレンチ・ワイン・コカを精力増強や頭痛の緩和に効果のある薬用酒として売り出した。

フレンチ・ワイン・コカは「ドープ (dope=麻薬)」と言う渾名で人気を博したが、やがてコカインの中毒が問題となるとともに禁酒運動の席巻によりフレンチ・ワイン・コカが売れなくなる恐れが出てきた。そこでワインに代えて炭酸水の風味付けのシロップとして売り出すことにして、ペンバートンのビジネスに参加した印刷業者のフランク・ロビンソンによってコカ・コーラと名づけられた。

[編集] エイサ・キャンドラーによる発展とボトリングの採用

ペンバートンのコカ・コーラはビジネスとして成功したものの、健康を害したペンバートンは早々とその権利をたった1ドルで売却してしまう。更に権利関係の複雑さから数年間は人から人へと権利が移り裁判で争うこともしばしばだった。

結局、コカ・コーラの権利は1888年にエイサ・キャンドラー(後にアトランタ市長)の手に落ち、キャンドラーはペンバートンの息子らと共にコカ・コーラ・カンパニーを設立する。Coca-Colaのロゴ・Delicious and Refreshing(おいしく、さわやか)のキャッチコピーと一杯5セントの大量販売、更に原液のトレード・シークレットによる機密保護によってキャンドラーのコカ・コーラ・カンパニーは多くの収益を得た。

この時代において特記すべきなのは、瓶詰めの販売方式を採用したことであろう。1899年弁護士のベンジャミン・フランクリン・トーマスとジョセフ・ブラウン・ホワイトヘッドは、キャンドラーに直談判してコカ・コーラの瓶詰め権利を取得。二人はそれぞれボトリング会社(親ボトラー)を創立し、その会社が更に全米各地のボトリング工場(現地ボトラー)とフランチャイズ契約することでコカ・コーラは広く全米に普及していった。ただ、最初のうちはボトリング技術の未熟から瓶が爆発する事故も頻発し、1913年に品質管理と訴訟対応のためにボトラーをボトラー協会の下に組織化することになった。そして1916年にはコーラの瓶の標準化を行った。

[編集] FDAとの紛争

1903年、アメリカ国内でのコカイン販売が禁止される。このためキャンドラーは原液の処方からコカインを取り除くことで事態に対処するが、一方で内国歳入庁との裁判闘争や類似品や商標の侵害に対する訴訟に明け暮れていた。

しかし何よりもキャンドラーを悩ませたのは、ハービー・ワシントン・ワイリー率いるアメリカ食品医薬品局(FDA)との長きに渡る紛争なのは間違いない。FDAは、コカ・コーラに含まれているカフェインの毒性やボトリング工場の衛生の悪さを問題視し、原液を押収した上で裁判に訴えた。結局のところ(FDA側の証人の主張が余りに不適切に過ぎたため)コカ・コーラ・カンパニーは裁判に勝ったものの、原液に含有しているカフェインの量を減らさざるを得なかった。

[編集] ロバート・ウッドラフの登場

FDAとの紛争に決着はつき、第一次世界大戦下の砂糖相場の乱高下を乗り切ったが、1919年投資家のアーネスト・ウッドラフがキャンドラーにコカ・コーラ・カンパニーの企業買収をもちかける。キャンドラーは多額のキャピタルゲインを得て経営から手を引き、新たにウッドラフによってデラウェア州で設立された会社がコカ・コーラ・カンパニーの商標と事業を引き継いだ(このため公式的には1919年設立になっている)。

アーネスト・ウッドラフによる買収から4年が経った1923年、アーネストの息子のロバート・ウッドラフ (Robert W. Woodruff) が父親の反対を押し切って社長の座に就く。以後ロバートは60年以上も同社に君臨し、経営の采配を振るうことになる。折りしも1920年代、禁酒法によりアルコールが販売禁止になり、ノンアルコール飲料の売れ行きが伸びた。その中でロバートは、広告に力を入れると共に瓶入りコカ・コーラの拡販にも注力、品質管理を徹底した。

またコカ・コーラが海外へ進出したのもこの頃である。コカ・コーラ本体が原液を製造・供給して、ボトラーが瓶詰めするというスタイルはここでも採用された。特にドイツでは1930年に現地法人の責任者となったマックス・カイトによって売り上げを伸ばし、ベルリンオリンピックでもコカ・コーラを提供する栄誉に与った。しかし、第二次世界大戦が勃発し原液の輸入が制限されると何とか原料を遣り繰りしながら、乳清フルーツの絞り粕を原料に新たに飲料を製造。これはファンタと名付けられて、後にコカ・コーラの世界的な商品となった。

[編集] 「技術顧問」

世界大恐慌の打撃は軽微に済み禁酒法の廃止も左程業績に響かなかったものの、1930年代に入るとペプシコーラが低価格路線で販売攻勢に打って出てコカ・コーラの地盤を脅かし始めた。

が、第二次世界大戦が始まると、ロバートは以下の様に宣言し戦争への協力姿勢を示した。

我々は、軍服を着けた全ての兵士が何処で戦っていようとも、またわが社にどれだけの負担がかかろうと、5セントの瓶詰めコカ・コーラを買えるようにする。

加えてロビー活動を熱心に行い、その結果コカ・コーラは「兵士たちの士気高揚に果たす重要な役割」を持つ軍需品として認可。コカ・コーラへの砂糖の配給制も免除される特典も受けた。更に、政府の出資で世界60ヶ所にボトリング工場が建設され、そこで働くスタッフは技術顧問(TO)として軍人同様の待遇が与えられた。

当然のことながらアメリカ軍の指揮官にも、コカ・コーラは人気の的だった。中でもドワイト・D・アイゼンハワーは、1943年6月29日ジョージ・C・マーシャル陸軍長官に以下の電報を送っている。

300万本の瓶詰めコカ・コーラ、月にその倍は生産できるボトリング装置一式、洗浄機および栓を至急送られたし

マーシャルはこの電報を受けて、海外の駐留部隊に必要且つ便利な物品を充分な量入手させよと命令書を発している。

また、ソビエト連邦の指揮官だったゲオルギー・ジューコフも、コカ・コーラが大のお気に入りだった。アメリカの飲み物だと言うことが判らないように、マーク・クラーク将軍を介して無色透明のコカ・コーラを特別注文して密かに送らせている。

指揮官ばかりでなく前線で戦う兵卒にも、コカ・コーラは大人気だった。イタリア戦線ではコカ・コーラ1瓶が4000ドルの値をつけたこともあり、ソロモン諸島の戦いでは日本の戦闘機を撃墜した褒美としてコカ・コーラ1瓶が与えられたという逸話すら残っている。更にコカ・コーラの空き瓶は、代用の電気絶縁体や(戦闘機のタイヤをパンクさせるための)"爆弾"・(非常食とする)ウミガメを捕るための武器・小便器として使われたりもした。瓶を積めるケースは郵便箱や道具箱として重宝したし、コカ・コーラで歯磨きをする兵士もいれば、恋人にコカ・コーラでを洗うのを薦めるのもいたくらいである。

極めつけは、ある技術顧問がカンヌの将校クラブでカトリック教会の神父相手にコカ・コーラで法王に祝福を受けて貰えば?と冗談交じりに話したところ、バルジの戦いで神父が聖水の代わりにコカ・コーラで洗礼を施していたのを目にしたというエピソードであろう。

[編集] 資本主義の象徴

第二次世界大戦にアメリカ軍の軍需品として世界に広まったコカ・コーラは、冷戦の最中資本主義の象徴として扱われることになった。特に海外進出の際に現地でパートナーとした企業の多くが、有力者や大地主・財閥、時にはアメリカ資本の多国籍企業だったりしたことがそのイメージに拍車をかけることになった。

そのため資本主義陣営=西側への反対が、しばしばコカ・コーラへの攻撃と結びつくことも多かった。特にヨーロッパでは、マーシャル・プランに反対する左翼がコカ・コーラ排斥の先頭に立ち、時として民族資本の飲料メーカーや酒造メーカーがこれを後押しするという現象が目立った。

東側への進出でもペプシに後れを取った。ソビエト連邦への進出は1978年まで待たねばならず、アラブ・ボイコットの影響で中東でも進出が進まなかった。逆に中華人民共和国へは、1978年にアメリカ企業として初めて進出を果たし、3年間市場を独占した。

[編集] カンザス計画と「ニュー・コーク」の失敗

1970年代半ば以降、ペプシがコカ・コーラとの比較広告によって売り上げを伸ばし、各種の市場調査や味覚調査でもペプシに軍配があがるなど、コカ・コーラの先行きには不安が付きまとっていた。

当時CEOだったロベルト・ゴイズエタとCOOだったドン・キーオは、カンザス計画と呼ばれる秘密計画を実行。発売100周年の1986年を前にコカ・コーラの味を根本的に変えるという挙に出た。当時臨終の淵にあったロバート・ウッドラフを説得して綿密な市場調査と広告戦略を駆使、1985年4月24日ニュー・コークとして発売した。

しかしニューコークは消費者の不評を買い、コカ・コーラには抗議の手紙や電話が殺到する事態に。7月10日に至って、元のコカ・コーラをコカ・コーラ・クラシックとして再び販売せざるを得なくなっていった。

『コカ・コーラ帝国の興亡』の著者、マーク・ベンダグラストは「ニュー・コーク」の失敗を以下のようにまとめている。

ニュー・コークの大失敗の結果、元のコークは400万ドル以上にも相当する宣伝効果に浴し、その効果と比べればコカ・コーラ社の下手な広告は役立たずも同然だった。今や由緒あるコーラは復活し、再びアメリカ一の清涼飲料の地位を取り戻した。ゴイズエタとキーオは図らずも、このマーケティングの失敗を見事なビジネス上の手柄に変えたのだった。

マーク・ベンダグラスト『コカ・コーラ帝国の興亡』

この間の1982年コロンビア映画を買収したが、わずか7年後の1989年にはソニーにM&Aをかけられ売却している。

[編集] 日本におけるコカ・コーラ

日本コカ・コーラ株式会社
Coca-Cola (Japan) Company, Limited
ロゴ
種類 株式会社
本社所在地 150-0002
東京都渋谷区渋谷四丁目6番3号
電話番号 03-5466-8000
設立 1957年6月25日
業種 食料品
事業内容 清涼飲料の製造販売
代表者 代表取締役社長 ダニエル・H・セイヤー
(Daniel H.Sayre)
資本金 36億円
従業員数 495人(2006年12月末現在)
主要株主 The Coca-Cola Export Corporation.
(※The Coca-Cola Companyの子会社。全額出資している)
主要子会社 コカ・コーラナショナルビバレッジ株式会社
(株)コカ・コーラ東京研究開発センター
コカ・コーラカスタマーマーケティング株式会社
株式会社エフ・ヴィ・コーポレーション
特記事項:日本法人設立時の会社名は「日本飲料工業株式会社」。1958年、現社名に変更。
  

日本は重要拠点の一つに目される。それは商品構成がユニークだからである。コーラ・メーカーでありながら、コーヒーと言った非炭酸飲料の販売比率が高く、健康志向などで炭酸飲料の販売量が低下傾向にあるコカ・コーラ社では、日本から多くのことを学ぶ必要があるとしている。

[編集] 自動販売機で出来るサービスの多様化

コカ・コーラ社の自動販売機は全国に98万台(2006年12月現在)あり、飲料の決済方法も現金だけでなく、おサイフケータイを使って購入が可能なサービスCmode(シーモ)を展開している。また、 iDでの購入、駅交通エリアではSuicaICOCAで製品が購入できるタイプもある。

また、地震等の影響で緊急避難を余儀なくされた場合、コンピュータの遠隔操作によって利用者に無償で飲料を提供できる災害対策用自販機や、自動体外式除細動器(AED)を備えた自販機もある。街の至るところにあるというメリットを活かし、利用者、地域住民に貢献する形である。

[編集] ボトラー

日本市場で製造販売を行うのは、地域別に分担されたボトラーである。

各地域ごとに存在するボトラーは、米国本社から買ったコーラ原液を水で割って製品にする。実際に製品化するのはボトラーであり、このシステムこそコーラ・ビジネスの特徴である。秘密のベールで守られた原液は、ある種の専売物と化し「言い値」が適用され、厳密な契約事項によってボトラーは拘束される。この“支配”の頂点に位置づけられる米国本社は独占的に儲かる仕組みである。 なお、日本国内のボトラー間でも再編の機運が高まっている。

更に、経済改革による外資規制の緩和もあいまって、日本コカ・コーラのみならず、米国コカ・コーラ本社も、アンカーボトラー設立に際し直接出資するようになっており、ウエストジャパン発足の際に、数%分の株式を取得(現在はウエストジャパンと近畿の経営統合・持株会社制度導入により、比率としては下がったが、株式交換で引き続き当該持株会社の株式を保有している)。これにより、市場に直に接する“現場”企業を傘下に置く形となり、商品構成に米国本社の意向を反映させやすくするとともに、米国本社での世界戦略決定においても日本の市場動向をより早くつかむことができるようになった。

なお、日本で最初にコカ・コーラを販売したのは明治屋である。

[編集] 国内ボトラー一覧

コカ・コーラ セントラル ジャパン戸塚支店
コカ・コーラ セントラル ジャパン戸塚支店
コカ・コーラの自動販売機用飲料の運送用トラック(キャンター)
コカ・コーラの自動販売機用飲料の運送用トラック(キャンター

太字は本社所在地)

[編集] 日本国内のグループ会社

  • The Coca-Cola Companyの完全子会社
    • 株式会社コカ・コーラ東京研究開発センター(製品開発・研究を担当)
  • The Coca-Cola Companyとボトラー各社の共同出資子会社
    • コカ・コーラナショナルビバレッジ株式会社(原材料・資材の共同調達、製造・需給計画、製品供給を担当)
    • コカ・コーラアイ・ビー・エス株式会社(日本のコカ・コーラシステムの情報システム開発・保守運用を担当)
  • 日本コカ・コーラとボトラー各社の共同出資子会社
    • コカ・コーラカスタマーマーケティング株式会社(大手小売店向け販売業務を担当)
    • 株式会社エフ・ヴィ・コーポレーション(自動販売機向け広域販売業務を担当)

[編集] 日本コカ・コーラが扱う商品

ダイエット コカ・コーラ(北海道限定缶・2002年5月撮影 2007年4月2日より「ノーカロリー コカ・コーラ」に名称変更)
ダイエット コカ・コーラ(北海道限定缶・2002年5月撮影 2007年4月2日より「ノーカロリー コカ・コーラ」に名称変更)

地域によって取扱が異なるが、概ね次の商品が販売される。

  • コカ・コーラ
    • 現行
    • 過去の商品
      • コカ・コーラ C2
      • コカ・コーラ シトラ
      • コカ・コーラ ライト
      • ダイエット コカ・コーラ(現:ノーカロリー コカ・コーラ)
      • ダイエット コカ・コーラ レモン
      • ダイエット コーク
      • カフェインフリー ダイエット コーク
      • コカ・コーラ レモン
      • バニラ コカ・コーラ
      • チェリーコーク
  • その他の炭酸飲料
    • 現行
    • 過去の商品
      • ミスター・ピブ
      • メローイエロー(復刻販売されたこともある)
      • buzz(バズ・同じ商標名で2001年・2006年に異なる製品を販売)
      • スコーピオン
      • 島と大地の実り(男子高校生と共同開発)
      • キスール(女子高校生と共同開発)
      • DASANI(ダサニ)
      • タブクリア
      • スカイモルト(#ノンアルコール<アルコール0.1%未満>のビールテイスト飲料として発売)
      • 爽果発泡(#ノンアルコール<アルコール0.1%未満>のチューハイテイスト飲料として発売)
  • スポーツドリンク
  • コーヒー・コーヒー飲料
  • 紅茶・緑茶飲料
    • 現行
    • 過去の商品
      • まろ茶
        • まろ茶 120
        • まろ茶 茶葉の功
        • まろ茶 茶葉の功 目覚め緑茶
        • まろ茶 ひとひら
        • まろ茶 本煎
        • 新芽100%
        • 美味茶房
        • 玉露100%
      • ラブボディ ビューティープレミアム
      • シノア
      • 七色亜茶
      • 心地よい毎日L-92緑茶(※カルピス社共同プロジェクト製品)
      • FRESS(フレス)
      • なごみ(緑茶、麦茶、笹緑茶、米豆麦茶、いろり茶 等)
      • 茶宝
      • 七福膳
  • 果汁飲料・その他
    • Qoo
    • アンバサウォーター
    • ディズニー クマのプーさん
    • ディズニー ミッキーマウス
    • ミニッツメイド
    • パワーエイド
    • モーニング デリ(※現在はミニッツメイドへ統合)
    • 森の水だより(山梨県白州・富山県砺波・鳥取県大山の工場によりミネラル成分が異なる)
    • ミナクア 水のチカラ
    • ボナクア THE NATURE(※2006年、近畿圏限定で数量限定販売)
    • エルムウォーター オロフレ山渓水 (※北海道コカ・コーラボトリング限定取扱)
    • アクアセラピー ミナクア
      • ナチュラルミネラルウォーター(山梨県白州・富山県砺波・鳥取県大山の工場によりミネラル成分が異なる)
      • アロマモーメント
      • モーニングサイクル
    • the Wellness FROM Coca-Colaシリーズ
      • 颯爽(※特定保健用食品)
      • 春のミント習慣
      • 基礎体力
      • 美容
      • 効率Ca
      • 翌朝ぷるん
      • コエンザイムQ10
    • 大豆ノススメ(※1000mlPETは大豆イソフラボン強化版(濃さ2倍)として発売)
    • ココティーン
      • ユーロプレミアムココア
      • ユーロプレミアムアイスココア
      • ラムショコラ
      • マイルドココア
      • プレミアムココア
    • ビストローネ
      • コーンポタージュ
      • 坂井シェフのコーンポタージュ
      • ほくほくポテトとトロトロチーズのクリーミーポタージュ
    • クワトロ
      • おしるこ
      • 甘酒(※四国限定発売)

コカ・コーラ社製品の容器は商品にもよるが非常に多彩である。2004年、今までにはなかった形状の1000mlボトル(ミディペット)を販売、また2007年にはCVS専用として450mlのスリムペットボトル商品を開発するなど、画期的変革を行うことも多い。

Hi-Cアップル(限定販売・2007年1月撮影)
Hi-Cアップル(限定販売・2007年1月撮影)

競争の激しい飲料業界だけに、短命で消えていった製品や、発売中は非常に人気があっても今では無くなってしまった製品も数多い。「メロー・イエロー (Mello Yellow)」、「メロー・レッド」、「ハイシー (HI-C)」(オレンジ、アップル等の果汁飲料)、「HI-Cサンフィル」(HI-Cをより口当たりよくした製品でオレンジ、グレープ等)、「モネ」(はちみつレモン、はちみつ梅)、「タブクリア」など。「HI-C」シリーズは紙コップの自販機・飲食店向け200ml瓶では販売中。

「チェリー・コーク」などは、アメリカでの新発売を受け、日本でも1985年に製造・販売が開始されたが、日本人には受け容れ難い味であることが分かり、すぐに製造中止になった。本国では製造が続いている。2006年には500mlボトル缶で再発売された。

コカ・コーラC2は「世界にさきがけて日本で新発売」という触れ込みで、発売前より大掛かりなプロモーションが実施されたものの、通常のコカ・コーラとダイエット・コカ・コーラの中間というセグメントが受け入れられなかったためかこれも短命に終わってしまった。

[編集] お茶とコーヒー

清涼飲料業界を語る上で、またアメリカの炭酸飲料を製造・販売する目的で始まったコカ・コーラ社が扱うという点で、お茶飲料とコーヒー飲料への言及は避けて通れないであろう。

同社のお茶商品の歴史を振り返ると1980年代半ばに産声を上げた「ジョージア烏龍茶」(190g缶)が第一歩である。その後、紅茶飲料にもマーケットを広げ、ジョージア名から「神葉(シンバ)」と言うブランド名に変更し、「茶流彩彩」へと続き、そこから、「日本のコンビニで取り扱ってない店がない」とまで言われるヒット商品「爽健美茶」が生まれた。コカ・コーラで若年層、ジョージアでサラリーマン層を取り込んだが、爽健美茶で最後の女性層や中・高年層を取り込んだ。外食産業でも爽健美茶を扱う店は多い。

コーヒーについても、ジョージアブランドは古くから存在するが、テイスト自体は80年代後半までは非常にシンプルであった。現在も販売されている250mlのオリジナル缶で、非常に甘い“コーヒー飲料”と、当時は斬新であった190ml缶の「ブレンドコーヒー」のたった2種類。現在の缶コーヒーマーケットでは考えられない程、アイテム数は少なかった。その後、様々なニーズに対応したテイストが実験的に販売されては消え行くを繰り返しているようだ。

2007年に入り、成熟しきった感の否めない状況となりつつある缶コーヒー業界とは対照的に、右肩上がりにあるチルドコーヒー部門にパティシオーレ(PATISSIOLLE)という新商品で参入した(製造はトモヱ乳業。また、森永乳業(カフェラッテ)、サントリースターバックス ディスカバリーズ)、伊藤園タリーズ)等のライバルメーカーも相次いでチルドコーヒーのカテゴリーに参入。コカ・コーラがチルドコーヒーに参入、世界的なパティシエとコラボ。

[編集] コカ・コーラに関する都市伝説

コカ・コーラに関する都市伝説は数多い。民間伝承(フォークロア)とひっかけて、コカ・コーラに関する都市伝説を諧謔的にコークロアと呼ぶ(ブルンヴァン等)。

多くの都市伝説が根も葉もない噂なのに対し、コカ・コーラの場合そのほとんどが部分的に真実を含むのが特徴である。以下、代表的なコカ・コーラ伝説を解説する。

[編集] コカ・コーラの瓶は女性のボディーラインを参考にした

コカ・コーラの独特の「くびれ」のある(コンツアー・ボトル)は、女性のボディーライン、又は、この当時流行したスカートを参考にデザインされたものと言われているが、この話は事実ではない。

くびれを作った理由は、暗闇でも触ってすぐわかるようにである。 1900年代初めにアメリカでは1000種類以上の偽物が出回った。その類似品対策として、複雑な形の瓶になった。

アメリカン・スポーツカーのひとつ、シボレー・コルベットの3代目(1970年代)モデルは、大胆に膨らんだ前後フェンダーとくびれたように見えるボディ中央部がコーラのビンを連想させたことからコークボトルというニックネームがある。

また、自動車レースフォーミュラ1のレーシングカーは、空気抵抗を減らすために後輪周辺のボディの形状がちょうどコーラのビンを連想させる絞り込まれた形であるため、これもまたコークボトルと称される。レーシングカーデザイナー、ジョン・バーナード1983年マクラーレンMP4/1で採用すると、またたく間にその形状は他のチームにコピーされ、現代においてはすべてのフォーミュラ1レーシングカーはコークボトル形状である。

ちなみに、ヴァージン・コーラのペットボトルのデザインは、女優パメラ・アンダーソンのボディラインを模して作られている。

[編集] コカ・コーラには辛口と甘口がある

コカ・コーラのガラス製瓶には、側面下部に四角型または丸型のへこみが刻印されていた。刻印が四角型の瓶は炭酸の強い「辛口」であり、刻印が丸形の瓶は炭酸の弱い「甘口」であるとする都市伝説がかつて存在した。実際には、瓶の製造工場ごとに異なる刻印がなされていただけであり、コカ・コーラはリターナブル瓶であったため、ボトラーによる回収再使用過程において、刻印の異なる瓶が混ぜられて出荷されたものであった。この刻印は瓶表面にコーラのデザインをプリントするときに瓶成形金型の割り痕の上にプリント部がこないように方向を規制する為に使われていたものである。瓶製造メーカーの工場設備によって丸型・四角型のほうが固定しやすいといった違いがあったためである。ちなみに丸型が石塚硝子製、四角型が日本山村硝子製となっている。

[編集] サンタクロースが赤い服を着ているのはコカ・コーラのCMが元祖

サンタクロースの起源である聖ニコラウスの伝統的な装い
サンタクロースの起源である聖ニコラウスの伝統的な装い

この都市伝説によれば、サンタクロースはもともとの伝承では緑の服を着ていたのにコカ・コーラ社がCM(看板)で赤い色(=コカ・コーラの色)の服を着たサンタクロースを登場させてからサンタクロースは赤服ばかりになった事になっている。(ちなみに、コカ・コーラのカレンダーにもホームページにもそうした記述がある。作者はニューヨーク出身の画家で故人)

しかし、現在のサンタクロースのイメージの元となったとされる、ニューヨークの画家、トーマス・ナストが19世紀に描いた聖ニコラウス像において、ニコラウスは赤いマントを羽織っており、このマントが変化してサンタクロースの赤い服になったのだという[1]

また、1914年の日本の児童雑誌『子供之友』には、現代のサンタクロースと全く同じイメージの、大人の背丈で白髭に赤い服を着たサンタクロースが描かれている。さらに当時の輸出用クリスマス用品のサンタクロース人形もこの姿でもあった(当時の日本は、第一次世界大戦で疲弊した欧州に代わって、世界一のクリスマス用品生産国となっていた)。従って遠く日本にも伝わるほど定番となっていた赤い服のサンタクロースの姿を、1931年になってからコカコーラ社が広告に採用した、ということが事実である。[1]

[編集] コカ・コーラは民主党、ペプシコーラは共和党

コカ・コーラ社は民主党と親しく、ペプシコーラ社は共和党と親しいため、「米大統領が交代すると、ホワイトハウス内のコーラも代わる」とする都市伝説があるが、現実には共和党出身の大統領だったドワイト・D・アイゼンハワーと親しかったりするなど共和党とも無縁と言うことは無く、あくまで噂の範囲を出ない。ちなみにコカ・コーラの筆頭株主であるバークシャー・ハサウェイ社を率いるウォーレン・バフェットは民主党支持者としても有名である。

[編集] これまでのコカ・コーラCM等

[編集] 品目・出演タレント等

1967年

  • コカ・コーラ 加山雄三
    • 日本における初めてのコカ・コーラCMタレント

1969年

1975年

「カミング・ホーム」がイメージ・ソングとして使われ、グレンVersionは日本でのみシングルカットされヒット。

1976年

1977年

1979年

  • コカ・コーラ(夏のキャンペーン) 沢田研二

1981年

1982年

1983年

1987年

1990年

1992年

1993年

  • アクエリアス・ネオ 内田有紀
  • アクエリアス・ネオ(イオシス)内田有紀

1994年

  • コカ・コーラ ヴェルディ川崎の選手(但し、三浦知良サントリーとの契約だったため出演できず)
  • コカ・コーラ trf
  • ジョージア(年忘れ)安田成美
  • ジョージア(男の休暇)安田成美
  • ジョージア 古手川祐子
  • ジョージア 安田成美
  • ジョージア 飯島直子
  • ジョージア「エメラルドマウンテンブレンド」ダンカン
  • アクエリアスネオ:アクエリアスイオシス(アジア大会)小林由美恵
  • アクエリアスネオ(自転車)小林由美恵
  • アクエリアスイオシス(ローラースケート)小林由美恵
  • アクエリアス・ネオ(自転車)小林由美恵
  • スプライト 宝生舞
  • レッシュ(講義)高田万由子
  • レッシュ 高田万由子

1995年

  • 紅茶花伝「ロイヤルミルクティー」山崎直子
  • ジョージア(やすらぎパーカープレゼント)飯島直子
  • 茶流彩彩「爽健美茶」こずえ
  • コカ・コーラ (夏男・夏女) 鷲野由美
  • ジョージア「エメラルドマウンテンブレンド」(「あっちぃよねぇ」)飯島直子
  • ジョージア「エメラルドマウンテンブレンド」飯島直子
  • コカ・コーラ 星野真理
  • コカ・コーラライト シェリー
  • 清流茶房「爽健美茶」山田こずえ
  • ジョージア(ブランコ)安田成美
  • ジョージア(ジャングルジム)飯島直子
  • ジョージア(正月)安田成美

1996年

  • ジョージア(今年もお疲れ)飯島直子
  • ジョージア(がんばってコート[まだまだあたる])飯島直子
  • ジョージア「テイスティ」(背中)飯島直子
  • デイリーケア「シュプラ」稲森いずみ
  • ジョージア「がんばってコートプレゼント」(「あなたにも」)飯島直子
  • ジョージア「エメラルドマウンテンブレンド」(浴衣)飯島直子
  • ジョージア「アイス・カフェ・オ・レ」(浴衣)飯島直子
  • ジョージア「アイス・カフェ・オ・レ」飯島直子
  • 茶流彩彩「爽健美茶」(川)本上まなみ
  • 紅茶花伝「アイスピーチティー」青山恭子
  • アクエリアス「救助隊/バスケットコート」井上晴美
  • アクエリアス(陸上競技場)井上晴美
  • スプライトクール CHARA
  • ジョージア「エメラルドマウンテンブレンド」(ドライブ)鈴木京香
  • ジョージア「エメラルドマウンテンブレンド」(モグラたたき)飯島直子
  • アクエリアス(救急隊)井上晴美
  • 茶流彩彩「爽健美茶」(「気持ちいい旅」プレゼント)本上まなみ
  • ジョージア(はー)鈴木京香
  • 茶流彩彩「爽健美茶」本上まなみ
  • ジョージア(がっつーん)飯島直子
  • ジョージア(いい人)鈴木京香

1997年

  • 茶流彩彩「爽健美茶」(紅葉)未希
  • ジョージア「長野オリンピック聖火リレー応援プレゼント」飯島直子
  • スプライトクール(ポリシー)山田まりや
  • パーフェクトウォーター(川)SHINYA
  • 茶流彩彩「爽健美茶」未希
  • コカ・コーラ・ライト(電話)りょう
  • デイリーケア「ラクティア」(バルコニー)佐伯日菜子
  • 茶流彩彩「りらく茶」堀川早苗
  • パーフェクトウォーター SHINYA
  • デイリーケア「じょうずに野菜」小林麻子古川りか
  • コカ・コーラライト(軽い気分)りょう
  • 爽健美(「私のお気に入りリュック」プレゼント)本上まなみ
  • ジョージア「オリジナル」(ぬけてくる)飯島直子
  • スプライトクール(共感できないよね)山田まりや
  • 紅茶花伝「ロイヤルミルクティー」(証明写真)山田麻衣子
  • 茶流彩々「爽健美茶」(マント)本上まなみ
  • ジョージア(ホットスタート)飯島直子

1998年

  • 茶流彩彩「爽健美茶」小雪
  • ジョージア「シティーロースト」飯島直子
  • ジョージア「らくちんシートプレゼント」(まだまだ当たる)飯島直子 ・ 上原さくら
  • ジョージア「らくちんシートプレゼント」(あたります)飯島直子 ・ 上原さくら
  • ジョージア(楽にね)飯島直子
  • ジョージア(胸はって)上原さくら
  • コカ・コーラライト(ドライブインシアター)りょう
  • セラ 雛形あきこ
  • 爽健美茶(川)未希
  • コカ・コーラライト(髪を切る)りょう
  • ジョージア(おいーっす)飯島直子
  • デイリーケア「じょうずに野菜」(一日分の)古川りか ・ 小林麻子
  • コカ・コーラライト(気分のダイエット)りょう
  • 茶流彩彩「爽健美茶」(木の上)未希
  • デイリーケア「じょうずに野菜」(建築現場)古川りか ・ 小林麻子
  • コカ・コーラライト(観覧車)りょう
  • ジョージア「スノー族グッズプレゼント」飯島直子

1999年

  • コカ・コーラ(「ココロが踊りだす」キャンペーン)畦地令子、山口あゆみ谷原章介中本奈奈佐藤江梨子横山優貴、藤田遼、高以亜希子岡あゆみ
  • ジョージア「ヤル気充電大作戦」 優香 ・ 飯島直子
  • 紅茶花伝(じわっとおいしい)田辺あゆみ
  • TOUCH THE globe LIVE 2000! KEIKO
  • ジョージア「オリジナル」(車の方がかわいい) 飯島直子
  • ジョージア(潤ってますか?) 優香
  • コカ・コーラ 500ml(ヒップボトル)KEIKO
  • ファンタ クリアピーチ 中山エミリ
  • ミニッツメイド(モグラ)石田未来
  • キュン(保母さん)奥貫薫 ・(園児の父)塩谷庄吾
  • ジョージア(暑中お見舞)飯島直子
  • キュン(衛生兵)山口あゆみ矢沢心
  • 茶流彩彩「爽健美茶」(もう夕御飯だ)山口智子
  • ジョージア「オリジナル」(車の方がかわいい)飯島直子
  • 茶流彩彩「爽健美茶」(馬)小雪
  • 爽健美茶「ナチュラルブリーズコンサート」剣持たまき
  • なごみ 米豆麦茶 FLIP FLAP
  • ファンタ クリアピーチ 中山エミリ
  • ジョージア(人の肩まで) 飯島直子
  • なごみ 緑茶(春はあけぼの) FLIP FLAP
  • ジョージア「ツインハーモニー」飯島直子
  • 茶流彩彩「爽健美茶」(谷川) 小雪
  • ファンタ グレープ 中山エミリ
  • ファンタ オレンジ 中山エミリ
  • ジョージア「ツインハーモニー」飯島直子
  • アクエリアス 上村愛子
  • なごみ(いろり茶)FLIP FLAP
  • ジョージア(手紙) 飯島直子
  • ジョージア(愛想笑い) 上原さくら
  • ジョージア(愛想笑い) 上原さくら
  • ジョージア(手紙) 飯島直子
  • リアルゴールド 竹中直人

2000年

  • ジョージア「2000年の福袋プレゼント」 優香 ・ 飯島直子
  • ジョージア「ステータスブラック」(リスク)飯島直子
  • ジョージア「ヤル気充電大作戦」(満タン)優香・ 飯島直子 ・ 若宮未来 ・ 宮本耀子
  • ミニッツメイド(モグラ・太陽の恵みちゃん)石田未来
  • 森の水だより(美少年編)ウエンツ瑛士

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

  • コカ・コーラ(つながる瞬間にコカ・コーラ) BENNIE K
  • ダイエットコカ・コーラ 「私はゼロで行く 篇」真山景子
  • ファンタ 「そうだったらいいのにな ヤギ篇」篠原孝文、土屋有里恵
  • アクエリアス アクティブダイエット 水野美紀
  • 爽健美茶「Power My Beauty」矢井田瞳
  • 爽健美茶 橘実里

※ドラマ「27歳の夏休み」にて90秒バージョンとして1度だけ流された。

2006年

2007年


2008年

  • コカ・コーラゼロ 「ガードル編」 照英、小手伸也
  • ノーカロリーコカ・コーラ 「ギャラリー編」 サラ・ジェシカ・パーカー
  • ジョージア 「ゴルフ練習場篇」パンツェッタ・ジローラモ・舘ひろし、萩本欽一
  • 紅茶花伝ロイヤルミルクティー 美輪明宏
  • 一 茶花 「ヨロイ編」木村祐一、吉本菜穂子
  • アクアセラピーミナクア「妊婦編」桃生 亜希子 「涙編」KIKI
  • ミニッツメイド「出勤編」菊井亜希
  • アクエリアス「ボディ・トーク編」冨田洋之「成長対決編」福原愛
  • アクエリアス ビタミンガード「ビタミントレーナー編」ジャスミン Jasmine 茉莉花,チャド・マーレン(ジパング上陸作戦

[編集] 歴代のCMソング

なお1991年以前のCMソングは「コカ・コーラCMソング集 1962-89」(ジェネオンエンタテインメント、2005年)、「コカ・コーラCMソング集Super More」(ジェネオンエンタテイメント、2006年)という2枚のコンピレーション・アルバムにまとめられている。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

[編集] キャッチコピー

ほとんどが日本国内で独自に考案されているが、英文コピーの中には本国アメリカでも高い評価を受けたものが多い。

  • 1959年 「スカッとさわやかコカ・コーラ」
  • 1960年代 「コークと呼ぼうコカ・コーラ」
  • 1970年 「Big New Life」
  • 1971年 「The Real Life」
  • 1973年 「うるおいの世界」
  • 1976年 「Come on in Coke」
  • 1980年 「Yes Coke Yes」
  • 1985年 「Coke is it!」- ニュー・コーク発売の際に世界共通のキャッチコピーとして使用。
  • 1987年 「I feel Coke」
  • 1991年 「さわやかになるひととき。」
  • 1993年 「Always Coca-Cola」
  • 1999年 「Live the Moment」
  • 2000年 「Enjoy」
  • 2001年 「Life Tastes Good」
  • 2002年 「No Reason」
  • 2004年 「Special Magic」
  • 2005年 「つながる瞬間(とき)に。Coca-Cola」(提供クレジット用のキャッチとしては「人と人をうるおすコカ・コーラ」)
  • 2006年 「Coke,please! - スカッとさわやかコカ・コーラ」
  • 2007年~ 「the Coke Side of Life(Cokeのきいた人生を)」 - このキャッチコピーのみ世界共通のものを使用している。

[編集] (^^)について

コカ・コーラのTVCMの中で、CMの最後にインターネットの検索窓を模した枠のなかに「(^^)」と書かれて、検索ボタンがクリックされている様子が流れたものがある。これは、「(^^)」という言葉を使って検索をするように促しているものであった。

  • 実際大手検索サイトでは、通常記号のみの検索は出来ない仕様になっている。
  • Yahoo! JAPANでは(^^)_コカ・コーラという予測機能が働いてしまっている。

[編集] GTA酷似CMについて

2006年に、アメリカのコカ・コーラのCMでゲームソフト「Grand Theft Auto」(GTA) のゲーム画面にそっくりのCMが放映され、その動画がYouTubeにアップされる事で日本でも視聴可能となり、GTAのコアなファンや一般視聴者に話題を呼んだ。好評を博した理由は、CMの内容が余りにもGTAとかけ離れた平和的かつフレンドリーな描写になっており、視聴者の笑いを誘った為らしい。なお、一部のシーンにはGTA的な要素(クルマのドライバーを強制的に降ろすなど)も見受けられる。このCMは2007年から日本でも『いい人のフリ?それとも、ホントにいい人?』編として放送された。

[編集] 脚注

  1. ^ 『クリスマス~どうやって日本に定着したか』(クラウス・クラハト、克美・タテノクラハト、1999年角川書店ISBN 404883598X

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ



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