振り子式車両
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振り子式車両(ふりこしきしゃりょう)とは、曲線通過時に車体を傾斜させることにより、通過速度の向上と乗り心地の改善を図った鉄道車両のうち、リンク、コロ等を使ったもの。車体を傾斜させる時の回転軸が床面上にあり、重心を回転軸の下に下げることにより、遠心力で車体を傾斜させる。日本と欧州で幅広く採用されている。
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[編集] システム
車両が曲線を通過するときには遠心力がかかり、乗客の姿勢(乗り心地)や車両の走行に影響を与える。遠心力を打ち消すために、曲線の線路には内側に向けて傾斜(カント)が付けられている。また遠心力が超過しないよう、曲線半径とカント量に応じて曲線を通過する速度には制限速度が設けられている。
蒸気機関車牽引で列車の最高速度が遅かった時代はあまり問題とされなかった制限速度が、電車となり最高速度が向上すると、スピードアップのための障害となった。より高速で曲線を走行しようとする場合、増加する遠心力への対策が必要になる。走行面は、車両の内装や屋根上を軽くするなどして車重を減らし、重心を下げることで安定する。乗り心地については、カントの傾斜角を増やすことが行われるが、列車が曲線で停止した時に車体が傾きすぎないよう、増やせる角度には限度が規定されている。特に曲線半径が小さい場合はカント不足となる。
平坦な場所を走行する幹線では元々曲線半径は大きめに取られているが、山岳路線やローカル線では敷設条件から半径の小さい曲線が小刻みに連続する。そこで条件の悪い路線でスピードアップを行う場合は、大トンネルを掘るなど別線にして線形を改良したり、カントが不足する分は車体自体を傾斜して補う「振り子式車両」を投入することが考えられた。なお、車体傾斜は乗り心地を維持したままスピードを上げるための仕組みであり、軌道への衝撃などを減らすためのものではない。そのため、振り子車両で高速化する場合は曲線の軌道強化が必要となる。振り子の動作自体は車体の重心位置を変動させるので高速走行には悪影響となるが、車体の重心下げと併せて悪影響のない範囲にすることで解決している。
振り子式車両は遠心力をリンク、コロ等を通じて伝達することによって傾斜させる自然振り子と、センサーによって遠心力を検知して油圧などにより傾斜させる制御付き(強制)振り子に大別される。前者はかつての日本の国鉄で実用化され、後者は主に欧州で研究が進められてイタリアなどで普及した。
自然振り子は実用化されたものの、営業を開始すると乗り物酔いを起こす乗客が続出し、対応に追われることとなる。最大の原因は振り子機構の作動する曲線を通過したのち、左右の揺り戻し揺動が継続して起こるためであることが判明し、揺り戻しの左右揺動を抑止する機構が追って追加された。また、自然振り子式からさらなる性能向上を図るべく、線路の位置情報をATS車上子が検知、曲線進入前から徐々に車体を傾斜させ、通過後に復元させる制御付き自然振り子式が1990年代には実用化され、JR各社がこぞって採用した。着席姿勢においては乗り心地も改善されているが、立席、通路移動などの起立姿勢では特に、曲線において身体が外に振り出されるように遠心力を受ける非振り子車輌に対し、床面が左右に変位し、下向きに遠心力を受けるという生理感覚と異なる感覚が生じる。このため大部分の車両では各座席の枕の上や横に握り手を備えるが、依然乗り物酔いを起こす乗客もいる。
[編集] 空気バネ圧制御式
振り子式は、カント不足対策には有効なものの振り子式対応路線以外では機能を使えない上、車体傾斜専用の機能故に重量面とコスト面に問題を抱えていたため、私鉄の採用例はJRと乗り入れをしていると言う特殊な事情がある時だけであった。そのため、車体傾斜専用の振り子式に代わって、空気バネ台車の枕バネの空気圧を左右で変えることにより車体傾斜を行う車両が登場した。一時期F-1では必須のアイテムと言われたアクティブサスペンション(現在のF-1では、『可変空力デバイスに当たる』と言う事で禁止となっている)の技術を応用したもので、『空力(グランドエフェクト)のために車体を路面に対して水平に保つ』ために使われたF-1のアクティブサスペンションとは違い、『遠心力緩和のために曲線走行中に車体を内側に傾ける』方式となっている。振り子装置と違い専用の装置を搭載しないため車体傾斜能力は劣るものの、専用の装置を使わないが故に軽量化出来る上に安価であることもあり、高価な振り子式に代わってコスト面優先の私鉄等で採用されている。ちなみに、簡易振り子装置と呼ばれることもあるが、振り子装置は装備されていないので厳密にはこの呼び名は間違いである。現在運行を開始したN700系はこれに近い技術ではあるが、N700系は空気圧で車体を傾斜させるというこれもまた別の技術である。
[編集] 日本
1960年代、小田急電鉄と三菱電機が共同で空気バネの圧力差を利用した上記の空気バネ圧制御式に相当する車体傾斜装置の実用化試験を行うが、当時は技術そのものが未熟で(F-1の世界でこれと同等の技術(アクティブサスペンション)が席巻するのは1990年代からである)実用化は見送られた。ちなみに、これと同等のシステムは下記のJR北海道キハ201系気動車でやっと実用化されている。
その後、国鉄時代の1969年(昭和44年)に、コロ軸支持式の自然振り子式を採用した591系試験電車が試作され、そこで得られたデータを基に特急形車両の381系電車が量産され、中央西線・紀勢本線・伯備線の順でそれぞれの電化とともに投入された。
民営化後は、JR四国が鉄道総合技術研究所とともに世界初の制御付き自然振り子式気動車を実用化し、普及に弾みをつけた。
速度向上は、半径600m(本則90km/h)の曲線を基準とした場合、制御付き自然振り子式で本則+25km/h~35km/h、簡易振り子式で本則+20km/h~+25km/h、低重心化のみで本則+15km/h~+20km/h程度となっている。
[編集] 自然振り子式
- 591系試験電車:1969年。前後非対称・アルミ製車体・最高速度は130km/h・傾斜角度は6度でパンタグラフは架線追従式・操舵装置付き台車を装備した3両編成の連接車として誕生した。ところが、テスト中に操舵装置に問題がある事が判明し、1971年にメリットが薄くなった連接車から2両編成のボギー車へと改造される。東北本線への投入を前提として交直流電車としていたが、東北新幹線の建設が決まり、後年は中央本線・信越本線などで試験を実施。晩年は岡谷駅構内に留置され、1980年に長野工場で解体。
- 国鉄キハ391系気動車:1972年。3両4台車の連接構造を持つガスタービンエンジン試験車。技術面の問題とオイルショックの影響により量産化されず、現在はJR東日本大宮総合車両センターで非公開保存。
- 381系電車:1973年。国鉄時代から活躍する自然振り子式の直流電車。曲線半径400m以上で本則(曲線での通常の列車の制限速度)+20km/hでの運転が可能。ベースとなった591系と同じアルミ製であるが、運用路線の変更により最高速度は120km/h・傾斜角度は5度・操舵装置なしとスペックが低下している。さらに、591系と違ってパンタグラフを屋根に直接載せたために、振り子対応区間では架線の張り方を変える必要があり、非対応区間では振り子機能を停止している。JR東海からは定期運用が消滅したが、JR西日本では「やくも」・「スーパーくろしお」・「くろしお」で使用されている。
[編集] 制御付き自然振り子式
- JR四国2000系気動車:1989年。JR四国の世界初の振り子式気動車。振り子機構はコロ式を採用。島内各ディーゼル特急で使用。一部区間では130km/h運転が可能な発展型のN2000系も投入されている。
- JR北海道キハ281系気動車(HEAT281・のちに"FURICO281"とペイントだけ変更):1992年。「スーパー北斗」として使用。振り子機構にベアリングガイド方式を量産車では初採用した(試作車2両にコロ式を、後に製作した試作車1両にJR四国8000系電車試作車で採用したベアリングガイド式を採用し、比較検討された)。振子角度は5度。鉄道総合技術研究所とともに開発。
- JR四国8000系電車:1992年。JR四国。予讃線電化に伴い「しおかぜ」、「いしづち」に充当されている。試作車は在来線で160km/hからのレールブレーキの性能試験にも使われた。振り子機構は試作車がベアリングガイド方式を、量産車がコロ式を採用している。パンタグラフ位置を台車直結のワイヤで釣って調整している。
- JR東日本E351系電車:1993年。特急「スーパーあずさ」用。振り子列車最長の12両編成で運転。パンタグラフは台車直結の支持台に載せる方式が考案され、後に883系と885系でも採用された。最初に製作された2編成は1996年に量産化改造が施され、1000番台を名乗っている。
- 智頭急行HOT7000系気動車:1994年。京阪神と鳥取を短絡する智頭急行の特急「スーパーはくと」に使われ、従来より大幅なスピードアップを果たした。
- JR東海383系電車:1994年。JR東海が381系の後継として開発した制御式振り子列車。曲線半径600mで本則+35km/hの125km/hの運転を可能とした。自己操舵台車技術も取り入れられた。特急「ワイドビューしなの」に使用されている。
- JR九州883系電車:1994年。JR九州初の振り子車両で本則+30km/hの運転が可能。インテリア・エクステリアとも独特のデザインが特徴。パンタグラフは台車直結の支持台に載せている。特急「ソニック」に使われている。
- JR北海道キハ283系気動車(FURICO283):1995年。自己操舵台車を装備し、振り子角が6度である。曲線半径600mで本則+30km/hの運転が可能。設計上は本則+40km/hも可能とされている。「スーパーおおぞら」に投入され、1998年からは「スーパー北斗」、2000年には「スーパーとかち」にも使用されるようになった。
- JR西日本283系電車:1996年。紀勢線特急「くろしお」系統の更なる速達化のため、JR西日本が自社では最初に開発。本則+30km/hの運転が可能。同時期に誕生した383系などと違い自己操舵台車は装備しない。「オーシャンアロー」に使用されている。
- JR九州885系電車:1999年。特急「かもめ」に投入。2001年からは特急「ソニック」にも投入。
- JR西日本キハ187系気動車:2001年。JR西日本が山陰地区内のローカル特急用に開発した。「スーパーおき」・「スーパーくにびき」(2003年より、「スーパーまつかぜ」に列車名変更)に投入され、2003年からは岡山と鳥取を短絡する「スーパーいなば」にも使われている。
[編集] 強制振り子式
- JR東日本E991系電車 (初代):1995年。各種強制振り子制御の試験車「TRY-Z」として作られた。3両編成で前後非対称の交直流電車。最高速度160km/h(設計最高速度は200km/h)、曲線で本則+45km/hを目指して1995年から中央線・常磐線でテストされていた。最後に衝突実験を行い1999年3月27日に廃車。
[編集] 空気バネ圧制御式(簡易振り子式)
- JR北海道キハ201系気動車:1996年。札幌近郊の快速・普通列車で使用されている。強制車体傾斜式。
- JR北海道キハ261系気動車(Tilt261):1999年。キハ201系を元に設計された。強制車体傾斜式。「スーパー宗谷」と「スーパーとかち」で使用。
- 名鉄1600系電車(パノラマスーパー):1999年。主に西尾線系統の特急として運用される。ただし、営業運転では車体傾斜制御装置は使用していない。
- 名鉄2000系電車:2004年。中部国際空港連絡特急用。「ミュースカイ」の愛称を持つ。
- 小田急50000形電車:2005年。小田急特急ロマンスカー。「VSE」の愛称が与えられている。連接車両では初めて。
- 新幹線N700系電車:JR東海・西日本が開発。新幹線では初めて強制車体傾斜機構を搭載する。東海道新幹線の255km/h制限があるカーブを減速せずに270km/hで通過できる。2005年3月に試作車が登場し、2007年7月1日から営業運転を開始した。
上記のほか、開発中のフリーゲージトレインへの搭載が検討されている。搭載するシステムの種類などは不明。
[編集] ハイブリッド車体傾斜システム
2006年3月にJR北海道が発表。鉄道総合技術研究所、川崎重工業と共同で開発した。従来の曲線ガイド制御付き自然振り子式と、空気バネ圧制御式の車体傾斜システムを組み合わせた世界初の技術で、従来の振り子式を上回る8°(制御付き自然振り子が6°、空気ばね圧制御式が2°)の傾斜度を実現させながら、重心の移動を抑えることで乗り心地の向上も図られている。重心の移動が抑えられるのは振り子の上で車体傾斜を行うため、縦軸を稼ぎつつ横軸のベクトル移動量が水平時と比べて通常の6°傾斜より少なくなるためである(JR北海道のプレスにある図も参照)。JR北海道によると、実用化されれば曲線を含む全線での140km/h運転が可能となり、札幌~函館間で約15分の短縮が見込まれているという。
今後、試作台車をキハ283系気動車1両に取り付け走行試験(札幌、函館近郊を予定)が、2009年を目処に行われるが、車両限界の関係から既存のキハ281系気動車、キハ283系気動車へ搭載しての実用化は難しいという。なお、2015年度の北海道新幹線新青森~新函館間開業後に、函館~札幌間にこのシステムを搭載した車両を投入する予定とされている。
[編集] 日本以外
1940年代から開発が行われ、イタリアのフィアット社(鉄道部門はアルストム社に吸収)やスイスのABB社(ボンバルディア・トランスポーテーション社に吸収)が油圧シリンダーによる強制車体傾斜方式を開発し、欧州各国に普及した。
振り子が動作すると床が動く日本とは異なり車体上部が振れる為、座っていると頭を持っていかれるような感覚がある。また車体を正面から見ると裾がすぼまっている(極端に言うと上辺が長い台形に見える)のが特徴的。
[編集] 有名な車輛
- イタリア:山岳国のため、古くから振り子式車両の開発に熱心だった国である。振り子式電車の技術では、世界でもトップクラスである。ペンドリーノの項目も参照。高速新線(ディレッティシマ)の走行も考慮されているが、高速新線でない在来線でも、安価に高速化を実現できるため、イタリア以外にも多くの国(高速新線を建設するほどの需要や経済的余裕がない国)に輸出されている。
- ETR450型電車:第一世代の振り子式電車。現在は主力の座を後継車に渡している。直流専用で、最高速度は250km/h。
- ETR460型電車:ETR450型の成功を受けて登場した、第ニ世代の振り子式電車。直流専用で、最高速度は250km/h。
- ETR470型電車:ETR460型電車をベースに、スイス・ドイツへの直通を考慮した交直流電車(交流は15kV対応)。チザルピーノ社が保有・運営する。高速新線での走行を考慮していないため、最高速度は200km/h。
- ETR480型電車:ETR460型電車をベースに、フランスへの直通を考慮した交直流電車(交流は25kV対応)。最高速度は250km/h。
- ETR600型電車:ETR460の後継となる振り子式電車。下記の610型とほぼ共通設計となる。中国へ輸出されたCRH5型電車のモデル。
- ETR610型電車:チザルピーノ社向けに投入予定の振り子式電車。
- スペイン:イタリア同様、古くから振り子式車両の開発に熱心だった国である。
- ポルトガル
- アルファ・ペンドゥラール(Alfa Pendular):イタリアのETR460型電車がベースだが、軌間は1668mmの広軌で、交流専用(25kV)。リスボンとポルトを結ぶ。
- スロベニア
- ICS(Intercity Slovenija・310型電車):イタリアのETR460がベース。
- チェコ
- Integral(680型電車):イタリアのETR460がベース。SC(SuperCity)として運用される。
- フィンランド
- S220:イタリアのETR460がベースだが、軌間が1524mmの広軌を採用している。
- スウェーデン
- ノルウェー
- スイス:山岳国ではあるが、イタリアやスペインに比べて、振り子式車両の投入は最近になってからのことである。
- ICN(RABDe500型電車):"Intercity Neigezug"の愛称を持つ。イタリアのETR500のデザインで有名なピニンファリーナのデザイン。
- フランス:フランスは国土が比較的平坦であることと、高速化は高速新線(TGV)の建設で対応してきたため、試作にとどまっている。
- TGV-Pendulare:振り子式TGVの試作車。
- ドイツ:日本同様、振り子式気動車を大量に採用しているが、当初はトラブル続きだった。
- クロアチア
- イギリス
- スーパーボイジャー(Super Voyagers・221型気動車):ヴァージントレイン社が運営する、振り子式気動車。最高速度200km/h。
- ペンドリーノ・ブリタニコ(Pendolino Britannico・クラス390電車):ヴァージントレイン社が運営する、振り子式電車。最高速度225km/h。
- APT(Advanced Passengers Train):旧イギリス国鉄が、西海岸本線の高速化を目指して投入した振り子式電車。トラブルが頻発し、結果的に失敗した。
- オーストラリア
- アメリカ
- カナダ
- LRC(Light Rapid Comfortable):1970年代に製造された車体傾斜式列車。現在は客車のみが一般の機関車に牽引される形で運用されており、振り子式車両としての運用は終了している模様。アメリカでも運用されたことがある。
- 台湾
- TEMU1000形「太魯閣号」:2007年5月東部幹線に投入した。JR九州885系電車をベースにした日立製作所製。
- 韓国
- TTX(Tilting Train eXpress):KTXの恩恵が及ばない地域との時間短縮を行うべく、メーカと研究所が共同開発を行っている車両。電車方式で、最高速度200km/hを目指し、車体は軽量化のため、航空機で採用されているような複合材料(コンポジット材料)を採用している。既に試作車が登場し、各種試験を実施している。傾斜角度は約8°。
- 中国
- 新時速(シンシースー):スウェーデンのX2000を輸入している。
など。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 鉄道車両の運動と制御に関する研究・開発動向(明星大学 宮本昌幸)
- 車体傾斜方式の解説 (Just! Railway)
- 振り子車両(日立製作所・鉄道車輌部門: English)
- Tiltng Trains (English)
- ハイブリッド車体傾斜システム (北海道旅客鉄道: PDF形式)