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国鉄157系電車 - Wikipedia

国鉄157系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

国鉄157系電車(こくてつ157けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1959年に設計・製造した長距離用直流電車である。最初に投入された列車の名を採って、「日光形電車」とも呼ばれる。

1963年までに一般旅客用車両31両のほかに、皇室用貴賓車クロ157形が1両製造されている。クロ157形は157系に組込まれる車両ではあるが、特殊用途のため、他車とは別節にて解説する。

目次

[編集] 概要

東京から日光へは、1956年10月からキハ55系気動車による準急日光」が運転されていたが、1958年には東北本線日光線電化が完成したため、国際的観光地である日光市に向かう「日光」号を電車化し、スピードアップすることが計画された。そのうえで国際観光列車としての色彩や競合する東武鉄道への対抗、将来の急行形車両の設備向上の試作的意味から準急列車用に開発・製造されたものではあるが、151系電車に準じたデラックスな特急形車両並みの車内設備を有して設計・製造され、後に特急列車にも投入されることになるのが本系列である。

計画時は22系電車と称したが、落成が同年6月の車両称号規程改正後となったため、157系として登場した。

[編集] 構造

[編集] 車体・機器

性能的には、153系をベースに、主電動機には出力100kWのMT46系を採用。歯車比は4.21 (19:80) とし、勾配の介在する日光線内の運転条件を考慮して抑速発電ブレーキを装備した。台車電動車がDT24形、付随車がTR59形を採用[1]している。

編成内の電動車比率(MT比)を高めるため、先頭車を電動車としたクモハ157形 (Mc) とモハ156形 (M') でユニットを組み、反対側にも電動車ユニットを逆向きに連結して、その間に付随車のサロ157形 (Ts) 、サハ157形 (T) を2両ないし3両組み込むことを基本とした。また、準急用であることから食堂車は製造されなかった。

新製時の外板塗色は、キハ55系と同様のクリーム色クリーム4号)にスカーレット(赤11号)とされていた。なお先頭部の裾(後部標識灯・タイフォンの下)のクリーム色の帯は、1次車の落成時は細いものであったが、2次車から太くなり統一されている。後に冷房装置の搭載にともなって、赤色が他の特急用車両と同様の深い赤(赤2号)に改められた。

車体断面は153系に準じた形状としたが、出入口は151系と同様の幅700mmの片引戸が2か所に設けられた。側窓は冷房装置の搭載が当面見送られたことから、開閉可能なバランサ付き1段下降窓とされた。ただし、屋根には将来の冷房装置設置の準備工事が施工されており、その部分は板で塞がれ扇風機が設けられていた。その後、1963年からAU12S形分散式冷房装置の搭載工事が全車に対して施工された。

[編集] 車内設備

先述のように、特急形車両と同等の車内設備を持たせるということで、座席一等車リクライニングシート二等車が回転クロスシートとされた。

一等車のリクライニングシートは151系のものと基本構造は同一だが、準急形ということで表地は赤7号の合成繊維となり、シートラジオは省略された。テーブルは151系のものと同じく、通常は座席背面の袋に収納し、使用時に袋から出して肘掛け横の穴に差し込むというものであった。

二等車の回転クロスシートは151系のものを改良し、座席背面の折畳みテーブルを外付け式とした。また二等車では座席背面のほか、側面窓下の壁面にも灰皿を設けている。

荷物棚は当時としては珍しいパイプ式のものであった。

トイレ洗面所はすべての車両に設けられていたが、サロ157形には外国人観光客に配慮して洋式トイレが設置されていた。

[編集] 形式

は当初の計画段階での形式である。

  • クモハ157-1~10※モハ22形奇数番号) 
モハ156形とユニットを組む三等制御電動車。前面は非貫通で、踏切事故などの際に乗務員を保護するために3.2mm厚の鋼板を使用し、高運転台構造になっている。運転室後部には冷房装置搭載時の電源供給用大型電動発電機(MG)[2]を納める機器室が設けられた。
前面には、この形式独特の列車愛称表示器(ヘッドマーク[3]が設置された。青地に白線で翼をモチーフとした逆台形で、中心部の正方形部分に紙芝居式に差し換えて表示する原始的なものだが、正方形部分の上部に蛍光灯が設置された電照式であり、そのためクモハ157形の前面部右側には電源供給用のコネクタが設置されていた[4]。なお、「あまぎ」・「白根」については新しいデザインのヘッドマークに変更されている。
  • モハ156-1~10※モハ23形偶数番号) 
クモハ157形とユニットを組む三等中間電動車。一位側にトイレがあり、二位側にドアがある。デッキに続く空間には車内販売の基地を兼ねた売店を設置し、電気冷蔵庫電気コンロを設置し、流し台こそないものの簡単な調理が可能である。また、戸棚やショーケースが設置されている。売店の向かい側には立食も可能な軽カウンターが設置されており、冷房搭載時に冷水機も設置された。
冷房搭載時の電力負荷増に備えてパンタグラフも1基を増設できる準備工事がなされており、冷房改造と同時に2基搭載とされた。ただし、クロ157形の牽引車を兼ねる1・2は、冷房化前の1962年に予備としてパンタグラフ2基搭載改造[5]を施工した。
  • サロ157-1~6※サロ27形) 
二等付随車(→一等車グリーン車)。6は、冷房改造工事や「ひびき」定期化で予備車が不足することから1963年に増備されたもので製造当初からの冷房車である。
  • サハ157-1~5※サハ28形
三等付随車。
  • クロ157-1 
貴賓車。詳細はこちらを参照。

[編集] 運用

田町電車区(現・田町車両センター)に配置された1次車14両をもって1959年9月22日から東京日光間の「日光」、新宿~日光間の「中禅寺」、上野黒磯間の「なすの」の各準急、および間合い運用回送を客扱いとした日光~黒磯間の快速列車で運行を開始した。

編成は日光・東京←McM'TsTM'Mc→宇都宮の6両編成。これらの準急は全車指定席で、「日光」は通年運転であったが、他の2本は春から秋にかけての季節運転であった。

同年10月31日、11月2・7日には下り「日光」~上り「中禅寺」の運用間合を活用した臨時準急「第2日光」を上野~日光間に投入。

同年11月に計画どおり「中禅寺」「なすの」が運休になると、東海道本線の混雑緩和用に東京~大阪間の臨時特急「ひびき」が、11月21日から翌年1月31日まで運転された。また「日光」も東京~伊東間で延長運転を行っている。

1960年には2次車16両が落成し、臨時特急「ひびき」の増発が年間を通じて可能となった[6]。また、1961年4月1日からは、伊豆と日光の両観光地を直結する季節準急「湘南日光」が伊東~日光間に運転された。ただし、シーズンにより「湘南日光」と同じ時刻で日光~東京間「第2日光」、東京~伊東間「臨時いでゆ」としても運転された。

1961年10月1日のダイヤ改正では、「ひびき」が季節特急に格上げとなり、2往復に増発された。冷房装置のない157系「ひびき」は、夏季の間は一等220円、二等100円を割引く特定特急料金を設定して運転された。また東北本線口の臨時準急列車として、上野~黒磯間に「ゆのか」、東京~日光間に「臨時日光」を運転した。

1963年1月からは、157系電車の冷房改造及び編成の変更実施で不足となる予備車確保のためサロ157形1両が増備された。同年4月20日には「ひびき」1往復が定期特急に格上げされ、それに先立つ3月には「中禅寺」「なすの」「湘南日光」が165系に変更されている。「日光」は157系で存続したが、サロ157形を「ひびき」に捻出したため、サハ157形に置き換えた結果、特急用7両編成 (McM'TTsTsM'Mc) 3本と準急用6両編成 (McM'TTM'Mc) 1本、貴賓車用5両の計32両となった。

1964年10月1日東海道新幹線開業で「ひびき」は廃止となり、余剰となった157系電車は同年11月1日から急行第1・第2伊豆」に投入されることとなる。

上記の13両編成が、熱海駅分割併合を実施し、7両編成が伊豆急行線に乗入れ伊豆急下田まで、6両編成が伊豆箱根鉄道駿豆線に乗入れ修善寺まで運転された。

しかし、クモハ157形同士は元々片渡り構造のために向かい合わせで連結することが不可能だった。そこで東京オリンピックの臨時列車として10月3日~28日は横浜~日光間の臨時準急「特別日光」を改正前の「ひびき」所定の7両編成で運転をしながら、大井工場(現・東京総合車両センター)で順次クモハ157形に電気連結栓(ジャンパ栓)を増設して両渡り構造とする改造工事が行われた。こうして、11月1日から「第1・第2伊豆」の運転が開始されたが、シーズン中には下田編成にMcM'を増結した15両編成も見られた。

1966年3月25日、走行キロ100km以上の準急列車は急行列車に格上げを行う国鉄の料金制度改定に伴い、準急「日光」も急行列車に格上げされた。また、これにより、「伊豆」と同一区間を走行する153系電車使用の準急「あまぎ」・「いでゆ」も急行列車に格上げされたことで157系と153系の設備の違いが問題となり始めた。

1968年7月には、信越本線東京~中軽井沢間に臨時特急「そよかぜ」2往復が設定され、横川軽井沢間では補機EF63形が連結された。ただし、157系による「そよかぜ」はこの年8月限りで、同年9月からは181系電車に変更されている。これに伴い、1968年に横軽対策・耐寒耐雪改造が全車に施工[7]されている。

全国的な大ダイヤ改正となった1968年10月1日改正では、充当列車の「日光」は「下り日光3号・上り2号」に、「第1・第2伊豆」は「下り伊豆1・8号・上り3・8号」となった。

1969年4月25日、東京~伊豆急下田間の特急「あまぎ」定期2往復、季節1往復、臨時1往復が設定され、それに先立ち4月5日に急行「伊豆」での運用を終了した。「あまぎ」の定期列車はMcM'TsTsTM'McM'Mcの9両編成、季節・臨時列車はMcM'TsTsTM'Mcの7両編成とされた。同時に「日光」は165系に変更され、157系は発祥の地日光線での運用を終了した。

1971年4月24日吾妻線長野原以遠の新線開業にともない、上野~長野原(現・長野原草津口)間に不定期特急「白根」下り2本・上り1本が設定され、土曜・休日を中心に7両編成で運転された。なお、同年冬までに運転区間が万座・鹿沢口間に延長されている。

1972年3月ダイヤ改正で、「白根」は予定臨時列車の2往復として設定されるようになり、季節毎の時刻変更はなくなる。それ以降は「あまぎ」「白根」などで運用された。また下降窓であることから雨水が浸入しやすい上、冷房の使用にともなう結露の発生により車体の腐食が早く、一部車両は外板の更新や窓の固定化等の対策が実施されたが、1976年2月に全車が営業から退き、183系1000番台に置換えられた。実働はわずかに17年[8]であるものの落成から廃車まで田町電車区から転出することはなかった。なお、廃車・解体まで開設間もない国府津機関区国府津電車基地(後の国府津電車区。現・国府津車両センター)に留置された。

後述の貴賓車クロ157形およびその牽引用の4両を除く車両は同年中にすべて廃車されている。

[編集] 試験運転・特殊な運用・他系列との併結運転

1962年信越本線長岡新潟間の電化が完成することになり、上越線経由で特急電車を運転するという計画がなされた。全線直流区間ということもあり、151系投入に白羽の矢がたったが、本来は平坦区間用の電車が山岳路線で20‰勾配の続く上越国境での運用に耐えられるのかの疑問が残った。そこで1961年6月21日6月22日にかけて10月のダイヤ改正用に早期落成した151系と157系を持込み上越線の新前橋~長岡間での比較走行試験を行った。

その結果は、山岳路線である上越線の連続勾配で151系4M3Tでは、歯車比が3.5と高速指向だったため電動機への過負荷による発熱が見られ、さらに4M2Tであっても同様な状況で問題が残った。一方、歯車比4.21の157系では何も問題はなく安定した走行を得られたために161系電車を開発することになった。

1963年4月15日、アジア極東経済委員会一行が建設中の東海道新幹線を視察することになり、東京~鴨宮間に特別臨時列車「ECAFE SPECIAL(エカフェ スペシャル)」に投入された。

1964年1月24日、2007M下り「おおとり」が車内に消毒薬を撒き過ぎ使用不可能となり、本来投入予定の151系[9]に代わり153系との混結編成で運転することになった。なお、当日の編成は以下に示す。

  • 名古屋クモハ157・モハ156-4+サロ・サハ157-2+モハ156・クモハ157-5+クハ153-34+サハ153-203+モハ152・153-123+クハ153-21東京→

1964年4月24日に発生した「第1富士」脱線転覆事故にともない、5月7日から5月31日までは9両編成で「下り第1こだま」「上り第2こだま」に充当され、5月31日から6月30日までは161系電車との混結とされ上越線特急「とき」に使用されている。この期間中の6月16日新潟地震が発生し、「とき」は17日~26日は運休[10]した。なお、この混結編成は以下に示す。

  • ←上野クハ161+モロ161+モロ160+サシ161+モハ160+モハ161+サハ157+モハ156+クモハ157新潟→

[編集] 貴賓車クロ157形

クロ157形は、従来の貴賓車クロ49形に代わる皇室の小旅行用並びに外国賓客用の貴賓車で1960年7月に製造された。

天皇家が御用邸に移動する際に運行するお召し列車の簡素化を目的として、川崎車輛で製造された。

[編集] 構造

車体は、中間車としての使用も考慮して前面貫通構造とされ、前面形状・運転台構造はクハ153形初期車およびクハ155形、クハ159形と酷似しているが、運転室は半室構造になっており、使用しないときはシャッターを降ろして入れないようになっている。また153系電車との併結運転も可能であり、初期の試運転で153系との連結運転が行われた。

空調を完備し、冷房試験でサロ85020の使用したAU11形冷房装置を整備し屋根上に、電源は自車給電用18kVA[11]のMGを搭載している。客用扉は戸袋を廃した4枚折戸とされ、車体中央部にコンパートメント形式の貴賓室が、その前後に控室が設けられた。貴賓室の窓は、大型の合わせガラスが片側3枚設けられ、そのうち中央の1枚は賓客の答礼の便を図るため電動で開閉可能である。また貴賓室は、光天井方式で冷房は隣の控室からダクトで導く構造とされている。さらにテーブルを挟んだ2つの主賓用のいすは安楽椅子を採用し、床は絨毯貼りとし、ソファ、飾り棚、ラジオなども装備しており、定員は6名。

製造当初の車体塗装は他の157系と同様、クリーム4号と赤11号の塗り分けで、赤11号から赤2号への塗り替えも他車と同時期に実施されている。

[編集] 運用

クモハ157・モハ156-1が牽引にあたり、クロ157形を後部に連結した3両編成とされたが、1962年6月に電気系統の故障が発生したためその後はクモハ157-2+モハ156-2ともども第2パンタグラフを増設し、両ユニットでクロ157形を挟み込む5両編成が基本[12]となった。また、牽引用McM'ユニットは他車の廃車後もクロ157形牽引用に残ったが、1980年に廃車[13]され、183系1000番台に役目を譲った。

1985年3月に田町から183系が転出すると185系がその任に当たるようになり、クロ157形の外板塗色も当時の185系「踊り子」に準じたアイボリー地に帯に改められた。1987年国鉄分割民営化に際しては東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継され、後継のハイグレード車両・特別車両E655系電車が登場した後も2008年現在、田町車両センターに在籍[14]するが、特別扱いを嫌う今上天皇明仁)の意向やその他の諸事情により、列車による行幸は一般向けの車両を使用した「団体列車」形式で行われることがほとんどとなり、また部品確保なども難しくなった理由などから1993年5月13日の運用を最後に15年以上も全く運転実績のない[15]状態が続いている。

[編集] 脚注

  1. ^ McM'ユニットの6~、サハ157-3~、サロ157-6は、改良形のDT24A形・TR59A形。
  2. ^ 落成時5KVA、冷房搭載時70KVA。
  3. ^ ヘッドマークには列車名以外にも「特急」・「快速」など種別のみを表記したものもあった。
  4. ^そよかぜ」に用いられた際のヘッドマークは、デザインはそれまでと同じだが、一枚板で蛍光灯を装着しないタイプ。
  5. ^ 同年6月にクモハ157-1+モハ156-1+クロ157-1で運転中に電気系統の故障が発生しており、これ以後はトラブルを未然に防ぐという見地から、予備牽引ユニット共々緊急的にこの工事は行われた。
  6. ^ 151系による「ひびき」も運転されたこともある。詳細についてはこちらを参照。
  7. ^ クロ157形と牽引車であるクモハ157+モハ156-1・2は1965年に先行して工事を完了している。
  8. ^ 1963年製のサロ157-6に至っては13年であった。
  9. ^ この編成はヒーター投入乾燥後名古屋へ回送され、翌日の2008M上り「おおとり」に充当された。
  10. ^ この編成は逗子などに疎開したが、新潟運転所(現・新潟車両センター)の165系電車が多数罹災して不足したため、20日~23日には急行列車に使用された。その間、「日光」はサハ1両を減じた5両の変則編成で対応した。
  11. ^ 1969年に40kVAのものに交換された。
  12. ^ 一部の文献では「安全上等の理由から、通常クロ157形が編成端につくことはない」と誤解された文献も見受けられる。
  13. ^ 廃車したのち、1982年11月に全て解体された。
  14. ^ 現車は東京総合車両センター内の御料車庫に保管されている。
  15. ^ 2008年6月現在。

[編集] 参考文献

  • 交友社『鉄道ファン』1985年6月号(通巻290号)・1990年6月号(通巻350号)

[編集] 関連項目


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