日本国憲法第9条
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日本国憲法 第9条(にっぽんこくけんぽうだい9じょう)は、日本国憲法の条文の1つであり、三大原則の1つである平和主義を規定する。この条文だけで憲法の第2章を構成する。この条文は「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」の3つの要素から構成される。日本国憲法を「平和憲法」と呼ぶのは、憲法前文の記述およびこの第9条の存在に由来している。また、1928年に締結された戦争放棄に関する条約、いわゆるパリ不戦条約の第1条と、日本国憲法第9条第1項は文言が類似している。
目次 |
[編集] 条文
- 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
- 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
[編集] 英訳文
- Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
- In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.[1]
[編集] 沿革
本条は、いわゆる「マッカーサー・ノート」をその淵源とする。「マッカーサー・ノート」は、連合国軍総司令部(GHQ)が憲法草案を起草するに際して守るべき三原則として、最高司令官ダグラス・マッカーサーがホイットニー民政局長(憲法草案起草の責任者)に示したものである。[2]その三原則のうちの第2原則は、以下の通り。
- War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.
- 国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。
この指令を受けて作成された「マッカーサー草案」(GHQ原案)には、次の条文が含まれていた[3]。
- Chapter II Renunciation of War
- Article VIII War as a sovereign right of the nation is abolished.The threat or use of force is forever renounced as a means for settling disputes with any other nation.
No army,navy,air force,or other war potential will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon the State.
- この段階において、前述の「マッカーサー・ノート」に明記されていた「even for preserving its own security」は記載されておらず、「its defense and its protection」に関する記述もされなかった。
この草案をたたき台にして、日本側との折衝の結果作成され、政府案として発表された「憲法改正草案要綱」には、次の文章が含まれている[4]。
- 第二 戦争ノ抛棄
- 第九 国ノ主権ノ発動トシテ行フ戦争及武力ニ依ル威嚇又ハ武力ノ行使ヲ他国トノ間ノ紛争ノ解決ノ具トスルコトハ永久ニ之ヲ抛棄スルコト
- 陸海空軍其ノ他ノ戦力ノ保持ハ之ヲ許サズ国ノ交戦権ハ之ヲ認メザルコト
そして、正式に条文化され、枢密院に政府の憲法改正案として諮詢された「憲法改正草案」では、次の条文となっている[5]。
- 第二章 戦争の抛棄
- 第九条 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。
- 陸海空軍その他の戦力の保持は、許されない。国の交戦権は、認められない。
枢密院では原案のまま可決され、衆議院の議に付された。衆議院では、条文冒頭の文と、いわゆる芦田修正が加えられ、次の条文となった。
- 第二章 戦争の放棄
- 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
- 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
貴族院では本条は修正されず、この条文が最終的なものとなった。
[編集] 第9条の解釈上の問題
憲法9条の規定については、その趣旨、「戦争」の定義、「国際紛争を解決する手段としては」および「前項の目的を達するため」という留保の意味、「戦力」の定義、「交戦権」の定義などについて議論がある。この部分については、日本国憲法#平和主義(戦争放棄)も参照のこと。
[編集] 第9条の趣旨
憲法9条全体の解釈としては、
- 自衛権を含め一切の戦争行為及び戦力を否認しているとする説
- 自衛権は否定していないが戦争行為は否認しており、そのための戦力も認められないとする説
- 自衛の範囲内ならば戦争も戦力も認められるとする説
- 個別的自衛権は認めるが、集団的自衛権は認めないとする説
の4説が主なものである。
[編集] 「戦争」の定義
「国権の発動たる戦争」とは、国家が宣戦布告によって開始する国際法上の戦争のこと、「武力による威嚇」とは、武力を行使する意図があることを示して他国を脅すこと、「武力の行使」とは、国際法上の戦争には至らない軍事衝突のこと、とされている。
[編集] 「国際紛争を解決する手段としては」という留保の意味
この第1項にある留保を受けて、憲法9条が否定するのは自衛戦争以外の戦争であるとする見解、制裁戦争および侵略戦争を禁じるものであるとする見解、およそ全ての戦争は国際紛争を解決する手段としてなされるのであるからこの条項はなんらの留保たり得ず全ての戦争を禁じているとする見解、英文9条第1項では保留になっていないので国内でしか通用しない留保だという意見、第2項に「前項の目的を達するため」という文言(芦田修正)があることで自衛のための最小限度の実力保持は認められるという意見(極東委員会は当時この見解であった[6])、第1項の目的について解釈が分かれたとしても第2項で戦力の不保持を明記しているのだからあらゆる戦争が認められないという意見、自衛隊は自衛のための最小限度の実力としてはいいが国際貢献の名の下に海外に出ることはこの保留条項に明確に抵触するという意見、などがある。
[編集] 「戦力」の定義
自衛のための戦力は戦力に当たらないとする見解、「前項の目的」が留保でなく全面放棄だとする立場に立ちすべての兵器の所持を禁じているとする見解などがある。
自衛官は日本での憲法上非戦闘員であると一部では思われていて、万が一他国の軍隊と交戦状態に陥った場合国際人道法での捕虜の資格が適用されないのではないか、という指摘があるがジュネーブ条約等の国際人道法では、 自衛官は戦闘員としての資格は保持している。
[編集] 政府による解釈
憲法制定当初、政府は、憲法は一切の軍備を禁止し、自衛戦争をも放棄したものとしていた。しかし、朝鮮戦争に伴う日本再軍備とともに、憲法で禁止されたのは侵略戦争であって自衛戦争ではないとの立場をとるようになった。また、自衛隊は必要最小限度の「実力」であって、憲法で禁止された「戦力」には当たらないとした。国連で認められている集団的自衛権については、日本はこれを持ってはいるが行使してはならないとしている。しかし、この場合は98条2項との兼ね合いが問題となる。
- 自衛権の発動としての戦争も放棄(1946年、衆議院委員会における吉田首相の答弁)
- 「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はしておりませぬが、第9条第2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したのであります」
- 「いかなる形でも自衛権など認めない方がよい。そもそも近代の戦争は全て自衛の名の下に行なわれたのであり、自衛戦争などという概念そのものが有害」(要旨)
- 警察予備隊は軍隊ではない(1950年、参議院本会議における吉田首相の答弁)
- 「警察予備隊の目的はまったく治安維持にある。……したがってそれは軍隊ではない」
- 戦力に至らざる程度の実力の保持は違憲ではない(1952年、吉田内閣の政府統一見解)
- 「戦力とは、近代戦争遂行に役立つ程度の装備・編成を備えるものをいう。戦力に至らざる程度の実力を保持し、これを直接侵略防衛の用に供することは違憲ではない」
- 自衛隊は違憲ではない(1954年、鳩山内閣の政府統一見解)
- 「第9条は……わが国が自衛権を持つことを認めている。自衛隊のような自衛のための任務を有し、かつその目的のため必要相当な範囲の実力部隊を設けることは、何ら憲法に違反するものではない」
しかし、これらの答弁を持っても違憲という批判は消えることがなく、憲法上の自衛隊の地位の問題を解決することはできていないのが現実である。自衛隊の地位の問題をきちんとした形で解決しない限り、『違憲』という自衛隊への批判は消えることは無いであろう、という意見もある。
その後、1960年安保を頂点とする戦後民主主義運動が起こり、自民党政権は改憲に消極的になるとともに、解釈による自衛隊容認と日米安保を基本方針としながら、集団的自衛権の行使を違憲とする解釈や非核三原則などによって、戦力の保持・行使に対する一定の歯止めを置いた。
1990年代以降、自衛隊の海外派遣が行われるようになると、自衛隊の海外での活動と9条との関係が改めて現実的問題として問われはじめた。これまでのところ政府は、自衛隊による米軍等への後方支援活動は集団的自衛権の行使にあたらない、などという解釈を示している。
[編集] 第9条の経緯
日本国憲法の項に経緯は詳しくあるが、ここでは芦田修正を交えて第9条を中心に解説する。此度の大戦は軍部の暴走が引き金になった[7]と極東委員会は考え(過日にマッカーサー元帥が天皇制存続という重大な議案を独断で決定したこともあり)、日本国憲法草案に幾つかの修正(文民統制、国民主権[8]の明記等)を施すように指示を出していた。これを受けてGHQは日本政府側に修正するように求めていたようである。芦田修正での公開された議事録によると日本人有識者の提案により幾度か訂正がなされており、草案第8条[9]の1項と2項は現在の第9条の順序とは逆であったようである。「前項の目的を達するため」という一文も草案第8条に付け加えられた文章であり、更には「前項の目的」とは第9条の2項をさしていたが、入れ替えにより第9条1項をさすようである。入れ替えにより「前項の目的」がしめすことがあやふやになるとの意見があったようだが、最終的にはこれを採用したようである。また国外の反応としては、この芦田修正により自衛(self-defence)を口実とした軍事力(armed forces)保有の可能性がある[10]とした極東委員会の見解が有名である。(この見解の下、芦田修正を受け入れる代わりにcivilian条項を入れるようGHQを通して日本政府に指示、憲法第66条第2項が設けられた。)このような複雑な経緯もあってか、自衛を巡る議論は絶えない。
[編集] 最高裁判例
自衛隊の憲法9条に対する合憲性について直接判断した事件は未だ存在しない。
- 時間的適用範囲 昭和26年11月28日 最高裁判所大法廷判決 遡及効の否定
- 憲法9条の規定は将来に対する宣言であり、制定前の戦時中の収賄行為について戦時刑事特別法を適用するかの判断には関係しない。
- 砂川事件 昭和34年12月16日 最高裁判所大法廷判決
- 憲法9条は、わが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定していない
- 憲法9条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを何ら否定していない
- 憲法9条2項にいう「戦力」とは、わが国がその主体となってこれに指揮権,管理権を行使する戦力をいう
- 外国の軍隊は憲法9条2項にいう「戦力」に該当しない
- 旧日米安全保障条約は,憲法9条に一見極めて明白に違反するということはできない
- 百里基地訴訟 平成元年6月20日 最高裁判所第三小法廷判決
- 憲法9条は私法上の行為に直接適用されるものではない
- 国が行政の主体としてでなく私人との間で個々的に締結する私法上の契約は、当該契約がその成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の行使の発動たる行為と何ら変わらないといえるような特段の事情のない限り、憲法9条の直接適用を受けない
- 沖縄代理署名訴訟 平成8年8月28日 最高裁判所大法廷判決
- 現行日米安全保障条約は、憲法9条に一見極めて明白に違反するということはできない
- 駐留軍用地特措法は憲法9条に違反しない。
(最高裁判例集にアップロードされているもの)
[編集] 関連条文
- 日本国憲法前文第1項、第2項、第3項
- 日本国憲法第98条
- 大日本帝国憲法第11条
- 大日本帝国憲法第12条
- 大日本帝国憲法第13条
[編集] 発案者をめぐる議論
このような条文を憲法に盛り込むことがいったい誰の発案であったのかが議論になることがある。 マッカーサーの自伝では時の首相、幣原喜重郎のたっての希望とされているが、人間宣言で「平和主義」に徹すると述べていた昭和天皇の内々の希望だったという説[要出典]も根強い。 また、米国の自治領であった頃のフィリピン憲法(1935年)に既に同様の条文があることから、米国主導に起案されたものであるとする見解もある。勿論、日米双方の構想として存在した可能性も否定は出来ない。
[編集] 自衛をめぐる議論
憲法の骨格となったマッカーサー草案にはあった「自衛のため(even for preserving its own security)としてさえ、戦争を放棄する」 という部分が、ケーディスの修正を受けての司令部案では削除されていることから、自衛のための措置が執られる可能性を否定していないと解することが可能である。
また、芦田均が、第2項の冒頭に「前項の目的を達するため」と挿入する修正をしたことにより(芦田修正)、自衛権が認められているとする見解もある。なお、芦田自身は「文意を明確にするためであり、将来の軍備保持を意図するものではない」と貴族院での議論で発言していたことが1995年の議事録公開で明かされている。
[編集] 自民党の新憲法草案
自民党の新憲法草案第9条では第1項は変えずに第2項に自衛軍の規定を新設している。
しかし、自衛隊が違憲とされるのは第1項の戦争放棄と矛盾する可能性があるためであり、第1項を変えずに自衛軍の規定を設けるのは矛盾が更に広がるという指摘がある。
[編集] 他の国々の場合
現在、同様に戦争放棄を憲法で謳っている国としてはフィリピンがある。また侵略戦争のみを放棄した憲法を有する国は西修の調べでは124ヶ国にのぼる。
コスタリカ憲法は軍隊の常設を禁止しているが、自衛権を明示的に認め、非常時に徴兵制を敷く事も可能としている。アイスランドは軍を持たない。ただし、両国の軍隊不所持は米国による安全保障が前提となっている。
[編集] 脚注
- ^ 英訳文は日本国首相官邸ウェブサイト掲載の英訳に拠る。英文は正文ではない。
- ^ 国立国会図書館、「日本国憲法の誕生」、マッカーサー3原則(「マッカーサーノート」) 1946年2月3日
- ^ 国立国会図書館、「日本国憲法の誕生」GHQ草案 1946年2月13日
- ^ 国立国会図書館、「日本国憲法の誕生」、「憲法改正草案要綱」 の発表
- ^ 国立国会図書館、「日本国憲法の誕生」口語化憲法草案の発表
- ^ 国立国会図書館、「日本国憲法の誕生」、「極東委員会第27回総会議事録」1946年9月21日
- ^ 極東委員会の意向を反映する文民統制は、憲法第九条に密接に関わり合いのある概念である。
- ^ 草案では序文が「国民の主権は至高なるもの」であったが「主権が国民に存すること」と主権在民を強調するよう修正された
- ^ 現第9条にあたる。以下第8条は草案を指し、第9条は現行法をさす
- ^ 国立国会図書館、「日本国憲法の誕生」、「極東委員会第27回総会議事録」1946年9月21日
[編集] 参考文献
- 西修 『日本国憲法成立過程の研究』 成文堂、2004年3月31日。ISBN 4792303702
- 西修 『日本国憲法を考える』 文藝春秋、1999年3月。ISBN 4166600354
- 小林宏晨 『日本国憲法の平和主義』 政光プリプラン。
- 安田寛・西岡朗・宮澤浩一・井田良・大場昭・小林宏晨 『自衛権再考』 知識社、1987年1月。ISBN 4795293058
- 青山武憲 『憲法九条関係判例集』 啓正社、1992年。ISBN 4875720955
- 大石義雄 『日本憲法論』 嵯峨野書院、1994年6月。ISBN 4782300018
[編集] 関連項目
- 不戦条約
- 法学
- 憲法
- 国際法
- 専守防衛
- 武装中立
- 九条の会
- 憲法改正論議
- 長沼ナイキ事件
- イラク特措法訴訟
- 恵庭事件
- 自衛隊
- 外山雄三 - 条文に曲を付けた合唱曲を発表。
- 軍隊を保有していない国家の一覧
[編集] 外部リンク
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