加賀まりこ
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かが まりこ 加賀 まりこ |
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本名 | 加賀 雅子 |
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生年月日 | 1943年12月11日(64歳) |
出生地 | 日本・東京都神田区 |
民族 | 日本人 |
職業 | 女優 |
活動期間 | 1960年 - |
家族 | 父・加賀四郎 |
加賀 まりこ(かが まりこ、1943年12月11日 - )は、日本の女優。本名、加賀 雅子。
目次 |
[編集] 来歴・人物
東京都神田区(現千代田区)に生まれる。父・加賀四郎は大映のプロデューサーとして知られ、姪に俳優の田中健夫人の女優、加賀千景を持つという芸能一家の中で育つ。
神田生まれのため、小学生のころから神保町の古本街に通い、澁澤龍彦翻訳の「マルキ・ド・サド選集」を愛読。また映画で見た、オードリー・ヘップバーンの髪型にするため一人で美容院に行くほどの早熟な子供であった。
明星学園高等学校在学中の1960年、路上でたまたま篠田正浩と寺山修司に出会ったのがきっかけでスカウトされ、フジテレビ系ドラマ『東京タワーは知っている』でデビュー。「六本木族」の仲間入りをし、六本木のサロン的レストラン「キャンティ」に通い、近所にあった写真家の立木義浩夫妻宅で『話の特集』派の人々と交流。また赤坂の文壇ご用達旅館「乃なみ」で、吉行淳之介一派と麻雀をするなどしており、この頃に喫煙を覚え、現在まで愛煙家としても知られる。
映画デビュー作『涙を、獅子のたて髪に』等、数々の映画やCMで作品にてプロフェッショナルな演技力と、小悪魔的なルックスで人気を呼ぶ。反面、常に発言が正直かつ強気であったため、「生意気」のレッテルを貼られ、とんがったキャラクターイメージでお馴染みとなる。
20歳の時、「もう女優業はやめたい」と、半年先のスケジュールまでキャンセルして、単身パリに渡る。いままで稼いだ金で豪遊のかたわら、サンローラン、トリュフォー、ゴダール、サガンらと交友する。
帰国後、「劇団四季」の舞台で女優に開眼する。
1965年、川端康成原作の映画『美しさと哀しみと』に出演することになると、川端は大変加賀を気に入り、一時期、ともに朝食を摂る仲であったという。
1972年、未婚のまま女児を出産したが、7時間後に死亡という不運に見舞われた。
人や物への好き嫌いが激しい。ハゲとモモヒキが嫌い。極度なビビリ、媚が嫌い。権力をかさに着たり、品のない人物も嫌い。一方で、一生懸命だったり、知的な人物、苦労をともにしてきた人物には非常に優しかったり、気前が良かったりするという(石坂浩二、上岡龍太郎、所ジョージ、富士真奈美など。笑福亭鶴瓶には少女期に出した貴重なヌード写真集を贈っている)。
芸能界の中でも最強の毒舌女王の異名を持つ。バラエティ番組では野々村真など後輩の芸能人に対して、毒舌を吐いたり威圧したりしてイジることが多い。その一方で、加賀と世代が近い女性芸能人とはあまり絡まない傾向が強い。かつてレギュラーだったTBS系バラエティ番組『快傑熟女!心配ご無用』では、同じ毒舌系の野村沙知代やデヴィ・スカルノとは、ほとんど話す場面がなく、相談者に対して厳しい発言に終始していた。
また、フジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』では、1988年の芳村真理の勇退以来、1年半振りに女性司会者として抜擢された。当番組においては、CHAGE and ASKAのCHAGEに「Cを取ったらハゲじゃない」と言ったり、プリンセスプリンセスの奥居香に「ブタ」「生理中なんじゃないの」云々との発言、酒井法子には「キャバクラに行けば一番になれるよ」などの歯に衣を着せぬ発言も多かった。これらの毒舌ぶりは、司会抜擢早々より「歌手に媚びない司会をやりたい」と"宣戦布告"した故の当然の帰結とも解し得るものであり、加賀の発言を「痛快」と賛美する主張も一応はあったが、やはり番組史全体としては、彼女の司会抜擢は「失策」であったと批判的に捉える向きが未だに強い。因みに前任の女性司会者である芳村真理から、あるパーティーでの席上で「まりこちゃんは好き嫌いが顔に出やすいから気をつけなさい」と直接忠告を受けており、これにはさすがの加賀も痛いところをつかれたらしく、番組内でこの芳村の忠告に対して反論などは一切せず「(司会を)頑張ります」と素直に反省の念を述べた。またこの一件以降は徐々に番組内での毒舌や元来のアクの強い所作などは形を潜めるようになっていった(芳村の忠告以外にも、上記の奥居香の発言につき、奥居やその周辺の関係者からの猛批判にさらされ、最終的には番組への出演拒否を当時担当していたラジオ番組内で奥居が公言するという最悪の事態に発展したこと、更に一部のアーティストの中にも加賀のあまりの過激な毒舌を交えた司会ぶりをテレビで見て、奥居と同じように出演拒否の方針を打ち出した者が出始めたことに、番組関係者が焦燥感を覚え、やむなく以前の番組のカラーに回帰していく方向で軌道修正を図らざるを得なくなり、その一環として半ば「自主規制」のような形で加賀の毒舌にも抑制がかかった、と見る向きもある)。 一方で、それまでタブーとされてきたハレーションを「加賀ライト」(古舘伊知郎が命名)として公にするなど、番組が凋落の一途をたどるなか、その個性が際立った。また、松田優作が亡くなった翌日の放送で、追悼で松田が出演した時のVTRを流した後に涙を流して追悼のコメントを語る等、意外と涙もろい一面を見せた。
アンチ読売ジャイアンツであり、フジテレビのプロ野球中継でゲスト出演した際、巨人の選手が凡退すると「ざまあみろ」と暴言を吐いたこともある。
飯島愛とはテレビ東京系クイズ番組『クイズ赤恥青恥』で共演して以来、意気投合する仲である。加賀と同様、容赦なく暴言を吐くところや人脈の広さから、飯島に対して“ポスト加賀まりこ”との呼び声が高かった。
明石家さんまとも仲が良く、かまやつひろしに呼ばれ、テニスの途中だったにもかかわらずさんまのまんまに飛び入り出演したこともある。ちなみに同番組ではいつも、さんまの部屋という設定にもかかわらず土足で収録に臨んでいる(二度目はテニスシューズ)。なお、さんまから『あと10歳若ければ交際を申し込みたかった』と言われたことがあることを、1987年の同番組収録時に暴露した。
麻雀を愛好し、腕も上級である。深夜の麻雀対局番組などでその姿を見ることが出来る。
1999年7月、川添象郎(音楽プロデューサー、風吹ジュンの元夫)が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された際、車に同乗していた。後にマスコミのインタビューに答え、事情聴取に応じた時のことを「このへんでカツ丼が出てくるのかなとか思ってた」と発言した。
よく若手女優をいじめている(または、いじめていた)というような報道をされることがある。「面倒を見ている」というのが彼女の言い分である。『澪つくし』で共演した、デビューしたての沢口靖子にはわがままで手を焼いていたと言い、「最近はほんとにいい子になった」と評している。常盤貴子などにも早くから高い評価を与えており、「彼女(加賀)が丸くなったのだ」とする声もある。加賀のいじめが原因で体調を悪くした女優がそれから数年後に自殺しており、そのことで加賀の考え方が少し変わったと言われている。
近年、バラエティ番組に出演する際でも、上記の『夜ヒット』司会時代のような露骨なまでの毒舌を吐くことはめっきり減っている。これは、バラエティ番組の出演が90年代と比べ大きく激減しており、逆にドラマ出演の方が多くなったことが大きく影響している。
「かつら」装着者を見分けることが出来るらしい。『笑ってヨロシク』共演時、高田文夫によく教えていたらしい。
かつてジャクリーン・ケネディ・オナシスがTV番組で取り上げられたとき、「この人は性格の悪さが顔ににじみ出ている」と発言したことがある。
歯科医院が好き。
[編集] 出演
[編集] 映画
- 涙を、獅子のたて髪に(1962年、松竹)
- つむじ風(1963年、松竹)
- 乾いた花(1964年、松竹)
- 月曜日のユカ(1964年、日活)
- 美しさと哀しみと(1965年)
- 大根と人参(1965年)
- とべない沈黙(1966年、日本映画新社)
- 坊っちゃん(1966年、松竹)
- 惜春(1967年)
- 不信のとき(1968年、大映)
- 白鳥の歌なんか聞こえない(1972年、東宝)
- ゴギブリ刑事(1973年、東宝・石原プロモーション) - 杉本裕子 役
- 八甲田山(1977年、東宝)
- 泥の河(1981年)
- 陽炎座(1981年)
- 道頓堀川(1982年、松竹)
- 愛情物語(1984年)
- 麻雀放浪記(1984年)
- 春の鐘(1985年)
- 優駿 ORACION(1988年)
- きらきらひかる(1992年)
- 新極道の妻たち 覚悟しいや(1993年、東映)
- Love Letter(1995年)
- 花より男子〜ファイナル〜(2008年)- 道明寺楓 役
[編集] テレビドラマ
- あひるの学校(1968年、NHK)
- ザ・ガードマン 第333話「フランスで死んだ女」(1971年、TBS・大映テレビ室)
- 必殺仕掛人 第23話「おんな殺し」(1973年、朝日放送・松竹) - お美乃
- 非情のライセンス(NET・東映)
- 第1シリーズ 第1話「兇悪の門」(1973年)
- 第3シリーズ 第26話「ああ兇悪! さらば会田刑事」(1980年)
- 隠し目付参上 第5話「これにて一件落着か」(1976年、毎日放送・三船プロ) - お艶
- 大河ドラマ / 花神(1977年、NHK) - お琴
- 新五捕物帳 第11話「心に結ぶ草の露」(1977年、日本テレビ・ユニオン映画) - かみ結いの おしん
- 新・必殺からくり人 第3話「東海道五十三次殺し旅 三島」(1977年、朝日放送・松竹)
- 野々村病院物語II(1982年、TBS)
- 大河ドラマ / 徳川家康(1983年、NHK) - 於こう
- 転校少女Y(1984年、TBS)
- 澪つくし(1985年、NHK)
- ジェニーがやってきた(1986年、NHK)
- 西村京太郎トラベルミステリー 「寝台急行“銀河”殺人事件」(1986年、テレビ朝日・東映)
- 空と海をこえて(1989年、TBS)
- 世にも奇妙な物語 自動振込(1990年、フジテレビ)
- あすなろ白書(1993年、フジテレビ)
- 出逢った頃の君でいて(1994年、日本テレビ)
- 東京タワーは知っている
- 魚河岸のプリンセス(1995年、NHK)
- 大河ドラマ / 毛利元就(1997年、NHK) - 藤野
- 君の手がささやいている(1997年 - 2001年、テレビ朝日)
- ひとりぼっちの君に(1998年、TBS)
- 甘い生活。(1999年、日本テレビ)
- おだまりコンビシリーズ(1999年 - 2002年、フジテレビ)
- 私の青空(2000年、NHK)
- 水戸黄門 第29部 - 第30部(2001年 - 2002年、TBS・C.A.L.) - おるい
- 大河ドラマ / 利家とまつ(2002年、NHK) - たつ
- あなたの人生お運びします!(2003年、TBS)
- 天花(2004年、NHK)
- ラストクリスマス(2004年、フジテレビ)
- ダイヤモンドの恋(2005年、NHK)
- 花より男子(2005年、TBS) - 道明寺楓
- ダイエットの女王 鈴木その子(2006年、日本テレビ)
- 花より男子2(2007年、TBS) - 道明寺楓
- 拝啓、父上様(2007年、フジテレビ)
- 三十万人からの奇跡~二度目のハッピーバースディ~(2008年、テレビ東京)
- Around40〜注文の多いオンナたち〜(2008年、TBS)
- 乙女のパンチ(2008年、NHK)
[編集] テレビ番組
- 夜のヒットスタジオSUPER(1989 - 1990年、フジテレビ)
- 笑っていいとも(フジテレビ)テレフォンショッキングゲスト
- どちら様も!!笑ってヨロシク(1989年 - 1996年、日本テレビ)
- クイズダービー(1989年12月2日放送分ゲスト、1992年7月~12月、TBS)
- 恋のから騒ぎ(日本テレビ)
- ホレゆけ!スタア☆大作戦 ~まりもみ危機一髪!~ #13ゲスト(2007年- よみうりテレビほか)
[編集] CM
- 明治製菓 アルファ(1965年 当時としては珍しい一口タイプのチョコとして発売。加賀が「あッ」と言うだけのCMが話題になった)
- 日清食品 棒棒鶏、豆板醤(1983年 - 1984年 渡辺篤史とCMで共演)
- 東京都 「TOKYO SLIM」(半透明のごみ袋をPRするシーンが話題になる)
- サントリー なっちゃん
- 舞台篇 / 映画篇 田中麗奈と共演。(1998年3月21日 - )
- ダイハツ ムーヴ 広さにびっくり篇 仲間由紀恵と共演。(2006年10月 - )
[編集] 書籍
- とんがって本気
[編集] 写真集
- 私生活(立木義浩)
[編集] 関連書籍
[編集] 関連する芸能人
- 布施明
- 安井かずみ
- かまやつひろし
- 井上順
- 田邊昭知
- 立川談志
- 中尾彬
- 石坂浩二
- 田中健
- 美川憲一
- ベンガル
- 所ジョージ
- 古舘伊知郎
- 田宮二郎(映画『不信のとき』)
- 香取慎吾
- ヒロミ
- 飯島愛
- 明石家さんま
- 野々村真
- カールスモーキー石井
- ダウンタウン
[編集] 関連項目
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