超低床電車
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超低床電車(ちょうていしょうでんしゃ)は、昨今の路面電車路線に投入されることが多い、床面の高さが極めて低い電車のことである。床面が低いことから、停留場のプラットホームからもステップ(段差)を用いずに乗車することが出来る。ノンステップバスと同様の観点で投入されたものともいえる。
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[編集] 概要
元々、路面電車の停留場ではプラットホームの高さが低く、車両では車輪と動力装置を床下に設ける構造が採られていたことから、プラットホーム高さと床面高さの相対差は大きく、乗り降りの際は車両側のステップを用いることが一般的であった。しかし、乗降に時間がかかるうえ、老人や障害者の乗り降りに支障があり、車両によっては扉幅が狭く、介助者が付いても車椅子のままでの乗り降りが物理的に不可能な場合があった。そこで、床面をプラットホーム(場合によっては地上)の高さに近づけ、乗り降りのバリアフリー化を目的に開発された[1]。
世界で最も床の低い車両はウィーンで使用されるULF形で、その数値は180mmであるが、その他は、おおむね300~350 mm程度に設定されている。
[編集] 歴史
1910年代には既に欧米のいくつかの都市で、このような形態の車両が現れている。これらの殆どは、出入り口附近を低床化したもので、中には台車以外の部分を全て低床化したものもある。ドイツではコッペル社が1934年に床面高さ380 mm・ステップレスの4輪電動客車をエッセンに納入している。第二次世界大戦中の1943年まで使用された。しかし、その後、この試みは途絶えていた。
再び動きが出てくるのは1980年代後半の欧州各国である。パワーエレクトロニクスの発展により、機器の小型化が実現、これと車軸の廃止や動力伝達方式の工夫が組み合わさり、様々な形態の車両が生み出されて行く。
その第一号は、スイスのヴヴェー社が1984年に製造した2車体連節車でジュネーブに納入された。台車は通常の構造で、それ以外の部分の床を下げた部分低床車(低床部分の割合から○○%低床車とよばれる)である。このタイプは、その後各メーカーで作られたが、両端の動力台車以外の車軸を廃止して低床部分を拡大している。フランスのグルノーブル、イタリアのトリノ(1988年~89年・フィアットもしくはフィレマ製)などがこのタイプである。
一方、完全低床車としては、イタリアのソシミ社が1989年に4軸ボギー車を試作している。台車の外側に各車輪専用の主電動機を取りつけた方式が特徴で、この方式は後にABB社と共同開発したユーロトラムとして普及する。フランスのストラスブールの車両がこの一例である。
ドイツでは、1982年にこのタイプの研究組織「ドイツ公共輸送事業者協会(VOeV)」が作られ、1991年には独立操舵式車輪と外側にモーターを持つプトロタイプ車両が生まれている。
しかし、同国で大規模に普及したのは、AEG社(実質には買収された旧MAN社の鉄道車両部門)が1990年に試作した通称ブレーメン形である。車体装架カルダン方式で左右それぞれの独立した2つの車輪を1つのモーターで駆動する点が特徴である。
一方、従来ドイツ最大の路面電車メーカーであるデュワグ社は当初、VOeVタイプを中心にしていたため、後塵を拝することになったが、1996年に発表したコンビーノで巻き帰しを図る。片側の2つの車輪を一つのモーターで駆動する直角カルダン方式を採用している。
このほかに、ハブモーターを使用したものがドイツのフランクフルト・アム・マイン(1993年 デュワグ+ABB製)、ベルギーのブリュッセル(1993年、BN+GECアルストム製)などで導入。また、オーストリアのウィーンでは連節部に取り付けた各車輪を垂直方向から駆動する方式(ULF形、1992年試作・1994年以降量産、SGP製)を取り入れている。
このように完全低床車は、複雑な機構を有するため、保守などの面で問題を抱え易い。とくに、左右の車輪が独立し、それぞれにモーターがついている点は、両輪の制御が難しいという問題があった。そのため、2000年にはボンバルディア社が車輪径を小さくする替わりに車軸を復活させたシティーランナーをオーストリアのリンツに納入している。
なお、逆に70%低床車に逆戻りするケースもドイツのフランクフルト・アム・マイン等で見られる。
また、従来型の連節電車に完全低床の中間車体を挿入した事例や、完全低床の附随車を牽引するケースもある。
一方で、一般鉄道でもホームの高さが低い欧州(大陸)では、気動車を含め、鉄道線車両でも同様の超低床車両が作られている。しかしながら、タルゴ以外は部分低床車である。
日本ではバリアフリー化への対応を目指して、1997年の熊本市交通局における9700形投入を皮切りに複数の事業者が導入を進めている。
[編集] 主な車種
各社から様々なタイプが発売されている。 なお、超低床電車が発展した1990年代に、欧米の電機メーカー・車両メーカーは、国境を越えた大規模な合併が進んだ。 そのため、製造メーカー名に留意する必要がある。
[編集] 電気軌道用
- ブレーメン形(通称 MAN→AEG→ADトランツ→ボンバルディア)
- コンビーノ(デュワグ→ジーメンス)
- インチェントロ(ADトランツ→ボンバルディア) 現在はフレキシティ・アウトルックの一部。
- ユーロトラム(ABB→ADトランツ→ボンバルディア)現在はフレキシティ・アウトルックの一部。
- バリオバーン(ABB→ADトランツ→Stadler Rail)
- シタディス(アルストム)
- シリオ(アンサルドブレーダ)
- シティウェイ(フィアット)
- コブラ(ボンバルディア/アルストム) チューリッヒ向け
- アヴァント(ジーメンス) アメリカ国内向け
- ULF(SGP、ジーメンス傘下) ウィーン向け
- クロトラム(クロトラムコンソーシアム)クロアチア国内(ザグレブ)向け
- リトルダンサー(アルナ車両・アルナ工機) 日本国内向け
[編集] 一般鉄道用
- Coradia LINT(アルストム) 気動車
- Coradia LIREX(アルストム) 気動車
- Talent(ボンバルディア)気動車もしくは電車
- Desiro (ジーメンス)気動車
- GTW(シュタッドラー)電車
- FLIRT(シュタッドラー)電車
- SPATZ(シュタッドラー)電車
[編集] 日本の事例
[編集] 特徴
- 台車部分以外を低床化した部分低床車と、車軸のない独立車輪式台車を使用するなどして車内を完全に平坦化した完全低床車がある。
- 通常、床下に配置される車両機器を極力小型化、また屋根上に配置できる電子機器などは屋根上に配置している。
- 椅子下に機器を配置する例もある。
- 複数両(2両以上)編成の場合は連接台車や、台車のある短い車体で台車のない長い車体を挟み込むフローティング車体などを採用している。
- 車椅子での乗り降りが楽にできるよう、扉を広くしている。
- また、車椅子用スペースを設けているのが一般的。
- 車両の横幅を車両限界いっぱいまで広げ、通路を広くしている。
- 車両によっては、車体の裾を広げて通路を広くしている例もある。
[編集] 導入事業者
- 名古屋鉄道(廃線)
- モ800形(廃線により豊橋鉄道、福井鉄道へ譲渡) 全長14.78m 定員72(座30)
- 豊橋鉄道
- モ800形(旧名鉄車)
- 福井鉄道
- モ800形(同上)
- 万葉線
- MLRV1000形 全長18m 定員84(座30)
- 富山ライトレール
- 岡山電気軌道
- 9200形 全長18m 定員74(座20)
- 広島電鉄
- 伊予鉄道
- モハ2100形 全長12m 定員47(座20)
- 土佐電気鉄道
- 100形 全長17.5m 定員71(座28)
- 長崎電気軌道
- 3000形 全長15.1m 定員63(座28)
- 熊本市交通局
- 9700形 全長18.55m 定員76(座24)
- 鹿児島市交通局
- 函館市交通局
- 9600形 全長14m 定員62(座31)
[編集] 関連項目
[編集] 注釈
[編集] 参考文献
- 里田啓「ヨーロッパの低床式LRVの動向」 鉄道ピクトリアル593号、 東京・電気車研究会、 1994年7月増刊
- 久保敏「超低床LRVの登場とその技術」 鉄道ファン384号、 名古屋・交友社、 1993年4月
- 小林茂「ヨーロッパの市電は低床式へ」 鉄道ファン384号、 名古屋・交友社、 1993年4月