江川智晃
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江川智晃 福岡ソフトバンクホークス No.8 |
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基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 三重県伊勢市 |
生年月日 | 1986年10月31日(21歳) |
身長 体重 |
180cm 83kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
守備位置 | 外野手 |
プロ入り | 2004年 1巡目 |
初出場 | 2006年5月5日 |
年俸 | 920万円(推定) |
経歴 | |
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江川 智晃(えがわ ともあき、1986年10月31日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(外野手)である。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入りまで
二見町立二見中学校3年時に第18回全日本少年軟式野球大会に出場し、全国制覇を達成。他県からの野球強豪校からの誘いもあったが、地元の仲間と野球を続けるため、宇治山田商に進む。高校時代は投手兼外野手。投手としては140km/hを超える速球を投げ、打者としては広角に長打を打ち分ける技術に定評があり、早い時期から投手としても打者としてもプロ野球関係者から注目されていた。高校2年夏の大会では決勝でサヨナラホームランを打ち、甲子園出場を決めている。しかし、高校3年夏は甲子園確実と言われながらも決勝で鈴鹿高校にまさかの逆転サヨナラ負け。高校通算33本塁打。50メートル5.8秒の走力を誇る。
2004年のドラフトで福岡ソフトバンクホークスの1巡目指名を受ける。ソフトバンクは江川を野手として評価していたので、プロでも投手をやりたかった江川は社会人野球のシダックスに進む意向だったというが、最終的には入団を決める。
[編集] プロ入り後
当時の二軍監督秋山幸二の方針により、将来の主軸候補として1年目から2軍の4番・遊撃手として英才教育を受けた。ウエスタン・リーグ開幕戦でいきなり山井大介投手から顔面に死球を受け頬を骨折するというアクシデントがあり、一時的な視力の低下もあったが、現役時代に松坂大輔から同じ経験をしたことがある秋山監督の配慮で、特注の顔面保護ヘルメットを身に着け脅威的なスピードで復帰した。
5月5日、一軍に初昇格し、不振のライバル・松田宣浩に代わって即スタメン起用。7番三塁手で出場し、松坂大輔(西武)から初打席初安打(左前打)を放つなど5打数2安打と結果を残した。翌日には西口文也からプロ初打点。さらに本拠地(ヤフードーム)デビューとなった広島戦では黒田博樹からタイムリーヒットを放ち、初めてヒーローインタビューを受けた。このように好投手と対戦し次々と結果を残していることから、「大物食い」との呼び声も高い。しかし5月12日の阪神戦でかかとを痛め登録抹消。その後再登録されるもデビュー時のような活躍はできず、二軍でシーズンを終えた。二軍では打率.274でチームトップの10本塁打・41打点を挙げ、一塁手・三塁手・遊撃手・外野手でそれぞれ10試合以上起用され、さまざまな守備位置が試された。
同じ三塁に松田宣浩や、2007年から復帰した小久保裕紀がいることもあり、2006年オフに外野手へ登録変更。現役時代同じように三塁手から外野手へのコンバートを経験した秋山は「内野手を経験させて色々な動きを覚えたら外野手に転向させる方針だった」と語っている。
4月13日のオリックス戦で吉井理人から京セラドーム大阪の3階席まで届く特大のプロ初本塁打を放った。この日4打点を挙げたがこれがこの年挙げた全打点であった。4月に早くも二軍落ちしその後一軍出場はなかったが、二軍では打率.272、6本塁打を打ち、守備では三塁を一度も守らず完全に外野手へと転向した。
[編集] エピソード
- 日本ハムの木下達生は、野球人生の一番の思い出シーンとして、高校時代に江川と対戦して自信を持って投げた球をホームランされ、次元が違うと感じたことを挙げている。
- 春季キャンプ恒例となった朝の声出しでは、2年連続で声が裏返った。
[編集] 年度別打撃成績
年度 | 球 団 |
背 番 号 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
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2005年 | ソフトバンク | 8 | 一軍出場なし | ||||||||||||||||||
2006年 | 11 | 43 | 42 | 2 | 8 | 0 | 0 | 0 | 8 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 14 | 0 | .190 | ||
2007年 | 8 | 17 | 17 | 1 | 4 | 0 | 1 | 1 | 9 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | .235 | ||
通算成績 | 19 | 60 | 59 | 3 | 12 | 0 | 1 | 1 | 17 | 9 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 19 | 0 | .203 |
[編集] 経歴
- 初出場:2006年5月5日 対西武ライオンズ戦(インボイスSEIBUドーム)
- 初安打:2006年5月5日 対西武ライオンズ戦(インボイスSEIBUドーム) 松坂大輔から
- 初打点:2006年5月6日 対西武ライオンズ戦(インボイスSEIBUドーム) 西口文也から
- 初本塁打:2007年4月13日 対オリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)吉井理人から
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- えがちゃんの成長日記 - 本人によるブログ
監督 |
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89王貞治 |
コーチ |
80秋山幸二(チーフ)|88森脇浩司(内野守備走塁)|87井出竜也(外野守備走塁)|81新井宏昌(打撃) 85杉本正(投手)|82高山郁夫(投手)|84大石友好(バッテリー)|92山川周一(コンディショニング) |
二軍監督・コーチ |
76石渡茂(監督)|71鳥越裕介(内野守備走塁)|79五十嵐章人(外野守備走塁)|75山村善則(打撃) 77藤田学(投手)|74岩木哲(バッテリー)|94田之上慶三郎(コンディショニング補佐)|95川村隆史(コンディショニング) |
投手 |
00ホールトン|11小椋真介|13高橋秀聡|14馬原孝浩|16篠原貴行|17大場翔太|18新垣渚|19森福允彦 20スタンドリッジ|21和田毅|24高橋徹|28大隣憲司|31佐藤誠|33星野順治|34山田秋親|35ニコースキー 38神内靖|39久米勇紀|40藤岡好明|41岩嵜翔|43ガトームソン|44水田章雄|47杉内俊哉|48甲藤啓介 49パウエル|54川頭秀人|56柳瀬明宏|57三瀬幸司|59大西正樹|61山村路直|63大田原隆太|64西山道隆 66斉藤和巳|68竹岡和宏|91陽耀勲 |
捕手 |
12高谷裕亮|22荒川雄太|25的山哲也|26的場直樹|29加藤領健|62山崎勝己|70田上秀則 |
内野手 |
0仲澤忠厚|3松中信彦|5松田宣浩|9小久保裕紀|10本間満|32森本学|36明石健志|37福田秀平 45李杜軒|46本多雄一|50吉本亮|52川崎宗則|53金子圭輔|65藤井翼 |
外野手 |
1柴原洋|6多村仁|7大村直之|8江川智晃|23城所龍磨|27中西健太|30長谷川勇也 42レストビッチ|51荒金久雄|55小斉祐輔|58辻武史|60中村晃|69井手正太郎 |
育成選手 |
121山田大樹(投手)|122吉川元浩(内野手) |
福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス) 2004年ドラフト指名選手 |
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1巡目:江川智晃 / 3巡目:高橋徹 / 4巡目:中西健太 / 5巡目:高橋秀聡 / 6巡目:加藤領健 / 7巡目:定岡卓摩 |