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ゆとり教育 - Wikipedia

ゆとり教育

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ゆとり教育(ゆとりきょういく)とは、学習者が詰め込みによる焦燥感を感じないよう、学習内容を以前よりも縮小した教育のこと。これにより落ちこぼれの問題が大幅に解消されるとされた。

目次

[編集] 経緯

  • 1972年 日本教職員組合が、「ゆとり教育」とともに、「学校5日制」を提起した(2007年7月1日放送TBS「報道特集」にて 槙枝元文元委員長発言)。
  • 1977年(昭和52年) 学習指導要領の全部改正 (1980年度〔昭和55年度〕から実施)
    • 学習内容、授業時数の削減。
    • 「ゆとりと充実を」「ゆとりと潤いを」がスローガン。
    • 教科指導を行わない「ゆとりの時間」を開始。
  • 1989年(平成元年) 学習指導要領の全部改正 (1992年度〔平成4年度〕から実施)
    • 学習内容、授業時数の削減。
    • 小学校の第1学年・第2学年の理科社会を廃止して、教科生活を新設。
  • 1992年(平成4年)9月から第2土曜日休業日に変更。1995年(平成7年)4月からはこれに加えて第4土曜日も休業日となった。
  • 1996年 (平成8年) 文部省中教審委員にて「ゆとり」を重視した学習指導要領を導入
  • 1999年(平成11年) 学習指導要領の全部改正 2002年度〔平成14年度〕から実施)・・・ゆとり教育の実質的な開始
  • 2004年 OECD生徒の学習到達度調査(PISA2003, TIMSS2003)の結果が発表され、日本の点数低下が問題となる。
  • 2005年 中山成彬文部科学大臣、学習指導要領の見直しを中央教育審議会に要請。
    • 次年度より指導要領外の学習内容が「発展的内容」として教科書に戻る。
  • 2007年安倍晋三首相のもと「教育再生」と称して、ゆとり教育の見直しが着手されはじめた。しかし日教組は「ゆとり教育を推進すべき」という考えを主張(2007年7月1日、TBS「JNN報道特集」)。


[編集] ゆとり教育以前 「知識重視」対「経験重視」

そもそも日本の学校教育は、知識重視型と経験重視型の教育方針の間でたびたび揺れ動いてきたという歴史を持っている。

戦前の日本の教育は、諸学問の成果を系統的に教授する形態が取られていた。これが第二次世界大戦後の民主化改革にあたり、知識を持つ教員から知識のない児童・生徒に対する一方的かつ権威主義的な教育であるとして、軍国主義の原因になったものとの批判を浴びた。そのことから、終戦後の教育には、子供達の日常生活という直接体験から学ぶ経験主義的な教育方針が採用されたのであった。しかし、この経験学習に対しては、戦前に比べて学力が低下しているとの批判が次第になされるようになったため、日本の教育は再び系統的な知識も重視するものへ方針を戻すこととなった。ゆとり教育以前のいわゆる「詰め込み教育」も、実のところ、こうした教育方針転換の結果であった。

1970~80年代の団塊ジュニア世代詰め込み教育管理教育受験戦争によって発生した[要出典]校内暴力いじめ登校拒否落ちこぼれ受験戦争など、学校教育や青少年に関わる数々の社会問題を背景に、1996年7月19日の第15期中央教育審議会の第1次答申が発表された。答申は、子供達の生活の現状として、ゆとりの無さ、社会性の不足と倫理観の問題、自立の遅れ、健康・体力の問題と同時に、国際性や社会参加・社会貢献の意識が高い積極面を指摘する。その上で答申は、これからの社会に求められる教育の在り方の基本的な方向として、全人的な「生きる力」の育成が必要であると結論付けた[1]。この提言を受けて、週5日制など「ゆとりの教育」が始まったとされている。具体的に週5日制に移行したのは、2002年4月である。

なお、学習指導要領的な性質をもつようになったのは1958年(昭和33年)以降であり、それまでは法的な性質を有していない「試案」とされていた。

[編集] 社会的な支持

知識偏重の詰め込み教育を批判していた教師や保護者などの他にも、経済同友会などの経済界[2][3]や、学者弁護士宮崎裕子をはじめとする識者などの民間人が参加した「21世紀日本の構想」懇談会小渕恵三内閣総理大臣の私的諮問機関)[4]でも、ゆとり教育を支持していた[5]。「21世紀日本の構想」懇談会は、教育への市場原理導入の観点から義務教育週3日制を提案した。

[編集] 結果

ゆとり教育(ここでは平成10年度から11年度にかけて告示された指導要領を指す)は、学力低下を引き起こすと心配されていた。成果については(文部科学省内においてすら)定まってはいない[6][7]

学力低下に関わる議論においては、ゆとり教育は批判されている。

小中学校においてゆとりが生まれた分、高校以降にしわ寄せが行っている事も否定できない。

[編集] 試験結果

学力の上昇を示すもの、低下を示すもの、ともにあるのが現状である。

例えば、ゆとり教育見直しの機運が高まるきっかけとなった国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2003 2003年にIEA(国際教育到達度評価学会)が実施)[1]では、中学2年生の数学は前回のTIMSS1999年よりも9点、前々回のTIMSS1995よりも11点、いずれも有意に低くなっており(順位は5位のまま)、数学が楽しいと思う者の割合も減少している。

一方で、平成15年度 小・中学校教育課程実施状況調査(2003年に国立教育政策研究所が実施)では、多くの学年、教科で前回調査と同一の問題については、正答率が有意に上昇した設問が、正答率が有意に下降した問題よりも多かった。特に、小学生と中学3年生の学力向上が顕著で、理科では前回より正答率が上昇し、アンケートで「勉強が好き」「どちらかというと好きだ」と答えた子の割合は増加傾向にある。

最新の結果である2007年12月に発表されたPISA2006では、読解力は14位→15位へ(統計的には9~16位グループ)、数学的リテラシーは6位→10位へ(同4~9位)、科学的リテラシーは2位→6位へ(同2~5位)へ、と全分野で順位を下げる結果となった。

その他結果の詳細は、学力低下#試験・調査結果を参照されたい。

[編集] 政府の方針転換

2005年に中山文部科学大臣が中央教育審議会に、学習指導要領の見直しを指示した。

2007年10月30日の中央教育審議会答申では、ゆとり教育による学力低下を認め、反省し、授業日数の増加、理数系、英語の授業日数増加を提言した。

他には、教育再生会議内閣府設置会議)が出した報告書(第1次:2007年1月24日 第2次:2007年6月1日)において、「授業時間の10%増(必要に応じて土曜日授業の復活)」などが盛り込まれている。

2008年2月15日、文部科学省は、諮問機関「中央教育審議会」が前月に出した答申に沿い、2011~2012年度から授業時間を全体で3~6%、理数系に限れば2009年度から前倒し実施で15%ほど増加させた指導要領改定案を発表した。

[編集] 様々な議論

[編集] 学力低下の原因はなにか

今日の世論では、ゆとり教育の実施による学習内容の削減が基礎学力の低下を招いているという批判・否定的な意見が非常に多い(一部の塾・学校などでは、ゆとり教育が開始される以前からこのような世論になることを予想していた)。その一方で、基礎学力の低下の原因がゆとり教育と決め付けてしまうのは難しく他にも原因があるのではないか、等の意見もある。例としては国際学力テストの順位が下がった事について、単純にゆとり教育が原因なのか、それともテストの問題によるバラツキがあったためかなどの因果関係が明らかにされていないとの主張があるが、PISAなどの大規模な調査の場合は統計学における大数の法則によりこのようなばらつきはほとんどでありえないないので根拠がない。詳細は学力低下を参照。

また、基礎学力の低下により中学高校での学習に支障が出ているとの指摘もある。しかし、こうした現象の背景には生徒数の減少による受験圧力の低下があるという説(小川、2000年)や学級崩壊との関連もあり、一概に学習指導要領の内容のみに責を帰すべきものかどうか、結論は出ていない。

[編集] 格差を固定するのか

ゆとり教育が学力低下を引き起こすという危惧から、親は児童生徒学習塾に通わせることが増えている[8]。これによって、学力格差が発生しているという意見がある。詳細は学力格差を参照。

ただし、教育エートスの差異は1960年代の高度成長期に由来するとの説もある。すなわち、高度成長期に「金の卵」として都市部に出てきた人々の子供・孫の家庭では積極的に教科学力を獲得させようとする意欲に乏しいことが多く、こうした層の子弟が大学全入時代における受験圧力の消失によって完全に学校教育への意欲を失い、学習放棄をしているとの説である[9]

[編集] 指導要領の解釈のブレの問題

従来、学習指導要領に示される学習内容は、「到達目標」(教育目的における十分条件)とされてきた。しかし、実際には「これ以上教えてはいけない」という硬直的な解釈もまかり通り、学習内容の削減とともに学習進度の早い児童・生徒(浮きこぼれなど)に対する対処が問題となった。

2002年平成14年)に文部科学省は、学習指導要領の内容を最低基準と位置づけ、発展的な学習内容を教科書に掲載したり、各学校で発展的な学習の指導を行っても良いという方針に改めた(なお、この方針は、“発展的な学習の指導を行わなければならない”というわけではなく、“学習指導要領に定めた最低基準を満たしさらに余裕のある児童・生徒に対し、その実態に合わせてさらに発展的な学習の指導を行っても良い”というものである)。このことと整合性をとるため、2005年の教科書検定では小中学校の教科書にも発展的な内容の記述が容認された。

[編集] 総合的な学習の問題

ゆとり教育によって導入された「総合的な学習の時間」は、教員や児童・生徒の力量・意欲が高い場合は成功しやすく、そういった要素に左右されるという欠点を持つとされる。ただし、基本的に総合的な学習時間のなにを成功・失敗の評価基準とするのかという問題も存在する。実際、総合的な学習の時間を有意義に使う学校もある一方で、単に不足している授業時間の補完など評価基準のはっきりした伝統的科目の学力向上に使うなどという所も少なくなかったとされる。また、基礎学力が低い生徒は、「総合的な学習の時間」の目的とされる「主体的に考える力」なども低くなる傾向があるという指摘もある[10]

[編集] 受験産業の反応

改訂された学習指導要領の内容が明らかになると、学習塾や進学予備校などの受験産業は活発な営業活動を行った。マスコミなどを使い「ゆとり教育」に対する危機感を訴えることによって、親の不安を煽り、活発に児童・生徒の勧誘活動を行ったのである[11]。折込チラシ、CMなどの広告活動や、自らがスポンサーとなっているテレビ番組内などで「小学校では円周率をおよそ3として教えている(日能研[11]」「ゆとり教育で学力低下を引き起こす」「あなたの子供の将来が危ない」という正確性にかける情報で危機感を煽り、営業活動を行った事例もある。学習塾などがこういった営業活動を行った背景には、少子化で子供が減る中で、学習塾間で「パイの奪い合い」が発生していたことが挙げられる[11]

また、一部私立小学や私立中学の募集広告にも「公立小学や公立中学に通うと学力低下、本校は独自カリキュラムで学力低下とは無縁」といった謳い文句での営業活動も見られる。

一般的に、学習塾や進学予備校、さらには半ば進学予備校と化している一部私立学校の教育は、本来日本教育が海外よりも立ち遅れていて、解決すべき課題である「自ら考える、解決する力」を補足的に伝授するというよりも、上位校や有名進学校の受験突破のための「暗記」「受験テクニック」を教えることが多く、偏差値上での学力向上はするが「考える力」が身につくかどうかは不明であるとの声もある。

「ゆとり教育」の失敗により塾に頼らざるを得ない公立校は塾の教師やスタイルを取り入れて学校教育を変えようという試みもみられている[12]。一例としては杉並区立和田中学校(校長は民間出身者)にて2008年1月に行われた「夜スペシャル」があり、これは成績上位者のみを対象に、名門進学塾の講師を派遣して有料(1万円~2万円)で授業を行う(学校が運営しているわけではなく、保護者の有志団体による運営形式)。これについて「学校の特色としてはいい」という意見の一方、「学力格差の固定に公立学校が手を貸している」(西東京市教育委員会、武蔵野市教育委員会)、「受験テクニックを学校で教えるべきではない」(杉並区教職員組合委員長)との批判も聞かれた。

さらには、都立高校などが「総合的な学習の時間」のカリキュラム作成にもたついている間に、日能研を初めとする一部の塾は、

「自ら学び考える力を育てる授業。『総合学習』そのものだ」[11]より引用

と「総合的な学習の時間」を商品として提供を始めている。この背景には、私立学校や、中高一貫校入学試験が、PISAに似たものになってきている状況がある[11]

[編集] 海外における「ゆとり教育」的な教育

ゆとり教育をすすめていたデンマークでも、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)の結果が下がり、学力低下が議論になった。教育改革として、義務教育の1年早期化などが議論されている。学校の現場では、学力向上を目指した教育改革に反発があるものの、生徒の親は学力低下への不安が強いようである[13]

しかし、同じくOECD生徒の学習到達度調査(PISA)においてトップの成績をあげ、全ての項目で日本を上まわったフィンランドは、週休二日制であり、授業時間も日本よりかなり少なく、また「総合的な学習」に相当する時間も日本より多く、「ゆとり教育」に近い内容である。すなわち時数削減や「総合的な学習」と「学力低下」は無関係であるという指摘もある[14]。ただし、フィンランドでも高校受験の競争は存在するし、フィンランドの教育が日本と異なる点も多く、例えば、「カルタ」と呼ばれる思考力や独創性をつける教材を用いて反復練習を行うことで高い思考力を身につけているという指摘もある。ほかにも、できない子(多い学年では30%ほど)には特別に補習授業の時間が設けられているため、フィンランドでは授業時間が少ないのに成績がよいとの主張は正確でないとの指摘もある。さらに、現場の裁量が大きく、1クラスの人数が少なく、1人1人に合わせたきめ細かな教育ができる態勢があること、教員免許は原則修士号を取得が条件となっていることなど、教員の質の向上システムが確立されているのも注目すべき点である。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ 中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について-子供に『生きる力』と『ゆとり』を-」1996年7月19日
  2. ^ 『学校から「合校」(がっこう)へ』1995年4月 経済同友会
  3. ^ 『規制撤廃・緩和に関する要望』1995年9月8日 経済同友会
  4. ^ 2000年1月18日報告書 小渕内閣主催
  5. ^ 『なぜ「ゆとり教育」は失敗したのか? ~せっかちな創造性の追求【前編】』2007年11月16日付配信 日経ビジネスオンライン
  6. ^ 2005年4月23日付配信『「好成績」戸惑う文科省 なぜ、上向いたのか』(毎日新聞)
  7. ^ 2007年4月14日付配信『ゆとり教育:学力向上にプラスかマイナスか 揺れる評価』(毎日新聞
  8. ^ 2005年12月15日付 『小学生の塾費用16%増加 学力低下の不安から』朝日新聞
  9. ^ 小川、2000年
  10. ^ 『「学力低下」の実態』:ISBN 978-4000092784 2002年 苅谷剛彦・清水睦美・志水宏吉・諸田裕子
  11. ^ a b c d e 『「総合学習」進化する塾 公教育のもたつき尻目に先へ』2008年2月18日付配信 産経新聞
  12. ^ 2008年1月26日産経新聞
  13. ^ 『デンマークで“ゆとり教育”見直し』2006年7月4日付配信 読売新聞
  14. ^ 比較・競争とは無縁 学習到達度「世界一」のフィンランド2005年2月25日付配信 朝日新聞
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