自然数
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自然数(しぜんすう、Natural number)とは、ものの個数、もしくはものの順序(これは正確には有限順序数)という概念を表す数の一群のことである。文脈によっては、その一群に属する個々の数を指して自然数ということもある。自然数は0, 1, 2, 3, … とどこまでも続き、その全体は可算無限集合である。また、自然数には 0 を含めないとする流儀もある(詳しくは自然数の歴史と零の地位の節を参照)。0 を自然数に含めるかどうかが大きく問題となる場面においては、いちいちその取り扱いについて断るべきである。
集合論の文脈においては、自然数は物の個数を数える基数のうちで有限のものであると考えることもできるし、物の並べ方を示す順序数のうちで有限のものであると考えることもできる。
正の整数ないしは負でない整数を自然数と同一視することにより、自然数を整数の一部として取扱うことができる。数学の基礎付けにおいては、自然数の間の加法についての形式的な逆元を考えることによって整数が定義されている。
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[編集] 自然数の歴史と零の地位
自然数は「ものを数える言葉」を起源とし、1 から始まる正の数であったと推定されている。
抽象化における最初の大きな進歩は数を表すための記数法の使用であった。これによって大きな数値を記録することが出来るようになったのである。例えば、バビロニア人は 1 と 10 に対応する数字を用いた60進の位取り記数法を開発していた(バビロニアの記数法 en)。
古代エジプト人は 1 から百万までの 10 の累乗それぞれに異なるヒエログリフを割り当てる記数法を用いていた。カルナックから出土して、現在はパリのルーヴル美術館にある、紀元前1500年頃のものとされる石の彫刻には 276 という数値が二つの百と七つの十と六つの一として表記されていた。また、4, 622 という数についても同様であった。
抽象化における更なる進歩は、固有の数字を用いた数としての 零 という概念である。 バビロニア人は紀元前700年までには位取り記数法において零を表す桁というものを用いてはいたが、それは決して最終桁には用いられなかった。 オルメカとマヤの文明では紀元前1世紀までには、数字を離して表記することで零を表す方法が独立に用いられていたが、それらがメソアメリカの外に出ることはなかった。 現代的な概念は628年のインド人数学者ブラーマグプタにさかのぼる。 全ての中世の暦算家(イースターの計算者)たちはディオニュシウス・エクシグウスが525年に始めて以来、零を数として用いたものの、それを表すローマ数字は使われなかった。その代わりに「無」を表すラテン語の nullae が使われた。
抽象的な概念としての数の体系的な最初の研究は通常、古代ギリシアの哲学者、ピュタゴラスとアルキメデスに帰せられる。しかしながら、独立した研究が同時にインド、中国、メソアメリカにおいてなされている。
19世紀、自然数の集合論的な定義がなされた。この定義によれば零(空集合に対応する)を自然数に含める方がより便利である。集合論、論理学、計算機科学などの分野ではこの流儀に従うことが多い一方、他の数学、特に数論などの分野では 0 を自然数には含めない流儀が好まれることが多い。どちらの流儀をとるにしろ、通常は著作あるいは論文毎に定義や注釈で明示されるので、大きな混乱は生じない。とくに混乱を避けたい場合には 0 から始まる自然数を指すために非負整数という用語を用いることもよくある。また、日本における初等中等教育では、自然数は 1 からはじまる、と指導される。
19世紀のドイツの数学者レオポルト・クロネッカーが「整数は神の作ったものだが、他は人間の作ったものである」という言葉を残し、正の整数が自然な数と考えた頃から、自然数という用語が定着したとされる[1]。
[編集] 形式的な定義
[編集] 自然数の公理
自然数がどんなものかは子供でも簡単に理解できるが、その定義は簡単ではない。自然数を初めに厳密に定義しようとしたのはペアノの公理によるものである(1891年、ジュゼッペ・ペアノ)。それによると以下のようになる(ただし、ペアノの原典においては以下とは少し違った形式で公理系が述べられている。ペアノの公理参照)。
- 自然数 0 が存在する。
- 任意の自然数 a にはその後者 (successor)、suc(a) が存在する(suc(a) は a + 1 の "意味")。
- 0 はいかなる自然数の後者でもない(0 より前の自然数は存在しない)。
- 異なる自然数は異なる後者を持つ。つまり a ≠ b のとき suc(a) ≠ suc(b) となる。
- 0 がある性質を満たし、a がある性質を満たせばその後者 suc(a) もその性質を満たすとき、すべての自然数はその性質を満たす。
最後の公理は、数学的帰納法を正当化するものである。ここで、次のことを指摘しておくべきだろう。すなわち、この定義の中の "0" というのは我々が通常考えている数としての零と必ずしも対応する必要は無いと言うことである。ここでの "0" は単に、適切な後者関数と組み合わせた時にペアノの公理を満足するような要素を意味するに過ぎない。
集合論における標準的な自然数の構成は以下の通りである。
- 空集合を 0 と定義する。
- 任意の集合 a の後者は a と {a} の合併集合として定義される。
- 0 を含み後者関数について閉じている集合のひとつを M とする。
- 自然数は「後者関数について閉じていて、0 を含む M の部分集合の共通部分」として定義される。
無限集合の公理により集合 M が存在することが分かり、このように定義された集合がペアノの公理を満たすことが示される。 このとき、それぞれの自然数は、その数より小さい自然数全てを要素とする数の集合、となる。
- 0 := {}
- 1 := suc(0) = {0} = {{}}
- 2 := suc(1) = {0, 1} = {0, {0}} = { {}, {{}} }
- 3 := suc(2) = {0, 1, 2} = {0, {0}, {0, {0}}} = { {}, {{}}, { {}, {{}} } }
等々である。
このように定義された集合 n は丁度(通常の意味で)n 個の元を含むことになる。また、これは有限順序数の構成であり、(通常の意味で)n ≤ m が成り立つことと n が m の部分集合であることは同値である。
以上のような自然数の構成は有用であるが、これが唯一の可能な構成と言うわけではない。例えば、0 := {}, suc(a) := {a} と定義したならば、
- 0 = {}
- 1 = {0} = {{}}
- 2 = {1} = {{{}}}
等となるし、また、0 := {{}}と定義することもできて、これと suc(a) := a ∪ {a} とを組み合わせれば、
- 0 = {{}}
- 1 = {{}, 0} = {{}, {{}}}
- 2 = {{}, 0, 1} = {{}, {{}}, {{},{{}}} }
となる。
以下においては、最初に述べた標準的な構成に従うこととする。
[編集] 加法と乗法
自然数の加法は再帰的に、以下のように定義できる。
- すべての自然数 a に対して、a + 0 = a
- すべての自然数 a, b に対して、a + suc(b) = suc(a + b)
suc(0) := 1 と定義するならば、suc(b) = suc(b + 0) = b + suc(0) = b + 1 となり、b の後者とは単に b + 1 のことである。
加法が定義されたならば、自然数の乗法は再帰的に、以下のように定義できる。
- すべての自然数 a に対して a × 0 = 0
- すべての自然数 a, b に対して a × suc(b) = (a × b) + a
加法、乗法とも (i) 0 に対する演算結果を定義し、(ii) ある自然数 b に対する演算結果を用いてその次の自然数 suc(b) に対する演算結果を定義する、と言う形式になっている。(i), (ii) をあわせることで、あらゆる自然数に対する演算結果が一意に得られることになる(数学的帰納法)。自然数は加法について、0 を単位元とする可換モノイドになっている。また、乗法についても、1 を単位元とする可換モノイドになっている。
加法と乗法は以下の法則を満たす。
- 結合法則
- (a + b) + c = a + (b + c)
- (a × b) × c = a × (b × c)
- 交換法則
- a + b = b + a
- a × b = b × a
- 分配法則
- a × (b + c) = (a × b) + (a × c)
以上の法則は加法、乗法の定義から数学的帰納法を用いて証明できる。
慣例として、a × b は ab と略記され、乗法は加法より先に計算される。例えば、 a + bc という式は a + (b × c) を意味する。
[編集] 順序
a+c=b となる自然数 c が存在するとき、またそのときに限って、 a ≤ b と書いて自然数に対する全順序を定義する。この順序は自然数の演算に対して次の性質を満たす。
- 任意の自然数 a, b, c に対して a ≤ b ならば
- a + c ≤ b + c
- ac ≤ bc
順序に関して自然数が持つ重要な性質の一つは、それが整列集合であるということ、つまり自然数を要素とする空でない任意の集合は必ず最小元を持つということである。
[編集] 除法
ある自然数を他の自然数で割った結果を自然数として得ることは一般には可能でないが、余りつきの除法は可能である。任意の二つの自然数 a と b(ただし、b ≠ 0)に対して次の性質を持つ q と r が求められる。
- a = bq + r (ただし r < b)
q と r をそれぞれ、a を b で割った商と余りと呼ぶ。q と r は a と b を決めたならば、一意に決まる。この除法は他のいくつかの性質(整除性)、アルゴリズム(ユークリッドの互除法など)、数論におけるアイデアにおいて鍵となる。
[編集] 記法
自然数全体の成す集合は普通 Natural number の頭文字をとって N または と表される。
0 を含むかどうかの曖昧さを避けるために、正の整数(0 を含まない)を次のように表すこともある:
- N+ () または N+ ()
- Z+ () または Z+ () または Z> 0 ()
また、非負整数 (0を含む) を表すのに、次の記法が使われることもある:
- N0 () または N0 ()
- Z+0 () または Z≥ 0 ()
[編集] 特殊な自然数
[編集] 素数
自分自身と 1 以外の約数を持たない 1 より大きな自然数を素数という。無限に存在する。小さい方から列挙すると次の通りである。
- 2, 3, 5, 7, 11, 13, …
[編集] 双子素数
差が 2 であるような素数の組のこと。例えば 3 と 5、41 と 43 などは双子素数である。双子素数は無限にあるか、という問題は未解決である。
[編集] 完全数
完全数は自分自身を除く約数の和が自分自身と等しい自然数である。小さい方から列挙すると次の通りである。
- 6, 28, 496, 8128, 33550336, 8589869056, 137438691328, 2305843008139952128, …
偶数の完全数はメルセンヌ数と深い関係がある。知られている完全数は全て偶数であり、奇数の完全数はないと予想されている。類似の概念に、友愛数、社交数などがある。
[編集] 関連項目
- 整数
- 数論
- 偶数と奇数
- 0
- 1から10までの自然数:1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10
- 11から20までの自然数: 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20
- 21から30までの自然数: 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30
- 31から40までの自然数: 31, 32, 33, 34, 35, 36, 37, 38, 39, 40
- 41から50までの自然数: 41, 42, 43, 44, 45, 46, 47, 48, 49, 50
- 51から60までの自然数: 51, 52, 53, 54, 55, 56, 57, 58, 59, 60
- 61から70までの自然数: 61, 62, 63, 64, 65, 66, 67, 68, 69, 70
- 71から80までの自然数: 71, 72, 73, 74, 75, 76, 77, 78, 79, 80
- 81から90までの自然数: 81, 82, 83, 84, 85, 86, 87, 88, 89, 90
- 91から100までの自然数: 91, 92, 93, 94, 95, 96, 97, 98, 99, 100
[編集] 参考書籍
- ^ ベル
- 保江邦夫 『数の論理 マイナスかけるマイナスはなぜプラスか?』 講談社、2002年。ISBN 4-06-257397-0。
- 高木貞治 『数の概念』 岩波書店、1970年。ISBN 4-00-005153-9。
- ベル, E.T. 『数学をつくった人びと』 田中勇、銀林浩訳、東京図書、1962-1963。
- デーデキント, リヒャルト 『数について 連続性と数の本質』 河野伊三郎訳、岩波書店、1961年。ISBN 4-00-339241-8。
- Landau, Edmund (2001). Foundations of Analysis. Chelsea Pub Co; Reprint. ISBN 978-0821826935.
[編集] 外部リンク
- Weisstein, Eric W. "Natural Number." From MathWorld (英語)