新潟県立小千谷高等学校
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過去の名称 | 新潟県立小千谷中学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 新潟県 |
併合学校 | 新潟県立小千谷女子高等学校 |
設立年月日 | 1901年3月6日 |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 | 普通科(7学級) |
所在地 | 〒947-0005 |
新潟県小千谷市旭町7-1 北緯37度18分24.5秒東経138度48分40.5秒 |
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電話番号 | 0258-83-2262 |
外部リンク | 公式サイト |
新潟県立小千谷高等学校(にいがたけんりつおぢやこうとうがっこう)は、新潟県小千谷市旭町に所在する県立高等学校。学生や地元住民からは谷高(やこう)の愛称で親しまれる。
目次 |
[編集] 概要
1901年に魚沼地域初の旧制中学校として開校。1924年に六日町中学校が開校するまで、魚沼地域では唯一の旧制中学校であった。1948年に新制高校へ改組、1950年に小千谷女子高校(旧小千谷高女)を統合する。現在に至るまで進学校として位置づけられているが、平成以降徐々に志願者が減少する事態に陥った。これは全体の5割に当る推薦入試枠で入学した生徒が勉学意識の低下をもたらした為であるとされ、同時に学力低下も危惧された。本校では国立大学を始めとする大学進学希望者が多数在籍している為、主に次の様な取り組みを行っている。
- 10分間の朝学習による基礎学力の定着。
- 授業時間を50分→55分へ増加(土曜授業廃止分)。
- 上級学校訪問、進路講演会等を行うことによる進路決定の足がかり作り。
- 校外模試や長期休業中の補習・平日補習による応用力の養成。同じく長期休業中の補習・平日補習による成績不振者対策。
- マナーや頭髪服装等の生徒指導の強化。
結果として2006年春より3年連続で東北大学合格者を輩出、地元の新潟大学合格者も以前と比べ増加するなど成果を挙げている。
[編集] 沿革
[編集] 年表
- 1901年3月6日 新潟県立小千谷中学校として開校。
- 1948年 新潟県立小千谷高等学校となる。
- 1950年 新潟県立小千谷女子高等学校(旧制小千谷高女)を統合、男女共学開始。
- 1952年 小出分校が独立(現新潟県立小出高等学校)。
- 1955年 定時制吉谷分校を開校。
- 1963年 団塊の世代による高校進学者数増加に伴い、全日制普通科10学級、商業科2学級、家庭科1学級編成となる。
- 1964年 全日制家庭科が募集停止(新潟県立小千谷西高等学校開校に伴う)。
- 1966年 昭和41年度入試より中学区制へ移行、入試教科が9教科→5教科となる。
- 1966年 野球部が全国高等学校野球選手権大会に出場。
- 1969年 全日制普通科7学級、商業科1学級編成となる。
- 1970年 全日制商業科が募集停止、普通科8学級編成となる。
- 1974年 定時制進学者数減少に伴い、定時制片貝分校を閉校。
- 1976年 定時制進学者数減少に伴い、定時制吉谷分校を閉校。
- 1978年 校舎新築に伴い、第3学年が新校舎へ移転。
- 1979年 校舎新築に伴い、第1・2学年が新校舎へ移転。
- 1990年 プール竣工に伴い、プール開きが行われる(平成2年度より水泳授業を開始)。
- 1997年 定時制募集停止。
- 2002年10月26日 創立100周年記念式典・記念講演会挙行。
- 2003年 平成15年度入学生より普通科7学級編成となる。
- 2004年10月23日 新潟県中越地震発生。校舎・校地に甚大な被害。第一体育館と会議室が小千谷市住民の避難所となる。
- 2007年7月16日 新潟県中越沖地震発生。
[編集] 交通
[編集] 学校行事
- 4月 入学式
- 5月 中間考査
- 6月 体育祭
- 7月 期末考査、球技大会
- 9月 舟陵祭(文化祭)
- 10月 中間考査
- 12月 期末考査、2年修学旅行(近年は沖縄方面)
- 1月 百人一首大会(クラス対抗)、中間考査
- 2月 1・2年学校スキー
- 3月 卒業式、学年末考査
なお過去に各界著名人による講演会が行われている。
- ソウルオリンピックで水泳100M背泳ぎで優勝をした鈴木大地氏
[編集] 部活動
[編集] 運動部
- 野球部:1966年に全国高等学校野球選手権大会出場、初戦で奈良県立郡山高等学校に1-5で敗れている。なお、グラウンドには甲子園出場記念碑が設置されている。
- バレーボール部
- スキー部
- 陸上競技部
- テニス部
- ソフトテニス部
- 山岳部
- 剣道部
- バドミントン部
- バスケットボール部
- サッカー部
- 卓球部
[編集] 文化部
[編集] 著名な出身者
- 池田恒雄(ベースボールマガジン誌創刊者.平成元年野球殿堂入り)
- 岡田紅陽(富士山撮影で著名な写真家、旧五千円札裏面の富士山写真は同氏の作品)
- 金子鋭(富士銀行頭取・第6代プロ野球コミッショナー)
- 佐藤弥太郎(京都大学農学部創設時の同学部教授)
- 関淳(松下政経塾塾長)
- 鳥嶋和彦(編集者・集英社取締役)
- 西脇順三郎(詩人・英文学者、本校校歌を作詞)
- 星野行男(政治家・弁護士。元小千谷市長・元衆議院議員)
- 堀澤祖門(戦後初のたった一人の十二年籠山満行者.天台宗大僧正)
- 鷲尾雨工(作家.昭和11年に第二回直木賞受賞)
- 渡辺徹(広島ホームテレビアナウンサー)
- 渡辺彰 ( フランス料理人・新調理システム推進協会会長)