新浦壽夫
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新浦 壽夫 |
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基本情報 | |
---|---|
出身地 | 日本静岡県 |
生年月日 | 1951年5月11日(57歳) |
身長 体重 |
183cm 80kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 左投左打 |
守備位置 | 投手 |
プロ入り | 1967年 ドラフト外 |
初出場 | 1971年(NPB) 1984年(KBO) |
最終出場 | 1992年(NPB) 1986年(KBO) |
経歴 | |
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新浦 壽夫(にうら ひさお、 1951年5月11日 - )は、静岡県出身(東京都世田谷区生まれ)のプロ野球選手(投手)。現在はFBS福岡放送と東北放送の野球解説者を兼任している。
自らが在日コリアンであることを明かしているが、現在は帰化している。
目次 |
[編集] 来歴・人物
静岡商高定時制の1年次を修了後、同高校普通科の1年次に編入、1968年の夏の甲子園で準優勝。猛烈なスカウト合戦の末、同年に高校を中退してドラフト外で読売ジャイアンツに入団した。
1971年に一軍に昇格。1974年に先発ローテーション入りするが、制球難などから当時の川上哲治監督の評価は低かった。しかし1975年に就任した長嶋茂雄監督は打たれても打たれても新浦を登板させ続けた。ここで一気に成長し、威力のある速球とカーブで1976年から1979年まで4年連続2桁勝利を挙げる。この間1977年から1978年に2年連続で最優秀防御率、1978年には最優秀救援投手、ベストナインを獲得。巨人の絶対的な守護神として1977年9セーブ、1978年15セーブをマーク、2年連続最多セーブを記録するなど信頼性の高いリリーフピッチャーとして活躍した。
しかし1979年に江川卓の「空白の一日」による入団でエースの小林繁が江川とのトレードで阪神に移籍したため、先発のコマが足りなくなってしまった。このため新浦は無理に先発に転向することになり、調子を崩してしまった。
1980年からはひじを痛めて離脱したりした影響で中継ぎ役が主になっていたが、1984年に長嶋の勧めで韓国名金日融(キム・イルユン、김일융)として韓国プロ野球の三星ライオンズに移籍し、エースとして3年間活躍した。しかし、チームメイトからは「ヒョン」(hyeong=「兄」、年長者に対する敬称)と呼ばれることはなかった(つまり、終始よそ者扱いされていた)と、「みのもんたの朝ズバッ!」(2006年3月20日放送)において告白している。
1987年9/24の雑誌『GORO』(小学館)では「金日融」のカナルビが「キムイルユウ」になっていて、「融」だけ日本語の音読みだった。
韓国で技巧派に転身した彼は1987年に大洋で日本球界に復帰し、同年にカムバック賞を獲得した。1989年8月4日には古巣・巨人戦(東京ドーム)で13安打を浴びながらも完封勝利を挙げる。13被安打完封は最多被安打完封のプロ野球記録(なお、公式戦以外では、1981年の日本シリーズ第5戦で巨人の西本聖が13被安打完封を記録している)。
1992年にダイエーに移籍。その年のシーズン途中にヤクルトに移籍し、同年に引退。引退後はマスターズリーグの札幌アンビシャスにも参加。韓国在籍時からの持病であった糖尿病を克服したことでも知られる。
[編集] 年度別投手成績
年度 | 球団 | 背 番 号 |
登 板 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
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1968年 | 巨人 | 42 | 一軍登板なし | |||||||||||||||||||
1969年 | 40 | 一軍登板なし | ||||||||||||||||||||
1970年 | 一軍登板なし | |||||||||||||||||||||
1971年 | 19 | 2 | 1 | 0 | 4 | 3 | - | .571 | 239 | 58.1 | 43 | 4 | 26 | 2 | 43 | 2 | 0 | 17 | 13 | 2.02 | ||
1972年 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | .000 | 23 | 3.2 | 7 | 1 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 9 | 7 | 15.75 | ||
1973年 | 28 | 21 | 1 | 1 | 0 | 3 | 3 | - | .500 | 356 | 83.2 | 61 | 7 | 53 | 0 | 78 | 0 | 1 | 36 | 32 | 3.43 | |
1974年 | 26 | 4 | 1 | 0 | 7 | 6 | 1 | .538 | 492 | 119.2 | 96 | 14 | 52 | 2 | 102 | 2 | 0 | 42 | 35 | 2.63 | ||
1975年 | 37 | 2 | 1 | 0 | 2 | 11 | 0 | .154 | 450 | 108.0 | 93 | 9 | 46 | 1 | 82 | 0 | 1 | 47 | 40 | 3.33 | ||
1976年 | 50 | 10 | 3 | 3 | 11 | 11 | 5 | .500 | 818 | 197.1 | 156 | 20 | 81 | 2 | 162 | 2 | 0 | 82 | 68 | 3.11 | ||
1977年 | 44 | 5 | 1 | 2 | 11 | 3 | 9 | .786 | 549 | 136.0 | 104 | 10 | 60 | 1 | 96 | 2 | 1 | 38 | 35 | 2.32 | ||
1978年 | 63 | 5 | 0 | 6 | 15 | 7 | 15 | .682 | 777 | 189.0 | 160 | 21 | 75 | 5 | 152 | 3 | 1 | 66 | 59 | 2.81 | ||
1979年 | 45 | 12 | 3 | 4 | 15 | 11 | 5 | .577 | 961 | 236.1 | 211 | 24 | 68 | 6 | 223 | 1 | 0 | 94 | 90 | 3.43 | ||
1980年 | 18 | 1 | 1 | 1 | 3 | 4 | 1 | .429 | 297 | 69.0 | 64 | 11 | 24 | 2 | 58 | 1 | 0 | 42 | 29 | 3.78 | ||
1981年 | 14 | 2 | 0 | 1 | 0 | 5 | 0 | .000 | 248 | 58.1 | 55 | 8 | 19 | 1 | 44 | 1 | 0 | 32 | 22 | 3.41 | ||
1982年 | 27 | 4 | 1 | 1 | 6 | 6 | 0 | .500 | 499 | 117.0 | 119 | 18 | 38 | 3 | 89 | 1 | 0 | 58 | 53 | 4.08 | ||
1983年 | 31 | 0 | 0 | 0 | 3 | 2 | 0 | .600 | 292 | 67.1 | 71 | 8 | 25 | 3 | 52 | 2 | 0 | 26 | 24 | 3.21 | ||
1984年 | 三星 | 38 | 14 | 3 | 16 | 10 | 3 | .615 | 907 | 222.0 | 191 | 7 | 78 | 6 | 155 | 68 | 56 | 2.27 | ||||
1985年 | 34 | 11 | 3 | 25 | 6 | 0 | .806 | 920 | 226.0 | 200 | 13 | 77 | 5 | 107 | 87 | 70 | 2.79 | |||||
1986年 | 19 | 7 | 2 | 13 | 4 | 0 | .765 | 573 | 138.2 | 120 | 8 | 45 | 2 | 60 | 47 | 39 | 2.53 | |||||
1987年 | 大洋 | 28 | 25 | 7 | 4 | 0 | 11 | 12 | 0 | .478 | 645 | 152.0 | 151 | 20 | 47 | 2 | 107 | 0 | 0 | 78 | 72 | 4.26 |
1988年 | 29 | 7 | 1 | 0 | 10 | 11 | 0 | .476 | 681 | 160.1 | 147 | 14 | 66 | 3 | 110 | 6 | 0 | 83 | 77 | 4.32 | ||
1989年 | 28 | 6 | 2 | 0 | 8 | 13 | 0 | .381 | 763 | 175.0 | 176 | 20 | 75 | 5 | 130 | 3 | 1 | 79 | 66 | 3.39 | ||
1990年 | 42 | 0 | 0 | 1 | 6 | 10 | 2 | .375 | 603 | 140.0 | 121 | 11 | 68 | 7 | 107 | 2 | 0 | 66 | 59 | 3.79 | ||
1991年 | 47 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | .000 | 220 | 53.1 | 49 | 4 | 19 | 3 | 42 | 3 | 0 | 19 | 19 | 3.21 | ||
1992年 | ダイエー | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | 42 | 9.0 | 14 | 2 | 5 | 0 | 4 | 0 | 0 | 8 | 6 | 6.00 | |
ヤクルト | 49 | 14 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | .250 | 116 | 25.1 | 33 | 6 | 9 | 1 | 24 | 1 | 1 | 22 | 21 | 7.46 | |
NPB通算 | 592 | 68 | 20 | 19 | 116 | 123 | 39 | .485 | 9071 | 2158.2 | 1931 | 232 | 859 | 49 | 1706 | 32 | 6 | 944 | 827 | 3.45 | ||
KBO通算 | 91 | 32 | 8 | 54 | 20 | 3 | .730 | 2400 | 586.2 | 511 | 28 | 200 | 13 | 322 | 202 | 165 | 2.53 | |||||
通算成績 | 683 | 100 | 28 | 170 | 143 | 42 | .543 | 11471 | 2745.1 | 2442 | 260 | 1059 | 62 | 2028 | 1146 | 992 | 3.25 |
- 各年度の太字はリーグトップ
[編集] タイトル・表彰
[編集] 日本プロ野球
- 最優秀防御率:2回(1977年、1978年)
- 最優秀救援投手:1回(1978年)
- ベストナイン:1回(1978年)
- カムバック賞(1987年)
- オールスターゲーム出場:5回(1976年、1978年、1979年、1987年、1988年)
[編集] 韓国プロ野球
- 最多勝:1回(1985年)
[編集] エピソード
- 甲子園で準優勝投手となった新浦だが、巨人にはドラフト外で入団している。これは当時新浦が韓国籍であった(入団後の1973年、日本に帰化)ことが影響している。当時のドラフト制度では、日本の学校を卒業しても外国人選手はドラフト会議にかける必要がなかった。その結果、巨人を含めた6球団およびメジャーリーグも巻き込んだ争奪戦となり、その後「日本の学校に所属したものはすべてドラフトにかける」と言うルールに変更されるきっかけとなった。当の新浦は後年、「日本語しか分からない(そのため韓国でプレーした時は苦労したらしい)自分が日本人じゃないんだと意識した数少ない機会がこのときだった」と回想している。
- 重度の糖尿病であったために、インシュリン注射は毎日欠かせなかったが、現役時代は糖尿病であることを知られないために、ホテルのトイレなど一切人目につかない場所で注射を打っていた。しかしいつしか誰かに注射器を持っていることがばれ、さらに病気の影響で痩せていたこともあいまって「新浦は覚せい剤を打っている」と言う噂を流されてしまったこともあった。
- 若い頃の好物はご飯とサイダーで、サイダーをご飯にかけて茶漬けにして食べるという噂が流れるぐらいの異常な甘い物好きだったそうであり、糖尿病の原因もこれではないかと言われた。ちなみに真相は、サイダーを横に置いてご飯を食べていたところ、それを見掛けたチームメイトに「ご飯にサイダーをかけて食うのか?」と冗談で言われたという話に尾ひれが付いたものであり、本人は事実ではないと語っている。なお、糖尿病の正しい原因は「インシュリン分泌の異常な少なさ」であって、「糖分の過剰摂取」はあくまで病気を助長する行為である。
- 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」内の浜田雅功に課せられた罰ゲーム「ウラジオストクのウラジオストク中学校の体育館の裏で裏番長に裏拳で殴られてくる」にて、名前が「新浦」であることから、新浦が登場。巨人時代のユニフォームを着て、東京駅で電話をかけている、駅弁を選んでいる、空港で寿司を食べている…と言った、全く浜田との絡みの無いキャラクターで、浜田も「おい、あんなことさせてええんか?新浦やで」「お前ら新浦に何さしとんねん」とコメントしていた。
- 松山千春と仲が良く、ニッポン放送で毎年野球オフシーズンに松山がラジオ番組を持っていた頃は、ゲストとしてよく電話出演をしていた。尚、松山よりも新浦のほうが年上であるにも関わらず、松山は新浦のことを「おい、新浦」と敬語を使わず、何故か新浦は松山に対して敬語で接する。
- パチンコ好きで、出玉大爆発のところを週刊誌に撮られたことがある。
[編集] 関連項目
[編集] 著書
[編集] 現在の出演番組
- ザ・プロ野球(現在のところ東北放送の楽天主催ゲームローカル中継のみ)
- TBCエンジョイベースボール(JRN・NRNの楽天主催ゲーム全国中継にもごくまれに登場)
- PRIDE&SPIRIT 日本プロ野球(以前は日本テレビ制作の巨人戦全国中継にも登場したが、現在は福岡放送制作のソフトバンク主催ゲームローカル中継のみ)
[編集] 外部リンク
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