女性差別
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女性差別(じょせいさべつ)とは、被差別者が女性であることを理由として行なわれる差別のことである。事例は各国によって異なる。
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日本の事例
女性労働問題
労働における女性差別的な制度は改善されているものの、意識としては、まだ男性が優遇されていると感じる人が多い。実際、男性の55.5%、女性の62.8%が、職場において男性が優遇されていると感じている[1]。
歴史
日本の女性労働者の待遇改善問題は、裁判所による政策形成の歴史とも重なる。すなわち、行政府が男女の雇用機会均等に向けて動かない中で、裁判所が判例を通じて性差別を是正していった事例として挙げられる[2] 。
司法による格差是正の動きは、1950年代後半から1960年代に始まった。当時、労働に関する法令としては労働基準法があったが、労働基準法は賃金について女性を理由とした差別を禁止していたのみであり、採用や解雇(例えば、当時は女性の早期退職は社会では当然の慣行となっていた)といった、その他の労働面における差別を訴える法律が存在しなかった(そして、賃金についても、企業は女性を男性と異なる職に就けることによって、差別化を行っていた)[2]。
こうした状況の中、まず日本国憲法第14条(法の下の平等)を理由とした格差是正が試みられた。しかし、私人間効力としないことを理由にこの動きは失敗した[2]。ところが、裁判所は1966年の住友セメント事件で民法第90条(公序良俗違反)(私人間効力の間接効力を参照)を利用することによってこの状況を打破した[2]。この動きは全国に広がり、各地の裁判所で民法第90条を使用して女性の早期退職、結婚退職、出産退職が是正されていった[2]。
なお、国会で男女雇用機会均等法を制定したのは、1985年のことであった[2]。
事例
- 男女の賃金差を生む一部の要因として、女性差別があると言われている[2]。
- 2007年の男性一般労働者の給与水準を100とした場合、女性一般労働者の給与水準は66.9となっている[3]。この賃金差を生み出す要因(括弧内はその要因によって生み出される賃金差)として、2003年の時点では、職階(10.9)、勤続年数(5.6)、産業(2.5)、年齢(2.0)、学歴(1.9)、労働時間(0.8)、企業規模(0.6)が挙げられている[4]。2005年の段階で、雇用形態の違いによっても10ポイント以上の賃金差が生み出されている[5]。これらの全ての要因を標準化した場合、女性の給与水準は90程度になると推定される。残りの賃金差は、職種の違いとコース別雇用(総合職か一般職か)が大きな要因とされている[5]。
- これらの要因の中で職階差については、女性の離職率が高いなどを理由にしたジェンダーバイアスによる昇進機会の不平等の存在が指摘されている[5]。職階によって生み出される賃金差が10.9ポイントであることから、昇進機会の不平等によって生み出される賃金差は数ポイント程度と推定される。
- 賃金差を生むその他の要因には、業務の難易度や手当の違いが挙げられている[6]。家族手当や住宅手当などの生活手当は一般的に世帯主に支給され、世帯主従業員のほとんどは男性である[7]。
- 女性であることを理由とした、管理職への非登用が存在する[8]。このような女性であるために管理職等上級職へ昇進できないことを、グラスシーリングと呼ぶ。
- 一見すると性差別ではないものの、体力や、身長・体重など[9]を条件とすることによって、結果的に片方の性を差別することになる間接差別の存在も指摘されており、2007年4月施行の改正男女雇用機会均等法によって、間接差別は禁止されることになった[10]。
- 日本の裁判官(特にキャリアの長い年配の裁判官)は圧倒的に男性が多いことから、裁判で扱われる女性の労働事件(人事処遇や解雇)において、女性労働者の立場を汲んだ判断がされているかどうか不安があるとの意見がある[11]。
- 出産を契機とした退職
- 上述の裁判所による判例、また1986年に施行された男女雇用機会均等法により、結婚・妊娠・出産退職制は禁止されている。しかし、慣行としては結婚・出産によって退職しなければならないという差別が一部で残っており、全産業の約2割でこういった慣行があると指摘する調査がある[12]。退職トラブルへ行政機関が関わる件数も増加している[9]。退職ですらこういった状況で、退職まではいかない意に添わない処遇はもっと多いだろうと推測する意見がある[9]。
その他
- 霊峰や土俵への女性の立ち入りを制限している事例を女性差別だとして立ち入りを求める活動がある。しかし、これらの主張は同じ女性からの批判も多く世論には支持を得られていない(詳細については女人禁制、太田房江を参照)。
過去の日本における事例
以下では、日本における事例を挙げる。なお、戦前においては、参政権や教育を受ける権利も議論となっていた。女性参政権、男女共学、性差別なども参照。
- 最高裁が男女別定年制を無効とした判例
・伊豆シャボテン公園事件昭和50年8月29日 ・日産自動車事件昭和56年3月24日 ・放射線影響研究所事件平成2年5月28日 - 1981年(昭和56年)3月24日、那覇地裁においてトートーメー継承問題(女性に財産相続権が認められない慣習)を違憲とする判決が下る。トートーメーは沖縄式の位牌。現在でも沖縄では先祖崇拝心の厚さから、長男優位の相続慣習が根強い。
- 1985年(昭和60年)6月第102回国会外務委員会において、外務政務次官森山眞弓が小金井カントリー倶楽部でのコンペ参加を女性であるという理由で断られた件について、大変に遺憾である旨の答弁を行った。
また、当時の外務大臣安倍晋太郎はこの事実を直前に知り、強い遺憾の意を示すために同コンペの参加を見送ったと述べている[13]。
ちなみに、第102回国会において女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約締結を承認している。 - 1995年(平成7年)8月、住友金属工業の女性社員4人が昇給・昇進で差別されたとして訴訟を起こす。
やがて訴訟は他の住友グループ各社にも広がる。内訳は住友電気工業(2人)住友化学(3人)住友生命(12人)。
10年以上続いた一連の裁判は、2006年4月の住友金属工業と原告との和解をもって終止符が打たれた。 - 2003年(平成15年)7月、中高一貫の男子校海陽学園設立構想に対し、名古屋の女性グループ「ワーキングウーマン」など15団体が連名でトヨタ自動車・中部電力・JR東海の三社宛に女性を排除せぬよう抗議。その後弁護士会や男女共同参画局に審議を要請するが、愛知県は設立を許可、2006年開校。
開校当初の同校への批判は女性差別の観点からではなく、同校のエリート養成方針に対して教育格差の観点からなされることが多かった。 - 総合職、一般職という区分があった頃(例えば1992年)は、「女子学生は採用しない」「(男子学生には送られる資料が)女子学生には送られない」といった事例があった。こういった事例の背景として、当時の企業側が女性を本格的な労働力としては考えていなかったことが指摘されている[14]。男性は総合職、女性は一般職と分けることによって、昇進・給与等に格差があったが、その後、総合職・一般職といった区分が曖昧になったり、区分自体を廃止する企業が増えた。ただし、総合職・一般職の区分が曖昧になる一方で、女子学生の総合職・一般職に対する理解の不足も指摘されている。総合職・一般職の垣根が低くなっているにもかかわらず、一般職という言葉だけで顔をしかめたり、総合職の地方への転勤や接待への認識が足りず、総合職における女性の定着率の低さが指摘されている[15]。
他国の事例
この他に、女性参政権に関する問題もある。詳細は女性参政権を参照。
イスラム諸国に於ける女性差別に対する議論
イスラム教を信仰する諸国に於ける女性差別は、しばしば反イスラーム主義的立場からイスラム教の教義自体の後進性と見做され[要出典]、逆に保守派ムスリムの護教的立場から差別が正当化されることもあり[16]、論争となっている。
なお、イスラム教のコーランは、宗教的な教義だけでなく日常の生活における決め事も定めているため、現在でもイスラム教を信仰する者は日常生活でもイスラム教の教えに従っていることが多い。ただし、生活に対する決め事をどれだけ守るかには地域によって極めて大きな差がある。
以下にいくつかの事例を挙げる。
- 教育を受ける権利
- 女性の方が男性よりも識字率が低くなっている地域がある(例えば、イエメンでは、男性69.5%に対し、女性は28.5%となっている)[17]
- イランでの女性のスポーツ観戦の禁止
- イラン革命後、イランでは女性のスポーツ観戦が禁止されている[18]。
欧州
欧州の大半の人々が信奉するキリスト教でも、神がアダムを最初に創り、次にその骨からイブが創られたと言う神話や新約聖書のパウロの文言[19]などを背景に男女差別を正当化する言説が伝統的に強かった[20] が、20世紀に入って婦人運動が活発化し、第二次大戦後には多くの諸国で婦人参政権が認められた。現在公的な場面では女性差別は堅く禁じられており、女性の社会進出も進んでいる。
女性労働問題については、パート労働者の待遇改善の歴史とも重なる。非正規雇用を参照されたい[21]。
インド
インドの多数派宗教であるヒンドゥー教でも女性差別思想が伝統的に正当化される傾向が強く、サティーや強制婚などの女性差別的慣習が根強く残存している。女性は思春期のころからかなり年上の男性と夫婦生活と生殖を始めさせられ、夫婦の年齢差が男性の優位性をより強化している[22]。しかし、都市部では女性の社会進出と人権意識の高まりが見られる[要出典]。
中華人民共和国
共産主義国として建前の上では女性差別が禁止されており、女性の社会進出もそれなりに盛んである[要出典]。しかし国土の大部分を占める農村では依然として女性差別が蔓延しているとされる[要出典]。
韓国
韓国では1995年に女性発展基本法が制定されており、女性の社会進出も進んでいる。しかし農村などでは未だに儒教文化を理由とした慣習から家父長的思想並びに根強い男女差別思想を持っている人間も少なからず存在しており、祖先祭祀の方法などが女性差別的であるという意見もある。[23]
著名人の女性差別発言・行動
- →都知事側があくまでも発言の非を認めない態度に終始したため、原告113名が慰謝料を求めて損害賠償請求訴訟を提起したが、裁判所は発言の違法性と不適切性は認めたものの、都知事の発言は女性全体への侮辱にすぎず、原告ら個々人の名誉を傷つけたものではないとして請求を棄却している。石原慎太郎東京都知事「ババァ発言」事件も参照。
- ローレンス・サマーズ(元ハーバード大学学長)「理数系の分野で活躍する女性が少ないのは、男女に生まれつきの違いがあるからだろう」(2005年1月)
- →女性を「機械」「装置」に喩えたことや、発言の内容を「少子化の責任をすべて女性に押し付けるもの」と解釈し、これを女性差別だと主張する野党の民主党・社民党・共産党などの他、与党である自民党・公明党からも不用意な発言だとして批判が相次いだ。[要出典]
宗教と女性差別
キリスト教
世界人口の4割を占めるキリスト教では、神や天使(神の使い)が男性であるというイメージが保持されており、カトリックでは聖職者の特定の地位になることが男性にしか許されていない。[要出典]プロテスタントでは女性の聖職者が認められている。
脚注
- ^ 「男女共同参画に関する世論調査(2004年度)」(内閣府)
- ^ a b c d e f g 『裁判と社会―司法の「常識」再考』著:ダニエル・H・フット 訳:溜箭将之 NTT出版 2006年10月 ISBN:9784757140950
- ^ 平成19年「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)
- ^ http://www.mhlw.go.jp/general/seido/koyou/chinginkakusa/dl/03a.pdf
- ^ a b c 『男女の賃金格差解消への道筋:統計的差別に関する企業の経済的非合理性について』山口一男
- ^ http://www.mhlw.go.jp/general/seido/koyou/chinginkakusa/dl/03b.pdf
- ^ http://www.jil.go.jp/kisya/kkinjkatei/20021129_02_kj/20021129_02_kj_bessi3_3-1-b.html
- ^ 『管理職に昇進できなかった女性への差別認める』2007年11月30日付配信 産経新聞
- ^ a b c 『男も女も性差別なき職場に』2007年3月27日付配信 日本経済新聞
- ^ 『男女雇用機会均等法が改正されます』2007年2月 政府公報オンライン
- ^ 『司法における性差別 ―司法改革にジェンダーの視点を』日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会・2001年度シンポジウム実行委員会 明石書店
- ^ 『女性差別撤廃条約に基づく第5回日本政府報告書に対する日本弁護士連合会の報告書』
- ^ 参議院会議録情報
- ^ 平成6年(1994年)6月3日衆議院労働委員会
- ^ 揺れ動く一般職・総合職の選択」(2007年3月1日 読売新聞)
- ^ コーラン第4章34節『アッラーはもともと男と(女)の間には優劣をおつけになったのだし、また(生活に必要な)金は男が出すのだから、この点で男の方が女の上に立つべきもの。だから貞淑な女は(男にたいして)ひたすら従順に、またアッラーが大切に守って下さる(夫婦間の)秘めごとを他人に知られぬようそっと守ることが肝要。反抗的になりそうな心配のある女はよく諭し、(それでも駄目なら)寝床に追いやって(懲らしめ)、それも効がない場合は打擲(ちょうちゃく)を加えるもよい。だが、それで言うこときくなら、それ以上のことをしようとしてはならぬ。アッラーはいと高く、いとも偉大におわします。』
- ^ 「世界の統計」(総務省)
- ^ 「革命後は状況が一変。女性のスポーツは宗教上好ましくないと見なされ、異性の競技を観戦することも許されなくなった。」(2006年11月22日 千葉日報より)
- ^ 新約聖書コリントの信徒への手紙(1)第11章3節『ここであなたがたに知っておいてほしいのは、すべての男の頭はキリスト、女の頭は男、そしてキリストの頭は神であるということです。』およびエフェソの信徒への手紙第5章22節から24節『妻たちよ、主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい。キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭だからです。また、教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです。』、コリントの信徒への手紙(1)第11章9節『男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのです。』また同14章34節『婦人たちは教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。何か知りたいことがあったら、家で自分の夫に聞きなさい。』
- ^ トマス・アクィナスは神学大全の中で『女には欠陥があり、女は不真面目なものである』『自分より賢いものに治められていないものがあれば、人類には秩序という善が欠けてしまう。それゆえ、そうした種類の服従によって、女は男に従うのが自然である。なぜなら、男においては理性の洞察力が優位を占めているからである。』と述べ、男性による女性支配を肯定した
- ^ 水町勇一郎『均等待遇の国際比較とパート活用の鍵―ヨーロッパ、アメリカ、そして日本』2004年10月、独立行政法人 労働政策研究・研修機構
- ^ 「脳と性と能力」カトリーヌ・ヴィダル、ドロテ・ブノワ=ブロウエズ(集英社新書)
- ^ 2006年4月3日付しんぶん赤旗
- ^ 「石原発言に怒る会」(石原裁判原告団)ホームページ