失業
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失業(しつぎょう)とは、仕事を失うことおよび働く意思も能力もあるのに仕事に就けない状態を指す。また、そのように仕事が無い状態を無職(むしょく)とも言う。
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[編集] 失業の要因別分類
失業を発生要因別に次のように分類できる。
- 構造的失業: 産業構造の変化に伴い、企業側の求める人材と求職者とが合致しない状況での失業。
- 循環的失業: 景気の変動に伴って生じる失業で、需要不足失業とも呼ばれる。
- 摩擦的失業: 労働力が地域間や産業間で移動した時に発生する失業。一時的な失業とされている。
- 季節的失業: 季節的要因により発生する失業。
さらに、次のような失業も考えることができる。
- 潜在的失業: 仕事に就きたいと思っているが適当な仕事がないという理由から、仕事を探すことをやめる失業[1][2]。
- 自発的失業: 自己の意思により失業を選択している、あるいはより良い労働条件を求めて自分の意思で失業すること。
- 非自発的失業: 現行の賃金で就職を望んでいるにもかかわらず、自ら望まない形で失業していること。
[編集] 非自発的失業
非自発的失業の存在を認めるかどうかについては、経済学者の中で意見が分かれる。
古典派経済学では、不完全雇用を伴う均衡の可能性を否定している。すなわち、摩擦的失業以外の原因による非自発的失業は存在しないとすることが多い。これは古典派が、価格の自在な伸縮によって全ての売れ残りの解消が可能とするセイの法則を前提として、失業者は現在雇用されている労働者よりも低い賃金を提示して職を見つけることが可能であるとするためである。賃金価格の下落によって失業が解消されないのは、その賃金以下では働かないという労働者の選択に唯一の原因があるとする。
これに対してケインズ経済学では、セイの法則と相対する有効需要の原理を提示し、有効需要によって決定される現実のGDPが、理論上の完全雇用GDPを下回って均衡する可能性を認める。そのさい現実の需要不足による非自発的失業の発生を問題とし、総需要を拡大することによって完全雇用GDPを達成し、非自発的失業を解消することを目指す。
ニューケインジアンはより詳細に、セイの法則の前提の下でも、多くの場合名目賃金には下方硬直性があると指摘し、非自発的失業者が存在する状態でも、賃金が容易に低下しないとする[3]。このため古典派の主張する労働需給の均衡過程は成立しないと指摘する。名目賃金の下方硬直性を説明する要因としては、相対賃金仮説、効率賃金仮説、インサイダー・アウトサイダー仮説など様々な理由が考えられている(詳しくは労働経済学を参照)。
完全雇用も参照
[編集] 失業の歴史
中世キリスト教世界では、貧しいことは神の心にかなうこととされ、そういう人に手を差し伸べることは善行であった。宗教改革は、こういった見方を一変させ、「怠惰と貪欲は許されざる罪」で、怠惰の原因として物乞いを排斥し、労働を神聖な義務であるとした。プロテスタンティズムの流行は貧しいものへの視線を変容させ、神に見放されたことを表わすという見方が広がり、都市を締め出された貧民は荒野や森林に住みつくか、浮浪者となって暴動を起こすようになった。
イギリスでは1531年に王令により貧民を、病気等で働けない者と、怠惰ゆえに働かないものに分類し、前者には物乞いの許可をくだし、後者には鞭打ちの刑を加えることとした。1536年には成文化され救貧法となり、労働不能貧民には衣食の提供をおこなう一方、健常者には強制労働を課した。産業革命が加速する18世紀まで、健常者の「怠惰」は神との関係において罪として扱われ、救貧院の実態は刑務所そのものであった。18世紀以降、キリスト教の価値観を離れた救貧活動が広がり、ギルバート法の成立やスピーナムランド制度がイギリスで成立し、救貧や失業に対する価値観はようやく変転を見せた(救貧法参照)。
産業革命以後、賃労働者の比率が高くなったことから、失業は重大な社会問題として取り扱われることとなった。19世紀のイギリスにおいては、金融と設備投資の循環から、ほぼ10年おきに恐慌が発生しており、そのたびに失業率が10%近くにまで上昇する循環があった。
20世紀に入って、この循環は次第に崩れ、1929年に発生した世界恐慌以後は、各国で失業が急増。アメリカでは一時失業率が25%に達し、社会革命が公然と叫ばれた。なお、この時の失業はニューディール政策により一時的に減少したが、政策が後退すると再び増加し、太平洋戦争による大規模な軍需発生まで解決されなかった。
戦後、ブレトンウッズ体制の下で西側諸国は奇跡的な高度成長を達成。国家による経済政策への大幅な介入により完全雇用がほぼ達成された。1970年代に入ると、名目賃金の上昇とオイルショックの発生で供給構造が傷み、インフレーションの下で失業が増加した。
1980年代に入ると不況からの脱出を図り新自由主義的経済政策が導入され、労働市場が流動化した国々では経済成長率が高まったが、同時期にインフレ率抑制を目的にした金融政策が採用され、失業率は大幅に上昇した。
1990年代になり、アメリカ・イギリスは構造的な高失業から脱出したが、大陸欧州諸国は高い失業率に甘んじた。また、欧米に比べ低失業率だった日本においても、バブル経済崩壊以降の長期不況により失業が顕在化、社会問題となった。
[編集] 失業率
[編集] 定義
失業を測る尺度である失業率は、労働力人口に対する失業者数の割合で定義される。失業者とは「働く意思と能力があるのに仕事に就けない状態にある人」を指すので、仕事探しをあきらめた人は失業者には含まれない。
なお、仕事探しをあきらめた人は就業意欲喪失者 (discouraged worker) と呼ぶ。ちなみに、労働力調査では、働く意志があるとは、ハローワークに通って職探しをするなど仕事を探す努力や事業開始の準備をしていること、とされている。仕事に就けない状態には仕事をしなくても職場から給与などを受け取っている場合を含まず、こうした場合は休業者として扱われる。
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- ※労働力調査における失業者や失業率の定義については、「労働力調査」の項目参照。
[編集] 景気等との関係
失業率は景気と相関があると言われているが、動きが一致するとは限らない。伝統的な日本的経営のもとでは、企業は従業員の雇用を守ることを企業の社会的使命の一つと考えており、人員整理、特に解雇をなるべく忌避し、ぎりぎりまで状況を見極めようとするからである。その反面、採用についても、大企業になるほど、慎重で計画性や人員構成のバランスを重んじ、不要不急の採用は避ける傾向にある(一方で、近年非正規雇用の採用は柔軟に行っており、雇用関係指標を見る際にはその点も考慮に入れる必要がある)。
また、労働者側も、不況が長期化すると就業意欲喪失者が増加するが(不況で求人が少なくなり「どうせ就職できない」とあきらめる人が増える)、このため失業者数が減り、失業率を押し下げる要因になり、表面上は景気が回復したかに見える。逆に、景気回復局面では(景気が良くなって求人が増えるだろう、と)新規に仕事探しを始める人が現れるので、かえって就労を希望する「失業者」が増えて、失業率を押し上げることになる。
以上のようなことから、失業率は景気に対して遅行指標となっており、失業率のみならず他の景気指標を併せてみる必要がある。
他には、失業率と犯罪発生件数は相関があり、失業率が下がると犯罪発生件数が下がると2006年版犯罪白書で報告された。
- 非正規雇用
- 以前の正規雇用に比べて雇用、解雇を行いやすいアルバイトや労働者派遣といった非正規雇用労働者の増加を初めとする、労働形態の細分化および複雑化が進行している昨今の状況においては、失業率の利用に十分な注意を要する。
[編集] 日本の失業者数・失業率
以下は総務省が公表している労働力調査の失業率の推移である。
年 | 完全失業者数(万人) | 完全失業率(%) | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
男女計 | 女 | 男 | 男女計 | 女 | 男 | |
1990 | 134 | 57 | 77 | 2.1 | 2.2 | 2.0 |
1991 | 136 | 59 | 78 | 2.1 | 2.2 | 2.0 |
1992 | 142 | 60 | 82 | 2.2 | 2.2 | 2.1 |
1993 | 166 | 71 | 95 | 2.5 | 2.6 | 2.4 |
1994 | 192 | 80 | 112 | 2.9 | 3.0 | 2.8 |
1995 | 210 | 87 | 123 | 3.2 | 3.2 | 3.1 |
1996 | 225 | 91 | 134 | 3.4 | 3.3 | 3.4 |
1997 | 230 | 95 | 135 | 3.4 | 3.4 | 3.4 |
1998 | 279 | 111 | 168 | 4.1 | 4.0 | 4.2 |
1999 | 317 | 123 | 194 | 4.7 | 4.5 | 4.8 |
2000 | 320 | 123 | 196 | 4.7 | 4.5 | 4.9 |
2001 | 340 | 131 | 209 | 5.0 | 4.7 | 5.2 |
2002 | 359 | 140 | 219 | 5.4 | 5.1 | 5.5 |
2003 | 350 | 135 | 215 | 5.3 | 4.9 | 5.5 |
2004 | 313 | 121 | 192 | 4.7 | 4.4 | 4.9 |
2005 | 294 | 116 | 178 | 4.4 | 4.2 | 4.6 |
[編集] 各国の失業率
各国の失業率及び概況を示す。
- 1970年代、高失業率に苦しんだアメリカだが、その後のIT革命などにより失業率は改善した。FRBの金利判断の指標の一つとなるなど、世界でもっとも注目を集めている失業率。
2003 | 2004 |
6.0 | 5.5 |
資料:OECD
2003 | 2004 |
9.1 | 9.0 |
資料:OECD
- 高失業率に苦しんでおり、労働政策が政局にも影響を与えている。また、職を奪っているとして移民への風当たりも強い。フランス#高失業率、2005年パリ郊外暴動事件も参照。
2003 | 2004 |
9.8 | 10.0 |
資料:OECD
2003 | 2004 |
7.6 | 7.2 |
資料:OECD
[編集] その他
日本の労働力調査(統計)では15歳以上の人口を原数値として、労働力人口、非労働力人口を算定している[4]。
- 15歳以上人口 = 労働力人口 + 非労働力人口
このうち
- 労働力人口 (Labor Force) = 就業者 + 完全失業者
である。そのため『求人数が増えると就業者数が増加して失業者数が低下し、求人数が減ると就業者数が減少し失業者数が増加する』すなわち就業者数と失業者数との間にトレードオフ(片方が増えれば片方が減る)の関係があると誤解されがちだが、かならずしも両者にトレードオフの関係は存在しない。これは、非労働力人口の動向が失業者数に影響を与えるためである[5]。失業率は
- 失業率 = 完全失業者数 ÷ 労働力人口 (労働力人口に占める完全失業者の割合%)
により算定されているため、求人数が減少する中で完全失業者が労働市場から退出(リタイア)することで失業率が改善する可能性がある。
[編集] 脚注
- ^ 「平成14年版労働経済の分析」第7章過剰雇用と潜在失業[1]
- ^ 低開発国においては伝統部門(自給自足など)の就業者は「偽装的失業」者、ないし「潜在的失業」者と呼ばれる。「低開発国における潜在的失業」佐藤泰久(経済学研究 北海道大学)[2]
- ^ これは逆に述べれば「安い賃金を提示したからといって雇用されるとは限らない」。
- ^ 労働力調査 月次最新結果
- ^ 『ニッポンの地域力』 藻谷浩介 日本経済新聞出版 2007年9月
[編集] 関連記事
[編集] 外部リンク
- 労働力調査 (総務省統計局)