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トキ - Wikipedia

トキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

?トキ
トキ(剥製)
トキの剥製。実物の目(虹彩)は橙色である
分類
動物界 Animalia
脊索動物門 Chordata
亜門 脊椎動物亜門 Vertebrata
鳥綱 Aves
コウノトリ目 Ciconiiformes
トキ科 Threskiornithidae
トキ属 Nipponia
トキ N. nippon
学名
Nipponia nippon (Temminck, 1835)
和名
トキ(朱鷺、鴇)
英名
Japanese crested ibis, Crested ibis

トキ朱鷺、学名:Nipponia nippon )はコウノトリ目トキ科の一種。東アジアに広く分布していたが、19世紀後半から20世紀前半にかけて激減した。現在では中国陝西省にのみ生息しており、中国と日本で人工繁殖が進められている。

目次

[編集] 形態

体長は約76センチメートル、翼開長は約130センチメートル。朱色の皮膚が露出している顔、トキ亜科特有の下方に湾曲したくちばし(黒色。ただし先端は赤い)、後頭部にあるやや長めの冠羽が特徴である。全身は白っぽいが、春から夏にかけての繁殖期には首すじから黒い分泌物が出て、これを体に塗り付けるため頭から背のあたりが灰黒色になる。翼の下面は朱色がかった濃いピンク色をしており、これを朱鷺色という。脚も頭と同様に朱色で、虹彩は橙色。幼鳥は全身灰色で、頭部が黄色である。

サギ類が飛翔時に首を折り曲げるのに対し、トキは首を伸ばしたまま飛ぶ。また、クロトキなどとは異なり、飛翔時に脚の先が尾羽から出ない。

雌雄ともにほぼ同形であるが、以下のような特徴から判別できるとされる。ただしこれは飼育係が経験的に用いているものであって、学術的に研究されたものではない。また、野生個体や交尾行動にない個体についても適用できるか不明である。

体格 オスはやや大きく、体重1800~2000グラム。メスは体重1450~1600グラム。
性格 オスは食欲が強く食べる量も多い。また、攻撃的である。メスは食べる量が少なく、おとなしく、人を恐れる。
頭部 頭部と面部(皮膚が露出している赤い部分)が、オスは若干大きく、メスは若干小さい。
くちばし オスは比較的太く、長さは18センチメートルほど。メスは比較的細く、長さ16センチメートルほど。

[編集] 分布

中国の地図。赤色部分が陝西省で、現在トキが生息しているのはその南西部である。
中国の地図。赤色部分が陝西省で、現在トキが生息しているのはその南西部である。

かつては日本の北海道南部から九州沖縄まで、ロシア極東(アムール川ウスリー川流域)、朝鮮半島台湾中国(北は吉林省、南は海南島[1]、西は甘粛省まで)と東アジアの広い範囲にわたって生息しており、18世紀・19世紀前半まではごくありふれた、むしろ個体数の多い鳥であった。

しかし、いずれの国でも乱獲や開発によって19世紀から20世紀にかけて激減し、朝鮮半島では1978年板門店、ロシアでは1981年のウスリー川を最後に観察されておらず、日本でも2003年に最後の日本産トキ「キン」が死亡したことにより、生き残っているのは中国産の子孫のみとなった。

現在中国に生息している、またかつて日本に生息していたトキは留鳥(ただし、日本海側や北日本から、冬は太平洋側へと移動する漂鳥もいた)であるが、ロシアや中国北部、朝鮮半島など寒冷地に生息していたトキは渡りを行っていた。また、日本にいた個体も一部は渡りを行っていた可能性が指摘されている[2]

現在のトキの生息地 現在トキが飼育されている施設

(いずれの施設でも、一般への公開は行っていない)

[編集] 生態

トキ亜科の他種と同じくクチバシの触覚が発達しており、それを湿地田圃などの泥中にさしこみ、ドジョウサワガニカエル昆虫などを捕食する。鳴き声は「ターア」「グァー」「カッ カッ」など。サギは首を曲げて飛ぶが、トキの場合は首を伸ばしたまま飛ぶ。

通常は数羽から十数羽程度の群を作って行動するが、繁殖期にはつがいか単独で行動する。しかし近年の中国での野生個体の観察[3]や、過去の研究資料[4]から、「本来トキは集団で繁殖する習性を持っていたが、個体数の減少や環境の変化により集団繁殖が困難になった。最近の中国ではその本来の習性が回復している」と考えられるようになった。日本ではマツコナラなど、中国ではクヌギバビショウなどの木に、直径60センチメートルほどの巣を作り、4月上旬頃に3個から4個の淡青緑色の卵を産む。抱卵は雌雄交替で期間は約1ヶ月。繁殖期のトキは非常に神経質で、巣に人間や天敵が近付くとすぐに営巣を放棄してしまうが、一方で幼鳥の頃に親鳥とはぐれるなどした個体はよく人に慣れ、『キン』などは素手で捕獲されたほどである。

[編集] 独特な羽色の変化

『啓蒙禽譜』(作者不詳、1830~1840年代頃)より。非繁殖期の白い姿とは別に、繁殖期の姿を「脊黒トキ」の名で描いている。
『啓蒙禽譜』(作者不詳、1830~1840年代頃)より。非繁殖期の白い姿とは別に、繁殖期の姿を「脊黒トキ」の名で描いている。

トキは繁殖期の前、1月下旬頃から頸側部から粉末状の物質を分泌し、これを水浴びの後などに体に擦りつけ、自ら「繁殖羽」の黒色に着色する。着色は2月下旬から3月中旬頃に完了するが、こすりつける行動は8月に入る頃まで続けられる。それをやめると、羽の色も次第に元の白色に戻る。このようなトキの羽色の変色方法は極めて珍しく、これまでに確認されていた羽色変化(換羽、磨耗、退色、脂肪分による着色など)のいずれとも異なる。この原理が解明されるのは20世紀も後半に入ってからのことであり、詳細については未だに分かっていないことも多い。

トキの羽色には白色のものと灰色のものがあること自体は、古くから知られていた。江戸時代後期の『啓蒙禽譜』では、「トキ」の横に「脊黒トキ」の名で繁殖期の背面が黒い姿を描いている。1835年にはテミンクによって学名が付されたが、その後1872年にデビットによって灰色型のトキが "Ibis sinensis" と命名されている。1920年、ハータートにより、中国秦嶺朝鮮半島日本のトキが白色型で、ロシアウスリー地方のトキが灰色型との学説が提唱され、ラ・タウチェ、黒田長礼、水野馨、山階芳麿なども同様の報告を出した。トキの羽色が変色するという説は、1957年の佐藤春雄の仮説、それを元に研究を進めた1970年の内田康夫の説、さらにそれを詳細に調査した1984年のスウィンホーの説が出されるに至って、ようやく学会から認められるようになった。実は1891年にM・ベレゾフスキーによって繁殖羽の変色であるという説が既に発表されていたが、それまでは注目されることもなかった。

[編集] 絶滅危惧種としての位置付け

国際的な指定
日本
中国
  • 国家一級重点保護動物 - 1989年
  • CRITICALLY ENDANGERED(中国生物種レッドリスト(中国科学院動物研究所の汪松・解焱らによって編纂中。トキは丁長青らが評価)
    Image:Status iucn3.1 CR.svg
韓国
  • 天然記念物 - 1968年[7]

[編集] 分類

トキはコウノトリ目トキ科トキ亜科トキ属に分類されており、一種のみでトキ属Nipponia を構成する。過去には繁殖期の個体を別種・亜種とみなされたこともあったが、現在では亜種などはなく、日本・中国・朝鮮半島・ロシアのいずれのトキも完全に同一の種と考えられている。

なお、1990年代にDNA - DNA分子交雑法を用いたシブリー・アールキスト鳥類分類が提唱され、それではコウノトリ目にいくつか従来の目が統合されたが、トキなどは従来の鳥類分類と変わらない。

シブリー・アールキスト鳥類分類
トキ上科 Threskiornithoidea
トキ属 Nipponia

[編集] 学名

テミンク、シュレーゲルの『日本動物誌』に描かれているトキ。下に薄く "IBIS NIPPON" と記されている。
テミンクシュレーゲルの『日本動物誌』に描かれているトキ。下に薄く "IBIS NIPPON" と記されている。

学名「ニッポニア・ニッポン」 "Nipponia nippon " の属名と種小名は共にローマ字表記の「日本」に由来するが、最初からそのように命名されたわけではない。シーボルトオランダに送った標本により、テミンク1835年 "Ibis nippon " と命名し、シュレーゲルも論文執筆の際にはそれを用いた。しかし1852年にライヒェンバッハが "Nipponia temmincki" と全く新しい学名を命名した。

現在の学名は両者の属名と種小名を合成したもので、1871年グレイによって初めて用いられた。1922年には日本鳥学会の『日本鳥類目録』で採用され、その後定着するようになった。

[編集] 各地域におけるトキ

[編集] 日本

[編集] 近代以前

森立之『華鳥譜』(1861年)に描かれているトキ(服部雪斎画)
森立之『華鳥譜』(1861年)に描かれているトキ(服部雪斎画)

トキは日本では古くから知られていた。奈良時代の文献には「ツキ」「ツク」などの名で現れており、日本書紀万葉集では漢字で「桃花鳥」と記されている。平安時代に入ると「鴾」や「鵇」の字が当てられるようになり、この頃は「タウ」「ツキ」と呼ばれていた。「トキ」という名前が出てくるのは江戸時代だが、「ツキ」「タウノトリ」などとも呼ばれていたようである。また、前述の通りトキは繁殖期には灰色になるが、それを別種と思われていたこともあった。

トキの肉は古来から食用とされ、本朝食鑑にも美味と記されているが、決して日常的に食されていたのではなく、冷え症などへの薬効を期待してのものであったとされる。主に豆腐と一緒に鍋で煮るなどされていたようだが、生臭い上に、肉に含まれる色素が汁に溶出して赤くなり、また赤い脂が表面に浮くため、気味が悪くて食べられなかったというのが理由とされる(灯りのもとではとても食べられなかったため「闇夜汁」と呼ばれた)。また、羽は工芸品の装飾(後述の須賀利御太刀など)や、羽箒、楊弓の矢羽根、布団カツオ漁などに用いられていた。

[編集] 日本産トキの絶滅

かつてトキは日本国内に広く分布したが、肉や羽根を取る目的で乱獲されたため、1925年1926年ごろには絶滅したとされていた[8]。その後、昭和に入って1930年から32年にかけて佐渡島で目撃例が報告され、1932年5月には加茂村の和木集落で、翌昭和8年(1933年)には新穂村の新穂山で営巣が確認されたことから、1934年に天然記念物に指定された。当時はまだ佐渡島全域に生息しており、生息数は100羽前後と推定されていた。終戦後は、1950年を最後に隠岐に生息していたトキの消息は途絶え、佐渡での生息数も24羽(1952年2月の調査)と激減していたことから、1952年3月に特別天然記念物に指定され、1954年には佐渡で、1956年・57年には石川県で禁猟区が設定された。しかし、禁猟区には指定されたものの生息地周辺での開発などは制限されなかった。また、民間の佐渡朱鷺愛護会や愛好家の手でも小規模な保護活動が行われるようになったが、1958年には11羽(佐渡に6羽、能登に5羽)にまで減少した。1960年、東京で開かれた第12回国際鳥類保護会議において国際保護鳥に指定され、会議を記念してトキをあしらった記念切手も発行された。1971年には、能登半島で捕獲された『能里(ノリ)』が死亡し、佐渡島以外では絶滅した。トキの減少の一因として農薬(による身体の汚染・餌の減少)が取り上げられることが多いが、日本で化学農薬の使用されるようになったのは1950年代以降[9]であり、その頃にはすでに20羽ほどにまで個体数を減らしていた。

最後の日本産トキ、キンの剥製
最後の日本産トキ、キンの剥製

1965年、幼鳥2羽(『カズ』と『フク』)を保護したことから人工飼育が試みられるが翌年、カズが死亡。解剖の結果、体内から有機水銀が大量に検出されたため、安全な餌を供給できる保護センターの建設が進められる。1967年トキ保護センター開設。フクと、1967年に保護された『ヒロ』『フミ』の計3羽がセンターに移された。翌1968年『トキ子』(のちに『キン』と命名される)を保護。1970年には能登の最後の1羽『能里(ノリ)』を保護し、トキ保護センターに移送する。キンがメス、能里がオスだったことや盛んに巣作りを行っていたことから、繁殖に期待が持たれたが、1971年に能里が死亡。人工飼育下のトキはキン1羽となった。(フク、ヒロおよびフミは1968年に死亡)

1969年、NHKがトキの営巣地である黒滝山上空にヘリコプターを飛ばし、空撮を行ったことからトキが営巣地を放棄。人里近い両津市への移動が確認された。これ以降、雛の巣立ちが認められなかったため、卵を採取して人工孵化を試みるがすべて失敗した。人工飼育および人工孵化の失敗から、「人工繁殖」を主張する国と、「自然繁殖」を主張する佐渡との対立が深まった。[要出典]

1981年1月11日から1月23日にかけて、佐渡島に残された最後の野生のトキ5羽すべてが捕獲され、佐渡トキ保護センターにおいて、人工飼育下に移された。(センターで付けられた足輪の色から『アカ』『シロ』『ミドリ』『キイロ』『アオ』と命名される)その後、繁殖の試みが続けられたが全て失敗し、2003年10月10日朝、最後の日本産トキ(キン)の死亡が確認され、日本産のトキは絶滅した。ただし、生物学的にはまったく同一種である中国産のトキを用いて人工繁殖を行っているため、日本におけるトキの扱いは「野生絶滅」のままである。

捕獲されたトキの一覧
名前 性別 捕獲年月・場所 備考
カズ メス 1965年7月(新穂村) 幼鳥。翌年、腹腔部の大出血により死亡。
フク オス 1965年10月(佐和田町) 幼鳥。腹腔部の大出血により1968年死亡。
フミ 1967年6月(新穂村) 捕獲時はひな。腹腔部の大出血により翌1968年死亡。出血の原因は寄生虫と判明。
ヒロ 捕獲時はひな。翌1968年死亡。
キン メス 1968年3月(真野町) 捕獲時は幼鳥。「ノリ」「ミドリ」「ホアホア」とのペアリング・交配はいずれも失敗。
日本産の最後のトキとなった。2003年死亡。
ノリ オス 1970年1月(穴水町) 能里。本州最後のトキ。オス。翌年死亡。
メス 1981年1月(両津市)
(いずれも名前は脚輪の色に由来)
ブドウ球菌による感染症で年内に死亡。
アカ メス 年内に死亡。
シロ メス ミドリとのペアリングに成功するが、産卵時に卵が詰まり1983年死亡。
アオ メス 捕獲時には既に脚を痛めていた。1986年死亡。
ミドリ オス 最後に捕獲された5羽のうち唯一のオス。シロとの交配に失敗。
北京動物園に貸し出されるが「ヤオヤオ」との交配は失敗し帰国。
日本に送られてきたフォンフォンとの交配も失敗。1995年死亡。

[編集] 中国産トキの人工繁殖

日本で飼育されているトキの推移
(日本産トキの「キン」を除く)
中国か
ら受入
年間
誕生数
年間
死亡数
中国へ
移送
年末の
総計
1999年 2羽 1羽 0羽 - 3羽
2000年 1羽 2羽 0羽 - 6羽
2001年 - 13羽 2羽 - 17羽
2002年 - 14羽 5羽 2羽 24羽
2003年 - 19羽 1羽 3羽 39羽
2004年 - 22羽 3羽 - 58羽
2005年 - 22羽 0羽 - 80羽
2006年 - 23羽 6羽 - 97羽
2007年 2羽 18羽 9羽 13羽 95羽
2008年 - 30羽 3羽 - (122羽)
  • 2008年6月13日現在。(抱卵中の卵は6個)
  • 年間死亡数には誕生後まもなく死亡したものも含む。

1998年中国国家主席であった江沢民が中国産トキ(ただし、前述のように日本産とまったく同一種である)のつがいを日本に贈呈することを表明し、翌1999年1月30日に「友友」(ヨウヨウ、1996年生のオス)と「洋洋」(ヤンヤン、1996年生のメス)が日本に到着した。2羽は新潟県佐渡市の佐渡トキ保護センターで飼育されることとなり、人工繁殖が順調に進められている。将来的には日本における野生化を目ざしている。日本産トキの人工繁殖が試みられていた頃には中国産のトキを借りていたこともあったが、贈呈されたのは初めてである。なお、この時点では日本産トキの「キン」が存命であったが、非常に高齢のため繁殖は不可能とみられていた。

同年(1999年)5月21日には、友友と洋洋の子(オス)が誕生し「優優」(ユウユウ)と名付けられた。これが日本初・佐渡トキ保護センター初の人工繁殖例である。2000年には優優のペアリングの相手として、さらに中国から「美美」(メイメイ、1999年生のメス)が贈られた。「友友と洋洋」「優優と美美」、さらにその子孫のペアで人工繁殖が行われている。現在では1年に約20羽のヒナが健康に育っており、また2004年には自然繁殖にも成功した。2008年5月9日時点の飼育数は佐渡トキ保護センターが103羽、多摩動物公園が8羽となっている。1999年・2000年生まれの個体には漢字2字の、2001年生まれにはひらがな3文字の名前がつけられているが、2002年以降に生まれた個体はすべて番号のみで管理されている。

将来的にはトキを日本に復活させることを目標としており、2007年6月末から「順化ケージ」での野生復帰訓練が始められ、2008年秋には小佐渡山地の西麓地域に10羽ほど放鳥する予定である。(今後の放鳥計画は第1期放鳥の様子をみて検討するという) また、鳥インフルエンザなどの感染症が発生した場合に一度にすべてが死亡することを避けるため、環境省によりトキの分散飼育が計画され、これに対して新潟県長岡市島根県出雲市石川県が受け入れ先として立候補、それぞれトキ亜科の近隣種を導入して飼育・繁殖を行っている。それに先駆け、2007年12月に4羽(2つがい)が多摩動物公園に移送され非公開の下で分散飼育が開始された。

地元住民の多くはトキの野生復帰に肯定的であるが、4分の1以上が反対しており、「どちらとも言えない」と回答した者を含めると半数を上回る。理由として、高齢化が進む農村においては農作業に必要な除草剤・殺虫剤の使用が制限されること、稲が踏まれて荒らされることなどが挙げられており、これは反対派だけでなく賛成派からも懸念されている。[10]

[編集] 中国

かつては中国においてもトキは非常に広い範囲(北は吉林省、南は海南島[1]、西は甘粛省まで)に生息していたが、20世紀前半に個体数が激減し、1964年甘粛省康県岸門口での目撃報告を最後に見られなくなったため、中国科学院動物研究所が「絶滅」の最終確認として生息数調査を行ったところ、1981年5月に陝西省洋県の姚家溝と金家河で野生のトキ7羽を発見した。その後数十年かけて人工飼育・繁殖を行うとともに生息地の保護を行った結果、中国のトキは1000羽(2007年1月現在)を超えるまでに数を増やしている。最初の10年ほどは個体数は横ばい程度であったが、1989年に北京動物園のトキ飼養繁殖センターが世界初の人工繁殖に成功し、その後は急速に個体数を回復している。北京動物園が確立したトキの人工繁殖技術は、中国国家発明賞の二等賞を受賞した。トキの繁殖地は洋県、西郷県、城固県の3県に跨り、行動範囲はさらに南鄭県、佛坪県、勉県、略陽県、石泉県、漢中市漢台区にも及ぶ。人工飼育の拠点としては北京動物園のほか、陝西トキ救護飼養センター(洋県)と楼観台野生動物救護センター(周至県)がある。

中国での保護活動が成功した背景として、生息地がユキヒョウの保護地域と重なっていたため、開発の手があまり入っていなかったことや、1990年に37,549ヘクタールに渡る陝西省トキ自然保護区が制定されるなどの政府主体の強力な保護活動が行われ、早期に生息環境が整備されたことが挙げられる。洋県では化学肥料農薬の使用や森林の伐採が禁じられ、また開発も大幅に制限されており、これにより洋県で年間2000万元(約3億円)の減収となっている。しかしトキの生息域内にはひどく貧しい地域が多く、電気も通っていない集落もあるような状態であったため、生息地の保護と同時に現地住民への援助・負担の軽減も幅広く行われ、また地元住民からトキ保護職員を採用するなどの制度も設けられている。このように、政府と住民が協力してトキを保護していく関係を形成することに成功したことも、中国におけるトキの個体数回復の大きな要因である。

2003年に陝西省人民政府は、当時は省級[11]であったトキ自然保護区を国家級自然保護区へ昇格させるよう中央政府国務院に申請し、2005年に「漢中朱鷺国家級自然保護区」として国家級に昇格した。

[編集] 朝鮮半島

かつては朝鮮半島にも多数のトキが生息したとされ、20世紀初頭には数千羽を超える大群が観察されたこともある。また山階芳麿によると、1936年の時点ではソウル動物園でも飼育されていたが、他の鳥と雑多に扱われ、来園者からもほとんど注目されていなかったという。

捕獲記録は今泉吉貞による1937年・咸鏡南道咸興のものが最後で、その後は1965年・平安南道師川、1966年・板門店、1978年・板門店と3例の観察記録があるのみ。

[編集] ロシア

ロシアではアムール川ウスリー川流域やハンカ湖、イマン湖、シンカイ湖、ウラジオストク周辺などで見られたが、19世紀後半から個体数が減少しはじめ、1949年・ハバロフスク、1962年・ハンカ湖、1963年・ハサ湖の観察記録を最後に姿が見られなくなった。

[編集] 人間とトキ

トキは田畑を踏み荒らす害鳥であった。殺生が禁じられ鳥獣類が保護されていた江戸時代においても、あまりにトキが多く困っていたため、お上にトキ駆除の申請を出した地域もあったほどである。

伝承などの中でトキが登場することはあまりないが、秋田県大館市には以下のような話が伝わっている。

諸国を回っていた左甚五郎という男がおり、大館の地に神社を建てることになった。その途中、腹が減ったので地元の農民に握り飯を乞うたものの、断られてしまったため、怒って杉のくず材で鳥を模り、それに田畑を荒らさせた。その鳥がトキである、というものだが、彼は怒りのために鼻を開けるのを忘れてしまい、そのためトキの鳴き声が鼻声になったという。

また新潟県に伝わる鳥追歌では、スズメサギと並んでトキが「一番憎き鳥」として挙げられている。

数は多くないが詩歌などに詠われることもあり、かつてはトキが一般的で人間の生活の近くにいた様子が伺える。鳥類学者で、俳人でもあった中西悟堂も、トキを題材とした短歌を詠んでいる。

[編集] その他

  • 伊勢神宮平安時代に定めた『儀式帳』に、神宮式年遷宮のたびに調整する神宝の1つの須賀利御太刀の柄の装飾としてトキの羽を2枚使用することが記されている。
  • 新潟県の「県の鳥」、佐渡市の「市の鳥」である。その学名と知名度から「日本の国鳥である」と勘違いされることもあるが、日本の国鳥はキジである。
  • トキを特異的に宿主としているダニにトキウモウダニがいるが、日本産トキの野生絶滅とともに、環境省版レッドリストにて野生絶滅と評価された[12]。このダニも宿主同様1属1種であり、のレベルで独立した種であるという説もある。なお、このダニは羽毛くずを餌とするものであり、寄生されたトキに害はないようである。

[編集] 関連項目

鳥類
  • クロトキ - 同じトキ亜科の鳥。日本にもごく稀に飛来する
  • コウノトリ - 同じコウノトリ目の鳥。日本では一度野生絶滅したのち、人工繁殖・野生復帰が順調に進められている。
名前などがトキに由来するもの

[編集] 脚注

  1. ^ a b 海南島での目撃報告はスィンホーの一例(1871年)のみ。周辺での観察例も一切なく、それを除けば、過去の生息域の南端は福建省台湾と考えられる。ただし、後世の論文等ではスィンホーの報告を支持し、誤認ではないとするものも多い。
  2. ^ asahi.com トキと人びと--放鳥へ(3) 雄雌判別・DNA分析 山本義弘教授
  3. ^ かつては、巣からの距離が50~100メートル程度の範囲を縄張りとして、親鳥は強い縄張り意識を持っていたが、最近では巣と巣の間が10メートルほどのところも見られる。
  4. ^ 以前は1本のクヌギの木に30ものつがいが営巣していたこともあった。
  5. ^ Nipponia nippon (Species Factsheet by BirdLife International)
  6. ^ Nipponia nippon (環境省絶滅危惧種情報 by 生物多様性情報システム J-IBIS
  7. ^ 따오기 - 남북의 천연기념물(南北朝鮮の天然記念物)(朝鮮語のページ)
  8. ^ 1926年には『新潟県天産誌』に「濫獲の為めダイサギ等と共に其跡を絶てり」と記され、翌1927年には佐渡支庁がトキ発見を懸賞で呼びかけた。
  9. ^ 『改定・日本の絶滅のおそれのある野生生物 -レッドデータブック- 2 鳥類』でも、トキの減少原因における農薬の影響については「20世紀後半以降の日本」と断っている。
  10. ^ 大竹伸郎、小佐渡東部月布施地区における棚田の実態調査、2006年
  11. ^ 中国の自然保護区は国家級、省級、県級・市級と、国家あるいは各行政組織でそれぞれ指定・管理されている。
  12. ^ 絶滅危惧種検索 トキウモウダニ

[編集] 参考文献

  • 編・環境省自然環境局野生生物課『改定・日本の絶滅のおそれのある野生生物 -レッドデータブック- 2 鳥類』自然環境研究センター、2002年、ISBN 9784915959745
  • 小宮輝之・清水洋子『図書館版 新世界絶滅危機動物図鑑3 鳥類I』学習研究社、2003年、ISBN 9784054017955
  • 丁長青(編著)、蘇雲山・市田則孝(訳)、山岸哲(監修)『トキの研究』新樹社、2007年、ISBN 9784787585660
  • 近辻宏帰(総監修)、山階芳麿中西悟堂、内田康夫、佐藤春雄、村本義雄、中川志郎、竹下信雄、安田健『トキ 永遠なる飛翔 野生絶滅から生態・人工増殖までのすべて』ニュートンプレス、2002年、ISBN 9784315516531
  • 荒俣宏『世界大博物図鑑 第4巻 鳥類』平凡社、1987年、ISBN 9784582518245
  • 荒俣宏『世界大博物図鑑 別巻1 絶滅・希少鳥類』平凡社、1993年、ISBN 9784582518269

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