農薬
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農薬(のうやく)とは、農業の効率化、あるいは農作物の保存に使用される薬剤の総称。殺菌剤、防黴剤(ぼうばいざい)、殺虫剤、除草剤、殺鼠剤(さっそざい)、植物成長調整剤(通称植調:植物ホルモン剤など)等をいう。
虫害や病気の予防や対策、除虫や除草の簡素化、農作物の安定供給・長期保存を目的として、近代化された農業では大量に使用されている。一方、ヒトに対して毒性を示す農薬も多く知られており、使用できる物質は法律で制限されている。
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[編集] 歴史
元来、植物には昆虫による食害や菌類・ウイルス感染などを避けるため各種の化学物質を含有または分泌するアレロパシーと呼ばれる能力があり、複数種類の植物を同時に栽培すると連作障害などを防止できることは経験的に知られていた。
1700年代には除虫菊の粉で作物を害虫から守ることができることが欧州などですでにしられており、商品として流通し始めたといわれている。
1851年にフランスのグリソンが石灰と硫黄を混ぜた物(石灰硫黄合剤)に農薬としての効果があることを発見し、同じくフランスで1880年ごろ偶然にボルドー液にブドウの病気を防ぐ効果があることが見出された。、
1924年にヘルマン・シュタウディンガーらによって除虫菊の主成分がピレトリンという化学物質であることが解明された。1932年には日本の武居三吉らによって、デリス根の有効成分がロテノンという化学物質であることも判明した。1930年代には日本の農村でも農薬が普及し始め、昭和初期には本格的に普及した。
1938年、ガイギー社のパウル・ヘルマン・ミュラーは、合成染料の防虫効果の研究からDDTに殺虫活性があることを発見、農業・防疫に応用された。DDTは、人間が大量に合成可能な有機化合物を、殺虫剤として実用化した最初の例であり、ミュラーはこの功績により1948年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
DDTの発見に刺激され、1940年代には世界各国で殺虫剤の研究がはじまり、1941年頃にフランスでベンゼンヘキサクロリドが、1944年頃ドイツでパラチオンが、アメリカでディルドリンがそれぞれ発明された。いずれも高い殺虫効果があり、またたく間に先進国を中心に世界へ広がっていった。一部の殺虫薬は第二次世界大戦に使われた毒ガスの研究から派生したものといわれている[要出典]。
また、1944年には最初の除草剤である2,4-D(2,4PAともいう)が開発された。日本で除草剤が本格的に普及しはじめたのは1950年代に入ってからである。除草剤の普及は、農村労力の都会への流入を可能にし、日本の工業化に貢献した。また過酷な労働からの開放は、農家の健康や余暇の拡大、兼業化による現金収入の増加など社会に大きな衝撃を与えた。
1946年、アメリカ軍は日本の衛生状況の悪化を防ぐため、ノミ・シラミ・蚊の防除を勧め、DDTなどを日本に広めた。
1962年にはレイチェル・カーソンが『沈黙の春』を発表してからは、農薬の過剰な使用に批判が起こるようになった。近年では、消費者の自然嗜好や環境配慮の増加、農家からも費用や化学農薬の副作用への心配から、天敵、細菌、ウイルス、線虫や糸状菌(カビの仲間)等の生物農薬の使用も進められている。
[編集] 日本の状況
農薬取締法により、農薬の製造者又は輸入者には登録の、販売者には届出の制度が設けられている。さらに毒物及び劇物取締法により毒物または劇物に該当する農薬の場合、別途それぞれに製造業、輸入業、農業用品目販売業の登録が必要となる。収穫後に用いる防かび剤などいわゆる「ポストハーベスト農薬」は、日本では農薬に入れず食品添加物として扱う。
[編集] 農薬取締法での定義
第1条の2 この法律において「農薬」とは、農作物(樹木及び農林産物を含む。以下「農作物等」という。)を害する薗、線虫、だに、昆虫、ねずみその他の動植物又はウイルス(以下「病害虫」と総称する。)の防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤(その薬剤を原料又は材料として使用した資材で当該防除に用いられるもののうち政令で定めるものを含む。)及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤をいう。
2 前項の防除のために利用される天敵は、この法律の適用については、これを農薬とみなす。
3 この法律において「製造者」とは、農薬を製造し、又は加工する者をいい、「輸入者」とは、農薬を輸入する者をいい、「販売者」とは、農薬を販売(販売以外の授与を含む。以下同じ。)する者をいう。
農薬となるためには効力や安全性など所定の試験を行い農水省、厚生労働省、環境省の合同審査に合格し、登録を受けなければならない。農薬の定義は使用目的(農作物の保護)によってなされており、合成品か天然物かというような物質の起源でなされている訳ではない。そのため、害虫の天敵などはいわゆる薬とは違うが、便宜上、農薬取締法ではこれらも生物農薬として農薬の範疇に含めるとしている。
平成14年12月に農薬取締法が改正され農薬の違法使用の罰則が強化されるに伴い、農水省の指定を受ければ農薬登録に必要な試験(防除効果、人体に対する安全性、環境への影響評価等)を免除される特定農薬制度が新設され、重曹と食酢、そして地場で生息する天敵が指定された。
平成17年8月の農業資材審議会と中央環境審議会合同の特定農薬を検討する会合において特定農薬に該当するかどうかの試験検討結果が報告され、コーヒー、緑茶、牛乳、焼酎には農薬としては効果がないこと、木酢液は効果がない上使用者に対し危険なことが報告された。
[編集] 農薬の規制
農薬は場合によっては人畜、水産物や環境に悪影響を与えるおそれがあるので農薬取締法や食品衛生法で規制を受ける。毒性・残留試験などに基づいて各農薬・農産物ごとに許される最大残留濃度(農薬取締法による「登録保留基準」や食品衛生法による「残留農薬基準」)が決められ、これをクリアするように農薬の使用法が定められた上で登録され使用が可能になる。 残留農薬基準については、2006年5月より「残留農薬等に関するポジティブリスト制度」がスタートし、従来よりも残留農薬に対する規制が強化された。
[編集] 危険性
パラコートに代表されるように、一部の農薬はヒトに対して毒性を持つため、農業従事者に対する健康被害、あるいは農作物への残留農薬がしばしば問題となってきた。このため、今日では農薬の使用について、法律できびしく制限が加えられている。
現在日本で流通している農薬の90%以上は普通物であり、毒物や劇物の農薬は年々その割合を低下している。また、2004年中における農薬中毒事故189件(死亡94件、中毒95件)のうち、156件は自他殺を目的としたものであり、誤飲・誤食や農薬散布に伴うものは33件(うち死亡2件)である。
食品に対する残留農薬は食品及び農薬ごとに一日摂取許容量(ADI)を基準に残留基準が定められており、基準を超えた農薬が検出された場合は流通が禁止される。2000年に行われた農産物中の残留農薬検査結果によると、総検査数467,181件に対し、農薬の残留が検出されたのは2,826件(0.6%)、うち基準を超えた量が検出されたのは74件(0.03%)、2001年の検査結果では総検査数531,765件に対し、検出数2,676件(0.5%)、うち基準を超える件数29件(0.01%)と、ほぼ同様の傾向である。
[編集] 製剤方法による分類
- 乳剤
- 水に溶けにくい有効成分を有機溶媒に溶かし、さらに水になじみ易くするために乳化剤を加えたもの。水で希釈して使う。
- 水和剤
- 水に溶けにくい有効成分を、鉱物等に混ぜて微粉状にし、水になじみ易くしたもの。水で希釈して使う。飛び散らないよう、粒状に成形したものは顆粒水和剤、またはドライフロアブルとよばれる。(うち、水田用除草剤は顆粒ともよばれる。)
- 水溶剤
- 水溶性の有効成分を水に溶かし希釈して使う。
- 液剤
- 有効成分の水溶液。そのまま使うものと水で希釈して使うものがある。
- 粒剤
- 有効成分に鉱物粉等に混ぜて粒状にしたもの。水に溶かさず、そのまま散布する。粒径によって微粒剤、細粒剤などがある。
- 粉剤
- 有効成分に鉱物粉等に混ぜて粉状にしたもの。水に溶かさず、そのまま散布する。粒径とその割合によって微粉剤、DL粉剤、フローダスト剤などがある。
- マイクロカプセル
- 有効成分を高分子膜で被覆して数μm~数百μmくらいのマイクロカプセル状にしたもの。
- 燻蒸剤
- 常温または水を入れて有効成分を気化させて利用するもの。
- 燻煙剤
- 着火または加熱により有効成分を気化させて利用するもの。
- エアゾール
- 液化ガスに有効成分を溶かし、液化ガスの圧力でスプレーできる容器(スプレー缶)にいれたもの。
- フロアブル剤
- ゾル剤とも呼ばれる。溶剤に溶けにくい固体有効成分を、水和剤よりも細かい微粒子にして水に混ぜ、液剤化したもの。(登録上の分類は水和剤)
- EW
- 水に溶けにくい有効成分を、高分子膜や界面活性剤などで被覆することで水に混ぜ、液剤化したもの。有機溶媒を使わないため、危険物にあたらない利点もある(登録上の分類は乳剤)
- マイクロエマルション
- 水に溶けにくい有効成分を最低限の有機溶剤に溶かし、界面活性剤で水に混ぜ液剤化したもの。(登録上の分類は液剤)
- ペースト剤
- 有効成分に鉱物粉等に混ぜて糊状にしたもの。塗布して使う。
- 錠剤
- 水溶剤や水和剤を、錠状に成形したもの。現場で計量する手間が軽減できる。水で希釈して使う。
- 塗布剤
- 専ら塗布して使うもので他のどの剤型にも当てはまらないもの。
- 粉末
- 粉状で他のどの剤型にも当てはまらないもの。
- 微量散布用剤
- 空中散布における微量散布(ULV)専用に有効成分を有機溶媒に高濃度に溶かしたもの。
- 油剤
- 水に溶けにくい有効成分を有機溶媒に溶かした油状の液体。
- パック剤
- 水稲用の殺虫剤、殺菌剤の粒剤を水溶性フィルムで包装したもので、水田に畦から投げ込んで使う。散布機不要で、飛散が無い。
- ジャンボ剤
- 畦から投げ込んで使う、錠剤又は水溶性フィルム包装の粒剤の水田用除草剤。(登録上の分類は剤または粒剤)
- WSB剤
- 水和剤や水溶剤を水溶性フィルムで包装したもので、袋ごと水に溶かして使う。調製時の粉立ちが無く、使用者に安全である。
- 複合肥料
- 有効成分を肥料に混ぜたもの。
- 剤
- 他のどの剤型にも当てはまらないもの。
[編集] 外部リンク
- 農薬コーナー(農林水産省)
- 独立行政法人農薬検査所
- みんなの農薬情報館(農薬工業会)
- 日本農薬学会
- 農薬ネット
- アグロサイエンス通信
- 農薬インデックス
- 海外の残留農薬基準(各国基準リストのウェブサイト)
- 厚生労働省医薬食品局化学物質安全対策室 農薬中毒事故の集計結果
- 農林水産省残留農薬等に対する食品衛生監視指導
- 農林水産省農薬対策室農薬コーナー
- 「化学物質と環境」化学物質環境実態調査 年次報告書(環境省)