茨城県立日立第一高等学校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
画像募集中 |
|
過去の名称 | 茨城県立日立中学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 茨城県 |
校訓 | 誠実勤勉なれ 剛健質実なれ 規律礼儀を正しくせよ 自治独立につとめよ 和衷協同せよ |
設立年月日 | 1927年4月11日 |
創立記念日 | 10月28日 |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制課程 定時制課程 |
単位制・学年制 | (全日制課程) 進学重視型単位制 (定時制課程) 学年制 |
設置学科 | 普通科 |
学期 | 2学期制 |
所在地 | 〒317-0063 |
茨城県日立市若葉町3-15-1 北緯36度35分58.5秒東経140度39分31.4秒 |
|
電話番号 | 0294-22-6488 |
FAX番号 | 0294-21-4490 |
外部リンク | 公式サイト |
茨城県立日立第一高等学校(いばらきけんりつひたちだいいちこうとうがっこう)は、茨城県日立市にある県立の高等学校である。
目次 |
[編集] 概要
生徒の自主・自律の精神が尊重されており、茨城県内では茨城県立水戸第一高等学校とともに制服を設けていない私服校である。部活動も活発で、サッカー部は1957年に全国高等学校サッカー選手権大会準優勝、野球部は1985年に全国高等学校野球選手権大会出場、ラグビー部は1986年に茨城県内公式戦111連勝を達成している。
2007年、学校創立80周年を迎えた。
修学旅行が廃止されている。その代替行事として、宿泊学習(スキー旅行)、クラスマッチなどが行われる。マラソン大会では笠松運動公園周辺を10数キロの周回コースと設定して行う。 県北に予備校が少ないという環境を考慮し、校内には冷暖房完備の学習室が設置されている。 全日制の課程に普通科(単位制・1学年定員320名)と定時制の課程に普通科(1学年定員40名)を設置している。
[編集] 沿革
- 1927年1月22日 茨城県立日立中学校設置。同年4月の開校が認可される(定員500名)。
- 1927年4月11日 日立第五尋常高等小学校(現・日立市立仲町小学校)の一部を借用して、茨城県立日立中学校開校。同校の第1期生が入学(入学者104名)。
- 1927年7月8日 現在地に校舎が完成し移転。この校舎は県下初の鉄筋コンクリート校舎の三階建てで、威風堂々とした校舎本館は広く注目を集め、「白堊の殿堂」と称された。
- 1928年10月28日 開校式が挙行される。この日が開校記念日となる。
- 1928年11月13日 講堂、雨天体操場、武道場竣工。
- 1932年3月6日 第1期生が卒業(卒業者77名)。
- 1934年7月29日 皇太子殿下(明仁)御誕生記念プール竣工式が挙行される。
- 1939年4月1日 学級増(定員750名)。
- 1942年4月1日 学級増(定員1000名)。
- 1945年4月1日 学級増(定員1250名)。
- 1945年7月19日 艦砲射撃および空襲により校舎が全焼。
- 1945年9月 日立製作所青年学校(現・日立工業専修学校)の校舎を借用し、授業を再開。
- 1946年7月 改修された本校舎に移転し、授業を再開。
- 1946年11月28日 復興式が挙行される。
- 1948年4月1日 新学制実施により、茨城県立日立第一高等学校に改称し、全日制普通科高等学校となる。現在の校章を制定。夜間制高等学校を併置(定員400名)。
- 1949年4月1日 全日制商業科を併置。定員1050名(普通科900名、商業科150名)。
- 1950年4月 夜間制高等学校が定時制高等学校となる。
- 1952年10月23日 創立25周年記念式典が挙行される。現在の校歌を制定、校旗を樹立。
- 1955年4月12日 本山(もとやま)分校(定時制普通科)が開校(定員200名)。
- 1957年3月31日 図書館、体育研究室竣工。
- 1957年10月17日 創立30周年記念式典が挙行される。同窓会館竣工。武道館復元。
- 1961年10月15日~17日 第1回白堊祭が開催。(白堊祭は原則、3年に1度開催。当時は1日目~2日目が文化祭、3日目が体育祭。2002年9月17日・18日の第15回から文化祭のみ。体育祭は2001年に分離、開催され、以後3年に1度開催。)
- 1962年4月1日 全日制定員1200名(普通科1050名、商業科150名)。
- 1963年4月1日 商業科募集停止。全日制普通科の定員は1500名。
- 1967年10月14日 創立40周年記念式典が挙行される。創立40周年記念誌を発行。
- 1969年4月1日 全日制普通科の定員が1350名に。
- 1969年7月1日 現在のプールが竣工。
- 1969年12月1日 全クラスにストーブを設置。
- 1973年4月1日 本山分校の新入生募集を停止(日立鉱山から日本鉱業が撤退したことによる)。
- 1974年2月8日 1か月の試行期間を経て、制服完全自由化。
- 1974年3月 本山分校廃校。
- 1978年3月25日 特別教室棟が竣工。
- 1978年11月2日 創立50周年記念式典。創立50周年記念誌「白堊五十年のあゆみ」を発行。
- 1978年11月29日 白堊会館竣工。
- 1980年7月31日 現在の本館が竣工。
- 1980年9月24日 格技場、重層渡り廊下が竣工。
- 1981年3月10日 運動場整備工事竣工。
- 1981年3月15日 外構工事竣工。給食室竣工。
- 1982年2月8日 弓道場竣工。
- 1982年3月25日 部室竣工。
- 1983年3月4日 テニスコート竣工。
- 1987年3月23日 トレーニング場竣工。
- 1989年11月7日 自転車置場竣工。
- 1992年3月17日 コンピュータ教室竣工。
- 1995年4月1日 全日制普通科の定員が1134名に。
- 1996年2月 推薦入学試験実施。
- 1997年4月1日 全日制普通科の定員が1080名に。
- 1997年10月3日 創立70周年記念式典。創立70周年記念誌「白堊七十年のあゆみ」を発行。
- 1997年12月16日 正門前に校歌碑を建立。
- 2000年4月1日 全日制普通科の定員が1040名に。
- 2001年4月1日 全日制普通科の定員が1000名に。
- 2001年11月30日 現在の体育館が竣工。渡り廊下竣工。
- 2002年3月5日 格技場を改修し、白堊会館と改称。
- 2002年4月1日 全日制普通科の定員が960名に。
- 2003年4月1日 文部科学省よりSuper English Language High School(通称・SELHi、2003年度~2005年度)に指定。
- 2003年10月18日 第1回国際交流生徒派遣(~10月29日、イギリスロイヤル・ラッセル・スクール)実施。
- 2004年4月1日 全日制普通科を学年制から単位制に改める。
- 2007年4月1日 文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクールに指定(指定期間は5年間)。
[編集] 校訓
- 一.誠実勤勉なれ
- 一.剛健質実なれ
- 一.規律礼儀を正しくせよ
- 一.自治独立につとめよ
- 一.和衷協同せよ
[編集] 著名な卒業生
- 江尻亮(元プロ野球選手。大洋ホエールズ→同コーチ→千葉ロッテマリーンズコーチ→同監督 )
- 大泉実成(ノンフィクション作家)
- 奥村祐介(津軽三味線奏者)
- 宮本征勝(元サッカー日本代表、鹿島アントラーズ初代監督、故人)
- 鎌田光夫(元サッカー日本代表)
- 国吉伸洋(テレビ朝日報道記者、元同局アナウンサー)
- 山崎猛(彫刻家)
- 田中信太郎(美術家)
- 東海林毅(コンサドーレ札幌フィジカルコーチ)
- 石田剛規(トヨタ自動車アルバルク選手)
- 岡部英明(衆議院議員)
- 小林寛(前水戸ホーリーホック社長)
- 近藤陽次(NASAの天文物理学者)
- 吉野俊郎(元ラグビー日本代表、早大ラグビー部出身)
- 益子俊志(元早大ラグビー部監督)
- 佐藤シンイチロウ(The the pillows The ピーズ ドラム担当)
- 古木優(作家)
- 渡辺弘基(元プロ野球選手。阪急ブレーブス→広島東洋カープ )
[編集] 所在地
〒317-0063 茨城県日立市若葉町3丁目15番1号
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 茨城県立日立第一高等学校
- 茨城県教育委員会 (学校管理者)