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友人葬(ゆうじんそう)は、僧侶を呼ばずに、遺族・親族・友人など、故人と親しい人のみによって執り行う葬儀・告別式。
[編集] 概要
1990年、創価学会は、日蓮正宗に破門された際、同宗門の僧侶を創価学会の管轄下に置けなかったため、葬儀は在家の会員のみで行われることになり、創価学会の会員間で急激に増えた形式である。
これにより、戒名を付けず亡くなる前の氏名を「俗名」とするので、僧侶への金銭の支払いやお布施などをする必要はなくなったが、当時の既成概念を覆した形式を受け入れることが出来ず、墓地管理に関する意見が対立し脱会する会員もいた。また、お経などを創価学会の会員[1]が無償[2]で行うため、特に地方における身寄りのない年配者や、無宗教者が入会するきっかけとなった。
創価学会会長の池田大作は、友人葬について、1968年11月27日付の『聖教新聞』紙上[3]で、「御本尊に題目を朝晩あげて、事の一念三千の当体である我々です。死んでだれにお経を読んでもらう必要がありますか。我々こそ、葬式の最高の近代化をうたえる人であり、合理化の先駆者なのです」、「葬式に必ずしもご僧侶を呼ぶ必要はないのです」、「呼びたい人は呼んでもいいが、呼びたくなければ呼ばなくてもよい」などと語っている。
[編集] その他の用法
団塊世代において、「自分らしい最期」として家族・友人による葬儀が行われることがあり、これについても「友人葬」、「家族葬」と表現される場合がある。
[編集] 脚注
- ^ 儀典長と呼ばれる。
- ^ これは本来、仏教は葬式を担当するものではないという本質的仏教観に根ざしているものであり、創価学会の会員の葬儀には基本的に香典を包まないこともそうした本質を踏まえた対応である。香典の強要はもちろん、香典を渡さないということも強要されることはない。故人との関係を個々で判断した上で、各人が香典の有無・多寡を選択する。
- ^ 2面「11月度本部幹部会の指導」に掲載。
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