第17代総選挙 (大韓民国)
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第17代総選挙(だいじゅうななだいそうせんきょ)は、大韓民国国会を構成する国会議員を選出するため、2004年4月に行なわれた選挙で、盧武鉉大統領の実質的与党である“開かれたウリ党”が勝利した。
目次 |
[編集] 総選挙データ-
大統領権限代行:高建(コ・ゴン).選挙前の3月12日に国会で弾劾案が可決されたことで盧武鉉大統領の職務権限が停止されたため、国務総理である高建が権限代行を努めた。
改選議席数:299議席(前回の273議席から前々回の議席数に戻された)
選挙制度:小選挙区比例代表並立制(地域区(小選挙区)243議席・比例代表56議席)
選挙制度の仕組み
前回までは有権者は選挙区の候補者にのみ投票し、比例代表ではその候補者が所属している政党に投票したみなされる一人一票制であったが、2001年7月19日に憲法裁判所で一人一票制について憲法違反であるとの判決を下し、今回の選挙から小選挙区と比例代表のそれぞれに有権者が一票を投じる一人二票制に改められた。
1.有権者は地域区(小選挙区)では選挙区候補者に、比例代表では名簿を提出している政党にそれぞれ投票する
2.地域区では得票数が一番多い人が当選する
3.比例代表選挙で有効投票総数の3%以上を獲得したか、若しくは地域区で5議席以上獲得した政党に対し、得票率に応じて議席を配分する
4.地域区と比例区の双方に立候補できる重複立候補は認められない
投票率:60.6%
[編集] 総選挙をめぐる動き
総選挙の前月の3月12日に、野党ハンナラ党や新千年民主党(以下「民主党」とする)などが中心となって、盧武鉉大統領への弾劾訴追案を国会に提出し、賛成198・反対2の圧倒的賛成多数で可決成立したことで、盧武鉉大統領の職務権限が停止されると言う韓国憲政史上初めて事態となった。これに対し国民は、野党の弾劾案は党利党略だと却って反発し、韓国各地で弾劾反対集会が催され、新千年民主党と袂をわかって結成した実質的な与党である開かれたウリ党(以下ウリ党とする)の支持率が急上昇する中で総選挙が行なわれ、弾劾の是非が選挙の大きな争点として、浮上した。
盧武鉉大統領弾劾訴追の詳細については盧武鉉韓国大統領弾劾訴追を参照されたい
[編集] 選挙結果と概要
[編集] 党派別議席数
政党 | 合計 | 小選挙区 | 得票率 | 比例代表 | 得票率 |
---|---|---|---|---|---|
開かれたウリ党 | 152 | 129 | 41.9% | 23 | 38.3% |
ハンナラ党 | 121 | 100 | 37.9% | 21 | 35.8% |
民主労働党 | 10 | 2 | 4.3% | 8 | 13.0% |
新千年民主党 | 9 | 5 | 7.96% | 4 | 7.1% |
自由民主連合 | 4 | 4 | 2.67% | 0 | 2.8% |
国民統合21 | 1 | 1 | |||
無所属 | 2 | 2 |
得票率は主要政党のみ記載
選挙前は49議席で第3党だったウリ党がソウルとその周辺の首都圏を中心に躍進、3倍以上の152議席を獲得し、第1党に躍進した。また国会の過半数の議席を占めたことで、1987年の民主化以降では、選挙を通じて初めて「与大野小」の状態が出現した。当初、100議席すら下回るのでは、との予測もあったハンナラ党は、朴槿恵が代表に就任[1][2]したことで、地盤の慶尚道を中心に巻き返し、議席は減らしたものの121議席と選挙前の137議席から16議席のマイナスに留めることが出来た。弾劾訴追案を一緒に進めた民主党は、地盤の全羅道でもウリ党に負け、選挙前の61議席から50議席以上も減らした9議席と言う惨敗であった。また、自民連も、地盤の忠清道をウリ党に奪われ、小選挙区で4議席、比例代表では2.8%に留まり議席を確保できず、比例名簿一位の金鍾泌が落選し敗北した。前回まで国会に議席が無かった民主労働党は、今回比例代表にも票を投じることができる二票制が導入されたことで比例代表で10%以上の得票率を得て8議席を獲得、地域区でも慶尚南道の昌原市と蔚山広域市で一議席ずつを獲得し、あわせて10議席となり、民主党を上回る第3党になった。
[編集] 地域別議席数
- 開かれたウリ党=ウリ、ハンナラ党=ハン
- 新千年民主党=民主、自由民主連合=自民連
- 民主労働党=民労、国民統合21=国民
- 無所属=無所
市・道 | 議席数 | ウリ | ハン | 民労 | 民主 | 自民連 | 国民 | 無所 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ソウル特別市 | 48 | 32 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
仁川広域市 | 12 | 9 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
大田広域市 | 6 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
光州広域市 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
大邱広域市 | 12 | 0 | 12 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
蔚山広域市 | 6 | 1 | 3 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 |
釜山広域市 | 18 | 1 | 17 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
京畿道 | 49 | 35 | 14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
江原道 | 8 | 2 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
忠清北道 | 8 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
忠清南道 | 10 | 5 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 |
全羅北道 | 11 | 11 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
全羅南道 | 13 | 7 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 1 |
慶尚北道 | 15 | 0 | 14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
慶尚南道 | 17 | 2 | 14 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
済州道 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
当該地域で第一党になった党派の議席数を太字で強調した
[編集] 主要政党比例代表地域別得票率
市・道 | ウリ | ハン | 民労 | 民主 | 自民連 |
---|---|---|---|---|---|
ソウル特別市 | 37.7 | 36.7 | 12.6 | 8.4 | 2.8 |
仁川広域市 | 39.5 | 34.6 | 15.3 | 5.4 | 0.8 |
大田広域市 | 43.8 | 24.3 | 11.8 | 3.1 | 14.5 |
光州広域市 | 51.6 | 1.8 | 13.1 | 2.2 | 0.8 |
大邱広域市 | 22.3 | 62.1 | 11.6 | 1.1 | 0.8 |
蔚山広域市 | 31.2 | 36.4 | 21.9 | 1.5 | 0.8 |
釜山広域市 | 33.7 | 49.4 | 12.0 | 1.9 | 0.7 |
京畿道 | 40.2 | 35.4 | 13.5 | 6.1 | 2.0 |
江原道 | 38.1 | 40.6 | 12.8 | 3.5 | 1.3 |
忠清北道 | 44.7 | 30.3 | 13.1 | 2.2 | 6.3 |
忠清南道 | 38.0 | 21.1 | 10.5 | 2.8 | 23.8 |
全羅北道 | 67.3 | 3.4 | 11.1 | 13.6 | 1.0 |
全羅南道 | 46.7 | 2.9 | 11.2 | 33.8 | 1.0 |
慶尚北道 | 23.0 | 58.3 | 12.0 | 1.4 | 1.2 |
慶尚南道 | 31.7 | 47.3 | 15.8 | 1.4 | 0.8 |
済州道 | 46.0 | 30.8 | 14.1 | 5.1 | 1.1 |
当該地域で第一党の得票率を獲得した政党の得票率を太字で強調
[編集] 解説
今回の選挙でも、ウリ党とハンナラ党はそれぞれ全羅道と慶尚道で圧倒的な強さを見せたが、前回ハンナラ党が議席を独占した慶尚道でウリ党が4議席、民主労働党が2議席を獲得して、ハンナラ党の地盤に進出を果たすことが出来た。また、比例代表の得票率で、ハンナラ党が全羅道で一桁以下の非常に低い得票率しか得られていないのに対して、ウリ党はハンナラ党の地盤の慶尚道でも20~30%台の得票率を獲得しており、60%以上の得票をした全羅北道を除いてあまり大きな偏りが見られなかった。民主労働党は民主労総の組合が多い蔚山の21%を除いて、ほぼ全国で10%の得票を得ている。この2党の得票構造から韓国の政治における地域主義の構造に、徐々にではあるが変化が出始めていると考えられるが、一方でハンナラ党は大邱市で62%、慶尚北道で58%、民主党は全羅南道で33%、自民連は忠清南道で23%、と得票率に偏りがみられ、地域主義自体は依然として存在していることには変わりがなかった。
[編集] 女性議員と新人議員の進出
今回の総選挙では女性議員と新人議員が増加したことも重要な点である。比例代表の候補者の五割以上を女性にするなどのクォーター制[3](韓国では「女性割当制」)が徹底されたこともあり、女性は選挙区で10名、比例代表で29名、計39名が当選した。2000年の第16代の16名を2倍以上も上回り、比例代表では56議席中、半分以上が女性となった。この結果、国会の議員定数299議席のうち13%を占めることになった(2000年は5.9%)。初当選の新人議員も、187名と全体の6割以上に達し、前回総選挙で当選した議員で今回再選されたのは3割弱に過ぎなかった。10選をめざした金鍾泌も落選し、政界引退を表明した。
政党別女性当選者
政党 | 当選者数 |
---|---|
ウリ党 | 17 |
ハンナラ党 | 16 |
民主労働党 | 4 |
民主党 | 2 |
[編集] 脚注
- ^ 朴槿恵氏がハンナラ党の新代表東亜日報サイト(日本語)3月24日付。
- ^ ハンナラ党代表に朴槿恵氏、36年ぶり女性党首朝鮮日報サイト(日本語)2004年3月24日付
- ^ 現行のクォーター制は、主に①比例代表において、政党は50%以上の女性候補者を擁立しなければならない。②選挙区においては、政党は候補者の30%以上を女性にするように努力しなければならない。③これらを達成した政党に対して、女性推薦補助金を支給することの2点からなっている。クォーター制自体は2000年の総選挙の前に政党法改正がなされ、導入は既にされていたが、罰則規定が無かったので、クォーター制を守ったのは、当時与党だった新千年民主党だけであった。
[編集] 出典
- 韓国における政治改革立法と政党の動向 -盧武鉉大統領の弾劾と2004年総選挙を経て-(山本健太郎).国立国会図書館レファレンス第641号
[編集] 関連項目
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[編集] 外部リンク
- 韓国中央選挙管理委員会の歴代選挙情報システム(韓国語)、過去に韓国で行われた国政及び地方選挙の有権者数や候補者、投開票結果を閲覧することが可能(ただし比例代表(全国区)については、第17代以外は未掲載)。