松平定知
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松平 定知(まつだいら さだとも 1944年11月7日 - )は、日本のフリーアナウンサー。元NHKエグゼクティブアナウンサー(理事待遇)。局内でのニックネームは『殿』。なお、名字の松平は「まつだいら」と『ま』にアクセントを置いて発音する。学歴は早稲田大学商学部卒業。学位は商学士(早稲田大学)。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授への就任を予定している。
徳川家康の異父弟・松平定勝を祖とする伊予松山藩久松松平家の分家(旗本)の子孫。外交評論家磯村尚徳はいとこ。
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人物
総領事をしていた父の仕事の関係で旧満州の新京に生まれ、東京都に育つ[1]。国立東京教育大学附属駒場高等学校(現:筑波大学附属駒場高等学校)、早稲田大学商学部卒業。1969年NHK入局、5年間の高知放送局勤務を経て1974年より東京アナウンス室に勤務。2004年に定年(近年、NHKは法令上60歳を事実上の定年としている)を迎えた後も嘱託契約社員として出演していたが、2007年11月末で雇用期間満了したためNHKを退職、フリーアナウンサーとして活動していくこととなった[2]。宮本隆治をはじめとするNHK退職アナウンサー設立による有限責任事業組合ことばの杜において、青少年・児童向けの朗読など社会貢献活動にも携わる。
現在の出演番組
下記番組はNHK退職後も出演を続けている。
- NHKスペシャル(ナレーション)
- その時、歴史が動いた(司会)
過去の出演番組
- 東京異動後
- イブニングネットワーク(キャスター、1988年4月〜1989年3月)
- 連想ゲーム(7代目総合司会)
- NHK紅白歌合戦
- NHKニュース・夜7時
- きょうのスポーツとニュース
- NHKニュース11
- 選挙開票速報
- BSあなたが選ぶ時代の歌1000曲
- プロ野球70周年特集
- NHKスペシャル・世紀を超えて
- NHKスペシャル・アジア古都物語(2002年、大阪放送局新局舎完成記念番組ナレーション)
- 「同・新・シルクロード」(2005年 ナレーション)
- 「ラジオ深夜便 朗読・蝉しぐれ」(2005年 毎週月曜深夜=火曜未明0時台)
- 「ラジオ深夜便 朗読・三屋清左衛門残日録」(2006年 毎週月曜深夜=火曜未明0時台)
- 2004年度には「私の本棚」などで「藤沢周平をと読む」と題した朗読シリーズを担当した。
その他
- 「NHKの顔」として各種の講演などもこなしている。
- 朝のニュース「NHKモーニングワイド」のキャスターを担当しNHKの朝の顔として活躍していたが、泥酔してタクシーの運転手を殴り降板させられた。その事件について、やしきたかじんは自身の番組で、「その時歴史が動いた!」と言及した。その後、テレビニュースキャスターとしては1995年4月の「NHKニュース11」で復帰。
- 「NHKニュース11」担当以前にはNHKワールド・ラジオ日本のニュースも担当していた。
- 1999年、その「NHKニュース11」の放送中にスタッフに鉛筆を投げつけた姿が放送され、問題となった。
- 伊予松山藩久松松平氏は明治維新で久松姓に復姓しているが、彼自身は傍流なので松平姓のままである。
- 「その時歴史が動いた」で携帯音楽プレーヤーの説明をする時、「(視聴者の判りやすさを考慮して)1回だけ言います。ウォークマンのことです」と発言したことがある。
- 前述のとおり名字の松平は「まつだいら」と『ま』にアクセントを置いて発音するが、本人はその発音に異常に強いこだわりを持っており、部下が発音のアクセントを間違うとその場で「『ま』にアクセントを置くように」と訂正することで有名である。
著書
- 松平定知 『負けずにキザですが』 1985年 講談社
関連
脚注
- ^ 著書『負けずにキザですが』5頁に「本籍は愛媛県松山市。住んだことはありません。私は仲間から「殿」なんて呼ばれてますが、大したものじゃありません。徳川家康の異父弟・久松定勝を祖とする久松松平の傍流の末裔です。育ちは東京です。」という記述がある
- ^ 松平アナ フリー 民放大争奪戦, 東京中日スポーツ, 2007年12月20日