ベトナム語
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ベトナム語 Tiếng Việt |
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---|---|
話される国 | ベトナム、カンボジア、中国、アメリカ合衆国、フランス他 |
地域 | 東南アジア |
話者数 | 8000万人 |
話者数の順位 | 17 |
言語系統 | オーストロ・アジア語族 モン・クメール語派 ベト・ムオン語群 ベトナム語 |
公的地位 | |
公用語 | ベトナム |
統制機関 | ベトナム社会科学院言語学研究所 (Viện Ngôn ngữ học, Viện Khoa học xã hội Việt Nam) |
言語コード | |
ISO 639-1 | vi |
ISO 639-2 | vie |
ISO/DIS 639-3 | |
SIL | VIE |
ベトナム語 (Tiếng Việt, チュノム: 㗂越) は、ベトナム社会主義共和国の総人口のおよそ 87% を占めるキン族の母語であり、ベトナムの公用語である。キン語や安南語ともいい、ベトナムの少数民族の間でも共通語として話されるほか、中国など周辺諸国のキン族、アメリカ合衆国、フランスなど在外ベトナム系移民によっても話される。
目次 |
[編集] 歴史
東南アジア大陸部の言語は、通常インド文化の影響を強く受けているが、ベトナム語は例外的に日本語・朝鮮語・チワン語などと同様に中国語と漢字文化の強い影響を受けている。
現在のベトナムの北部は、秦によって象郡が置かれて以来、中国の支配地域となった。この地を含む華南は「百越」と総称される諸民族が住んでいた地域で、そのひとつが、現在のキン族の祖先であった。「ベトナム (Việt Nam)」は漢字で書けば「越南」であり、「越」は現在浙江省周辺にあった国の名でもあるが、広東省を指す「粤」と同音の類義語で、これらの南にある地域のために「越南」と呼ばれた。
しかし、系統的にはシナ・チベット語族やタイ・カダイ語族ではなく、オーストロアジア語族に属すると解することが一般的である。この説に従えば、話者数でクメール語(カンボジア語)を上回るオーストロアジア語族で最大の言語ということになる。また、中国語などの言語の影響を受け、声調言語になった。
[編集] 表記法の歴史
中国の支配を受けていたため、ベトナムの古典や歴史的な記録の多くは漢文で書かれている。現代語をみても、辞書に登録されている単語の 70% 以上が漢字語("từ Hán Việt (漢越語 漢字: 詞漢越)"と呼ばれる)といわれており、これらは漢字表記が可能である。対応する漢字が無い語については、古壮字などと同じく、漢字を応用した独自の文字チュノム(字喃)を作り、漢字と交ぜ書きをすることが行われた。しかし、1919年の科挙廃止、1945年の阮朝滅亡とベトナム民主共和国の成立などをへて漢字やチュノムは一般には使用されなくなった。公式な漢字の廃止は1954年であり、南北に分断したこの年にベトナム民主共和国紙幣における漢字使用は廃止されている。
これに取って代わったものは、17世紀にカトリックの宣教師アレクサンドル・ドゥ・ロードが考案し、フランスの植民地化以降普及したローマ字表記「クォックグー(Quốc ngữ、国語)」であった。植民地期にはクォックグーはフランスによる「文明化」の象徴として「フランス人からの贈り物」と呼ばれたが、独立運動を推進した民族主義者はすべてクォックグーによる自己形成を遂げたため、不便性と非効率性を理由にして漢字やチュノム文は排除され、クォックグーが独立後のベトナム語の正式な表記法となった。現在、クォックグーを公式の表記法とすること自体への異論はまったく存在しないが、高齢者や有識者の一部以外に漢文や漢字チュノム文を理解運用できる人材が少ないため、人文科学、特に歴史研究の発展に不安をもつ知識人の間には、中等教育における漢字教育の限定的復活論がある。
[編集] 文字
現在の正書法であるクォックグーでは、ラテン文字と、それに補助記号をつけたものが用いられる。ただし、F, J, W, Z は用いられない。
文字 | 文字名 | 音価 | IPA表記 |
---|---|---|---|
A a | a | アー | [aː] |
Ă ă | á | ア | [a] |
 â | ớ | ア | [ə], [ɜ] |
B b | bê, bờ | バ | [ɓ], [ʔb] (入破音) |
C c | xê, cờ | カ | [k] |
D d | dê, dờ | ザ | [z], 南: [j] |
Đ đ | đê, đờ | ダ | [ɗ], [ʔd] (入破音) |
E e | e | エ | [ɛ] |
Ê ê | ê | エ | [e] |
G g | giê, gờ | ガ | [ɣ] [ʒ] (前母音字 i, ê, e の前) |
H h | hắt | ハ | [h] |
I i | i ngắn | イ | [i] |
K k | ca | カ | [k] |
L l | e-lờ, lờ | ラ | [l] |
M m | em-mờ, mờ | マ | [m] |
N n | en-nờ, nờ | ナ | [n] |
O o | o | オ | [ɔ] |
Ô ô | ô | オ | [o] |
Ơ ơ | ơ | オー | [əː], [ɜː] |
P p | pê, pờ | パ | [p] |
Q q | quy | クィー | [k] |
R r | e-rờ, rờ | ザ | [z], 南: [ʐ], [ɹ] |
S s | ét-sì, sờ | サ | [s], 南: [ʂ] |
T t | tê, tờ | タ | [t] |
U u | u | ウ | [u] |
Ư ư | ư | ウ | [ɯ] |
V v | vê, vờ | ヴァ | [v], 南: [j] |
X x | ích-xì, xờ | サ | [s] |
Y y | i dài, i-cờ-rét | イー | [iː] |
ベトナム語表記の特徴は、語ではなく音節で分かち書きをすることである。これはベトナム語の単音節的な性質に合っている。
[編集] 音韻
中国語と同様、声母(音節頭子音)と韻母(介母音+主母音+音節末子音/母音)、および声調からなる音節構造をもち、多くの音節はそれ自体で形態素となりうる点でいわゆる「単音節語」的な特徴を有する。注記したものをのぞき、すべての単母音、二重母音は主母音に立つことができる。
漢字音の対応は、中国語各方言・日本語・朝鮮語でほとんど変化のない(変化しても b など唇音のまま) [m] 声母字「面」「民」などが、d (北部方言の [z]) に変化し、半母音の [j] 声母字も摩擦が強まり、d (北部方言の [z])となっている。また、[s] の一部は [t] に変化しているのが特徴的で、現代中国語の sh ([ʂ]) 声母字の一部は th ([tʰ]) に対応する。
[編集] 母音
文字 | 音価 | IPA表記 | 発音の特徴 | 備考 |
---|---|---|---|---|
a | アー | [aː] | 口を大きくあけてやや長めに | |
ă | ア | [a] | 口を大きく開けて短く | 単独で主母音に立たない |
ơ | アー | [əː], [ɜː] | アとオの中間的な感じでやや長めに | |
â | ア | [ə], [ɜ] | アとオの中間的な感じで短く | 単独で主母音に立たない |
e | エー | [ɛː] | 口を大きく開けてやや長めに | |
ê | エ | [e] | 口を軽くあけて、狭めに | |
i | イ | [i(ː)] | 唇を左右に強く引いて | 音節末母音に立つ |
y | イー | [iː] | iの長母音 | 音節末母音に立つ |
o | オ | [ɔ] | 口を大きく開けてやや長めに | 音節末母音に立つ |
ô | オ | [o] | 口を丸めやや突き出して | |
u | ウ | [u] | 唇を丸め口を突き出しやや長めに | 音節末母音に立つ |
ư | ウ | [ɯ] | 唇を左右に強く引いてやや長めに |
文字 | 音価 | IPA表記 | 備考 |
---|---|---|---|
o | ウ | [w] | 主母音 a, e の前 |
u | ウ | [w] | 主母音 y(i), ê の前 |
文字 | 正書法上の制限 | 音価 | IPA表記 | 発音の特徴 |
---|---|---|---|---|
uô | _C | ウア | [uə] | ウは唇を丸く突き出してやや長めに、アはあいまいな感じで |
ua | _Ø | |||
ươ | _C | ウア | [ɯə] | ウは唇を強く引いてやや長めに、アはあいまいな感じで |
ưa | _Ø | |||
iê | C_C | イア | [iə] | イは唇を強く引いてやや長めに、アはあいまいな感じで |
ia | C_Ø | |||
yê | V_C | |||
ya | V_Ø |
[編集] 子音
文字 | 音価 | IPA表記 | 備考 |
---|---|---|---|
p | パ | [p] | 借用語のみ。しばしばbと発音される |
b | バ | [ɓ], [ʔb] | 声門を閉じて同時に開放 |
m | マ | [m] | |
n | ナ | [n] | |
s | サ | [ʂ], [s] | 南部ではそり舌音 |
x | サ | [s] | |
d | ザ | [j], [z] | |
gi | ザ | [ʒ], [z] | |
r | ザ | [z], [ɹ], [ʐ] | 南部ではそり舌音 |
t | タ | [t] | |
đ | ダ | [ɗ], [ʔd] | 声門を閉じて同時に開放 |
nh | ニャ | [ɲ] | |
h | ハ | [h] | |
ch | チャ | [c] | |
tr | チャ | [tʂ], [c] | [tr]と発音する方言もある |
c | カ | [k] | 下記以外 |
k | カ | [k] | 前母音i, ê, eの前 |
q | クワ | [k(w)] | 介母音 u を伴う場合 |
ph | ファ | [f] | |
v | ヴァ | [j], [v] | |
l | ラ | [l] | |
th | タ | [tʰ] | |
kh | ハ | [x] | |
g | ガ | [ɣ] | |
gh | ガ | [ɣ] | 前母音i, ê, eの前 |
ng | ガ | [ŋ] | |
ngh | ガ | [ŋ] | 前母音i, ê, eの前 |
Ø | [ʔ] | 日本語と同じ |
文字 | 音価 | IPA表記 | 備考 |
---|---|---|---|
p | ッ(プ) | [p̚] | 内破音 |
m | ム | [m] | |
t | ッ(ト) | [t̚] | 内破音 |
n | ン | [n] | |
ch | ィッ(ク) | [c̚] | 内破音 |
nh | ィン | [ɲ] | |
c | ッ(ク) | [k̚] | 内破音 |
c | ッ(ク) | [k̚p̚] | 内破音。主母音 o, ô, u の後 |
ng | ン | [ŋ] | |
ng | ン | [ŋm] | 主母音 o, ô, u の後 |
Ø | [ʔ] |
[編集] 声調
ベトナム語には 6 種の声調があり、各音節は必ずいずれかの声調を持つ。ただし南部方言では thanh hỏi と thanh ngã が合流し、5 声調になっている。
番号 | 声調名 | 読み | 記号 | 平仄 | 例 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | thanh ngang | タィンガン | (なし) | bằng (平) | a | 平らに |
2 | thanh huyền | タィンフイェン | ` (グレイヴ) | à | 残念そうに、低く下がる | |
3 | thanh sắc | タィンサッ(ク) | ´ (アキュート) | trắc (仄) | á | 激しく急上昇する |
4 | thanh hỏi | タィンホーイ | ̉ (フック) | ả | 低く下がって上がる | |
5 | thanh ngã | タィンガー | ˜ (チルダ) | ã | 急激に上がって声門を閉じ、上がる | |
6 | thanh nặng | タィンナン | ̣ (ドット) | ạ | はじめから緊張を伴い、下がって声門を閉じる |
歴史的には、末子音が消滅した時、3 声調に分かれたとされる。ベトナム語の属するオーストロアジア語族のほとんどは声調を持たない。その後、頭子音の無声/有声に従って各声調が二つに分かれ、今日の 6 声調になった[1][2][3]。
モン・クメール | 古ベトナム語 | 現代ベトナム語 |
---|---|---|
-Ø | -Ø | ngang, huyền |
-s, -h | -h | hỏi, ngã |
-ʔ | -ʔ | sắc, nặng |
[編集] 文法
修飾語が基本的に被修飾語の後に置かれる点は、オーストロ=アジア語族の言語をはじめとする東南アジアの多くの言語と共通である。たとえば、「越南社会主義共和国」は、"nước Cộng hòa Xã hội chủ nghĩa Việt Nam" (くに-共和-社会主義-越南)となる。
古典的類型論からみると孤立語的特徴をもっており、形態変化をせず、接辞をあまり用いず、統語的関係はもっぱら語順によって表されること、使役、受動を動詞に先行する前置詞句構文で表すこと、動詞に補語を後置して動作の方向や結果を表すこと、事物の存在を表すための特別の構文が存在することなどは、中国語(普通話)と共通する特徴である。一方、修飾語の後置(前述)や前置詞句が通例動詞の後に置かれることなどは中国語と異なり、東南アジアの諸言語と共通している。一人称複数の人称代名詞に聞き手を含む包括形 (chúng ta) と聞き手を含まない除外形 (chúng tôi) が存在することは、中国語、東南アジアの言語双方に共通する特徴である。
なお二人称代名詞は親族呼称で置き換えられており、また三人称形はほぼ二人称形からの派生形(「その」を表す ấy を後置する)で代用される。一人称形も中立形 (tôi) より聞き手との関係に即した親族呼称を用いる方が普通であり、したがって人称代名詞専用の語が存在しない。
[編集] 語彙
歴史の節で述べたとおり語彙には漢字語が多いが、固有語の形態素も形態上は漢字語根と同様単音節から成り立ち、自立語としての造語力をもっており、現在でも漢字語、固有語双方の形態素を用いた語彙が並立している。ただし造語にあたっては、固有語の場合は文法に従って修飾成分を後置するのに対し、漢越語は中国語からそのまま借用したため、修飾成分は前置されたままである。
固有語による造語
- máy bay: 飛行機(機械+飛ぶ 中国語「飞机」の翻訳借用)
- tên lửa: ロケット(槍+火 中国語「火箭」の翻訳借用)
- nhà máy: 工場(家+機械)
漢字語による借用語
- giáo sư 「教師」: 教授
- thủ tướng 「首相」: 首相
また現代中国語の語彙と意味が異なる漢字語も多い。
- phương tiện 「方便」: 手段。中国語では「办法」、「手段」という。「方便」 (fāngbiàn) は中国語で便利の意味。
- văn phòng 「文房」: 事務室。中国語では「办公室」、「写字楼」という。「文房」 (wénfáng) は中国語で書斎の意味。
日本語の和語に漢字を当てた漢字語が和製漢語として借用されそのまま定着した例もある。この場合ベトナム語では中国語、朝鮮語の例と同様すべて漢字音で読まれる。
- lập trường 立場
- trường hợp 場合
- thủ tục 手続
このほか、フランス語や英語からの借用語もある。アルファベット使用言語からの借用(とりわけ固有名詞の借用)はローマ字採用によって容易になったが、もとのスペルを生かすか、ベトナム語の音韻構造にそったスペルを採用するかをめぐって現在まで議論が続いており、借用形の使用には混乱がみられる。/m/, /n/, /ŋ/, /ɲ/ 以外の有声子音は音節末に立たないため、対応する無声子音(ない場合は調音部位の近い無声子音)に置き換えられる(フランス語の r を /k/ に音訳するなど)。
- ga 駅 (fr: gare)
- nhà băng 銀行 (fr: banque)
- mít-tinh 会議 (en: meeting)
- Gia-các-ta / Jakarta ジャカルタ
[編集] 方言
ベトナム語の方言は、北部方言、中部方言、南部方言の三つに大別され、それぞれハノイ、フエ、ホーチミン市(サイゴン)を標準とする。このうち中部方言は他の両者と比べ音韻、語彙の両面にわたる差異がもっとも大きく、次いで北部と南部が対立する。これは、歴史的にハノイとフエが鄭氏と広南阮氏の分立以来の対抗の歴史を持っているのに対し、南部が18世紀末以降初めて領域に入った「新開地」であるためである。しかしフランス植民地化以降サイゴンは「東洋のパリ」と称される大都市に成長し、1975年のサイゴン陥落までハノイに対立する政治的経済的中心であり続けたため、現在のベトナム語においてもハノイ方言とサイゴン方言とはほぼ同等の威信をもって並立しており、音声メディアにおいてもサイゴン方言はハノイ方言と並んで使用されている。
[編集] 音韻
音韻面においては、クオックグーで弁別される特徴のうち、音節頭子音(声母)における対立がハノイ方言で摩滅しているのに対し、サイゴン方言ではこれを保存している(詳細は「文字」「子音」の各表を参照。ただし音節頭子音の弁別はハノイ以外の北部方言ではかなり保存されている)。これに対し、音節末子音(韻尾)と声調の対立はサイゴン方言で摩滅する傾向にあり、n, ng, nh がいずれも鼻音化しているほか、声調では thanh hỏi と thanh ngã の区別がなくなっている。
[編集] 語彙
[編集] 参考文献
- ^ Haudricourt, André-Georges (1954), "De l'origine des tons du vietnamien", Journal Asiatique 242: 69-82
- ^ Sagart, Laurent (1998), "The origin of Chinese tones", International Symposium on "Tone languages in the world" December 10-12, 1998
- ^ 新谷忠彦, A.G. Haudricourt と声調の起源・分岐について. 2008-05-01 閲覧
[編集] 外部リンク