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江夏の21球 - Wikipedia

江夏の21球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

文学
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江夏の21球』(えなつのにじゅういっきゅう)とは、山際淳司ノンフィクション小説である。また、この作品により、題材とされたプロ野球試合の模様もこの表現で呼ばれるようになっている。

目次

[編集] 概要

1980年文藝春秋から発行された「Sports Graphic Number」創刊号に掲載された。読者の反響が大きく、山際淳司をスポーツノンフィクション作家として世に認めさせた作品として知られている。また、1982年にはNHKによって映像化され、『NHK特集・スポーツドキュメント「江夏の21球」』として1983年1月24日に放送された。この番組の解説を務めた野村克也は「江夏の21球こそ野球の醍醐味」と語った。この番組は2003年にも再放送された。

また、プロ野球1979年の日本シリーズ第7戦において、投手江夏豊が9回裏に1点リードで無死満塁と言うピンチを背負いながらも(「自ら招くも」ともいえる)0点に抑え、チームの日本一を決めたことを表現することがある。

[編集] 題材(実際の経過)

題材とされたのは、1979年11月4日大阪球場で行われたプロ野球日本シリーズ第7戦、近鉄バファローズ(以下近鉄)対広島東洋カープ(以下広島)の9回裏の場面である。

両チーム3勝3敗で迎えた第7戦は、小雨が降る中試合が進み、7回表を終了した時点で4対3と広島がリードしていた。広島・古葉竹識監督は万全を期すため、絶対的なリリーフエース、江夏豊を7回裏からマウンドへ送っていた。迎えた9回裏、近鉄の攻撃。この回を抑えれば広島は優勝、球団史上初の日本一となる。ところが、同じく初の日本一を目指す近鉄もただでは終わらなかった。先頭の6番打者・羽田耕一が初球にヒットを放ち、にわかに場面は緊迫する。以下は、この回に江夏が投じた全21球とそれに伴う試合の様子である。

投球 打順 打者 カウント 内容
1球目 6番 羽田耕一 0-0 羽田、初球をセンター前にヒット。無死一塁。近鉄・西本幸雄監督は羽田に代え、シーズン代走盗塁記録を持つ切り札・藤瀬史朗を代走に送る。
2球目 7番 クリス・アーノルド 0-0 初球、広島バッテリーは盗塁を警戒して外し、ボール
3球目 7番 クリス・アーノルド 0-1 広島バッテリー、もう1球外す。ボール。
4球目 7番 クリス・アーノルド 0-2 見逃し、ストライク
5球目 7番 クリス・アーノルド 1-2 藤瀬がスタート。投球はボール。捕手水沼四郎が二塁へ送球するがこれが悪送球となり、藤瀬は一挙に三塁へ達する。無死三塁。ボールカウントも1ストライク3ボールとなった。
6球目 7番 クリス・アーノルド 1-3 事実上敬遠となるボール。アーノルドは四球となり、一塁へ。無死一・三塁。西本はアーノルドに代え代走にこれも俊足の吹石徳一を送る。この投球の後、広島ベンチから池谷と北別府がブルペンへ。リリーフエース江夏の心理に微妙な変化が生じる。
7球目 8番 平野光泰 0-0 初球はストレートが高めに浮いてボール。
8球目 8番 平野光泰 0-1 平野はハーフスイングを取られてストライク。
9球目 8番 平野光泰 1-1 一塁走者・吹石がスタート。投球はボール。藤瀬の本塁突入を警戒して、水沼は二塁へ送球せず。吹石盗塁成功。無死二・三塁、すなわち一打サヨナラの場面となる。
10球目 8番 平野光泰 1-2 水沼が立ち上がり、敬遠開始。ボール。
11球目 8番 平野光泰 1-3 ボール。敬遠四球で平野は一塁に歩く。無死満塁となる。
12球目 9番 佐々木恭介 0-0 9番には投手山口哲治が入っていたが、西本は前年首位打者でこの年も打率.320を記録していた「左殺し」の異名を持つ切り札・佐々木恭介を代打に送る。その右打者佐々木への初球は内角に大きく外れるカーブでボール。
13球目 9番 佐々木恭介 0-1 2球目は見逃しのストライク。ド真中のシュート。
14球目 9番 佐々木恭介 1-1 3球目、内角ギリギリ、ベルト付近のストレート。佐々木が強振し、バウンドした打球は三塁線へ。三塁手三村敏之がジャンプするも届かず、ヒットかと思われたが、結果はファウルボール
15球目 9番 佐々木恭介 2-1 捕手とのサイン交換の前に一塁手衣笠がマウンドの江夏のもとへ駆け寄る。衣笠に励まされた江夏はリリーフエースとしてのプライドのことはふっ切れ、開き直ることができた。投球は内角高めのストレートで、またもやファウルボール。
16球目 9番 佐々木恭介 2-1 内角低めのストレートが外れてボール。
17球目 9番 佐々木恭介 2-2 前の球と同じ球道から内角に食い込むカーブが膝元に入り、佐々木は空振り三振。一死満塁となる。
18球目 1番 石渡茂 0-0 初球、カーブを見逃しのストライク。
19球目 1番 石渡茂 1-0 3走者がスタート。石渡がスクイズの構えをする。水沼が立ち上がる。江夏は外した球を投げる。石渡は飛び付くようにバットを出してスクイズを試みるが、ボールは水沼のミットの中へ。スクイズは失敗。藤瀬は三塁に戻ろうとするが、既に二塁走者の吹石が三塁に達しており、戻り得ず、水沼にタッチされ、アウト。このスクイズ失敗によって二死二・三塁となる。
20球目 1番 石渡茂 2-0 ファウルボール。
21球目 1番 石渡茂 2-0 空振り、三振。試合終了。広島初の日本一決定。

[編集] 『江夏の21球』

  • 表面的な事実としては以上の通りだが、山際淳司は江夏本人に対して長時間インタビューをするなどして、単なる投打のやり取り以外に発生していた駆け引きなどを取材。それらを総合して一つの作品にまとめたのが『江夏の21球』である。具体的には、以下のような場面が描かれる。
    • この点差、場面、状況を考えれば9回裏先頭バッターの初球は100%ウェイティング、江夏は初球ストライクを取りにいったが、羽田は初球から打ってきた。このヒットでペースが狂ったと江夏は述べている。
    • 藤瀬の「盗塁」は、実はヒットエンドランサインだったが、アーノルドが見落としていた。結果オーライとなったが、近鉄の西本監督は苦笑いした。
    • 緊張が走る近鉄ベンチが映るが、現在解説者として活躍している有田修三が、ベンチの隣に座る西本監督の前にツバを吐きかける。近鉄の自由なチームカラーがうかがえる。
    • 江夏がアーノルドに四球を与えた時に、広島の古葉監督はブルペン北別府学を派遣した。この時ブルペンでは既に池谷公二郎も投球練習をしていた。これを見て江夏は「自分のことを信用しないのか」と憤り、マウンド内野手が集まった時に、「自分を信用しないのならば辞めてやる」と言い放った。
    • 後で一塁を守っていた衣笠祥雄が一人で江夏のもとに向かい、「(信用されなければ辞めるという)おまえの気持ちと自分も一緒だ、気にするな」と声を掛けた。これで江夏は吹っ切れた。
    • 古葉がブルペンに投手を送った理由は、後日語ったことによると同点延長の可能性を考慮したためである。随分あとになって江夏は「あの時の古葉さんの行動は理解できた」と語っている。一方の古葉は江夏の憤りに対し「江夏ほどの投手ならそう思って当然」と語った。
    • 13球目に江夏が投じたボールは佐々木ならば「楽に外野フライにできる」ボールだった。それを見逃した。あるいは見逃さざるを得なかったことは佐々木にとって、また近鉄にとって痛恨であった。
    • 14球目だが、江夏は「あのコースなら打ってもファウルだ」と確信していた(内野でバウンドした打球のフェア・ファウル判定は、打球の着地点で判定するのではなく、ベース上の空間を通過していたか否かで判定するので実際はかなり際どい判定だった)。
    • しかし、9回裏に衣笠は三塁から一塁に回り二塁手の三村敏之が三塁に回っていたこともあり、背の低い三村がジャンプして届かずファウルボールだったので、もし三村より少し背が高く、跳躍力のある衣笠がそのまま三塁手だったならば、衣笠はボールを弾いてフェアとなり近鉄が同点またはサヨナラ勝ち、捕れたとしてもホームへの送球は不可能だったのではないかとも言われる。
    • この14球目の判定に関して、近鉄ベンチは抗議を行っていない。三塁コーチである仰木彬が判定に異議を唱えるような行動を示さず、そして西本は仰木に絶大な信頼を寄せていたからである。
    • クライマックスである石渡への19球目を巡る、投手江夏・打者石渡・監督古葉の3人の証言の食い違いが白眉である。この時江夏はカーブの握りをしたままボールをウエストし、スクイズを外している。投球動作に入った後、三塁走者藤瀬の本塁突入に気付いた江夏の、もはや握りを変える間もない咄嗟の判断であったが、暴投する危険の極めて高いこの行為につき、石渡はその事実を頑として認めていない。また、古葉は「シーズン途中からこの様な事態を想定して投手には変化球でウエストを投げさせることを練習させていた」と語っているが、江夏によれば「その様な事実は一切なかった」という。なお、江夏は指が短く、しっかりとしたカーブが投げられなかったが、そのカーブがウエストを可能にしたと言われる。但し、投球動作に入ってからカーブの握りでウエストすると暴投になるので、絶対不可能という意見もある。では、なぜカーブの握りでウエストできたのかは謎と言える。
    • スクイズ失敗の直後、近鉄監督西本幸雄の脳裏には大毎監督時代、大喧嘩の末オーナーの永田雅一に解任された1960年の対大洋第2戦でのスクイズ失敗が過ぎり、「俺はスクイズの神様に見放されているのかなあ…」とつぶやいた、という。
    • 水沼の証言によると、バッターボックスでの石渡は明らかに緊張しており、スクイズで来るのは見え見えだった、しかも大学の後輩に当たる石渡に対して、「おい!、スクイズやろ!、いつしてくるんや?」と、言葉でプレッシャーを与えてたらしい。石渡にスクイズのサインを伝えた仰木は、石渡の背後で食い入るように自分を見つめる水沼の姿を見て、失敗を予感したという。
  • この第7戦の球審が、現パシフィック・リーグ審判部長の前川芳男、二塁塁審が元パ・リーグ審判部長の藤本典征だった(一塁塁審には岡田和也(現在は功と改名。)外野右翼線審福井宏セントラル・リーグからは名物と呼ばれていた審判が務めていた)。布陣としては、(球)パ前川(塁)セ岡田和 パ藤本 セ山本文(外)パ岡田哲 セ福井
  • この試合は当日午後1時(JST)から毎日放送キーステーション1959年南海日本一のエース杉浦忠巨人9連覇の名参謀・牧野茂の解説、毎日放送アナ(当時)・城野昭の実況でJNN系列全国ネットで生中継された(MBSラジオでは実況・三宅定雄、解説・宅和本司米田哲也)。ちなみに毎日放送にとっては、この試合が腸捻転解消後、初の日本シリーズ中継となった。
  • 2006年8月3日発売の週刊ヤングサンデーに、かわぐちかいじの描いた本作の読み切り漫画が掲載された。
  • 織田淳太郎の著書「捕手論」(光文社新書:刊)では、“水沼四郎の21球”という題名で、マスクを被っていた水沼から見た「江夏の21球」が書かれている。
  • 江夏は、石渡に投じた19球目のウエストしたカーブを自身の著書の中で「あの球は水沼じゃなきゃ獲れなかった」と綴っている。

[編集] NHK特集

  • 山際淳司の作品を読んだ近鉄ファンの佐藤寿美・報道ディレクターが企画を提出した。本人にスポーツ番組の経験はなく、すでに出版されているドキュメンタリーと同じ題材をNHK特集で取り上げることには反対が強かった。番組制作の条件として部長から、山際の作品を超えるものを作れと言われたという。
  • 当時の試合映像は毎日放送にも残っていなかった。広島放送局の職員がたまたま録画したビデオをロッカーに置いてあったのが発見された。しかしニュースでダイジェスト用に使うために用意したものだったため、実況は入っていなかった。ラジオで実況をしたNHKの島村俊治アナウンサーが自分で録音していたテープがあり、ようやく素材をそろえることができた。
  • 山際の文章にないものを出すため、野村克也に1球ごとの解説をさせた。画面上にボールの軌跡を描くことを手作業で行った。また、大阪球場に行って、スコアボードに代打・佐々木が表示される場面など、試合当時は存在しない映像を収録し直した。

[編集] 19球目についてのエピソード

野球解説者の豊田泰光は、左投手の江夏からは三塁走者は見えないはずなので、とっさにはずしたというより偶然外れたのではないかと考えていたようで、石渡の引退後に次のような場面になったと新聞のコラムに寄稿している。

当時、近鉄のコーチを務めていた豊田が「あれはすっぽ抜けではなかったのかなあ」というと、石渡が「そう思いますか、トヨさんも」と、涙を流さんばかりにしている。結果的にスクイズは失敗、西本近鉄は敗れた。しかし、スクイズを「はずされた」のか、偶然「はずれた」のか。敗者にとって、違いは大きい。[1]

なお、当該コラムで豊田は、天覧試合での長嶋のホームランをあくまでも「ファウル」と主張する村山実と石渡とを重ねてあわせて述懐している。

[編集]  参考文献 

  1. ^ 2008年2月14日、日経新聞朝刊

[編集] 関連項目


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