家長昭博
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家長 昭博 | ||
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名前 | ||
愛称 | アキ | |
カタカナ | イエナガ アキヒロ | |
ラテン文字 | IENAGA Akihiro | |
基本情報 | ||
国籍 | 日本 | |
生年月日 | 1986年6月13日(22歳) | |
出身地 | 京都府長岡京市 | |
身長 | 173cm | |
体重 | 70kg | |
血液型 | A型 | |
選手情報 | ||
在籍チーム | 大分トリニータ | |
ポジション | MF | |
背番号 | 14 | |
利き足 | 左足 | |
クラブチーム1 | ||
年 | クラブ | App (G) |
2004.6 - 2007 2008 - |
ガンバ大阪 大分トリニータ |
60(3) |
代表歴2 | ||
2007- | 日本 | 1 (0) |
1国内リーグ戦に限る。2006年12月2日現在 22007年3月24日現在 |
家長 昭博(いえなが あきひろ、1986年6月13日 - )は、大分トリニータ所属のサッカー選手。 兵庫県生まれの、京都府育ち。ポジションはミッドフィールダー(トップ下、左右サイドハーフ、左ウイングバック)、ディフェンダー(左サイドバック)。
目次 |
[編集] 来歴
地元長岡京市の長岡京サッカースポーツ少年団からガンバ大阪ジュニアユースに入団。高校2年時にトップ昇格、高校3年時には完全にユースを卒業し、7月26日にプロ契約を結ぶ。同クラブユースではエースとして活躍し、2007年までガンバ大阪トップチームに所属。2004年6月26日にはJリーグ史上初となる二種登録選手によるデビュー戦初得点を挙げている。フル代表にも選ばれるほどの才能を持ちながらも、ガンバ大阪では他選手の活躍やポジション変更などの諸事情によりなかなか結果を出せず、出番を求めて2008年に大分トリニータへ期限付き移籍した。
2007年3月24日の国際親善試合ペルー戦で後半40分から途中出場し、A代表(オシムジャパン)初出場を果たした。
2008年2月8日、実戦形式の練習中、右膝前十字靱帯損傷により全治6ヶ月の重傷を負った。
[編集] プレースタイル
派手なフェイントや抜群のスピードを持つわけではないが、マークについた相手選手を観察し、一瞬の隙を突いて抜き去るドリブルが持ち味。プロになる前から、ドリブルの練習だけは日々かかさなかったと言う。左利きであるがために左サイドのウイングとしての経験値が最も高いが、左サイドバック、3トップの右ウイング、トップ下の経験もある。
ガンバ大阪の西野監督からは「トップパフォーマンスはメッシ以上」との評価を貰ったこともあり、メッシと同じ右ウイングの位置で使われたこともあったが、急なポジション変更のせいもあってなかなか結果が出せず、後日に同監督から「奴の狙いが分からん」と批判されるなど、出来不出来の波が非常に激しい。
2005年のFIFAワールドユースでは日本選手が相手強豪国の選手に圧倒されるシーンが多くあったものの、家長は淡々と左サイドで仕事をこなし、大熊監督からは「唯一世界に通用していた選手」と評価された。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
- 1993年 - 1998年 長岡京SS
- 1999年 - 2001年 ガンバ大阪ジュニアユース
- 2002年 - 2004年6月 ガンバ大阪ユース
プロ経歴
[編集] 個人成績
国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2004 | G大阪 | 28 | J1 | 8 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 11 | 1 |
2005 | G大阪 | 14 | J1 | 24 | 0 | 5 | 1 | 3 | 0 | 32 | 1 |
2006 | G大阪 | 14 | J1 | 28 | 2 | 2 | 0 | 4 | 2 | 34 | 4 |
2007 | G大阪 | 8 | J1 | 27 | 2 | 7 | 1 | 3 | 0 | 37 | 3 |
2008 | 大分 | 14 | J1 | ||||||||
通算 | 日本 | J1 | 87 | 5 | 17 | 2 | 10 | 2 | 114 | 9 | |
総通算 | 87 | 5 | 17 | 2 | 10 | 2 | 114 | 9 |
国際大会個人成績 | ||||
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年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
AFC | ACL | |||
2006 | G大阪 | 14 | 6 | 1 |
通算 | AFC | 6 | 1 |
[編集] 経歴
- Jリーグ初出場、初得点 - 2004年6月26日 J1リーグ 1st-15 vs アルビレックス新潟
[編集] 代表歴
[編集] 出場大会など
- 年代別
- 2005年 FIFAワールドユース
- 2007年 北京オリンピックアジア予選
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 1試合 0得点(2007 - )
日本代表 | 国際Aマッチ | |
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年 | 出場 | 得点 |
2007 | 1 | 0 |
通算 | 1 | 0 |
[編集] 人物
本田圭佑とはガンバ大阪ジュニアユース時代の同期で、小学校時代に対戦し(前田俊介もその関西選抜で一緒だったため、今でも仲が良い)一緒にプレーしたいと思ったことが、ガンバのジュニアユースを選んだ理由と話している。2人は利き足と生年月日が一緒である。
[編集] 出演
[編集] CM
GK |
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1西川周作|16下川誠吾|23石田良輔|29清水圭介 |
DF |
2小林亮|4深谷友基|6森重真人|17根本裕一|22上本大海|24山崎哲也|25小林宏之|26池田達哉|33藤田義明 |
MF |
3ホベルト|5エジミウソン|7西山哲平|8金崎夢生|11鈴木慎吾|14家長昭博|27小手川宏基|28清武弘嗣|30井上裕大 |
FW |
10ウェズレイ|13高松大樹|18市原大嗣|19前田俊介|20高橋大輔|21松橋優 |
スタッフ |
監督シャムスカ|ヘッドコーチマルセロ|コーチ柳田信明|GKコーチマルコス・ゴメス|フィジカルコーチサントス|サテライト監督松山博明|マスコットニータン |
関連項目 |
スタジアム|選手一覧|ホームタウン |