名跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』
名跡（みょうせき）
[編集] 名跡襲名
名跡の襲名は歌舞伎や落語等の寄席演芸、家元制度を採る各種の芸能、芸道に多く見られる、日本独特の制度・慣習の一種である。
名跡とは具体的には名前（芸名）のことであり、同じ名を何代にも渡って襲名し、用い続けた場合に生まれてくる権威や伝統を伴っている。逆に言えばそうした権威や伝統を伴わない名前は、歌舞伎や落語の世界で用いられる芸名であっても名跡とは呼ばれにくい。また名跡は基本的に「代々受継がれるひとつの名前」のことであるから、たとえば能の家元などにしばしば見られるように、家元相続を行っても先代の名前を継がない場合には、その名前は名跡とは呼ばない。あくまでも同じ名前を数代に渡って用いることが条件なのである。
名跡というものが特に注目を集めるのはやはり歌舞伎と落語、後は人形浄瑠璃などの世界であって（「名跡」という言葉がもっぱら用いられるのもこれらの分野である）、これは名跡の襲名が興業や芸の継承のうえで重要な要素であることによる。これらの分野では、襲名も一段階ということはあまり多くなく、たとえば中村児太郎が中村福助になり、中村芝翫を経て中村歌右衛門になるといったように、出世魚式の名跡のリレーが見られる。これには、どの名跡をどの時点で継ぐかによって、その人の芸をはかるという意味合いもあるのである。なおこの場合、中村歌右衛門のように、その系統で最高の権威を持ち、それ以上の襲名を行わない名跡のことを、止め名と呼ぶことがある。また、市川姓における市川団十郎、成駒屋系統中村姓における中村歌右衛門、三遊亭系統（三遊派）における三遊亭圓生、春風亭・柳家系統（柳派）における麗々亭柳橋、春風亭柳枝、柳家小さん、林家系統における林家正蔵などのように、同姓同亭号全体に対して家元的権威を持つ（あるいはそれだけの権威をかつては持っていた）名跡もある。こうした止め名や家元的名跡などを含めて、名跡のうちでも大なるものを特に大名跡と呼ぶことがある。
名跡は基本的には芸系に属するものであるが、しばしばある一家がこれを管理し、血縁もしくは養子縁組によってこれを相続することが多い。ただし後嗣がいない場合、遺族との相談によって先代の芸系を受継ぐ者がこれを相続する場合もあるが、現在ではこれはあくまでもそれにふさわしい後嗣がいない場合に限られるようである。名跡は単なる名前ではなく、代々の襲名者によって伝統的に築き上られてきた芸を継承するという意味もある。つまり市川団十郎における荒事、尾上菊五郎における世話物、坂東三津五郎における踊り、三遊亭圓朝における人情話、怪談などがこれであって、襲名の際には、血縁的な資格だけではなく、こうした芸の特質を受継ぎ、よく習得しているか、あるいはその実力が名跡の大きさに相応しいか、などが勘考される。つまり本来血縁や師弟関係等の系図的要素はあくまでも基礎的資格であるにすぎず、それ以上の、名跡にふさわしいか否かについての判断のために、しばしば襲名にあたっては、当該襲名者の師匠の許し、歌舞伎であれば松竹、落語ならば席亭や師匠の判断、さらに場合によっては同姓同亭号の大立者の協賛などが必要になってくる。ただし襲名を契機にさらなる飛躍を期待するという意味で、血縁者に実力以上の名跡を継がせるということもしばしばある。
なお寄席演芸の場合、名跡を名乗った歴代のうち、あまりにもその芸が拙劣であった者は代数から抜いてしまうということがある（例。桂文楽におけるいわゆるセコ文楽）。また縁起をかついで代数をいい数にずらすこともあり、歌舞伎や人形浄瑠璃のように正確ではない場合があるので注意を要する。
[編集] 武家と名跡
肉親及び親類が実子または養子として家名を継ぐことを「家督を継ぐ」というが、血縁でないものが娘婿（婿養子）あるいは養子となって家名を踏襲する場合は「名跡を継ぐ」ということもある。とりわけ、異なる氏のものが継承することでその家名の血筋が変質する場合において用いられる。 鎌倉時代以降、家名が絶えた場合にその断絶を惜しみ、肉親以外のものが称す場合があり、さらには戦勝の記念として滅ぼした敵の家名を名乗るという事例もあるという。
とりわけ、名跡継承の代表例は畠山氏である。桓武天皇裔である秩父平氏の一党であった畠山重忠が子ともども岳父 北条時政に滅ぼされると、時政は娘である重忠未亡人を足利義純に娶わせ、畠山氏の領地を相続させた。これにより義純の子孫は源姓畠山氏となり畠山氏は平氏から源氏の一門へと変わったのである。
