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ソ連対日宣戦布告 - Wikipedia

ソ連対日宣戦布告

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

満州国の首都新京を進軍するソ連軍のSU-76自走砲
満州国の首都新京を進軍するソ連軍のSU-76自走砲

ソ連対日宣戦布告(ソれんたいにちせんせんふこく Soviet Declaration of War on Japan)とは、1945年8月にソビエト連邦日本に対して行った宣戦布告を言う。

目次

[編集] 概要

この布告では、連合国が発表したポツダム宣言を黙殺した日本に対し、世界平和を早急に回復するために武力攻撃を行うことが宣言されている。これにより、日ソ中立条約は完全に破棄された。ソ連軍対日参戦を実行し、満州国樺太南部、朝鮮半島千島列島に侵攻し、日本軍と各地で戦闘になった。既に太平洋戦線の各地で米軍に敗退していた日本軍にこれを防ぐ手段は無く、原爆投下に続き日本にとどめを刺した。

布告はモスクワ時間1945年8月8日深夜、ソ連外務大臣ヴャチェスラフ・モロトフより日本の佐藤尚武駐ソ連大使に知らされた。事態を知った佐藤は、東京の政府へ連絡しようとしたが領事館の電話は回線が切られており奇襲を伝える手段は残されていなかった。

なお、ソ連の宣戦布告に対する日本側の措置であるが、本来対ソ宣戦を決定すべき最高戦争指導会議がポツダム宣言受諾問題で紛糾していたため、対ソ宣戦問題を討議する余裕が無く、結局日本側からの対ソ宣戦は行われなかった。よって、日本側の対ソ戦闘は、国家としての意思決定された戦闘ではなく、ソ連軍の攻撃に直面する現場での防衛行動という色合いが強い。

ソ連軍の攻撃は9日午前零時を以って開始されている。

[編集] 内容

ソ連対日宣戦布告においては、ソ連対日参戦の旨とその理由として、次の4点が述べられた。

  1. 日本政府が7月26日の米英中による3国宣言(ポツダム宣言)を拒否したことで、日本が提案していた和平調停の基礎は完全に失われたこと。
  2. 日本の宣言無視を受けて、連合国は、ソ連に、日本の侵略に対する連合国の戦争に参戦して世界平和の回復に貢献することを提案したこと。
  3. ソ連政府は連合国に対する義務に従って右提案を受諾し、7月26日の3国宣言にソ連も参加することを決め、各国人民をこれ以上の犠牲と苦難から救い、日本人を無条件降伏後の危険と破壊から救うためにソ連は対日参戦に踏み切ること。
  4. 以上の理由からソ連政府は8月9日から日本と戦争状態に入るべきこと。

[編集] 背景

[編集] 連合国

この宣戦布告が発表された背景には、連合国間の政治的な駆け引きが影響している。

1945年になってから連合国ドイツの戦後処理と日本の本土攻略に焦点を当てていた。この討議のため、2月にヤルタ会談が開催され、ソ連参戦が議論された。当時日本と太平洋戦争を遂行していた米国政府は、ソ連と連携して日本を攻略することを考えており、ソ連の参戦を「外モンゴルの現状維持」「満州におけるソ連の権益を回復」「大連港を国際化」「南樺太の奪還」「千島併合」の五項目要求をのちに蒋介石の了解を得るという条件で認め、英国も加えた秘密合意に達した。

また、5月のポツダム予備会談において、ソ連のスターリンは、極東ソ連軍が8月中に攻勢作戦を発動すること、満州国領域における中国の主権を尊重すること、朝鮮半島を米ソ英中が信託統治すること、などの旨を表明した。さらに対日処理については、無条件降伏と徹底的な軍備撤廃、ソ連軍による日本占領を主張し、米国に戦略物資の支援を要求した。

米国統合参謀本部は、ソ連が戦争の決着がついた所に便乗してくるとの見方を強めていた。一方、米国大統領ルーズベルトは完成寸前の原爆製造についてヤルタ会談ではソ連に対して一言も言及せず、もしスターリンが便乗的な侵略を満州及び日本国北方で開始しても日本本土に対する原爆投下で十分その意図を挫くことができると考えていた。またソ連側のその火事場的泥棒ともいえる米国に対してのその戦略物資支援の要求には半ば呆れた。1945年7月16日、米国は世界で初めて原爆実験を実施して成功する。こうして満州とソ連国境でそんな双方の思惑を外に徐々にその不穏なソ連軍の動きは対日参戦が開始される1945年8月9日に向けて増していく。

[編集] 日本

日本においては小磯国昭内閣が和平工作を推進し、危機的な状況を主に外交交渉によって打開しようと模索していた。小磯内閣は発足当初、戦争の完遂と同時に対ソ戦争回避を目標として対外政策を進めた。そのため、小磯内閣は戦争遂行とともにソ連との国交を好転させ、和平工作を進めることに努力した。

しかしソ連は既に日本に対する侵略準備の兆しを見せており、1944年にスターリンは革命記念日の演説において日本を侵略国と発言し、また7月から8月及び11月から12月に各2回の国境地区における不法行為が発生している。また1945年4月6日にソ連は日ソ中立条約を延長しないことを一方的に決定して日本に通告した。その理由として「情勢が締結当時と一変し、今日本はソ連の敵国ドイツと組して、ソ連の盟友米英と交戦しており、このような状態において日ソ中立条約の意義は失われた」と述べられた。日本はヤルタの秘密協定の合意を知らず、ソ連の侵略意図を知ることができなかった。当時の政府及び軍関係者はソ連の対日参戦の意思をこの時点で認識できなかった。同条約の効力は、1946年4月25日に失われる予定であった。

[編集] 日ソ交渉

日ソ中立条約の不延長通告の後も、日本は、ソ連を仲介者する連合国との和平工作を行っていた。新たに成立した鈴木貫太郎内閣は、発足してから戦争を終結に導くため首脳部の懇談会を持ち、「国体保持」「国土保衛」に戦争目的とした。しかし、連合国は「無条件降伏」を主張してくるため、これを受諾することはできず、外交においては和平工作を推進し、軍事面では外交交渉を少しでも有利に進めるために、最低限国体保持を包括する和平へ導くため戦争を継続することが決定された。この政策は木戸内府が試案を起草し、試案において現在の日本の状況が危機的であり、和平の外交交渉が早急に必要であると論じた。そして当時中立条約を締結していたソ連を介し、米英と最低限の条件で名誉ある講和を実現し、海外の部隊は撤退、軍事力も国防に必要な最低限に縮小することが述べられている。この試案は1945年6月9日に天皇及び首相、陸海軍などと協議し、実行に移すことが決まった。

ただし、この政策には当初から反対もあった。東郷外相はソ連の対日政策はすでに挑戦的なものへと移行しており、実現する可能性は低いとして対ソ和平交渉政策に同意していない。しかし鈴木首相は、可能性を模索する意味で対ソ交渉政策を進めていた。

[編集] 戦闘状況

詳細はソ連対日参戦を参照

8月9日以降満州国や日本領樺太にソ連軍が軍事侵攻した当時関東軍は南方へ兵力の過半数を引き抜かれていたが満州居留邦人15万名、在郷軍人25万名を根こそぎ動員、さらに中国戦線から4個歩兵師団を戻してなんとか74万人の兵員を調達した。さらに以前関東軍特殊演習により本土から輸送させた戦車200輌、航空機200機、火砲1000門も健在であった。しかし兵員の半数以上は訓練不足、日ソ中立条約違反を想定していなかった関東軍首脳部の混乱、物質不足(砲弾は約1200発ほどで、航空部隊のほとんどが戦闘未経験者。また小銃が行き渡らない兵士だけでも10万名以上)のため事実上の戦力は30万名程度だったといわれている。それに比べて極東ソ連軍総司令官ヴァシレフスキー率いるソ連軍は兵員1,577,725人と火砲・迫撃砲26,137門、戦車・自走砲5,556両、航空機3,446機という圧倒的な装備を擁して満州国に侵攻を開始し関東軍の陣地、要塞を次々と攻略して占領した。

関東軍は先ず予め対ソ侵攻を想定していた防衛要綱(作戦)に則り随時後退しながらの後退持久防御戦を決定する。最初は砲弾、燃料の不足による焦りもあり戦車部隊と軽装備(小銃や手榴弾など)による突撃を敢行して本土からの増援部隊の到着まで時間的猶予を稼ごうとする計画であった[要出典](しかし大本営、陸海軍首脳は満州国に対して増援を送らぬと決定した為に援軍が派遣される見込みはなかった)。是は米軍の本土上陸に備える決号作戦の実施を大本営が算定していたからである。また、装甲の薄い日本軍戦車(九八式軽戦車九五式軽戦車等の軽戦車しか残っていなかった[要出典])は、質と量に勝る優秀なソ連軍戦車部隊と火砲に次々と撃破され[要出典]、歩兵部隊も重機関銃などの猛射により全滅する結果となった。続いて関東軍は歩兵に地雷や爆薬を脇に抱えさせ戦車に対して突撃をして破壊する作戦にでたがソ連軍戦車隊の守りは堅く、榴弾を発射する戦車砲や機銃等に為す術なく掃討されてしまう。また、事前にソ連軍航空部隊に発見された多くの部隊が突撃する前に航空機による機銃掃射や爆弾の投下を受け敵に損害を与えることができず状況を打開することができなかった。関東軍の航空部隊もその殆どが南方と本土の防衛に引き抜かれていたため、戦力に勝るソ連軍航空部隊の前に衆寡敵せずあえなく壊滅した。最終手段として特攻も試みたがソ連軍航空部隊に迎撃をされ是も失敗した[要出典]

一部の部隊は避難民撤退の時間的猶予を稼ぐ為に押し寄せるソ連軍に抵抗し全滅した部隊も存在した。関東軍は朝鮮半島北部付近への組織的後退と集結を目指しており中国及び満州南部、朝鮮へと避難民を随時に退去させた。またソ連軍の侵攻は日本人居住民にとっては恐怖以外の何物でもなかった。しかし傀儡国家満州国の元で日本人の抑圧に喘いでいた中国人や朝鮮人などにとっては『解放』であったため彼等の支持を受けた。最終的には満州国軍からもソ連側への離反が相次ぎ日本側防衛線は完全に崩壊し、満州国から朝鮮北部までソ連軍が制圧した。関東軍はゲリラ戦に戦法を変更し、兵力を朝鮮南部一帯に集中させて本土からの増援部隊を待ったが玉音放送を迎え、大本営から戦闘停止命令を受け、戦闘行動を中止しソ連軍に降伏した。ただし、一部地域においては、劣悪な通信事情や激しい戦闘状況もあって、8月後半まで戦闘が続けられた。

北海道北部までの獲得をもくろんだスターリンの命令により、ソ連軍は終戦後も8月末まで侵攻を続け樺太を占領した。8月18日以降新たに千島列島でも戦闘が開始され、アメリカ政府からの抗議を受けながらも降伏文書調印後の9月4日まで 侵攻を止めなかった。この結果、ソ連は最終目標である北海道こそ占領できなかったが、スターリンの念願であった[要出典]千島列島と南樺太および歯舞諸島、色丹島の占領と奪還に至った。

[編集] シベリア抑留

詳細はシベリア抑留を参照

戦闘において満州国や南樺太などで捕虜となった旧日本軍将兵や在満州民間人、満蒙開拓移民団など、約65万人の軍人・軍属が連行されシベリアの強制収容所に抑留された(ポツダム宣言違反)彼らは、過酷な環境下で強制労働に従事させられ、6万人を超える死者を出した。抑留された捕虜の総数については一説には200万人以上(ワレンチン・アルハンゲリスキーの著作およびダグラス・マッカーサー元帥の統計より)ともいわれている。

[編集] 関連項目


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