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イタリアグランプリ - Wikipedia

イタリアグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イタリアグランプリイタリアGP, 英:Italian Grand Prix 伊:Gran Premio d'Italia)は、イタリア1950年から2007年現在まで連続して行われているF1のレースのひとつである。同一名称のグランプリが1年も欠かさず開催されているのは、このイタリアGPとイギリスGPのみである。1980年に、現在はサンマリノGPが行われているイモラサーキットで行われた以外は、全てモンツァサーキットで行われている。

イタリア国内で行われた、イタリアGP以外の名称をもつF1レースも本項目で記述する。

また、次のシーズンに関する重大発表がなされることの多いレースでもある。

目次

[編集] 概要

  • モンツァサーキットは、4本のロングストレートを3つのシケインと2箇所の複合コーナーで結んだレイアウトであることから、F1グランプリ開催サーキット中、最も平均速度の高いサーキットである。
  • 1955年1956年1960年1961年はバンクも使用した10kmレイアウトで行われるなど、かつてはシケインのないレイアウトで、スタートから集団状態のままスリップストリームの奪い合いの展開となることが多く、毎周の様に順位が入れ替わる激しいレース展開が見られた。

[編集] イタリアグランプリ以外のF1レース

イタリア国内で実施されながら、別の名称が付与されたレースがある。1957年には1国で年内に2回の開催を行ったが、1国1開催の原則等の理由により、国名ではなく開催地の名を取ってペスカーラGPという名称が付与された。

  • サンマリノGP(イモラ・サーキット)
サンマリノGPの項目を参照のこと。
  • ペスカーラGP(ペスカーラ)
1957年に開催。イタリア共和国アブルッツォ州ペスカーラ県のペスカーラ・サーキットで開催された。この年、このペスカーラGPの2週間後にはイタリアGPが開催されており、イタリア国内で連戦となっている。ヴァンウォールスターリング・モスが優勝している。ペスカーラは海岸沿いの田舎町であるが、バイクの製造工場がありモータースポーツとまったくの無縁ではない。このコースは全長25,572mあり、F1GPが開催されたサーキットとしては最長である。1960年頃から安全対策が叫ばれ、あまりに大きいサーキットでは事故等の救助活動に支障をきたすため今後この様な大きなサーキットは建造される見込みがなく、この最長記録は更新されない公算が非常に高い。海岸沿いに設置されたこのサーキットでは1924年から1961年までF1GP以外にも様々なレースが開催された。海岸側にはひとつの直角コーナーを挟み合計10km近くものふたつの直線があり、山側は大小さまざまなカーブの連続となっているにもかかわらず優勝平均速度は153.964km/hと極端に低くはない。

[編集] 特筆すべきレース

  • 1956年のイタリアGPは最終戦開催となった。優勝したのはマセラティ250Fスターリング・モスだが、自分の車を壊したあとピーター・コリンズから車を譲り受けたフェラーリ・ランチアD50ファン・マヌエル・ファンジオが2位に入り、ファンジオが3年連続の選手権王者を手中にしている。当時はレース中にマシンの乗り換えが許されており、1台の車に複数のドライバーが交代で乗って入賞しポイントを獲得した場合、獲得ポイントを人数で割って配分されるルールであった。この時点で唯一ファンジオ以外に王者の可能性を残すコリンズが、既に車を降りているファンジオに対し交代を申し出たことで実現した。現代の感覚からは出来レース的な感じを受けるが、当時は3台以上、ときには5台以上の車を出走させるコンストラクターが1人のエースを勝たせるというスタイルが一般的であったため、現在のチームオーダーほど非難されてはいない。
  • 1961年にはF1が前年から排気量が減り1.5リットルエンジンで実施されたが、このイタリアグランプリは最終戦で実施された。前年2.5リットルエンジンで開催された際には、当時使用されていたモンツァ・サーキットのバンク区間が車体に過大な負荷をかけるとして一部ボイコットするという騒動になったが、この年は開始前にそのようなトラブルは起こらなかった。このレースでは混乱を避けるために当時まだ珍しかった2列縦隊スタートが導入されたが、この時点で選手権ランキングトップで予選でも1位のウォルフガング・フォン・トリップス(フェラーリ)がスタートに失敗、大混乱となった。2周目にはトリップスがジム・クラークを抜こうとして接触、この事故でトリップスは死亡する。このレースを制したのはトリップスと同じフェラーリに乗るフィル・ヒルで、この年のチャンピオンをも獲得した。この年限りでF1GPでバンクが使用されることはなく、その後取り壊された。
  • 1967年のイタリアGPでは、スタート手順に不手際があり大変混乱したレースとなった。この混乱で一番割を食った形の、予選1位であったジム・クラークは大きく出遅れたうえに13周目に右後輪のパンクにも見舞われたにもかかわらず一時は首位を走る活躍を見せたが、結局ガス欠で3位に終わっている。レースは前戦カナダGPを欠場してまで新車を作って持ち込んだホンダジョン・サーティースが、ジャック・ブラバムをわずか0.2秒差で振り切って優勝した。
  • 1970年は年間13戦で争われた選手権の第10戦として行われたが、前戦までに5勝して選手権をリードしていたヨッヘン・リント(ロータス)がここで勝てば年間総合優勝が決まるはずであった。最終予選走行中、マシーン・トラブルのためコース・アウトしたリントのマシーンはガードレールの支柱に激突し、ミラノ市内の病院に搬送される救急車の中でリントは息を引き取った。その後リントの得点を上回る者がいなかったため、リントは自分の王座を知ることができなかった悲しいチャンピオンとなってしまった。
  • 1971年にはBRMピーター・ゲシンが優勝を飾っているが、2位との差はわずか0.01秒、5位までが0.61秒の集団状態のままゴールするという激しいレースで、ラップリーダーが延べ26回入れ替わる展開であった。ゲシンが優勝したのはこのレースただ1回であるが、このときゲシンが記録した優勝平均速度242.616km/hは、2003年のこのレースでミハエル・シューマッハが破るまで32年も守られた珍しい記録でもある。
  • 1978年のイタリアGPでは、残り3戦でともにロータスマリオ・アンドレッティロニー・ピーターソンの2人のみが選手権王者の可能性を残す状態で開催されたが、スタート直後の多重衝突事故で赤旗中断、ドライバーら自らがピーターソンとヴィットリオ・ブランビッラの救出にあたったが、翌日未明にピーターソンは死亡。結局ブラバムニキ・ラウダが優勝したが、アンドレッティがこの年の選手権王者を獲得した。この多重事故はアロウズリカルド・パトレーゼが急な進路変更を行い、それを回避したマクラーレンジェームス・ハントがピーターソンと接触して発生した。この事故の原因を作ったとみなされたパトレーゼは次戦出場停止処分となっている。
  • 1987年のイタリアGPでは、油圧スプリングを用いた簡易アクティブ・サスペンションを装備した新車を持ち込んだウィリアムズのネルソン・ピケと、年頭からアクティブ・サスペンションを使用しつづけていたロータスのアイルトン・セナのトップ争いが展開された。ピケは従来通り中盤にタイヤ交換をし、セナはアクティブ・サスと持ち前の技術を活かしタイヤ無交換で優勝を狙ったが、セナはトップ走行中で残り7周の43周目に周回遅れを抜こうとして失敗、スピンしてしまう。結局そのスピンのあいだにピケがセナを抜き、そのままセナの追走を振り切って優勝した。また、このレース開催期間中に、ホンダが翌年からマクラーレンへエンジン供給を開始することと、ウィリアムズへのエンジン供給を打ち切ることを発表、ちょっとした騒動になった。
  • 1988年には、それまで開幕11連勝と圧倒的な強さを発揮していたマクラーレン・ホンダチームがシーズン唯一の敗北を喫することとなった。レース終盤にアイルトン・セナが、周回遅れで走行していたウィリアムズジャン=ルイ・シュレッサー(病欠のナイジェル・マンセルの代役としてこのレースのみ出場)と接触してしまったことによるもので、これによりフェラーリゲルハルト・ベルガーがトップに立ち、チームメイトのミケーレ・アルボレートと1-2体制でフィニッシュを果たした。この勝利はマクラーレン・ホンダを倒したことに加え、グランプリ直前に死去したフェラーリの総帥、エンツォ・フェラーリに捧げる勝利として、ティフォシたちを喜ばせることとなった。
  • 1993年は、チャンピオンに王手をかけて臨んだウィリアムズ・ルノーアラン・プロストポールポジションからスタートし、レース終盤までトップ走行するも、エンジントラブルによりストップしてしまい、代わってトップに立ったチームメイトのデイモン・ヒルハンガリーGPでの初優勝からの3連勝となる勝利をつかむこととなった。
  • 1994年は、フェラーリのジャン・アレジがF1キャリア初のポールポジションを獲得し、2位には同僚のゲルハルト・ベルガーでフェラーリ勢がフロントローを独占した。レースは、初優勝を狙うアレジがトップを快走をしていたが、マシントラブルでリタイアした。代わってベルガーがトップとなったが、ピットストップでトラブルが生じ、優勝争いから陥落した。その後、ウィリアムズのデーモン・ヒルとデビッド・クルサードの1-2体制となったが、ファイナルラップのパラボリカ前でクルサードのマシンにトラブルが生じ、リタイア(6位完走扱い)となった。レースは、ヒルが勝ち、チャンピオン争いでリードしている(当GPから2戦出場停止中の)ミハエル・シューマッハとのポイント差を縮めた。
  • 1995年は、チャンピオン争いをしていたベネトン・ルノーのミハエル・シューマッハとウィリアムズ・ルノーのデイモン・ヒルがレース中盤にアクシデントによりともにリタイアした。これにより、地元フェラーリ勢のジャン・アレジとゲルハルト・ベルガーによるワンツー走行となったが、その後の走行中にアレジの車から落下した車載カメラがベルガーの車に直撃してベルガーがリタイアという信じられない出来事が起こり、その数週後にはアレジのマシンにもトラブルが起きてフェラーリ勢もリタイアとなった。レースは、シューマッハのチームメイトのジョニー・ハーバートが自身F1での2勝目を飾ることとなった。
  • 1999年は、マクラーレン・メルセデスミカ・ハッキネンがチャンピオンに向けてレースをリードしていたが、レース中盤にまさかのスピンによりリタイアを喫し、ジョーダン無限ハインツ=ハラルド・フレンツェンがシーズン2勝目を飾った。尚、ハッキネンはリタイアした後、マシンを降りてひざまずき涙していたが、このシーンがテレビ中継され、ハッキネンの「人間臭さ」を広く知らしめることとなった。
  • 2000年は、レース1周目に、フェラーリのルーベンス・バリチェロ、マクラーレン・メルセデスのデビッド・クルサードら7台が絡む事故が発生したが、この事故によりコースマーシャルの1人が犠牲になるという痛ましい事態になった。この事故を受け、レーストラックだけでなく、コース外の安全性にも一層の配慮がされることになった。レースは、ミハエル・シューマッハが制してアイルトン・セナと並ぶ41勝目を挙げたが、レース後の記者会見で、「これで勝ち星がセナと並びましたね。」という言葉にいきなり号泣しはじめ、ついにインタビューに答えることが出来なかったが、このシーンがシューマッハも人間だということを広く知らしめることとなった。
  • 2001年は、レース直前に発生したニューヨークでのアメリカ同時多発テロ事件の犠牲者を悼み、フェラーリがノーズ部分を黒くペイントし、一切のスポンサーロゴを外すなど、各チームが追悼ムードに包まれた。レースではウィリアムズ・BMWファン・パブロ・モントーヤが自身F1初優勝を果たすが、恒例のシャンパンファイトは行われなかった。
  • 2003年、前戦ハンガリーGPでフェルナンド・アロンソに周回遅れにされるなどして不振を極めていたミハエル・シューマッハが、復活の勝利を果たし、このままこの年の王座に輝くことになる。またこのレースで、32年ぶりに優勝スピードが更新され、247.585km/hを記録した。
  • 2004年は、レース直前に降った雨の影響から、このシーズンに圧倒的な強さを見せていたフェラーリのミハエル・シューマッハとルーベンス・バリチェロがレース序盤に中団以降に後退することとなった。これにより、B・A・Rホンダジェンソン・バトンの自身F1初優勝とホンダ第3期参戦後初優勝が期待されたが、フェラーリ勢の脅威の追い上げの前に敗れることとなり、結果としてフェラーリ勢の2年ぶりの1-2フィニッシュ及び3年連続のフェラーリの優勝を許すこととなった。
  • 2005年には、出走した20台がすべて完走したが、これは1961年オランダGP(この時は15台出走)以来、実に44年ぶりの「大記録」であった。また、キミ・ライコネンが最高速370km/hオーバーを記録した。
  • 2006年は、2位スタートのミハエル・シューマッハがポールポジションからスタートしたキミ・ライコネンを破ってフェラーリの地元で逆転優勝を果たし、レース後の公式記者会見で2006年シーズン限りでの彼自身のF1ドライバー引退を表明した(後任のドライバーはレース直後の会見で2位を獲得し彼の隣に座っていたライコネン)。

[編集] 過去の結果と開催サーキット

各グランプリの結果は下記の通り。

[編集] イタリアGP

決勝日 ラウンド サーキット 勝者 所属チーム
1950 9月3日 7 モンツァ ジュゼッペ・ファリーナ アルファロメオ
1951 9月16日 アルベルト・アスカーリ フェラーリ
1952 9月7日 8
1953 9月13日 9 ファン・マヌエル・ファンジオ マセラティ
1954 9月5日 8 メルセデス
1955 9月11日 7
1956 9月2日 8 スターリング・モス マセラティ
1957 9月8日 ヴァンウォール
1958 9月7日 10 トニー・ブルックス
1959 9月13日 8 スターリング・モス クーパー
1960 9月4日 9 フィル・ヒル フェラーリ
1961 9月10日 7
1962 9月16日 グラハム・ヒル BRM
1963 9月8日 ジム・クラーク ロータス
1964 9月6日 8 ジョン・サーティース フェラーリ
1965 9月12日 ジャッキー・スチュワート BRM
1966 9月4日 ルドヴィコ・スカルフィオッティ フェラーリ
1967 9月10日 9 ジョン・サーティース ホンダ
1968 9月8日 デニス・ハルム マクラーレン
1969 9月7日 8 ジャッキー・スチュワート マトラ
1970 9月6日 10 クレイ・レガッツォーニ フェラーリ
1971 9月5日 9 ピーター・ゲシン BRM
1972 9月10日 10 エマーソン・フィッティパルディ ロータス
1973 9月9日 13 ロニー・ピーターソン
1974 9月8日
1975 9月7日 クレイ・レガッツォーニ フェラーリ
1976 9月12日 ロニー・ピーターソン マーチ
1977 9月11日 14 マリオ・アンドレッティ ロータス
1978 9月10日 ニキ・ラウダ ブラバム
1979 9月9日 13 ジョディー・シェクター フェラーリ
1980 9月14日 12 イモラ ネルソン・ピケ ブラバム
1981 9月13日 13 モンツァ アラン・プロスト ルノー
1982 9月12日 15 ルネ・アルヌー
1983 9月11日 13 ネルソン・ピケ ブラバム
1984 9月9日 14 ニキ・ラウダ マクラーレン
1985 9月8日 12 アラン・プロスト
1986 9月7日 13 ネルソン・ピケ ウィリアムズ
1987 9月6日 11
1988 9月11日 12 ゲルハルト・ベルガー フェラーリ
1989 9月10日 アラン・プロスト マクラーレン
1990 9月9日 アイルトン・セナ
1991 9月8日 ナイジェル・マンセル ウィリアムズ
1992 9月13日 13 アイルトン・セナ マクラーレン
1993 9月12日 デイモン・ヒル ウィリアムズ
1994 9月11日 12
1995 9月10日 ジョニー・ハーバート ベネトン
1996 9月8日 14 ミハエル・シューマッハ フェラーリ
1997 9月7日 13 デビッド・クルサード マクラーレン
1998 9月13日 14 ミハエル・シューマッハ フェラーリ
1999 9月12日 13 ハインツ=ハラルド・フレンツェン ジョーダン
2000 9月10日 14 ミハエル・シューマッハ フェラーリ
2001 9月16日 15 ファン・パブロ・モントーヤ ウィリアムズ
2002 9月15日 ルーベンス・バリチェロ フェラーリ
2003 9月14日 14 ミハエル・シューマッハ
2004 9月12日 15 ルーベンス・バリチェロ
2005 9月4日 ファン・パブロ・モントーヤ マクラーレン
2006 9月10日 ミハエル・シューマッハ フェラーリ
2007 9月9日 13 フェルナンド・アロンソ マクラーレン・メルセデス

[編集] ペスカーラGP

決勝日 ラウンド サーキット 勝者 所属チーム
1957 8月18日 7 ペスカーラ スターリング・モス ヴァンウォール

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

F1世界選手権のグランプリ
2008年に開催されるGP
オーストラリア | マレーシア | バーレーン | スペイン | トルコ | モナコ | カナダ | フランス | イギリス
ドイツ | ハンガリー | ヨーロッパ | ベルギー | イタリア | シンガポール | 日本 | 中国 | ブラジル
今後、追加されるGP
アブダビ アブダビ(2009年) | インド インド(2010年) | 韓国 韓国(2010年)
かつて開催されていたGP
アメリカ | アメリカ東 | アメリカ西 | アルゼンチン | インディ500 | オーストリア | オランダ | サンマリノ
スイス | スウェーデン | パシフィック | ペスカーラ | ポルトガル | メキシコ | 南アフリカ | モロッコ | ルクセンブルク


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