騎乗停止
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騎乗停止(きじょうていし)とは競馬において反則をおかした騎手に対して与えられる制裁である。 騎乗停止になる理由はさまざまであるが、深刻な要因である場合には長期間騎乗停止ということもあり得る。
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[編集] 中央競馬における騎乗停止の概要
中央競馬所属の騎手の場合には、競馬の開催は毎週土曜日と日曜日に行われるのが普通であるため、騎乗停止を課されると土曜日と日曜日の競馬には騎乗できない。また、平日に行われる地方競馬での地方馬と中央馬の交流競走も騎乗停止期間中は騎乗できないし、海外での騎乗も出来ない(海外遠征の届出が許可されないため)。競走中の事由による騎乗停止の場合、開催日4日間などの騎乗停止となるが、開催日4日間の騎乗停止の場合は「土・日~土・日」の期間が騎乗停止となるため、実質的に1週間は中央・地方・海外全ての競走に騎乗することができない事になる。
1976年までは騎乗停止は次の競走から即刻適用されていたが、1977年以降は翌日からの騎乗停止とし、前日発売の競走に騎乗している場合は翌日の騎乗は可能としていた。さらに1994年からは騎乗停止をファンに広く伝えるために騎乗停止の開始日を翌週の土曜日からとした。ただし、粗暴な行為による騎乗停止は発覚の当日もしくは翌日からの適用となる場合がある。
[編集] 中央・地方間の騎乗停止の相互適用
他の主催者から騎乗停止処分を受けた場合、所属している主催者からも騎乗停止の処分が下されることがある(中央競馬の場合、日本中央競馬会競馬施行規程第126条17号)。主催者毎に開催日数が異なることと、騎乗停止の処罰の基準が異なるため、要因が同じでも騎乗停止期間が異なる場合がある。なお、騎乗停止期間は、すでに出馬投票が終了して騎乗が決定している競走がある場合、そのまま騎乗することとなり、騎乗停止期間の開始が、翌開催日からに持ち越される。
[編集] 日本人の騎手が海外の競馬で騎乗停止を受けた場合
海外で騎乗停止が課された場合、日本人の騎手であっても騎乗停止が課される(JRAの騎手の場合には、日本中央競馬会競馬施行規程第126条18号が適用)。海外競馬から日本中央競馬会 (JRA) または地方競馬全国協会 (NAR) への報告により騎乗停止の日数が決定される。JRAの騎手では、福永祐一騎手が2002年12月15日に行われた香港カップにエイシンプレストンで出走した際、外側に斜行したため12月16日から実効4日間の騎乗停止処分を受けた。これに伴い、JRAは12月16日以降の最初の開催日である12月21日から4日間の騎乗停止処分を行った。ただし、騎乗停止処分後も引き続き海外で騎乗する場合には、海外で騎乗停止を消化すればJRAならびに各主催者での追加の処分は行われない。
イギリスでは動物愛護の観念からレース中に馬に対して鞭を叩くのは7回までという決まりがある。それ以上叩いた場合には4日程度の騎乗停止が課される。しかし7回では競馬にならないという声もあるため、勝負どころで騎乗停止覚悟で鞭を連打する騎手も多くいるのは確かである。イギリスでは連日競馬が開催されているため、せいぜい4日と考えている騎手も少なくない。日本人騎手では、武豊騎手がゼンノロブロイで出走したインターナショナルステークスで、上記の処分を受けている。この時、武豊騎手は引き続き海外遠征を行っており、騎乗停止処分を消化したためJRAでの処分は行われなかった。
香港では2004-2005シーズン(香港は開催周期が日本と異なる)より騎乗停止延期制度が導入された。これは、香港では大レースの直前に騎乗停止を受けた場合、意図的に異議申し立て(アピール)をすることが度々起きた。当時は異議申し立てをすると2週間の執行猶予が行われていたためにこのようなことがあった。そこで、大レース直前に騎乗停止を受けた場合には、裁定委員の裁量により延期をすることができるようになった。このため、大レースでの騎乗が確実に行われるため、騎手・馬主双方にメリットがある。その代わり、異議申し立てを行った場合の猶予期間が1週間に短縮され、さらに保証金も以前の倍額に増額した。日本人騎手では2006年12月に行われたインターナショナルジョッキーズチャンピオンシップに参加した武豊騎手が落馬事故の原因となったため6日間の騎乗停止処分を受けたが、日本の大レースである有馬記念騎乗を控えていたために、裁定委員の裁量により、有馬記念翌日の12月25日からの執行に延期された。また、フランスでも同様の制度がある。
[編集] 騎乗停止が課される要因
以下では騎乗停止が課される代表的な事例を取り上げる。
[編集] 進路妨害
他馬の進路を妨害した場合。降着もしくは失格になった場合は当然のほか、被害馬先着などで降着が発生しなくても、降着に相当する妨害を起こした場合には騎乗停止処分となる。
[編集] ラフプレー
降着、失格には至らないが、度重ねて軽微な進路妨害を起こした場合、反省してないとみなされ、騎乗停止となる。
- 五十嵐冬樹(ホッカイドウ競馬)
- 2003年8月17日、1回札幌2日第1競走において、最後の直線走路で外側に押圧したことについて、前週にも同様事象による制裁(過怠金10万円)があったにもかかわらず、反省の色なく再び同様の行為に及んだため、開催日2日間の騎乗停止。
[編集] 負担重量
降雨などの特段の理由がなく、負担重量が前検量と後検量との間でプラスマイナス1kg以上の誤差が生じた場合。プラスマイナス1kg以下でも注意義務を怠った場合には騎乗停止となる場合がある。出走した馬については、1kg以上の誤差については失格となり、1kg以内の誤差については着順に変更はない。
- 横山典弘
- 1993年6月26日、1回札幌5日第2競走(レアリングサン号に騎乗 負担重量55kg)において、前検量と後検量との間でマイナス1.8kgの誤差が生じた。馬は5位入線失格。騎手は開催日9日間の騎乗停止となった。
- 福永祐一
- 1996年3月23日、1回中京7日第2競走(テナシャスバイオ号に騎乗 負担重量52kg)において、前検量と後検量との間でマイナス1.8kgの誤差が生じた。馬は1位入線失格。騎手は開催日10日間の騎乗停止となった。
- 穂苅寿彦
- 1998年4月11日、2回中京5日第4競走(スイートコーン号に騎乗 負担重量51kg)において、前検量と後検量との間でプラス0.7kgの誤差が生じた。馬は6位入線(1kg以内の誤差のため着順変更なし)。原因は、前検量時に鐙・下腹帯を付けずに計量し、装鞍時にそれらを装着したため誤差が生じた。騎手は前検量時における注意義務を怠ったため開催日9日間(4月12日~5月11日)の騎乗停止となった。
- 上村洋行
- 1998年1月25日、1回京都8日第11競走 日経新春杯(ナムラホームズ号に騎乗 負担重量55kg)において、前検量と後検量との間でマイナス2.0kgの誤差が生じた。馬は5位入線失格。騎手は開催日10日間の騎乗停止となった。
- (参考)柴田善臣・栗田博憲調教師
- 1999年5月16日、2回東京8日第10競走(シンコウシングラー号に騎乗 負担重量57kg)において、前検量と後検量との間でマイナス1.7kgの誤差が生じた。馬は2位入線失格。原因は、前検量時に鞍を正しく計量していたものの、計量後に装具の一部(負担重量調整用ゴムパット)が脱落し、それに気付かずそのまま装鞍したため誤差が生じた。騎手は騎乗停止処分としなかったものの最終確認を怠ったとして20万円の過怠金を課した。調教師は装鞍についての注意義務を怠ったとして過怠金の最高限度額である50万円が課された。この事件を機に負担重量過誤の防止策として同年7月19日から装鞍所での鞍の計量が義務付けられた。
- (参考)柴田未崎
- 2000年8月19日、4回中山2日第7競走(サンゴッドシチー号に騎乗 負担重量55kg)において、前検量と後検量との間でマイナス0.7kgの誤差が生じた。馬は1位入線(1kg以内の誤差のため着順変更なし)。原因は、前検量の後に生理現象が起きトイレへ行ったため誤差が生じた。その後の再検量を怠ったため騎手は過怠金5万円を課された。
[編集] 体重調整
体重調整を怠ったことによって、決められた負担重量で騎乗できない場合。1kg未満の場合は、当日は負担重量を変更の上で騎乗できるが、後日騎乗停止となる。1kg超過の場合は当日から騎乗停止となり騎手変更が発生する。
- 平沢健治
- 2002年2月2日、1回小倉5日第4競走(ヒロスズラン号に騎乗 競走は10着 負担重量50kg)において、体重調整ができず50.4kgで騎乗した。しかし、前検量時に競馬施行規程に違反して保護ベストのクッション材をすべて抜き取って装着し計量していたことが判明した。騎手は開催日4日間(2月3日~2月16日)の騎乗停止となった。
- 田口大二郎
- 2002年3月17日、1回阪神8日第5競走に騎乗予定だったが、体重調整ができず騎手変更となった。騎手は体重調整の注意義務を怠ったとして開催日2日間(3月18日~3月24日)の騎乗停止となった。
- 南井大志
- 2002年6月8日、2回中京7日に騎乗予定だったが、体重調整ができなかった上、病気(熱中症、脱水症)となり騎手変更となった。騎手は体重調整の注意義務を怠ったとして開催日2日間(6月10日~6月16日)の騎乗停止となった。前週6月1日にも体重調整を怠り負担重量を変更したため5万円の過怠金を課せられていた。
- 2002年7月6日、1回函館7日第6競走に50kgで騎乗予定だったが、体重調整ができず、50.5kgに負担重量を変更し騎乗した。騎手は体重調整の注意義務を怠った上、前月も同様の理由で過怠金と騎乗停止の処分を受けていたとして開催日4日間(7月8日~7月21日)の騎乗停止となった。
[編集] 粗暴な行為
競馬場内外での暴力行為などは、スポーツマンシップに反し、社会的にも問題事件となるため、騎乗停止となる。
- 岡部幸雄
- 1984年2月18日、1回東京7日第8競走において、スタート後、杉浦宏昭騎手に外に持ち出されたことに憤慨。向正面で内斜しながら併走する同騎手を小突き、左手で顔面を叩き、開催日2日間の騎乗停止。
- 柏崎正次
- 1984年11月19日、東海道新幹線で飲酒の上、乗客に暴行をした。裁定委員会の議定により3ヵ月間の騎乗停止。
- 塚越一弘、国兼正浩
- 1987年12月17日夜、中京競馬場調整ルーム内で、塚越一弘騎手が国兼正浩騎手の騎乗に関して批判した事に端を発して両騎手が口論。粗暴な行為に及び国兼が打撲傷を負った。結局塚越が開催日4日間、国兼が開催日2日間の騎乗停止。
- 大塚栄三郎
- 1996年10月26日、4回新潟1日第8競走において 、藤原英幸騎手のゴール前のムチの使い方に不満を持ち、着順確定前の検量室で同騎手を殴打し、開催日4日間の騎乗停止。
- 出津孝一
- 1999年3月6日、1回阪神3日第5競走(障害戦)において、最後の直線で岡富俊一騎手をムチで叩き、開催日4日間の騎乗停止。
- 後藤浩輝
- 1999年8月19日、美浦トレーニングセンター騎手独身寮「若駒寮」において後輩の吉田豊騎手と口論となり、木刀を用いて暴力行為に及び負傷させた。裁定委員会の議定により4ヵ月間(1999年8月20日~1999年12月19日)の騎乗停止。
- 郷原洋司
- 1999年11月21日、東京競馬第12競走での勝浦正樹騎手の騎乗に対し腹を立て、ジョッキールーム内で粗暴な行為に及んだ。開催日2日間の騎乗停止。
- 上村洋行
- 2002年7月13日、函館競馬場調整ルーム内で、青木芳之騎手と口論の末、粗暴な行為に及んだ。開催日4日間の騎乗停止。
- 江田照男
- 2006年7月1日、福島競馬第5競走後の裁決テレビ室内において、競走中、大野拓弥騎手に進路をふさがれたことに腹を立て、粗暴な行為(でん部を蹴り上げた)に及び、翌日の日曜日と翌週の土曜日の計2日間の騎乗停止。
- 藤田伸二
- 2006年12月21日午前1時30分頃、栗東市内にある飲食店において、この飲食店の従業員に対し暴力行為に及んだとして、裁定委員会の議定により3ヶ月間(2006年12月22日~2007年3月21日)の騎乗停止。
[編集] その他、本人の過失によるものなど
公正な競馬の進行のうえで、問題となる行為や、社会的に問題となる行為については騎乗停止となる。
- 大塚栄三郎
- 1993年10月17日、京都競馬場で行われた京都新聞杯でのマイネルリマーク号などに騎乗する予定だったが、前日深夜まで飲食をしたため同競馬場の調整ルーム入りが3時間遅れ、なおかつ連絡を怠り、その日の全レースが騎乗停止に。
- 大庭和弥
- 2007年5月4日、美浦トレーニングセンター内の調整ルームへの入室時刻に遅れた際、私的な用事での遅刻だったにも関わらず、「厩舎業務で遅刻する」と虚偽報告をしたため、5月12日・13日の開催日2日間騎乗停止。