軽空母
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軽空母(けいくうぼ、Light aircraft carrier)は、正規空母と比較し、小型の航空母艦の事。歴史的には大型の正規空母に比べて小型で搭載する航空機も少なく、装甲など防御能力も低い空母を指した。現代では、短距離離着陸機(STOVL機)を運用する航空母艦のことを主に指す。
軽空母とヘリ空母を分けて考えることもあるが、2007年現在、諸外国で就役しているヘリ空母はほとんどがSTOVL機の運用能力も持たされて軽空母化しており、ヘリ空母を広義の軽空母に含めてしまう場合もある。
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[編集] 軽空母の定義
航空母艦は飛行甲板をもった艦船である。軽空母とは、その国において、正規空母に対して比較的排水量や搭載機数や防御の能力の小さい艦船を指す場合が多い。
航空機の運用には、離発艦、燃料や弾薬の補給、機体やエンジンの整備、搭乗員の居住などの機能が要求される。航空母艦はこれらの機能を満たすために、ふつう広大な甲板面積を有し搭載量の大きな大型で高速の艦が適している。このような空母を正規空母と呼ぶことがある。
しかしこれら、大型の空母は個艦の建造費や維持費が高いうえ、建造に時間もかかる。また、護衛艦の整備や補給基地の必要がある。そこで固定翼機の運用能力を有しつつ、安価で簡便な艦として軽空母が建造された。
戦術核の装備がミサイルや小型機に搭載できるサイズになったことから、現在では戦闘能力の差異としての軽重の直接的な指標としては軽空母は正確ではない。
現在では通常離着陸機(CTOL機)を運用できる大型の正規空母に対して、垂直・短距離離着陸機(V/STOL機)を運用する小型の空母を軽空母と呼ぶのが一般的である。ただし、ヘリコプターのみを運用する全通甲板型の水上戦闘艦(いわゆるヘリ空母)や、V/STOL機を運用できる空母型揚陸艦(強襲揚陸艦)を軽空母に含める考え方もあり、その定義は必ずしも確立していない。
例として、ナチス・ドイツのグラーフ・ツェッペリン(未成)は英米海軍からは軽空母に分類されるが、ドイツ海軍では正規空母であった。
[編集] 歴史
[編集] 軽空母の始まり
第一次世界大戦において、飛行機が重要な兵器となった。大戦中イギリス海軍は、海上で運用できる水上機を戦力として使用した。水上機は広大な海面から離着陸できる反面、艦船からの積み下ろしに手間がかかる上、大きなフロートによる飛行性能低下は軍用機として大きな問題であった。大戦後、日米英の大海軍国ではフロートを持たない通常の航空機を運用できる軍艦すなわち航空母艦の建造に着手した。
最初の空母は1万トン程度の小型であったが、すぐに大型化していった。その後 航空母艦の建造はワシントン海軍軍縮条約の制限を受け、各国が建造できる空母の総量に規制がはめられた。制限内で最大限の空母戦力を保有するために小型の空母が建造された。当時の小型空母の代表例として日本の龍驤がある。龍驤は当時の正規空母の半分の大きさ(排水量1万トン)で30機以上の航空機を運用し約30ノットの速力であった。
[編集] 第二次世界大戦の軽空母
第二次世界大戦では航空母艦が海戦の主役となった。日米英は大型の正規空母を建造するとと同時に、低予算かつ短期間で造れる小型の航空母艦(軽空母)の建造にも注力した。
アメリカ海軍は建造中の巡洋艦の艦体を流用してインディペンデンス級9隻とサイパン級2隻を建造し、通常の空母(CV)とは別の『軽空母』(CVL)に分類した。日本海軍は水上機母艦として建造した千歳型水上機母艦2隻を空母に改造した。イギリス海軍はやや低速(25ノット)のコロッサス級7隻などを建造した。
いずれも排水量1万トン台で当時の正規空母の半分程度の大きさであったが、正規空母に伍して活躍した。
[編集] 戦後の軽空母
第二次大戦後、米英以外の国も海上航空戦力強化のために航空母艦を保有した。その際に採用されたのが、大戦中に建造・計画されたイギリス海軍とアメリカ海軍の軽空母であった。イギリスの空母を購入した国は、フランス、オランダ、カナダ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチン、インドの7カ国であり、アメリカ海軍の空母はフランスとスペインで使用された。その後フランスは正規空母を自国で建造した。インドは現在もイギリスで建造された軽空母ヴィラート(旧ハーミーズ)を保有している。
ソ連では1975年、大型の軽空母キエフ級[1]を建造した。キエフ級は、ミサイル巡洋艦の性格が強く、搭載したV/STOL機(フォージャー)の能力も低かったこともあり、その後は大型空母の建造に移行した。[2]
1980年に完成したイギリス海軍のインヴィンシブル級[3]は、最初全通甲板型巡洋艦として設計されていたが、ヘリコプターとV/STOL機(シーハリアー)合わせて21機の運用が可能な現代的な意味での軽空母であり、以後の西側各国で建造される軽空母の方向性を決定付けた。
[編集] 現在の軽空母
現在、固定翼機を運用できる正規空母は、アメリカ海軍のキティ・ホークとエンタープライズ、ニミッツ級航空母艦。ロシア海軍のアドミラル・クズネツォフ、フランス海軍のシャルル・ド・ゴール、ブラジル海軍のサン・パウロ(元仏海軍のフォッシュ)のみである。
それ以外の国では、固定翼機を搭載できない小型の空母(軽空母)を建造・運用している。イギリスのインヴィンシブル級軽空母が、1982年のフォークランド紛争で軽空母と短距離離着陸機(SVTOL機)の組み合わせの有効性を証明したため、これに倣ってヘリコプターとハリアーなどの短距離離着陸機(SVTOL機)の両方を搭載できる軽空母が建造されている。イタリア海軍のジュゼッペ・ガリバルディ[4]、スペイン海軍のプリンシペ・デ・アストゥリアス[5]、タイ海軍のチャクリ・ナルエベト[6]などである。
その他に、軽空母ではないがアメリカ海兵隊の強襲揚陸艦がハリアー IIを運用しており、他国軽空母よりも大きいが、主目的は上陸作戦であるので多数の輸送ヘリコプターや上陸用舟艇を搭載している。
[編集] 海上自衛隊の軽空母
詳細は海上自衛隊の航空母艦建造構想を参照
日本の海上自衛隊は、1952年の海上警備隊設立から2007年現在まで、軽空母も含めて航空母艦としての能力を持つ艦艇を保有していない。
しかし、2004年度予算で建造中のヘリコプター搭載護衛艦(事実上のヘリ空母)ひゅうが型(通称16DDH)が、STOVL機の運用も可能な軽空母ではないかと議論されることがある。ただし、現状ではヘリコプター以外の航空機の搭載は予定されておらず、またSTOVL機の運用が可能であるという発表もされていない。雑誌『軍事研究』では、甲板表面がジェットエンジンからの高温排気に対応していないため、STOVL機『ハリアーII』の運用はできないとしている[7][8][9]。
また、1998年に竣工したおおすみ型輸送艦についても、全通甲板をそなえた大型艦であったため、当初は空母だとマスコミで話題となった。しかし、自衛隊の位置づけとしても大型輸送艦であり、簡単な点検と燃料補給以外はヘリ整備能力を持たないため能力的に見てもヘリ空母と言うには限界があり、諸外国でいうヘリ発着艦能力を持つドック型揚陸艦であるいう考え方が主流である。この程度の設備では臨時のヘリ空母として使用可能であっても、フォークランド紛争で活躍したイギリス軽空母のような戦闘力は到底持っていない。
[編集] 脚注
- ^ 改型のアドミラル・ゴルシコフを含めて4隻建造、満載排水量36,000t、ヘリコプターとV/STOL機約30機搭載
- ^ なお、ソ連海軍はキエフ級に「航空巡洋艦(重航空巡洋艦)」という名称を与えていたが、その理由は、空母のボスポラス海峡通過を禁じたモントルー条約を回避するためであり、空母であっても「巡洋艦」とみなすことで通過を可能とするためである。
- ^ 満載排水量20,600t
- ^ 1985年、満載排水量13,850t、航空機16~18機
- ^ 1988年、満載排水量17,200t、航空機27機
- ^ 1997年、満載排水量11,500t、航空機12~14機
- ^ 月刊『軍事研究』ジャパンミリタリーレビュー[1]
- ^ ベル社『V-22オプスレイ』についてはエンジンがターボプロップのため、プロペラの起こす後流が高温排気をかき混ぜるため可能ではないかとの意見もあるが、詳細は不明である。
- ^ 次世代STOVL戦闘機『F-35 ライトニングII』では垂直離着陸やホバリングのための、プロペラの様なファンが内蔵されている。主たるジェットエンジンの噴射方向を下に向けると共にこのファンを用いて垂直離着陸やホバリングが可能とすべく研究が進められている。ハリアーは、垂直離着陸にはジェットエンジンの排気方向を下に向けるため、アスファルトの滑走路の場合、表面を傷めるため垂直離着陸は出来ないが、『F-35』ではファンの起こす気流が高温のジェット排気をかき混ぜて温度を下げるため、一般の空港や基地、空母、軽空母での運用も出来るように研究中である。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 福井静夫『世界空母物語』光人社 1993年
- 世界の艦船 別冊「世界の空母ハンドブック」 海人社 1997年
- 世界の艦船 2002年9月号「世界の空母 2002」海人社
- 柿谷哲也「世界の空母」イカロス出版 2005年