白倉伸一郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
白倉 伸一郎(しらくら しんいちろう、1965年8月3日 - )は、日本の元テレビドラマ・映画プロデューサー。東京都出身。東京大学文学部第3類(現・言語文化学科)卒。現在は東映東京撮影所所次長を務める。
目次 |
[編集] プロフィール
- 1990年東映入社。入社に際し、面接で岡田茂社長ら当時の役員を前に『仮面ライダーBLACK RX』を批判。その心意気を買われテレビ事業本部(現在の映像本部テレビプロデューサー集団)に配属。
- 1991年、『鳥人戦隊ジェットマン』中途より、プロデューサー補として番組に参加。
- 1992年、『恐竜戦隊ジュウレンジャー』中途にて、プロデューサーに昇格。
- 1993年、『五星戦隊ダイレンジャー』は年間通じて鈴木武幸とともに作品をプロデュース。またサブタイトルは白倉が全てを考案した。
- 1996年、『超光戦士シャンゼリオン』でチーフプロデューサーに昇格。
- 1997年2月より2年間テレビ朝日に出向。
- 2000年、『仮面ライダークウガ』でプロデューサー補を担当。
- 2001年、『仮面ライダーアギト』で、久々にチーフプロデューサーを担当。以後2003年の『仮面ライダー555』まで仮面ライダー作品のチーフプロデューサーを担当。
- 2005年、『仮面ライダー響鬼』で前プロデューサー高寺成紀の降板を受け、途中からチーフプロデューサーを引き継ぐ。以後2007年の『仮面ライダー電王』まで2年半の間仮面ライダーを手がけた。
- 2008年、東映東京撮影所所次長に就任。プロデューサーとしての最後の仕事は4月公開の映画『仮面ライダー電王&キバ クライマックス刑事』となった。
[編集] 作風
特撮ドラマの場合、従来の特撮ヒーローが持っていた善悪二元論、勧善懲悪的な論法に対し非常に懐疑的であり、プロデュース作品には「ヒーローであっても俗物である(『超光戦士シャンゼリオン』の主人公、涼村暁など)」あるいは「そこには正義も悪もない。人間が生きている、ただそれだけのこと(『仮面ライダー555』の企画書より)」といった、ヒーロー的な「正義」の概念を否定する要素が含まれることが多い。そのため、『仮面ライダー電王』は彼の手がけた作品としては珍しく、味方側と敵側の関係が明確な勧善懲悪的な要素を持った作品となっている。
『仮面ライダーカブト』『仮面ライダー555』などに見られるように、「設定を固めてこじんまりと綺麗にまとめるよりも、リアルタイムのテレビ番組ならではのライブ感を重視したい」というのが持論であり、話を盛り上げるためには多少の強引なストーリー展開や、基本設定の矛盾も省みない。そのため一部の視聴者から「大風呂敷を広げた末に最後が投げっぱなし」という批判を受けることが多い。
諸般の事情によりシリーズ中盤からの参加となった『仮面ライダー響鬼』では、白倉就任直後から作風に大きな変化が起きたとしてその是非を巡り議論が発生、インターネットコミュニティ間などに大きな物議を呼んだ(詳細はプロデューサー交代騒動の項を参照)。
[編集] 人物
『仮面ライダーアギト』『仮面ライダー龍騎』『仮面ライダー555』と3作連続で仮面ライダーのチーフプロデューサーを担当し、どれも高い人気と評価を得たが、『555』開始当初の雑誌のコメントで「1年限りだからできる激務を結果的に3年続けてしまった。このスタッフ(白倉、サブプロデューサーの武部直美、脚本の井上敏樹、演出の田崎竜太ら)で作るライダーはこれが最後」と発言し、翌年からライダー製作を離れる(武部は『仮面ライダー剣』後離脱)。しかし諸般の事情により『仮面ライダー響鬼』の30話から本格的にライダー製作に復帰。さらに『仮面ライダーカブト』では田崎、井上、武部も復帰し結果的に先述の宣言は撤回となった。その後『仮面ライダー電王』終了とほぼ同時に東映東京撮影所所次長に就任したことで、再びライダー制作から退くこととなった。
『仮面ライダークウガ』~『仮面ライダー電王』までの平成仮面ライダーシリーズ作品(『仮面ライダー剣』を除く)で、プロデューサー(チーフ、サブ、P補問わず)として唯一参加している。
コンピュータ関係に詳しく、1996年に東映テレビ部門のウェブサイトが開設されると初代ウェブマスターに就任。一時は本業と並行して専門誌にプログラミング関係の論文を投稿していた。「cron」のHNでMS-DOSプラットフォームのフリーソフトウェアも制作しており、これらはベクターのダウンロードサイトで入手が可能である。
一度つきあったスタッフを大事にし、重用するのも特徴で、特に演出家では長石多可男、佐藤健光、田崎竜太、石田秀範、脚本家では井上敏樹、小林靖子、米村正二、荒川稔久、イラストレーター(キャラクターデザイナー)では出渕裕、篠原保、韮沢靖、作曲家では安川午朗、佐橋俊彦、蓜島邦明と非常に懇意にしている。また『シャンゼリオン』以来、特撮ドラマでは、後輩プロデューサーである武部直美と組むことが多かった。
[編集] 主な作品
[編集] テレビドラマ
[編集] チーフプロデューサー作品
- 超光戦士シャンゼリオン(1996年)
- 仮面ライダーアギト(2001年)
- 仮面ライダー龍騎(2002年)
- 仮面ライダー555(2003年)
- 美少女戦士セーラームーン(2003年)
- Sh15uya(2004年)
- 仮面ライダー響鬼(2005年) ※第30話以降
- 仮面ライダーカブト(2006年)
- 仮面ライダー電王(2007年)
[編集] サブプロデューサー/プロデューサー補作品
- 鳥人戦隊ジェットマン(1991年)#33~
- 恐竜戦隊ジュウレンジャー(1992年)
- 五星戦隊ダイレンジャー(1993年)
- ふたり(1997年) ※テレビ朝日出向時代
- 研修医なな子(1997年) ※テレビ朝日出向時代
- ガラスの仮面(1998年) ※テレビ朝日出向時代
- チェンジ!(1998年) ※テレビ朝日出向時代
- 京都始末屋事件ファイル(1999年)
- 別れる2人の事件簿(2000年)
- 仮面ライダークウガ(2000年)
[編集] オリジナルビデオ
- 真・仮面ライダー 序章(1992年)
- ウルトラマンVS仮面ライダー(1993年)プロデューサー補
[編集] 映画
前項に属する作品の映画化は除く。
- 人造人間ハカイダー(1995年)
- 仮面ライダー THE FIRST(2005年) ※劇中にカメオ出演している。
- 仮面ライダー THE NEXT(2007年)
[編集] 著作
- ヒーローと正義(寺子屋新書刊、2004年)