北海道大学
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北海道大学
大学設置 | 1918年 |
---|---|
創立 | 1876年 |
学校種別 | 国立 |
設置者 | 国立大学法人北海道大学 |
本部所在地 | 北海道札幌市北区北8条西5丁目 |
キャンパス | 札幌(北海道札幌市) 函館(北海道函館市) |
学部 | 文学部 教育学部 法学部 経済学部 理学部 医学部 歯学部 薬学部 工学部 農学部 獣医学部 水産学部 |
研究科 | 文学研究科 教育学研究科 法学研究科 経済学研究科 理学院・研究院 医学研究科 歯学研究科 薬学研究院 工学研究科 農学院・研究院 獣医学研究科 水産科学院・水産科学研究院 国際広報メディア研究科 情報科学研究科 環境科学院・地球環境科学研究院 生命科学院・先端生命科学研究院 公共政策学教育部・連携研究部 |
ウェブサイト | 北海道大学公式サイト |
北海道大学(ほっかいどうだいがく、英称:Hokkaido University)は、北海道札幌市北区北8条西5丁目に本部を置く日本の国立大学である。1918年に設置された。大学の略称は北大(ほくだい)。
目次 |
[編集] 概観
[編集] 大学全体
北海道大学は、1872年設立の開拓使仮学校(東京府芝)、1876年設立の札幌農学校(石狩国札幌郡札幌)、1907年設立の東北帝国大学農科大学(北海道札幌区)を経て、1918年に帝国大学としては5番目に設立された北海道帝国大学(北海道札幌区)を前身とする大学である。
[編集] 建学理念
フロンティア精神、実学の重視、全人教育、国際性の涵養などが建学理念。
[編集] 学風および特色
北海道大学は、その系譜の中で最初に札幌に置かれた札幌農学校の影響を大きく受けている。そのため、この記事では、同大の創立年を札幌農学校設立年としている。
札幌農学校初代教頭であるクラーク(マサチューセッツ農科大学前学長)が、米国帰国にあたり札幌近くの島松で馬上から叫んだという「Boys, be ambitious.」(少年よ、大志を抱け)[1]の精神は、現在でも同大に受け継がれている。また、彼が説いたキリスト教精神により、官立学校にも関わらず学生の間で「イエスを信ずる者の誓約」が行われ、新渡戸稲造、内村鑑三などのクリスチャンを生んだ。
このような札幌農学校の精神が、同大の基本理念に引き継がれている。
また、学部に、薬学部・医学部・歯学部・獣医学部という4つの医療学部 が揃っているが、これは全国の大学でも数えられるほどない。よって医療環境が整った大学と言える。
[編集] 沿革
北海道帝国大学設置に至る過程については帝国大学を参照
[編集] 年表
- 1872年 開拓使仮学校設置(東京府・芝の増上寺内)。
- 1875年 同校札幌学校が発足(北海道石狩国札幌郡札幌)。
- 1876年 札幌農学校と改称。クラーク博士が教頭就任。
- 1878年 演武場(現在の札幌市時計台)が完成。
- 1907年 東北帝国大学設置(宮城県仙台市)。札幌農学校は札幌所在のまま東北帝国大学農科大学となり、予科を付設。
- 1918年 北海道帝国大学設置(北海道札幌区)。東北帝国大学農科大学が北海道帝国大学に移管。
- 1919年 北海道帝国大学農科大学を北海道帝国大学農学部と改め、新たに医学部を設置。
- 1924年 工学部を設置。
- 1930年 理学部を設置。
- 1947年 4月に法文学部を設置、10月に北海道大学へ名称変更。
- 1949年 学制改革により旧制専門学校である函館水産専門学校を吸収して新制大学となる。法文・教育・理・医・工・農・水産学部を設置。
- 1950年 法文学部を文学部と法経学部に分離。
- 1952年 農学部獣医学科を獣医学部に昇格・設置。
- 1953年 法経学部を法学部と経済学部に分離。
- 1965年 薬学部を設置。
- 1967年 歯学部を設置。
- 1999年 総合博物館を設置。
- 2003年 医学部附属病院と歯学部附属病院を北海道大学病院として統合。
- 2004年 医療技術短期大学部が医学部保健学科に昇格。国立大学法人法の規定により国立大学法人となる。法科大学院を設置。
- 2005年 大学文書館を設置、公共政策大学院および会計専門職大学院を設置。
- 2006年 薬学教育6年制移行により、薬学部薬学科を6年制に移行(総合薬学科廃止)、4年制学科の薬科学科を設置。
[編集] 基礎データ
[編集] 象徴
- 校章はキャンパス内に自生するオオバナノエンレイソウ(ユリ科トリリウム属の多年草)を図案化したもの。昭和25年の公募による入選作を、創基120周年を機に修正を加え、平成8年9月にシンボルマークとして決定された。なお、起源については、恵迪寮のシンボルマークから発祥説と、ラグビー部のシンボルマークから発祥説がある。
- スクールカラーは公式には決定されていないが、旗や体育会各競技のユニフォームなどに緑が多用されており、慣習的には、雪解けの新緑を表す「ライトグリーン」と言われている。
[編集] 校歌
校歌は 「永遠の幸」(とこしえのさち) と題する。作詞者は有島武郎。米国人作曲家ジョージ・F・ルートが1863年に作った"Tramp!Tramp!Tramp!"が原曲。この曲はアメリカ合衆国が南北戦争の時代に北軍の行進曲として歌われ、南軍でも歌われていた。また、歌詞を変えてアイルランドでも流行した。南北戦争後、米国の各大学でも学生歌に用いられていたものを納所弁次郎が選曲したといわれている。旧制の国立学校校歌としては特異な成り立ちである。
歌詞は大和田建樹が校閲したため、作詞者の欄に有島とともに併記されることもある。
有島が作詞をしたのは1900年頃であり、当時は北海道大学はその前身の札幌農学校であった。1900年に行なわれた創立25周年記念祝賀会で歌われたとする資料がある。当時有島は農学校の学生であったため、現在でも校歌作詞者を記す時には「有島武郎君作歌」というように君付けで表記されることが多い。
原曲の"Tramp! Tramp! Tramp!"は、キリスト教の賛美歌にも使われ、日本においては、日本福音連盟 『新聖歌』(2001年版)の186番、救世軍歌(1997年版)の108番などにその例が見られる。
- 1番
- 永遠(とこしえ)の幸 朽ちざる誉 つねに我等がうへにあれ
- よるひる育て あけくれ教へ 人となしし我庭に
- (*)イザイザイザ うちつれて 進むは今ぞ
- 豊平の川 尽せぬ流れ 友たれ永く友たれ
- 2番
- 北斗をつかん たかき希望(のぞみ)は 時代(とき)を照す光なり
- 深雪(みゆき)を凌ぐ 潔き節操(みさお)は 国を守る力なり
- (*)繰り返し
- 3番
- 山は裂くとも 海はあすとも 真理正義おつべしや
- 不朽を求め 意気相ゆるす 我等丈夫(ますらお)此にあり
- (*)繰り返し
[編集] 寮歌
北海道大学には現在も「都ぞ彌生」(みやこぞやよい)をはじめとする寮歌が歌い継がれている。大学の公式の寮である恵迪寮では、今も寮歌が作成されている。
[編集] 学校の花
学校の花はオオバナノエンレイソウで、校章のモチーフとなっている。
[編集] 入学状況
2007年度の入学者2,644人中、出身地別の内訳は、北海道が49.9%と最も多く、以下、中部地方12.9%、関東地方12.1%、近畿地方9.9%、東北地方6.1%、中国・四国地方5.3%、九州・沖縄地方2.5%となっている[2]。
[編集] 教育および研究
[編集] 組織
[編集] 学部
- 文学部
- 人文科学科
- 教育学部
- 教育学科
- 法学部
- 法学課程
- 経済学部
- 経済学科
- 経営学科
- 理学部
- 数学科
- 物理学科
- 化学科
- 生物科学科
- 地球科学科
- 医学部
- 医学科(6年制)
- 保健学科
- 歯学部
- 歯学科(6年制)
- 薬学部
- 薬学科(6年制)
- 薬科学科
- 附属薬用植物園
- 工学部
- 応用理工系学科
- 機械知能工学科
- 環境社会工学科
- 情報エレクトロニクス学科
- 農学部
- 生物資源科学科
- 応用生命科学科
- 生物機能化学科
- 森林科学科
- 畜産科学科
- 農業工学科
- 農業経済科
- 獣医学部
- 獣医学科(6年制)
- 水産学部
- 海洋生物科学科
- 海洋資源科学科
- 増殖生命科学科
- 資源機能化学科
- 附属練習船おしょろ丸
- 附属練習船うしお丸
[編集] 大学院
- 文学研究科
- 教育学院・教育学研究院
- 附属子ども発達臨床研究センター
- 法学研究科
- 法学研究科法律実務専攻(法科大学院)
- 附属高等法政教育研究センター
- 経済学研究科
- 経済学研究科会計情報専攻(会計専門職大学院)
- 理学院・理学研究院
- 附属地震火山研究観測センター
- 附属原子核反応データ研究開発センター
- 医学研究科
- 附属動物実験施設
- 歯学研究科
- 薬学研究院
- 工学研究科
- 農学院・農学研究院
- 獣医学研究科
- 附属動物病院
- 水産科学院・水産科学研究院
- 国際広報メディア・観光学院 メディア・コミュニケーション研究院
- 情報科学研究科
- 環境科学院・地球環境科学研究院
- 生命科学院・先端生命科学研究院
- 公共政策学教育部・公共政策学連携研究部(公共政策大学院)
[編集] 短期大学部
- 医療技術短期大学部(2006年に廃止)
[編集] 附属機関
- 附置研究所
- 低温科学研究所
- 電子科学研究所
- 遺伝子病制御研究所
- 全国共同利用施設
- 触媒化学研究センター
- スラブ研究センター
- 情報基盤センター
- 学内共同教育研究施設等
- アイソトープ総合センター
- 機器分析センター
- 留学生センター
- 高等教育機能開発総合センター
- 高等法政教育センター
- 総合博物館
- 量子集積エレクトロニクス研究センター
- 北方生物圏フィールド科学センター
- 耕地圏ステーション植物園(北海道大学植物園)
- エネルギー変換マテリアル研究センター
- ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー
- 脳科学研究教育センター
- 創成科学共同研究機構
- 人獣共通感染症リサーチセンター
- 大学文書館
- アドミッションセンター
- アイヌ・先住民研究センター
- 保健管理センター
- 環境保全センター
- 観光学高等研究センター
- 言語文化部(現:外国語教育センター)
- 附属図書館
- 知的財産本部
- 科学技術コミュニケーター養成ユニット
- 北海道大学病院
[編集] 研究
[編集] 21世紀COEプログラム
21世紀COEプログラムの採択数は12件だった。
採択年度 | 分野 | プログラム名 |
---|---|---|
平成14年度 (2002年度) |
生命科学 | バイオとナノを融合する新生命科学拠点 |
情報・電気・電子 | 知識メディアを基盤とする次世代ITの研究 | |
人文科学 | 心の文化・生態学的基盤に関する研究拠点 | |
学際・複合・新領域 | 生態地球圏システム劇変の予測と回避 | |
平成15年度 (2003年度) |
医学系 | 人獣共通感染症制圧のための研究開発 |
数学・物理学・地球科学 | 特異性から見た非線形構造の数学 | |
機械・土木・建築・その他工学 | 流域圏の持続可能な水・廃棄物代謝システム | |
社会科学 | 新世代知的財産法政策学の国際拠点形成 | |
学際・複合・新領域 | 新・自然史科学創成:自然界における多様性の起源と進化 | |
スラブ・ユーラシア学の構築:中域圏の形成と地球化 | ||
平成16年度 (2004年年度) |
革新的な学術分野 | トポロジー理工学の創成 |
海洋生命統御による食糧生産の革新-海の生物の高度で安全な活用を目指して |
[編集] グローバルCOEプログラム
採択年度 | 分野 | プログラム名 |
---|---|---|
平成19年度 (2007年度) |
科学・材料化学 | 触媒が先導する物質科学イノベーション |
情報・電気・電子 | 知の創出を支える次世代IT基盤拠点 | |
人文科学 | 心の社会性に関する教育研究拠点 |
[編集] 学生生活
[編集] 学園祭
6月に北18条ロータリーからメインストリートを使った「北大祭」が盛大に、日祝日にかけて行うため訪れる観光客や市民も多い。このほか11月には恵迪寮祭も行われる。
[編集] 大学関係者と組織
[編集] 大学関係者一覧
[編集] 施設
[編集] キャンパス
[編集] 札幌キャンパス
- 使用学部:全学部(水産学部は2年次の途中から函館キャンパス)
- 使用研究科:水産科学院・水産科学研究院以外の大学院全研究科
- 交通アクセス:下記本文説明参照
大学内では通称「エルムの杜」とも呼ばれ、札幌市中心部に所在している。敷地面積は177万m²。
キャンパス内は南北約1.5キロのメインストリートの左右に各施設が並ぶ配置。キャンパスのすぐ東を南北に延びる札幌市営地下鉄南北線のさっぽろ駅付近から北12条駅を抜け、北18条駅をすぎるあたりまでキャンパスが広がっている。付属農場の部分も加えると、その北端は北24条駅の辺りにまで達する。目的の施設・学部・研究科などによって最寄り駅は大きく異なる。
札幌市の発展とともに、広大なキャンパスは都心交通の障害として捉えられた。このため、2001年にキャンパスの北部を東西に貫く地下道路トンネル「環状通エルムトンネル」が開通した。
正門を入って北側の大学事務局(本部)は、旧制北海道帝国大学予科が校舎として使用していた建物。西に進むと広い芝生の「中央ローン」がある。中央ローンを流れる川は「サクシュコトニ川」と呼ばれ、現在は人工の川であるが、かっては鮭も遡上した天然河川であった。
中央ローンの北には、旧制東北帝国大学農科大学以来の木造の教室である「古河記念講堂」が残り、西には時計塔がある「農学部本館」、南には「クラーク像」と、北大の象徴が集まっている。メインストリート南端にあるクラーク会館は、国立大学初の学生会館である。
絵はがきなどで有名なポプラ並木は、メインストリートから理学部と工学部の間を西側に入った農場近くにあり、約300mの並木が続く。かねてより倒木の危険性があり立ち入りは禁止されており、2004年9月の台風の影響で大半が倒壊してしまったが、その後、若木の植樹を行うなどして整備し80mほどまで散策可能となった。
理学部敷地内の旧理学部本館は1999年から北海道大学総合博物館となり、農学部など学内各学部に分散して管理されていた明治時代以来の各種学術資料の集中的な管理体制が構築されつつある。
キャンパス北地区に位置する重要文化財・北海道遺産である札幌農学校第2農場はクラークの構想によるモデルバーン(模範家畜房)を中心にした明治期の建築物である。なお、正門近くの中央ローンに「クラーク博士像」があるが、胸像のみであり、観光ポスターなどで有名な全身像は札幌市豊平区の羊ヶ丘展望台にある。キャンパスから少し離れた南側に北海道大学植物園(13万m²)があり、隣接する北海道庁赤レンガ庁舎とともに観光地にもなっている。
[編集] 函館キャンパス
水産学部は札幌農学校水産学科として発足したが、1935年に函館高等水産学校として函館に独立し、1949年の新制大学制度の施行に伴い、函館水産専門学校は北海道大学に包括され、農学部水産学科と併せ水産学部となった。その経緯から現在でも水産学部のみ函館のキャンパスを使用している(卒業式も同キャンパスで開催)。
北海道大学は全国の国公立大学でも珍しく、「全ての学部が一つのキャンパス(=札幌)に集約されている」というイメージが強いため、函館にキャンパスがあるということは知らない人も多い。
[編集] その他
有珠火山観測所、厚岸臨海実験所、静内研究牧場、生物生産研究農場余市果樹園、洞爺臨湖実験所、各研究林など北海道内に20施設。パラダイス・ヒュッテ(1926年に建てられた日本初のスキーヒュッテ。老朽化により倒壊後、1994年山スキー部OB会により再建)、ヘルベチア・ヒュッテ、無意根小屋などの山小屋まであり、水産学部は1300トン級の練習船「おしょろ丸」など船舶数隻もある。また、北海道以外にも和歌山県古座川町にも研究林(429万m²)、東京都千代田区丸の内にある「サピアタワー」内に東京オフィスを持つ。(東京都港区の新高輪プリンスホテルから2007年3月に移転した。)
文部科学省の公文書における文書記号は「海大」。「北大」は東北大学を指す。これは、東京大学を「東大」、東北大学を「北大」としていたためである。なお、文書記号は略称と性格を異とするものであり、現在においては、北海道大学の略称として「海大」を公的に使用することはない。但し、創立当初は略称として使われていた。
[編集] Wiki関係他プロジェクトリンク
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- ^ クラークは、札幌農学校の開校式において、「lofty ambition」(高邁なる大志)との言葉を発しており、開校及び帰国に際していずれも大志との語を使っていることから、その信念が一貫していたことがわかるクラークが最後に残した"Boys, be ambitious."に続く言葉については幾つかの説がある。もっとも有力なのは "Boys, be ambitious! Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement, not for that evanescent thing which men call fame. Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be."であるが、どの説によっても最初の "Boys, be ambitious."については一致しているQ.クラーク博士について(北海道大学)
- ^ 学生数統計(北海道大学)
[編集] 公式サイト
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