共生
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共生(きょうせい・Symbiosis、元の用字は共棲)とは、複数種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象を指す。一般的には相互に利益を与えあう相利共生が有名で、日常語として共生という場合はこれを指すことが多い。転じて、経済学上の異業種業務提携等もこう呼ぶ場合がある。
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[編集] 語源
- 共棲-19世紀中盤につくられた科学用語Symbiosis(共に(Sym)生きる(biosis))の翻訳。
- 共生-建築家黒川紀章の造語であるとされている。本人は、「共生」とは出身校東海学園の学園長椎尾弁匡(当時芝、増上寺管長)から教えられた「ともいき仏教」を発展させたものと述べている。社会学用語として使われだしたのは、1990年の「国際花と緑の博覧会」が「自然と人間との共生」をテーマにしてからである。
[編集] 共生のタイプ
共生現象のうち利害関係が分かりやすいものにはそれを示す名が与えられている。
- 相利共生(そうり - ) … 双方の生物種がこの関係で利益を得る場合
- 片利共生(へんり - ) … 片方のみが利益を得る場合
- 片害共生(へんがい - ) … 片方のみが不利益を被る場合
- 寄生(きせい) … 片方のみが利益を得、相手方が不利益を被る場合
しかし、これら相互の間には明確な境界はなく、同じ生物の組み合わせでも時間的に利害関係が変化したり、環境要因の影響を受けて関係が変わったりすることもある。また、同一の現象であっても着目する時間や空間のスケールによって害とも益とも見なされる場合がある。共生は利害関係によって単純に分類できるものではない。
相利共生だけが共生ではない。利害関係は可変的であったり観察困難だったりするため、利害関係は考慮せず、複数種の生物が相互関係を持ちつつ同所的に生活している状態をすべて共生と呼ぶ。
[編集] 共生の位置づけ
元々、生物学の中では、共生は種間関係の中でも特殊なものと考えられがちであった。これには、近代科学の発達の場となったヨーロッパではトマス・ホッブズの「万人の万人に対する闘争」という有名なフレーズが端的に示すように、社会的自然状態を競争と捉えることが受け入れられやすい思想背景があったことが影響しているかもしれない。日本でも1980年代までの生態学者の書いた教科書では、影響しあう2種の生物の種間関係を、捕食-被食関係、競争関係、共生関係、寄生関係の4つのパターンに分類し、これらのうち、あくまでも主流とみなすべきは捕食被食関係と競争関係であり、共生や寄生は例外的なものとして重視するべきではないと書かれたものもあった。
しかし、その後理解が進むにつれて共生が普遍的な現象であり、生態系を形成する基本的で重要な種間関係の一つであることが認識されてきた。また、かつては共生と寄生は別の現象とみなされたが、関係する生物相互のバランスによって双方が利益を得る状態(相利共生)から片方が利益を得てもう片方が被害を受ける状態(寄生)まで連続して移行しうる例が多く検出され、互いにはっきりと分離できないことがわかってきた。そのため現在では、共生という種間関係は相利共生や寄生といった関係をすべて含む上位概念として捉えられている。
[編集] リン・マーギュリスの細胞内共生説
複数種の外見上独立した個体がなす共生より密接な関係として、構造上一体化して単一の生物としか見えない共生(地衣類やサンゴなど)や、さらに進んで細胞内に共生者を受け入れているもの(細胞内共生細菌など)もある。しかしそのような例は特別なものではなく、むしろヒトを含む真核生物の細胞の基本構造は共生に起源を持つものであると考えられるようになった。これが真核細胞の起源に関する細胞内共生説である。 リン・マーギュリス(Lynn Margulis,1938年‐)は、真核生物の細胞内にあるミトコンドリアや葉緑体は、細胞内共生細菌が起源であるという説を提唱した。これらの細胞小器官は独自のDNAを持つことなどから、1970年代以降この説の基本的な考え方は広く受け入れられるようになり、むしろ細胞内共生は当初マーギュリスが想定したより遙かに一般的な現象であることが明らかになった。次項参照のこと。
[編集] 一般的な細胞内共生
[編集] 昆虫と細菌との共生
後述するアブラムシとブフネラ(共生細菌)の例では、細菌はアブラムシの細胞内に生息しており、こういった共生形態を(真核細胞の起源とは別に単純に文字通りの意味で)細胞内共生と呼ぶ。逆に細胞外に作られた構造体(粘液性物質や糖鎖などで作られる)中で共生する形態を細胞外共生と呼ぶ。細胞内共生微生物には単独では培養不能なものが多く、遺伝子の一部が宿主ゲノムに移行していることも多い。
宿主と共生微生物とが出会い、共生関係になる過程を伝播と呼ぶ。卵などを通じて親から共生関係を受け継ぐ場合を垂直伝播、環境を介して受け継ぐ場合を水平伝播といい、共生の形態を理解する上で重要な事項である。多くの昆虫に細胞内共生する細菌であるボルバキアは垂直伝播を行うが、宿主昆虫の性を操作することで自らの伝播をコントロールすることが知られている。
[編集] 植物と菌類との共生
植物にうどんこ病を起こすウドンコ菌は、植物病原菌としては例外的に真の寄生者であり、宿主植物の生きた細胞内に吸器を差し入れて養分摂取を行う。アーバスキュラー菌根菌は多くの植物と相利共生を営むが、宿主の細胞内に菌糸を侵入させて樹枝状体を形成して物質交換を行う。ラン科植物には栄養的にラン菌根菌に多少なりとも寄生するが、根の皮層細胞内に菌を侵入させてペロトンという構造を形成する。これらの例ではいずれも細胞内に侵入する菌糸は細胞壁を貫通するが、細胞膜を破ることはない。また、ペロトンの消化段階などを除き細胞内の菌糸は外部の菌体とつながっている。
[編集] 共生の例
- 魚類であるクマノミと、刺胞動物であるイソギンチャクの共生関係は有名である。イソギンチャクの触手には、異物に触れると毒針を発射する「刺胞」という細胞が無数にあり、これで魚などを麻痺させて捕食している。ところがクマノミの体表には特殊な粘液が分泌され、イソギンチャクの刺胞は反応しない。このためクマノミは大型イソギンチャクの周囲を棲みかにして外敵から身を守ることができる。一方、イソギンチャクがこの関係からどの様な利益を得ているかはっきりせず、この関係は片利共生とみられる。一説には、イソギンチャクの触手の間のゴミをクマノミが食べる、またクマノミの食べ残しをイソギンチャクが得る、イソギンチャクの天敵チョウチョウウオをクマノミが追い払うといった相利共生とされることもある。クマノミのほかにもイソギンチャクカクレエビなど、イソギンチャクと共生する生物は多い。
- ヤドカリやカニの中には、小型のイソギンチャクをはさみや貝殻につけて身を守る種類がある。ヤドカリは自分の体が大きくなると貝殻を替えなければならないが、そのときイソギンチャクは自ら移動したり、ヤドカリがはさみで剥がして移し替えたりする。お互いに食物のやりとりもしているとみられる。
- 内生菌(エンドファイト)は植物の体内に目に見える症状を起こさずに感染している菌類である。牧草などイネ科草本と共生するバッカクキン科内生菌は生理活性物質を生産し、宿主植物の病虫害抵抗性が向上したり環境ストレス耐性が向上したりする。一方でこれらの菌には宿主の有性生殖を阻害するものがある。樹木内生菌には共生状態では何もせず葉の老化とともに感染を広げるだけで、落葉後いち早く分解菌としての活動を開始するものがある。
- 養菌性キクイムシ(アンブロシアビートル)は、材中に掘った坑道の中に植えつけた共生菌類(アンブロシア菌)のみを食べて生活するキクイムシの一群である。成虫の体にはマイカンギアと呼ばれる菌を運搬するための構造があり、材内で羽化した新成虫は育った坑道内のアンブロシア菌を身につけて材を脱出し、新たな坑道を掘ってそこに植え付けて次世代の餌とする。
- アブラムシ(アリマキ)と、その細胞内で生息するブフネラという細菌は、非常に強い相利共生の関係にある。アブラムシが主食としている植物の師管液には、グルタミンとアスパラギン以外の必須アミノ酸はほとんど含まれていない。本来ならアブラムシはこれだけで生命を維持することは不可能なはずである。しかしアブラムシの細胞内のブフネラが、これら2つのアミノ酸を基に他のアミノ酸を合成し、アブラムシの細胞内に供給しているため、師管液のみで必要な栄養を得ることができる。アブラムシはブフネラなしでは生命を維持することができない。一方、ブフネラは自らの生命を維持するための遺伝子の多くを失っており、アブラムシの細胞内でしか分裂・増殖することができない。この共生関係は2億年にわたり世代間で引き継がれてきており、共生がなされる以前のブフネラの祖先は大腸菌の仲間であったと考えられている。(Shigenobu, S. et al. Nature 407, 81-86 (2000))