ロードプライシング
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ロードプライシング(Road Pricing)とは、広義には道路の使用に対して料金を徴収する行為全般を意味するが、1990年代以降は、大都市中心部への過剰な自動車の乗り入れによる交通渋滞、大気汚染などを緩和する対策として、都心の一定範囲内に限り自動車の公道利用を有料化して流入する交通量を制限する政策措置を指すようになった。ここでは後者の意味でのロードプライシングについて説明する。日本語では「道路課金」という訳語が提案されているが、外来語の「ロードプライシング」がまだ優勢である。課金の目的に注目して「渋滞(混雑)課金」、「環境ロードプライシング」と呼ぶ場合もあるが、基本的には同種のものである。
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[編集] ロードプライシングの概念と推移
第二次世界大戦後に日本を含め世界中の国や地域で、所得水準の向上により自動車の大衆への普及(モータリゼーション)の爆発的進行に対応して、各国で道路容量の拡大と高速道路網の整備が進められたが、同時に交通事故、大気汚染、騒音などのいわゆる自動車公害が大きな社会問題になってきた。また、道路の新設拡張にも限界が見えて道路容量が頭打ちになったために交通渋滞が慢性化して都市部では悪化する傾向が続いてきた。その結果、供給面の限界に直面した運輸当局は、交通需要を抑制する手段として「ロードプライシング」に注目することになった。本来の有料道路は、道路建設に投下された資金を一定期間内に回収する目的で料金を徴収するが、ロードプライシングの場合は、公害の発生に伴う外部費用を回収する意味合いで課金して、それと同時に公共の利便性を一部犠牲にしながら道路需要を制限する。例えば渋滞の時間帯について、渋滞の比率を計算して、それに比例させたり累進的な比率で道路料金を通行車輌に課金する。例えば渋滞率なるものを設定して、40%の時間帯には400円、80%の時間帯には800円と課金することにより、渋滞の緩和効果をねらうというものである。特に道路輸送に頼るトラックやタクシーなどの商用車への影響が大きく、実際に本格的なロードプライシング導入に踏み切った都市は、世界でもシンガポール、ノルウェー(オスロ、ベルゲン、トロンハイム)、イギリス(ロンドン)などまだ数ヵ所に留まっているのが実態である(2005年現在)。欧州では課金収入の使途について、後述の貨物自動車への課金も含め、道路の維持・拡張よりも公共交通の拡充が重視される傾向がある。運輸業界からは、本来の渋滞緩和目的から逸脱して自動車交通に一方的に負担を課すものであり、バス・鉄道など公共交通機関の赤字を埋めるのに自動車利用者に課金するのは税負担の上で公平を欠くという批判もある。
[編集] ロードプライシングの実例と運用技術
- シンガポール
- 詳細はERP (シンガポール)
- 島国であるシンガポールでは、都心部の混雑緩和のために1975年に制限区域を設けて午前中の通勤時間帯の進入車両から通行料の徴収を開始した(その後、実施時間帯を昼間と午後にも延長)。導入当初は、紙製のエリアライセンスをドライバーが購入して車のフロントガラスに貼付し、それを制限区域の入口の監視所職員が目視でチェックしていた。人件費がかかり過ぎるために、1998年から料金自動徴収システム(ERP)が導入された。これは入口のゲート(ガントリー)の下をくぐると車内の車載器のキャッシュカードから料金が引き落とされる仕組みである。未払車両のナンバープレートはゲートの監視カメラから撮影されて罰金が請求される。
- オスロ
- ノルウェー独特のフィヨルド地形のために高くつく道路費用と公共交通(地下鉄と路面電車)の整備費用をまかなう財源を確保するために、オスロ市は1990年2月から市内中心部に通じる道に料金所を設置して、現金と自動車両識別(AVI)タグによる課金(トールリングシステム)を開始した。ベルゲン市は1986年1月、トロンハイム市は1991年10月からトールリングを導入している。
- ロンドン
- ロンドンの慢性的交通渋滞の改善を公約に掲げて2000年5月に初の公選ロンドン市長に選ばれたケン・リヴィングストン市長は、2003年2月17日に、ロンドン・インナー・リング・ロードの内側の官庁街や金融の中心シティー、多数の観光名所があるセントラルロンドン地区に渋滞(混雑)課金制度(コンジェスチョン・チャージ、London Congestion Charge)を導入した。平日の午前7時から午後6時30分までの時間に課金区域内で自動車を運転するドライバーは、全車種一律で1日5ポンドを課金される(原則的に前払) が、区域内の住民は9割減免、タクシーと二輪車・オートバイは課金対象外であり、課金対象でも緊急車両や代替燃料車両他など課金を100%割引される車両もある。市内各所の監視カメラが違反(未登録・未払い)車両のナンバープレートを読取・照合して取り締まる仕組みである。(London Congestion Charge)
[編集] 欧州の貨物トラック課金制度
乗用車以外のトラック、特に重貨物車(HGV)の通行による道路維持費の増大と、排気ガス中の窒素酸化物と粒子状物質による大気汚染に対応するために、欧州連合(EU)では、「汚染者負担原則」からEU域内を通行する重貨物車に道路通行料を課す特殊な形態の道路課金として「Eurovignette」構想が検討されている。ドイツでは、アウトバーンを走る商用トラック(12トン以上)に課金するToll Collectプロジェクトが2005年1月から課金を開始した。イギリスは、2008年開始予定で全国に距離別トラック課金制度を導入する計画を推進している。広範囲の地域で課金対象の貨物車両を特定するためにグローバル・ポジショニング・システム(GPS)を利用したシステムが増えているが、自動料金収受システム(ETC)は欧州各国で様々であり、専用狭域通信(DSRC)規格も多く採用されており、貨物トラックは国境を越えて移動するので異なる系統の技術の相互運用性の確保が必須課題になる。 (Toll Collect)
[編集] 今後の展望
香港は1990年代に渋滞(混雑)課金計画を模索したが、2000年に計画を中止した。オランダは距離別課金制度を構想していたが、2002年以降中断している。米国は、連邦資金で建設された道路(州間高速道路など)からの料金徴収が法律で制限されていることもあり、ロードプライシングの動機が他の国とは異なり有料化によるモビリティ改善で従来の有料道路の発想に近いので区別して考える必要がある。スウェーデンではストックホルム都心2ヵ所で2006年1月から7月までの半年間、DSRC方式の自動料金収受(ETC)による朝夕ラッシュ時20クローネの渋滞課金を試験運用に入り、2007年8月1日から正式運用が開始された。
日本では、東京都の石原都知事が渋滞緩和・環境改善のためにロードプライシング活用の意向を示し、2003年以降ロードプライシング導入計画の素案作りに取り組んでいる。日本は、狭い国土に自動車が集中するという面では、シンガポールやイギリスと条件は同じであるが、イギリスには本来、有料道路がほとんど無いのに対して、日本は新設の自動車専用道路(いわゆる高速道路)はほとんど有料であり、建設費の償却が終わっても無料で開放されないケースもあることを考えれば、この上さらに一般道路を有料化することには抵抗があると予想される。日本のロードプライシングはまだ実験段階であり、渋滞緩和や路線変更による環境改善の実効性については未知数の部分が多い。