アルシング
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アルシング(Alþingi、古ノルド語Alþing)はアイスランド共和国の議会。一院制で議員定数は63。議員の任期は4年。
アイスランド語で「全島集会」「全国会議」と言う意味。「オルシング」「アルシンギ」とも表記される。
930年に創設された世界最古の近代議会といわれる。以後ノルウェーやデンマークによる植民地支配などで一時の中断を経ているが、そのまま現在に至っている。
北欧全体でもアルシングに由来するシング、あるいはティング(thing)と呼ばれる議会が創設されている。現代の「自治」と言われるものと同義だが、それらは、ヴァイキング活動によって殖民されたところでも行われた。現在スウェーデン領となっている、ゴットランドでも、中世にアルシングが行われている。イギリスのマン島で行われている自治も、ノルマン人が持ち込んだシングであると言われている。
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[編集] 歴史
アイスランドはもともと移民によって入植が進んでいき、それぞれの定住地域で「シング(民会)」と呼ばれるものが存在した。しかし全島共通の法律や規則というものはなく、それぞれの出身国の法律が各々の定住地域で用いられていた。そこで全島での交易が発展するにつれて、全島共通の意見調整機関の創設が提唱されていった。
930年に定住地域ごとの「シング」の代表が集まり、レイキャビクの近くのシンクヴェトリルという丘で「アルシング」が開催された。初期の頃は立法と司法の機能を有し、行政は各定住地域の自治に任されていた。
1000年には、古い信仰を守る人々とキリスト教への改宗を主張する人々がアルシングの場で激しく論争するさなかに、会場近くの火口および近くのヘトリスヘイジにおいて同時に噴火活動が始まり、これをきっかけに話し合いがまとまって、キリスト教を国教とすることを決定している。
しかし1262年にノルウェーによる植民地化により「アルシング」は事実上機能を停止する。
その後1380年に支配権がデンマークに移り長い支配体制が続き「アルシング」も形式上で存続していたが独立派を牽制することもあって1800年にはとうとう禁止された。しかし19世紀になると独立志向がさらに強くなり「アルシング」は1847年に再び復活する。
第一次世界大戦によってヨーロッパが戦火に渦巻いたことで、完全自治を回復し「アルシング」は議会政府として機能するようになる。第二次世界大戦でデンマークがナチス・ドイツに占領されたことで1944年に独立を宣言し、現在に至る。
[編集] 法律の岩
法律の岩(Lögberg、ログベルグ)は「アルシング」が開催されていたとされる岩もしくは丘。この周辺に集いこの岩の上で「アルシング」の開会宣言や議会演説等が行われていた。