小田急1100形電車
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1100形電車(1100がたでんしゃ)は、小田急電鉄で使用されていた電車である。
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[編集] 概要
1100形は、1927年4月の小田原急行鉄道(当時)の開業時に「小田原急行鉄道1形」として、新宿駅-稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)間の近郊区間用車両として登場した。日本車輌製造にて18両製造された。
1933年に鉄道省の「昭和3年形式改正」にあわせて、「小田原急行鉄道1形モハ1~18」となる。のちに、陸上交通事業調整法に基づき、小田急電鉄(1941年3月1日に鬼怒川水力電気に合併され社名変更)が1942年5月26日に東京横浜電鉄等と合併し、東京急行電鉄、いわゆる「大東急」になると「大東急1150形1151号車~1168号車」と改番される。1947年に9両が相模鉄道に譲渡された。
そして、1948年に大東急が解散するに際し、「大東急1150形1151~1154・1160・1161・1166~1168号車」(うち、1152・1154号車は太平洋戦争で被災したままの状態であった)が、小田急電鉄の所属になった。うち、1151・1160・1161・1168号車は、GHQの専用車両となった。1947年から1948年にかけて、1152・1154号車の復旧工事が行われた。そして、1951年に改番が行われ、「小田急電鉄1100形1101~1104・1107~1109号車」となった。1105・1106号車は、GHQ専用車両用の番号として欠番にし、翌1952年のGHQ撤退後に改番された。
1958年に1101号車が、荷物電車に改造され(小田急電鉄の荷物電車も参照)、他8両が1959年から1960年にかけて廃車された。
廃車後、一部車両が日立電鉄・熊本電気鉄道に譲渡された。熊本電気鉄道に譲渡されたうち1両が廃車後、1982年に小田急に里帰りし、翌1983年に開業当時の姿に復元された。現在は、喜多見検車区に保管されており、イベント(ファミリー鉄道展)などで展示されることがある。
[編集] 車両
[編集] 側面
- 片開き3扉
[編集] 車内
[編集] 歴史
- 1927年4月 「小田原急行鉄道1形」として18両製造される。
- 1942年5月26日 小田急電鉄が東京横浜電鉄等と合併し、「大東急1150形1151号車~1168号車」と改番される。
- 1947年 相模鉄道に9両譲渡する。
- 1948年 大東急解散に伴い、「小田急電鉄1150形」となる。
- 1951年 改番が行われ、「小田急1100形」となる。
- 1958年 1100形1101号車のみ「荷物電車」に改造される。
- 1960年 1100形(1102~1109号車)が引退。1100形の旅客営業終了。
- 1962年 荷物電車1101号車にて「油圧式強制振子車」の試験が実施される。
- 1976年 荷物電車1101号車が引退。1100形が全廃となる。
[編集] 関連項目
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