睡眠
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睡眠(すいみん)とは、幅広い脊椎動物にみられる、自発的に生じる静的状態である。
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[編集] 概要
睡眠中は刺激に対する反応がほとんどなくなり、移動や外界の注視などの様々な活動も低下する。一般的には、閉眼し意味のある精神活動は停止した状態となるが、適切な刺激によって容易に覚醒する。このため睡眠と意識障害とはまったく異なるものである。 またヒトをはじめとする大脳の発達したいくつかの動物では、睡眠中に夢と呼ばれるある種の幻覚を体験することがある。
睡眠の目的は、心身の休息、記憶の再構成など高次脳機能にも深く関わっているとされる。下垂体前葉は、2時間から3時間の間隔で成長ホルモンを分泌する。放出間隔は睡眠によって変化しないが、放出量は多くなる。したがって、子供の成長や創傷治癒、肌の新陳代謝は睡眠時に特に促進される。その他、免疫力やストレスの除去などがあるが、完全に解明されていない部分も多い。
短期的には睡眠は栄養の摂取よりも重要である。ラットを用いた実験では、完全に睡眠を遮断した場合、約10 - 20日で死亡するが、これは食物を与えなかった場合よりも短い。
[編集] ヒトの睡眠
ヒトに必要な睡眠量には個体差があり、6 - 8時間の場合が多い。統計的には7時間の場合に平均余命が最も長くなる。睡眠が不足した場合に最も影響のある精神活動は集中力である。計算能力、記憶能力、連想能力などはあまり低下しない。
睡眠の取りやすさにも個体差がある。さらに、入眠時の身体状態や精神状態、外部環境に依存するため、睡眠が取りやすかったり、睡眠が取りにくいなど、同一個体でも状態による差が大きい。そのため、睡眠を快く取る為の安眠法が幾つも発明されている。後述する入眠ニューロンは体温の上昇によって活動が亢進するため、入眠前の入浴や入眠時に寝室を暖かくすることが有効である。また睡眠にはメラトニンが関わっており、メラトニンを脳にある松果体で生成するには起床中に2500ルクス以上の光を浴びる必要がある。
ヒトの睡眠は、脳波と眼球運動のパターンで分類できることが知られている。成人はステージI~REMの間を睡眠中反復し、周期は90分程度である。入眠やステージI - IVとレム睡眠間の移行を司る特別なニューロン群が存在する。入眠時には前脳基部に存在する入眠ニューロンが活性化する。レム睡眠移行時には脳幹に位置するレム入眠ニューロンが活動する。覚醒状態では脳内の各ニューロンは独立して活動しているが、ステージI - IVでは隣接するニューロンが低周波で同期して活動する。
- ステージI
- 傾眠状態。脳波上、覚醒時にみられたα波が減少し、低振幅の電位がみられる。ステージI - IVをまとめて、ノンレム睡眠と呼ぶ。
- ステージII
- 脳波上、睡眠紡錘 (sleep spindle) がみられる。
- ステージIII
- 低周波のδ波が増える。20% - 50%
- ステージIV
- δ波が50%以上。
- レム (REM) 睡眠
- 急速眼球運動 (Rapid Eye Movement) の見られる睡眠である。脳波は比較的早いθ波が主体となる。この期間に覚醒した場合、夢の内容を覚えていることが多い。レム睡眠中の脳活動は覚醒時と似ており、エネルギー消費率も覚醒時とほぼ同等である。急速眼球運動だけが起こるのは、目筋以外を制御する運動ニューロンの働きが抑制されているためである。人間では、6 - 8時間の睡眠のうち、1時間半 - 2時間をレム睡眠が占める。記憶の固定にレム睡眠が必要だという説に対しては、支持しない証拠が多い[1]。1953年にシカゴ大学のナサニエル・クライトマンとユージン・アゼリンスキーがレム睡眠の存在を発見した。
[編集] 動物の睡眠
必要な睡眠時間は種ごとの体の大きさに依存する。例えば小型の齧歯類では15時間 - 18時間、ネコでは12 - 13時間、イヌでは10時間、ゾウでは3 - 4時間、キリンではわずか1 - 2時間である。これは大型動物ほど代謝率が低く、脳細胞の傷害を修復する必要が少なくなるためとも考えられている。また草食動物は睡眠をする間は無防備で捕食者に狙われやすいので睡眠時間は短い傾向がある。
すべての陸生哺乳類にレム睡眠が見られるものの、レム睡眠時間の種差は体の大きさとは無関係である。例えば、カモノハシは9時間の睡眠時間のうち、レム睡眠が8時間を占める。イルカはレム睡眠をほとんど必要としない。
脊椎動物以外の動物、例えば節足動物にも睡眠に類似した状態がある。神経伝達物質の時間変化を観察すると、レム睡眠と似た状態になっているらしい。
ヒトと異なり、生物の中には、長い期間覚醒しない種もある。これは冬眠と呼ばれる。冬眠する生物の例として、クマ、リス、カエルなどが挙げられる。
睡眠の際の姿勢も生物によって異なる。魚は単に水中を漂う形で睡眠状態に入る。フラミンゴは片足で立ったまま眠るとされる。
[編集] 睡眠と文化
睡眠をとる時間や場所は文化によって異なる。多くの文化では睡眠を取る場所(寝室)と時間は決まっている。
[編集] 日本
現代日本人の場合、電車やバスによる通勤・通学をする者も多いため、これらの交通機関の中で眠る者も多い。また、学生が授業中に眠るケース、社会人が仕事中に眠るケースなども見られ、これら座った状態での眠りは「居眠り」と呼ばれる。夜の睡眠は、伝統的には布団の中(昨今ではベッドの中も多い)でとられるが、これは「寝る」(横になること)とも呼ばれる。
風呂の中で居眠りをすることは疲れの現れといわれるが、どちらかといえば、温浴によって血管が拡張、血圧低下を引き起こしての意識障害という状態に近く、居眠りと呼ばれている状態と完全には一致しない。
2001年2月に発表されたNHKの調査によると、日本人の平均睡眠時間は平日で7時間26分、土曜日で7時間41分、日曜日で8時間13分であった[2]。
年をとると早寝早起きの習慣が身につくと一般に考えられている。しかし、本当に習慣であるのか、睡眠相前進症候群(概日リズム睡眠障害の一種で、睡眠リズムの位相が望ましい時間帯より早まってしまっており、遅らせることができなくなっている状態。ひどい場合には夕方からの眠気に耐えられない場合もある。高齢者に多く見られる)の症状であるのかは、容易には判断できない。
仏教思想において頭を北に、足を南に配置する形で寝ることは北枕と呼ばれ、忌避されている。
[編集] 仏教における睡眠
眠るべき時に起こる睡眠は善であるが、修行中等に起こる睡眠は悪。 人間にとって睡眠は必要であるが、それが成道の妨げになってはいけないとしている。
不定のひとつ。
[編集] 日本以外
スペインを初めとする地中海地方などに於いては昼食の後に睡眠を含む一休みをする「午睡(シエスタ)」の風習がみられる。この風習はこの地域だけにみられる独特のものであるが、2000年代に入ってLifehack(ハッカー文化の一端にある仕事術)の延長で、短時間の昼寝が注目される現象も見られる。しかしその一方で、労働時間の増加により地中海地方の国々に於いてもシエスタを行わない企業が増加しつつある。
[編集] 昼寝について
最近、昼寝の効用について研究が行われている。昼寝を行うことにより、事故の予防・仕事の効率アップ・自己評価のアップなどが期待されるため、職場・学校などで昼寝が最近、奨励されるようになった。また、昼寝により、脳が活発になるため、独創的なアイデアが浮かびやすい環境になるという。
(昼寝におけるその他の研究報告)
- 30分以下の昼寝を習慣的にとる人は、それ以外の人に比べてアルツハイマー病にかかる危険性が0.3倍になるという報告がある。(国立精神センター)
- 昼寝後と前では最大血圧で平均8.6mmHg、最小血圧で平均15.6mmHgも血圧が降下したという報告もあり、生活習慣病予防も期待される。(広島大学)
(昼寝の方法)
- 目安としては午後1~3時ごろが良いとされる。(遅くとると、夜、眠れなくなることがあるため)
- 15~30分程度が良いとされる。1時間とると、逆に疲労になることがある。(ノンレム・レム睡眠の周期が90分~120分であるため)
[編集] 睡眠をめぐる言語表現
恐らくは他の多くの言語と同じく、日本語でも死と性行為は睡眠にたとえられる。
死はしばしば「永眠」と呼ばれ、「寝る」という語は性的交渉を持つことの意で用いられることがある。なお、「寝る」と「眠る(睡る)」はほぼ同意だが「寝る」の方には身体を横たえる意味があり、「眠る」には無い。
また、「寝る」、「眠る」という語を含むことわざとして次のようなものがある。
- 果報は寝て待て
- 寝る間も惜しんで
- 寝る子は育つ
- 寝ても覚めても
- 寝た子を起こす
- 草木も眠る丑三つ時
- 猫鼠同眠
- 寝食を忘れる
- 寝るより楽は無かりけり
[編集] 脚注
- ^ J. M. Siegel,“The REM Sleep-Memory Consolidation Hypothesis,” Science, 294, 2001, pp.1058-1063. [1]
- ^ 出典:NHK放送文化研究所世論調査部『2000年国民生活時間調査報告書』
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 睡眠の視覚経験依存的な発達とその臨界期を発見[[Category:心理学]