朝凪 (駆逐艦)
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艦歴 | |
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発注: | |
起工: | 1923年3月5日 |
進水: | 1924年4月21日 |
就役: | 1925年12月29日 |
その後: | 1944年5月22日戦没 |
除籍: | 1944年7月10日 |
性能諸元 | |
排水量 | 基準:1,270t 公試:1,400t |
全長 | 102.57メートル |
全幅 | 9.16メートル |
吃水 | 2.92メートル |
機関 | ロ号艦本缶4基 艦本式タービン2基2軸 38,500 SHP |
速力 | 37.25ノット |
航続距離 | 14ノット/3,600カイリ |
燃料 | 重油:420トン |
乗員 | 154名 |
兵装 | 45口径12cm単装砲4門 一〇年式53cm連装魚雷発射管3基 (魚雷10本) 留式7.7mm機銃2挺 爆雷18個 |
朝凪(あさなぎ)は、かつて大日本帝国海軍に所属した駆逐艦である。神風型(2代目)の8番艦である。
目次 |
[編集] 艦歴
藤永田造船所で建造され、1925年(大正14年)12月29日に竣工した。最初は「第十五号駆逐艦」という艦名であり、一等駆逐艦に類別された。その後1928年(昭和3年)8月1日に「朝凪」と改名された。
1940年(昭和15年)11月15日、第4艦隊第6水雷戦隊第29駆逐隊に編入。太平洋戦争では、主に船団の護衛に従事した。ウェーク島攻略戦、ポートモレスビー攻略戦や珊瑚海海戦などに参加する。しかし、1944年(昭和19年)5月22日、小笠原諸島の父島北西沖で、アメリカ軍の潜水艦「ポラック」(USS Pollack, SS-180)の雷撃を受け、沈没した。
1944年7月10日、除籍。
[編集] 歴代艦長
[編集] 艤装員長
- 吉田健介 少佐(1924年4月10日就任)
[編集] 艦長
- 吉田健介 少佐(1924年12月29日就任)
- 石橋三郎 少佐(1925年12月15日就任)
- 横山茂 少佐(1927年12月1日就任)
- 伊崎俊二 中佐(1930年12月1日就任)
- 柳川正男 少佐(1935年7月18日就任)
- 山田鉄夫 少佐(1935年11月15日就任)
- 岩上次一 少佐(1938年12月1日就任)
- 西野繁 少佐(1939年12月1日就任)
- 瀬尾昇 少佐(1940年10月15日就任)
- 花見弘平 少佐(1941年9月1日就任)
- 尾辻秀一 少佐(1942年10月10日就任)