明治大学ラグビー部
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明治大学ラグビー部 | |
原語表記 | 明治大学体育会ラグビーフットボール部 |
愛称 | メイジ |
クラブカラー | 紫紺 |
創設年 | 1922年 |
所属リーグ | 関東大学ラグビー対抗戦グループ |
代表者 | 大六野耕作 |
監督 | 藤田剛(ヘッドコーチ) |
公式サイト | 公式サイト |
明治大学体育会ラグビーフットボール部(めいじだいがくたいいくかいラグビーフットボールぶ、Meiji University Rugby Football Club)は、関東大学ラグビー対抗戦グループに所属する明治大学のラグビー部。
目次 |
[編集] 概要
1922年創部で大学ラグビーの伝統校の一つ。日本ラグビー界では五指に入る人気を持つといわれている。部のエンブレムはペガサス。「重戦車」と呼ばれる強力FWがチームの特徴であるが、黄金期にはBKにも好選手を擁していた。
北島忠治が創部当時から67年指揮を執り、彼が言い続けた「前へ」を合言葉に日本選手権1回、大学選手権12回優勝の名門に作り上げた。
かつては早稲田大学と人気・実力共に大学ラグビーの中心的な存在であった。両校の対戦は「早明戦」(もしくは明早戦)と呼ばれ、伝統の一戦としてラグビーファンの間で多大な人気を博している。また、両校はこれまで大学選手権決勝で9度対戦し、6勝3敗で明治が勝ち越している。しかし、近年は対早稲田戦8連敗中。2007年度の対抗戦では7-71と過去最多失点で敗れ、関係者やファンを大いに落胆させた。
1972年度から1982年度まで11年連続で大学選手権決勝進出、その内5回優勝している。
1990年代には対抗戦優勝8回、大学選手権優勝5回・準優勝3回と圧倒的な強さを誇った。しかし、北島監督の死後は1998年度の対抗戦優勝を最後にタイトルから遠ざかっている。また、部員による飲酒暴行事件や、八幡山の合宿所での騒音問題など、規律が乱れ、1998年度以降はやや不振で、大学選手権でベスト4(2007年度)が最高の成績である。全国屈指の人気チームであるため、多くのラグビーファンが「強いメイジ」の復活を待ち望んでいる。
[編集] タイトル
- 関東大学ラグビー対抗戦 : 14回 (関東大学ラグビーリーグ戦 と分裂後[1967年度以降]の成績)
- 1975、1977、1979、1985、1986、1988、1990、1991、1992、1993、1994、1996、1997、1998
- 全国大学ラグビーフットボール選手権大会 : 12回 (出場37回)
- 1972、1975、1977、1979、1981、1985、1988、1990、1991、1993、1995、1996
準優勝:9回(1973、1974、1976、1978、1980、1982、1994、1997、1998)
- 日本ラグビーフットボール選手権大会 : 1回
- 1975
- ※年は全て年度。
[編集] 早慶2校との戦績
- 対早稲田大学戦 - 41勝51敗2分け(対抗戦 34勝47敗2分、大学選手権 7勝4敗 2007年度現在)
- 対慶應義塾大学戦 - 52勝33敗4分け(対抗戦 47勝32敗3分、大学選手権 5勝1敗1分け 2007年度現在)
[編集] 主な選手
- 杉本晃一(LO、主将 / 大工大高出身)
- 松浦雄樹(PR、副将 / 大工大高出身)
- 井上益基也(SO、副将 / 伏見工高出身)
- 松本憲和(WTB、副将 / 久我山高出身)
- 山本紘史(FL・No.8 / 樹徳高出身)
[編集] 在籍した選手
- 北島忠治(1928年度主将、元監督、元日本代表監督、明治ラグビーの象徴 / 有恒学舎中出身)
- 鍋加弘之(FL・No.8、元日本代表、神戸二中(現兵庫高)出身)
- 新島清(1939年度主将・NO8、 元配炭公団主将、元福岡高監督 / 福岡中出身)
- 斎藤寮(1949年度主将、元日本代表監督 / 北海中出身 )
- 村上令(1950年度主将、 / 福岡中出身)
- 土屋英明(1952年度主将・SH、元日本代表、大映 / 福岡中出身)
- 土屋俊明(1953年度FL、元日本代表、八幡製鐵 / 福岡高出身)
- 宮井国夫 (1955年度主将・WTB、元日本代表、八幡製鐵 / 北見北斗高出身)
- 森重隆(1973年度CTB、元日本代表、新日鐵釜石 / 福岡高出身)
- 松尾雄治 (1975年度SO、元日本代表、新日鐵釜石、現・成城大学ラグビー部ヘッドコーチ / 目黒高出身)
- 砂村光信(1980年度SO、元リコー、現・解説者 / 久我山高出身 )
- 橋爪利明(1980年度FB、大工大高職員 / 大工大高出身)
- 藤田剛(1982年度主将、現ヘッドコーチ、元日本代表、元日新製鋼所属 / 大工大高出身)
- 河瀬泰治(1982年度NO8、元日本代表、元東芝府中、摂南大学助教授・同ラグビー部監督、元U21・U23日本代表監督 / 大工大高出身)
- 佐藤康信(1985年度HO、ヘッドコーチ、東芝府中 / 秋田市立高出身)
- 相沢雅晴(LO、PR、リコー / 久我山高出身)
- 小林日出夫(SO、CTB、日本代表、新日鐵釜石、チタカ・インターナショナル・フーズ社長 / 目黒高出身)
- 鈴木繁(1984年度WTB、丸紅 / 都立城南高出身)
- 南隆雄(1986年度主将・SH、トヨタ自動車 / 大工大高出身)
- 国定精豪(1987年度WTB、トヨタ自動車 / 梅木性に変更、目黒高・青山学院高出身)
- 太田治 (1986年度HO、元日本代表、現日本代表ゼネラルマネージャー / 秋田工高出身)
- 高橋善幸(1986年度主将・NO8 / 、元新日鉄釜石、現釜石シーウェイブスチームディレクター / 黒沢尻工高出身)
- 乾治生(1986年度LO、 / 西陵商高出身 )
- 土井聡(1986年度FL、 / 伏見工高出身 )
- 大西一平(1987年度主将、元神戸製鋼所属 / 大工大高出身)
- 土井太志(1987年度FL、 / 報徳学園高出身)
- 川上健司(1987年度CTB、豊田自動織機 / 武豊高出身)
- 安東文明(1988年度主将、秋田市役所 / 秋田工高出身)
- 尾上研(1988年度FL、 / 久我山高出身)
- 竹ノ内弘典(1989年度主将・FB、横河電機 / 明早戦にて栗原誠治を引きずりトライ、報徳学園出身)
- 高岩映善(1988年度SO、NECグリーンロケッツヘッドコーチ / 作新学院高出身)
- 亀川正弘(1989年度LO、トヨタ自動車 / 佐賀工高出身)
- 吉田義人(1990年度主将、元USコロミエ所属、元日本代表、現横河電機コーチ / 秋田工高出身))
- 富岡洋(1990年度FL、神戸製鋼コベルコスティーラーズ / 東福岡高出身)
- 西原在日(1990年度HO、NECグリーンロケッツ / 大工大高出身)
- 飯塚淳(1990年度PR、神戸製鋼コベルコスティーラーズ / 大工大高出身)
- 小村淳(1991年度主将、No.8、FL、元ヘッドコーチ、元神戸製鋼コベルコスティーラーズ、元日本代表 / 函館有斗高出身)
- 永友洋司(1992年度主将、サントリーサンゴリアス前監督、元日本代表 / 都城高出身)
- 清水秀司(1992年度PR、神戸製鋼コベルコスティーラーズ所属、元日本代表 / 旭野高出身)
- 元木由記雄(1993年度主将、神戸製鋼コベルコスティーラーズ所属、元日本代表 / 大工大高出身)
- 高橋一聡(1993年度NO8・LO、伊勢丹 / 久我山高出身)
- 伊藤宏明(1993年度SO、クボタスピアーズ / 大工大高出身)
- 西田英樹(1994年度SH、クボタスピアーズ / 天理高出身)
- 天野義久(1994年度FL、元日本代表、ロラン・グループ代表 / 久我山高出身)
- 野尻佳孝(1994年度、テイクアンドギヴ・ニーズ社長 / 明大中野高校出身)
- 信野将人(1995年度主将SO、リコーブラックラムズ / 久我山高出身)
- 赤塚隆(1995年度LO、クボタスピアーズ所属、日本代表 / 大工大高出身)
- 鈴木健三(1997年度LO、東海テレビ、現プロレスラー、元日本代表 / 刈谷北高出身、帝京大学・英留学を経て入学)
- 山岡俊(1998年度主将、サントリーサンゴリアス所属、元日本代表 / 山形中央高出身)
- 斉藤祐也(1999年度主将、元USコロミエ所属、豊田自動織機所属、元日本代表 / 東京高出身)
- 松原裕司(2001年度主将、神戸製鋼コベルコスティーラーズ所属、日本代表 / 大工大高出身)