女性国際戦犯法廷
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女性国際戦犯法廷(じょせいこくさいせんぱんほうてい)は、「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW-NETジャパン)を中心とする団体で構成された民間の運動(民衆法廷)である。2000年には東京で開催され、2001年にはオランダで「最終判決」を発表した。主催者は国家や国際機関ではないので「判決」には法的拘束力はなく、この運動の意見である。報道では「模擬法廷」と表現したり、「判決」のように法廷やその関連用語を固有名詞として「 」などで括るなど、一般の裁判とは区別される。
主催者によれば、「第二次世界大戦中において旧日本軍が組織的に行った強かん、性奴隷制、人身売買、拷問、その他性暴力等の戦争犯罪を、裕仁(昭和天皇)を初めとする9名の者を被告人として市民の手で裁く民衆法廷」。2000年には「裕仁は有罪、日本政府には国家責任がある」と判断し、2001年には「最終判決」を公表した。[1]
同「法廷」は慰安婦問題を扱っており、またNHK番組改変問題でも注目されたことから、様々な側面からの批判もある。同「法廷」が被告人の責任を追及することを目的としていながら、弁護人はおらず「法廷」としての公正さが欠けているなど法廷としての形式面からの批判がある。また、「特定国家の工作員による工作を受けていた」との指摘、批判もある。[2]
なお、同「法廷」を取材したNHKの特集番組が放送前に大きく変更されたことに関し、主催者とNHK等の間で裁判となった。変更された経緯についても各種の報道、意見表明が見られた(NHK番組改変問題を参照)。
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開催に至る経緯
女性国際戦犯法廷が開催されるに至った背景には、慰安婦問題に関する1990年代の国際人権機関における議論の活発化がある。国連人権委員会、同小委員会等においては、慰安婦問題に関する事実の解明、国際法の解釈等について議論され、その成果は、1993年の人権小委員会「重大人権侵害被害者補償問題」報告書、1994年の国際法律家委員会「慰安婦」問題報告書、1996年の国連人権委員会クマラスワミ「女性に対する暴力」報告書、1998年の人権小委員会マクドゥーガル「戦時組織的強かん・性奴隷制」報告書、2000年の人権小委員会マクドゥーガル「戦時組織的強かん・性奴隷制」報告書等に現れた。
松井やよりを代表とするVAWW-NETジャパン等は、上記の国連人権委員会等に対するロビイング活動が一定の成果を示したことを踏まえ、戦時中の犯罪に関する女性による民間法廷を開催することを考案し、1998年ソウルで開催されたアジア女性連帯会議の場で、アジア各国の女性団体等に呼び掛け、「法廷」実行委員会が形成された。
「法廷」開催の目的
主催者によれば、第二次世界大戦中において旧日本軍が組織的に行った強かん、性奴隷制、人身売買、拷問、その他性暴力等の戦争犯罪を、裕仁(昭和天皇)を始めとする当時の政府高官である9名の者を被告人として市民の手で裁くことによって、「被害女性たちの尊厳を回復し、日本政府に戦争責任・戦後責任をとらせる手がかりとし、性奴隷制や強かんなどの戦時・性暴力が今後世界各地で繰り返されないよう、女性の人権が尊重される平和な新世紀を創ること」とされている。
「法廷」開催日程
2000年12月8日から12日にかけて、東京都千代田区の九段会館で開催された。アジア各国から64名の元慰安婦、390名の関係者、世界各国から1000名以上の参加者、多くの海外メディア等が出席したとされる。
2001年12月4日には、オランダハーグで「最終判決」を発表した。
「法廷」の構成
主催者
国際実行委員会 共同代表
- 尹貞玉(ユン・ジョンオク)韓国挺身隊問題対策協議会
- 松井やより 元・朝日新聞記者、「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク (VAWW-NETジャパン)
- インダイ・サホール 女性の人権アジアセンター (ASCENT)
他の主催団体等については、主催者を参照のこと。
「被告人」
裕仁(昭和天皇)、安藤利吉、畑俊六、板垣征四郎、小林躋造、松井石根、寺内寿一、東條英機、梅津美治郎
「弁護人」
「弁護人」は付されていない。アミカス・キュリエ(法廷助言人)方式を採用しており、3名の弁護士が被告側の利益を代表して主張し、被告が防御できない問題点についても指摘している。
「裁判官」
- 「裁判長」ガブリエル・カーク・マクドナルド(アメリカ:前旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷所長)
- 他のメンバーについては、女性国際戦犯法廷メンバーのリストの裁判官を参照のこと。
「検事」
「首席検事」
- パトリシア・ビサー・セラーズ(旧ユーゴ・ルワンダ国際刑事法廷ジェンダー犯罪法律顧問・アメリカ合衆国)
- ウスティニア・ドルゴポル(フリンダース大学国際法助教授・オーストラリア)国際法律委員会の調査団として日本軍「慰安婦」問題報告書をまとめた。
他の「検事」については、「女性国際戦犯法廷」検事団を参照のこと。
法律顧問
女性国際戦犯法廷メンバーのリストの法律顧問を参照のこと。
その他の関係者・関係団体等
また、賛同団体については、「女性国際戦犯法廷」賛同団体を参照のこと。
「傍聴」について
- 「法廷」内の秩序を保つため、事前に趣旨に賛同した上で「傍聴」を希望する旨の誓約書に署名させ、主催者側の了解が得られた者のみ「傍聴」が認められた。
- なお、批判的な見解を持つ者からは、「判決」が読まれた際の「法廷」の状況等をあげて「法廷」内の見解を統一するために誓約書を書かせたのではないかとする意見もある。
マスコミ対応
取材したマスコミ
取材を拒否されたマスコミ
「判決」
2000年12月12日、本「法廷」の「裁判官」らは「[判決・認定の概要]」を「言い渡し」、「天皇裕仁及び日本国を、強姦及び性奴隷制度について、人道に対する罪で有罪」とした。証拠は、「慰安所が組織的に設立され、軍の一部であり、当時適用可能な法に照らしても人道に対する罪が構成される」とした。また、「裁判官」らは、「日本が当時批准していた奴隷制度、人身売買、強制労働、強姦等の人道に対する罪に関連する各条約、慣習法に違反している」とした。
2001年12月4日、オランダのハーグで発表された「ハーグ最終判決」では、1094パラグラフ 、英文265ページにわたり、「裁判官」らによって多数の被害「証言」、文書・写真・ビデオ等の「証拠」、加害「証言」を検討し、詳細な「事実認定」と法的分析がなされている。
評価と批判
女性国際戦犯法廷に対しては、慰安婦問題に関する「法廷」であること、「法廷」としての正統性の問題などから、賛否の意見が見られる。
評価
- 東京大学教授高橋哲哉は、同法廷を、日本軍性奴隷制の犯罪をジェンダー正義の観点から裁いたことに加えて、戦前との連続を断つ試みであること、東アジアでの平和秩序構築、過去の克服のグローバル化という観点で評価している。[3]
- 女性に対する暴力が問われなかった、極東国際軍事裁判所のやり直しの目的で開かれたもので、国際法による戦時性暴力の解決が試みられたとする見方。
批判
「法廷」と主張することを原因とする批判等
- 多くの辞書によれば、法廷とは国家や国際機関によって設置された組織であるとされている。このため、民間が設置した女性国際戦犯法廷は、言葉の意味から「法廷と呼べず、法廷に関する用語を使うのも不適切」とされる。
- 被告人も弁護人もいない「欠席裁判」であることから、女性戦犯国際法廷の「判決」は法的に根拠がないだけでなく、判決に必要とされる公正さも欠いているとする見方(被告は死者であるので、女性戦犯国際法廷に出席することは不可能)
- 法的に法廷としての根拠がない集会での結論を「判決」と主張していることから、私的私刑的で一方的な「法廷」であり人民裁判であるとする見方。
- 被告人や弁護人からの反対尋問を行わずに元「慰安婦」らの証言を採用するのは、「法廷」であるのなら必要とされる適正手続きの観点から問題とする見方。
- 『女性国際戦犯』法廷ならば、東部ドイツや満州で数々の強姦・虐殺事件を起こしたソビエト連邦や、日本人街を襲って強姦の上惨殺した(通州事件など)中華民国も対象に入れるべきとの見方。
- 国際法の体系が未熟であったため『法廷による法の創造』と批判された東京裁判からまったく学んでいないという見方。
問題の優先度に対する見解の相違
- 天皇の戦争責任の追及を優先するあまり、本来の目的である、慰安婦などの被害者に対する謝罪、賠償、補償に対する取り組みがおろそかになっているのではないかという見方。
外国からの政治的影響を指摘する批判
- 安倍晋三は、2005年1月中旬に「女性国際戦犯法廷の検事として北朝鮮の代表者が2人入っていることと、その2人が北朝鮮の工作員と認定されて日本政府よりこれ以降入国ビザの発行を止められていること」を指摘して、「北朝鮮の工作活動が女性国際戦犯法廷に対してされていた」とする見方を示した。