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ワンダフル - Wikipedia

ワンダフル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ワンダフル
ジャンル バラエティ
放送時間 月曜日~木曜日23:55 - 24:50(55分)
放送期間 1997年9月29日~2002年9月26日(982回)
放送国 日本
制作局 TBS
企画 石川眞実
プロデューサー 落合芳行
出演者 東幹久
原千晶
立河宜子
辺見えみり
白石美帆
安東弘樹(TBSアナウンサー)
ほか
音声 ステレオ放送

ワンダフル(Wonderful)は、TBSテレビ系列で1997年9月29日-2002年9月26日まで放送されていた生放送深夜番組

目次

[編集] 概要

[編集] 放送開始に至る経緯および背景

これまで同局の深夜の時間帯に放送されていた『情報デスクToday』→『筑紫哲也 NEWS23』(第二部)といった報道・情報番組の流れから一新させ、深夜の核となる若者向けの情報バラエティ番組を投入することになり、大きな話題になった。ただ、この一連の番組改編には坂本堤弁護士一家殺害事件が発端となったTBSビデオ問題によって、視聴者からのTBSの報道・情報番組が社会的な批判を浴び、またそれらの番組が軒並み打ち切られたり放送時間枠を縮小されるなかで、ニュースとは一線を画した同番組が新たにスタートしたという「表」の面がある一方、TBSの社内事情として「報道・情報系」が痛手を受けているその間隙を縫う格好で「制作系」がタレント事務所や大手広告代理店と共同で平日深夜の帯枠を奪った結果という「裏」の面もあった。

[編集] 深夜の帯番組ならではの演出

深夜の帯番組ならではの演出として、原則的に木曜日(日付の上では金曜日)を除いては、番組終了時のテロップまた今夜と出ていた。(一時期のニュースJAPANでも表示していた。)また、エンドロールが終わった後はスタジオに3秒くらい戻りワンギャルやMC陣が「また今夜!」と言って番組を終了させていた。さらに、エンディング終了後に行われる予告では「今夜のワンダフルは・・・・・」とその日の企画を担当したワンギャルたちが予告を行っていた。

[編集] 王様のブランチの影響

制作スタッフは当初、「王様のブランチ」から異動した者が多く、「深夜のブランチ」を意図してスタートしたが、それらのスタッフは徐々に「王様のブランチ」に戻ったり、別番組に異動するなどしていった。しかしながら「王様のブランチ」同様の「番組のリポーター兼マスコットガール陣」という女性陣への位置づけは最後まで変わらなかった。

王様のブランチとワンダフルは情報バラエティー番組という点で共通しているが、放送される時間帯の影響からか、ワンダフルは下世話な話題を取り上げることが多かった。また、ワンダフルは王様のブランチと比してバラエティーにも力を入れていたため、ワンギャルのほうが王様のブランチのリポーターよりも個性を発揮していた。

[編集] 番組の終焉、後継のPooh!へ

2002年4月には、長年MCを務めていた東幹久が番組を降板、新たに安東弘樹白石美帆がMCに加わって、辺見えみりを含めたMC3人体制で、番組のロゴやスタジオのセットも一新してのリニューアルを図ったが、わずか半年後の同年9月に番組終了となった。なお、新MCであった白石は後継番組『Pooh!』の情報パート(第二部)のMCを引き続き担当した。

[編集] ワンダフルの歴史的評価

ワンダフルは、1980年代-1990年代初期に放送された「オールナイトフジ」(フジテレビ)が始めた「女子大生や女性モデルをリポーター兼レギュラータレント化して、番組に色づけする」という路線の延長線上にあったと思われる。この路線を現代風に発展させ「若い女性リポーター兼マスコットガール陣を用いた情報バラエティー番組」というジャンルを平成の時代に改めて定義づけたと言っても良いかもしれない。「ワンダフルみたいな番組」と言われて、どんな番組なのかをすぐにイメージすることが出来るのがその証拠である。後発の情報バラエティー番組に与えた影響は少なくないが、各所からの圧力や規制にがんじがらめにされつつある現代の地上波テレビにおいては、このような形の番組が新たに登場するのは容易ではないと言えよう。

[編集] 番組放送時間と系列局のネット状況

番組放送時間は23:55-24:50(TBSのみ23:50-23:55に番宣番組「もうすぐワンダフル」あり、世界陸上の直前期など、不定期に休止となる週もあった)。なお、系列局によっては番組の途中(24:29)で飛び降りする地方局があった(北陸放送テレビ山口大分放送宮崎放送など。これは必須ネットが最初の35分間で、残りの20分を放送するしないは任意ネットのため各局に委ねられていたからである)。そのため、番組後半のアニメなどの各種コーナーが見られない問題もあった(予め番組オープニングでの該当コーナーの予告の際には「一部の地域では放送されません」というテロップが出ていた)。放送開始のごく短期間、TBSのみ番組中に時刻表示をしていたことがあった(テレビの時刻表示は基本的に12時間表示のため、「12時」ではなく「0時」とされ、「0:13」などのように表示されていた)。

「ワンダフル」以前の番組から一貫して、関西出身の出演者(オセロOver Drive)がいたにも関わらず、近畿広域圏徳島県を含む)の毎日放送(MBS)では同番組を一切放送しなかった。同局では同時間帯に既に放送されていた『痛快!明石家電視台』や『たかじんONEMAN』などの自社制作番組が好調であったことと、女性向けのカラーが強い番組内容は関西地区のテレビでは視聴者に受け入れにくい事情がある(腸捻転時代に日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)・毎日放送(金曜日のみ)制作『23時ショー』打ち切り及び制作撤退以来お色強い番組をネットしていないため。また、腸捻転時代の系列局である朝日放送が『ナイトUP』を打ち切って以降この時間帯はTBSからのネット受けを行っていなかった)。ただし、番組内で放送されたアニメは「アニメシャワー」枠(毎週土曜日に編成されている関西ローカル深夜アニメ枠)で放送された作品もある。

静岡放送(SBS)では1998年10月より自社制作ニュース番組『気になるニュース最終便』を始めた為、一度番組ネットを打ち切った。後に2002年4月より時差ネット(24:35~25:10)で復活した。

中国放送(RCC)では当初は同時フルネットだったが、1999年4月にローカルニュース番組の「ナイトプレス」を開始したため、第1部(0:30)で終了となった。後に2001年9月で終了後に同時ネット復帰したが、既にワンダフルアニメが終了していた時期だった。その後、再び時差ネットに降格し、系列他局が本番組を生放送中に自社制作と遅れネットの番組(「KEN-JIN」など)や「ASAYAN」(テレビ東京系)、「痛快!明石家電視台」を放送した1時間後に時差でフルネットをするという中途半端な編成になった。この状況は後番組の「Pooh!」にも引き継がれ、2004年3月まで続いた。

同様に山陽放送も番組開始当初フルネットだったのが中期頃になった一時期編成の都合上第1部0:30で終了となった。末期には再びフルネットに戻った。

山陰放送(BSS)とチューリップテレビ(TUT)は、同番組終了を最後にTBSテレビの月~木曜24時台の枠の同時ネットを取りやめている。

[編集] 出来事

[編集] 乱交スキャンダル

1999年には、同番組に関わっているスタッフ・アナウンサー・芸能人などが東京都渋谷区内のマンションで複数の一般人と定期的にみだらな行為を行っていたと一部週刊誌・タブロイド誌などで暴露され、また出演者の破廉恥な姿での写真が表沙汰になってしまったため、一部出演者が突如降板する事態にまで発展した。しかし、このような事態になったにも関わらず、番組内ではこの件が公になった直後、一度だけ事実関係について簡単なお詫びがあったものの、基本的には何事もなかったかのように番組が存続されたため、番組の視聴者をはじめとして各方面からの批判が相次ぎ「ワンダフル」の番組そのものの資質を問われる結果となった。また東幹久の番組MC降板についても、この一件が絡んでいた(問題が大きくなっている時期は無関係を通し、ほとぼりが冷めた時期を見計らい番組降板)という見方があるが、真偽の程は定かではない。

[編集] 原千晶、MCからレギュラーへ降格

1999年4月以降から、新たに2代目の女性MCとして立河宜子が抜擢されると同時に、それまで番組開始当初から女性MCとして務めていた原千晶は、MCから共演者のオセロと同様のレギュラーに降格されている。原がMCからレギュラーに降格された背景には、立河宜子の起用に際して事務所や制作側との複雑な事情が絡んでいたらしく、原はこの件に関し「番組を即座に降板する」事も含め考えたが、結局半年間乗り切り、同年9月に降板した。さらに原は開始当初からのメンバーであったにもかかわらず、最終出演日には「卒業セレモニー」のたぐいは一切なかった。そんな状況であったが、番組最終回では東幹久と同様にVTR出演によるメッセージを送っている。

MCが立河に交代したと同時に原がレギュラーに降格された事と、原の番組最終出演日で挨拶などの「セレモニー」を一切しなかったなど、番組サイドの原の扱い方について「ワンダフル」の視聴者など各方面からの批判の声が少なからずあった。

ちなみに、立河は1993年度のクラリオンガールを務め、原は1995年度のクラリオンガールを務めていた、クラリオンガールの先輩と後輩の関係でもある。

[編集] 平井堅との密接な関係

2000年2月22日に放送した今年一押しアーチストとして平井堅を取り上げたところ、『楽園』の売上が急上昇。その後のブレイクのきっかけになった(なお、もう1人はモンゴル800)。2000年8月のMTV MUSIC SUMMITに平井堅が出演した際にも密着取材をした。また、2000年最後の放送では、番組のために平井堅が『楽園』を歌った。

[編集] その他

この番組を企画し立ち上げた、当時の制作局幹部がその後、脱税容疑などで逮捕されている。また、一部地域では「週刊ワンダフル」とタイムテーブルなどで表記していた。

[編集] 司会

[編集] 男性

東幹久(1997年9月-2002年3月)
番組の象徴。2002年9月の最終回はVTRで出演。最終回は生放送ではなく収録だったが、東はスタジオで収録に立会い、終わった際に号泣したという。スタジオパークからこんにちはに出演した際に、ワンダフルでは生放送の面白さと怖さ、そして、みんなで一つのものを作り上げていくことを体験できてとても楽しかったと語っている。
安東弘樹(2002年4月-2002年9月)

[編集] 女性

原千晶(1997年9月-1999年9月〔1999年4月から9月まではレギュラーとして出演〕)
東からは「チアキ」と呼ばれていた。東に対しては「東さん」、ワンギャルに対しては「○○ちゃん」「○○さん」と呼んでいた。番組開始当時から1999年初頭までは黒髪でセミロングだったが、1月の途中から番組降板までショートヘアで髪を赤くした。自分が番組作りに本格的に携わり、「ワンギャルの中から売れる子が出ないと番組としては失敗だ」と思いながら出演していた。ワンダフルが世間に認知され始めて視聴率が上がりはじめた頃に、立河宜子との交代による突然の司会降板を告げられ、当時は酒を飲む度に「悔しい、悔しい」と泣いて辛い思いをしていたようだが、原としてはそういった事がバネとなり、突然の司会降板の件で賛同してくれた同じ芸能関係の友達も増え、現在では、原千晶の紹介VTRでワンダフルを使われることもあり、心の整理はついているようだ。
立河宜子(1999年4月-2001年6月)
原と交代で司会になった。東からは「ノリ」と呼ばれていた。東に対しては「幹久くん」と呼んでいた。オセロの2人は「トモちゃん」「なほみちゃん」、オセロの2人は「立河さん」か「のりちゃん」と呼んでいた。ワンギャルに対しては敬称を付けずに呼び捨てで呼んでいる事が多く、「○○ちゃん」「○○さん」と敬称を付けて呼んでいた前司会者の原とは正反対の接し方をしていた。東(同学年)・オセロ(2学年下)と年が近く、番組の中ではワンギャルと年の差を活かした言動(意図して作っていた感も無くはないが)をしていた。原が東に対しては敬語で話していたのに対して立河はタメ語で話していた。ちなみに、番組本来の目的であるワンギャルの育成に真剣に取り組んでいた前司会者の原と比較して、ワンギャルに対して敬称を付けずに呼び捨てで呼び、年の差を活かした言動をして生意気な態度ともとれる立河に対して視聴者や各界からの評判は芳しくなかった。とはいえ、立河が担当していた時期が番組の絶頂期であることも確かである。番組を降板してすぐの2001年7月に夫(現在離婚)と知り合った。
辺見えみり(2001年7月-2002年9月)
立河と交代で司会になった。東からは「えみり」と呼ばれていた。東に対しては「東さん」。4期の中途半端な時期に交代したため、最初のうちは手探り感があったが、5期に交代した10月以降はバラエティー番組で鍛えた仕切りの腕を十分発揮した。辺見えみりが的確に突っ込むことが出来るので、東とOver Driveは3人組としてボケ役に回ることが多く見られるようになった。また、ワンギャルのちょっとした失敗を突っ込みで笑いに転化させることも見られた。原・立川はツッコミの芸風ではなかったため、視聴者の間からは「ワンダフルらしくない」との意見もあった。辺見は東とOver Drive、自分が育てた5期のワンギャルと仕事をするのは楽しかったようであり、2002年3月で東とOver Driveが降板する際には「ホント惜しい」「ホントもったいない」と繰り返し言っていた。2002年4月からのリニューアル後は白石と安東が前に出ることが多かった。これは白石とウマが合っていなかったことがかなり影響していたからである。
白石美帆(2002年4月-2002年9月)
東と交代で司会になった。当初から白石の起用には疑問の声が上がっていた。前述の辺見の他、ワンギャルからも毛嫌いされてるのではと疑いたくなるほどこれらとの絡みが一切なく、一部には白石の存在が番組を終わらせた一因になったという指摘(後番組も短命だったことから)もある。

[編集] レギュラー

[編集] 芸人枠

オセロ(番組開始から2000年9月まで)→Over Drive(2000年10月から2002年3月まで)

芸人枠は、番組のスタジオ部分を盛り上げるバイプレイヤーとしての役割を果たしていた。ワンギャル達は総じて経験が浅いため、オセロやOver Drive がフォローして番組進行を助けたり、各曜日企画に関連する話題を提供することで、スタジオ部分を盛り上げた。

傾向としては、オセロは年上の女性としての意見を述べることで番組に刺激を与えることが多かったのに対して、Over Drive は芸人的な言動で番組を盛り上げた。2002年4月のフルモデルチェンジで番組全体が淡々とした進行になってしまったのは芸人枠が廃止された結果であるともいえる。

なお、オセロの松嶋尚美は番組開始から番組降板まで、1日も休まなかった。原千晶と松嶋が大親友になったのもワンダフルで共演したことがきっかけである。

Over Driveは後に東幹久がめちゃ×2イケてるッ!クイズ$マジオネアの回答者として出演した際に、応援席として出演した。東とは相性が良かったようである。「オバドラ」と番組内では呼ばれていた。東に対しては「アニキ」と呼んでいた。

[編集] アナウンサー枠

志賀大士(番組開始から1999年7月まで)→駒田健吾(1999年10月から2000年3月まで)(TBSアナウンサー枠)

2000年4月の番組リニューアルに伴ってアナウンサー枠は無くなった。後に駒田アナがイベントの告知目的でワンダフルに出演した際に「いつの間にかいなくなっていた駒田アナ!」と東幹久に笑われていた。

アナウンサーが再び出演するようになったのは2002年4月のリニューアル(メインMCに安東弘樹が起用されたとき)から。

[編集] アナウンサー出演について

2000年4月のリニューアルでアナウンサー枠がなくなった一番大きな原因は、一部出演者による「乱交」事件である。この一件を契機としてアナウンス担当部署が、この番組へのアナウンサー出演に難色を示し、駒田アナの出演に際してもかなり制限を付けたとのことである。駒田アナを報道・情報系で起用したいという考えもあって、リニューアルを契機に(問題が起こらぬよう事前に手を打ったとの説もあるが)降板させ、それと同時にアナウンサーの出演をストップさせたという裏話がある。

なお、2002年4月の再リニューアルでアナウンサー出演が復活(安東弘樹)したことには、一部MCを除いた出演者の総入れ替えと番組イメージを変えたい(「乱交」のイメージがつきまとい、特に事件発覚直後はタレント事務所がワンダフルと距離を置きたがったため、ワンギャルが集まりにくくなっていた事情もあった。)という制作・編成側の思惑があり、アナウンス担当部署もその意図をくみ、承諾したという経緯があったという。


[編集] ワンダフルガールズ

若手の女性タレントたちによるワンダフルガールズ(通称:ワンギャル)と呼ばれるグループ(所属事務所などはそれぞれ異なる)が、番組企画でのリポートなどを行っていた。第1期から4期までは、諸事情(出演者個人の場合もあればタレント事務所や局の都合もある)から番組内での予告や挨拶も一切無く途中の回で脱退(降板)するメンバーもいたが、第5期は「番組スキャンダルからのイメージチェンジ」という目的もあり、4期までとは違い、ある程度身元がキチンとしている者を選出したことから、脱退するメンバーもなく全員が最後の回まで出演している。

現在は実業家として活躍の小野砂織や、女優・タレントとして活躍の釈由美子国分佐智子片石貴子細木美和浮田久重君嶋ゆかり尾上康代須之内美帆子、田嶋洋子(現・水嶋洋子)、宮崎景子梶原芽衣宗政美貴福岡サヤカ相沢真紀岩田ゆり(故人)などはワンギャルの出身である。

各期メンバーの詳細はワンダフルガールズを参照の事。

ワンギャルの選出は、実はプロダクションごとに枠が振られており、また、これまで選出されたワンギャルは同じプロダクションに集中、それもバーニングプロダクション系列から選出される事が多かった。それゆえ、オーディションは行われても出来レース同然で、取材能力を初めとする実力は度外視し、プロダクションの権力を重視して選出していた事が伺える。それゆえに、足手纏い的な存在のワンギャルが各期に数名在籍していた。

最初のうちは、全てのワンギャルに満遍なく取材をさせていたのだが、暫くすると、特定のワンギャルばかりが取材に借り出されるようになっていった。その理由は、各曜日スタッフのえこひいきが影響しているものと思われる。前述にもあるが、取材能力などの実力の有無は度外視で、スタッフの気に入ってるワンギャルばかりを起用し続けた。例として、4期の福岡が、全く取材がダメだったにも拘らずそうなったのはその為である。したがって、最初平等に取材をさせていたのも、実は「品定め」の名目だったという事が伺える。また、各期に数名、ただ雛壇(スタジオ内の座席)に座って、全然取材に駆り出されないワンギャルがいたが、それはどの曜日のスタッフにも見初めてもらえなかったからである。なお、一部には事務所の方針として「顔出しだけできればOK」との理由でリポートなどには極力出さず、スタジオのひな壇に座らせることを主目的として出演させていたワンギャルも存在したという。

常に取材に借り出されるワンギャルも、雛壇に座ってることが多いワンギャルも、扱いは不平等でも、ギャラはみな平等に同額だった。

ワンギャルの衣装は、第1期、第2期は体の線を強調した衣装が多く、キャバクラ嬢のような衣装であることも多かったが、第3期以降はカジュアルな衣装やファッション雑誌のモデルのような衣装になった。

ワンギャルは、深夜枠の番組だからなのか、遊び人風に見られる傾向もあったが、実際は月曜~木曜は深夜までの生放送に加え、さらには早朝からのロケなどで1週間の殆どを番組に拘束され、遊ぶ時間や気力がなかったという証言もある。

[編集] スタッフ

[編集] 各期の紹介

ワンダフルは各期によってカラーが異なる。情報バラエティー番組として、「情報」と「バラエティー」、さらに「ワンギャル」の組み合わせ方が各期で異なっていたためである。

[編集] 第1期 (放送開始-1998年9月)

ワンダフルの枠組みを作った期。情報バラエティー番組として、「情報」と「バラエティー」の比重をどのように置くかで試行錯誤が繰り返された。ただ、試行錯誤からは新しいものを作り出す際に生ずる気合や熱気が感じ取れた。「情報」と「バラエティー」の比重は、やや「情報」より。また、これも試行錯誤の影響からか、ワンギャルの入れ替わりも激しかった。1998年4月以降はワンダフルの番組としての枠組みがほぼ完成した。

[編集] 第2期(1998年10月-1999年9月)

ワンダフルの各曜日企画を生み出した期。第1期に引き続き熱気や気合が感じられた。第2期以降の各曜日の企画は、第2期で生まれた企画のシリーズものとして放送されることが多かった。情報バラエティー番組としての「情報」に比重を置いた場合の完成型。また、番組作りとしてもワンギャルを前面に押し出すのではなく、あくまで情報・企画が先にある番組作りがされていた。ワンギャル同士も仲が良く(年齢層は加入時18~19歳の若年層、22~23歳の高齢層にハッキリと二分化され、これを面白おかしく取り上げる事もあった)、仲が良すぎてスタッフに注意を受けたこともあったとの事。ただし、第2期は原千晶の司会交代劇や乱交スキャンダルが勃発した期でもあるため、ワンダフルのマイナスのイメージを作ってしまった期でもある。

[編集] 第3期(1999年10月-2000年9月)

ワンギャルを前面に押し出した期。第2期の各曜日企画の成功を基に、ワンギャルを前面に押し出し、個性を発揮させることにより第2期で生まれた各曜日企画を充実・洗練させた。情報バラエティーの「バラエティー」に比重を置いた場合の完成型。ワンギャル同士は第3期の初期は揉めごとが絶えなかったらしいが、某ワンギャルの降板以降は時間の経過もあってかそれらがウソのように落ち着きを取り戻した。99年末でアニメ枠をドラマ枠に変更。第2期・第3期が一番面白かったとする意見も多い(ワンギャル中退者が続出したことを除けば)。

[編集] 第4期(2000年10月-2001年9月)

「バラエティー」と「ワンギャル」の比重が高かった期。ワンギャルとしてつんくのプロデュースでCDを出したり、特定のワンギャルを軸とした番組作りを行った。しかし、「情報」の比率が少なくなったため、単なるバラエティー番組の様相を呈していた。また、各曜日企画も2期の斬新さ、3期のような充実・洗練さが薄れ、悪い意味のマンネリ感を呈しだしてきた。ドラマ枠から月極ワンダフル枠に変更。第2期・第3期の勢いを失速させた期といえよう。

[編集] 第5期(2001年10月-2002年9月)

原点回帰と番組終了の期。第4期で「バラエティー」と「ワンギャル」の比重を高めすぎた反動からか、第2期・第3期のようなバランス感覚のある番組作りの姿勢が見られた。第2期のような「情報」に比重を置いた番組作りを行うも、失った勢いが戻ることは無く、2002年4月にフルモデルチェンジ。しかし、フルモデルチェンジにより、番組開始時からの司会の東・Over Driveの降板、第1期から第5期まで1つだったワンギャルのひな壇を左右2つに分けるセット、ワンダフルのロゴ変更、番組マスコットのワンダ君の廃止など、もはやワンダフルの名前だけを継承した新番組のようになってしまった。フルモデルチェンジ後は後継番組『Pooh!』のテストベッドの役割を果たしたといえよう。そして、惜しまれつつ番組は終了した。

[編集] 23時55分から0時40分までのコーナーの評価

各曜日は前半は毎週決まったコーナー、後半は週ごとに異なるコーナーが放送された。月曜から木曜日までの週4日、5年間に渡り放送されたため、各期でさまざまなコーナーが生まれた。その中で成功したコーナーは期をまたいでシリーズ物として継続された。逆に言えば、ほとんどのコーナーは1,2回放送されただけでお蔵入りになってしまうため、成功したコーナーは特に優れたものであったといえる。

コーナーの内容としては、深夜番組にありがちなエロコーナーは無く、基本的に昼の情報番組でも放送できるものだった。そのため、ワンダフルは後続の情報バラエティー番組に大きな影響を与えた。さらに、コーナーによってはバラエティー番組のコンセプトにまで発展したものもある。

ワンダフルが5年(実質的には4年半)もの長期にわたり継続することに成功した要因の1つとして、出演者の力量に関わらず、ある程度のレベルが保てる優れたコーナーを多数作ることに成功したことがあげられる。ワンギャルは1年ごとに総入れ替えが行われ、しかも総じて経験が浅かったので、経験の浅いワンギャルでも東やオセロなどの進行に乗ればそれなりのレベルのものが出来上がるコーナーを生み出す必要があった。言い換えれば、出演者の力量に頼らずに済むコーナー作りが行われたため、どの局のどの時間帯でも、出演者を問わず再現可能なコーナーが生み出され続けたといえる。その結果、ワンダフルのコーナーは後続の情報バラエティー番組に大きな影響を与えることになったのである。

[編集] 23時55分から0時40分までの各曜日コーナーの紹介

[編集] 月曜日

「topic No.1」
前週に起こった出来事をベスト5で発表。
「カップルズQ&A」(2、3期)
カップルにワンギャルがインタビューしてカップルから疑問を聞き解決する。大抵は恋や性的なものが多い。
「クラブワンダフル」(3期)
オーナーに立河宣子、ママに石川亜澄が扮して、ワンギャルがキャバクラ嬢となり、客の男性ゲストとトークをする。
「ワンギャル代行屋産業」
知られていない職業の実態をワンギャルが取材。
「コネタの真相」(4、5期)
後に「トリビアの泉」のヒントにされた
「格闘新世紀」(4、5期)
格闘業界や選手の紹介。

その他色々なコーナーあり。

[編集] 火曜日

「新曲RUSH*3」(1期-5期)
その週に発売される曲をシングル、アルバム別に紹介。
「どこよりも早いCDランキング」(1期-5期)
オリコン(雑誌)よりも早くトップ10を発表。
「覗き見ワンダくん」(1期)
「急いでワンダくん」(1期)
「帰ってきた覗き見ワンダくん」(2期)
「ワンギャル王決定戦」(2期-5期)
全ワンギャルが様々なゲームで勝負して、最も多く勝利した者がワンギャル王となる。

[編集] 水曜日

「どこよりも早い流行ものランキング 10ダフル」
流行の物やスポットなどをワンギャルをリポーターとして取り上げる水曜日のメインコーナー。情報バラエティーの「情報」がもっとも現れているコーナー。
「恋愛科学研究所」(2期-5期)
「恋愛は脳内物質の分泌によって決まる」をメインテーマに、出会いから別れ、結婚にいたるまでの恋愛のさまざまな局面を取り上げた。藤田徳人医師が講師役。1999年には「ワンダフル恋愛科学研究所」として本が出版された。各期で取り上げる内容は大体同じだった。恋愛科学研究所コーナーのトークでワンギャル達の意外な性格が垣間見られた。
「軽犯罪都市24時」(1期-4期)
後に「行列のできる法律相談所」のヒントにされた
「ブティックホテル探索」
ブティックホテルをワンギャルが取材。

[編集] 木曜日

「TRAP」(1期-5期)
東京部屋査定計画。Tokyo Rooms Assesment Projectの頭文字でTRAP。「お部屋の適正な家賃を査定し、今後の部屋探しに役立ててもらおうという壮大なプロジェクト」。査定する人は諏訪毅先生。余談だが、ワンダフル終了後に始まったTBSの昼番組「はぴひる!」内で諏訪先生を査定人としたほぼ同じコーナーがあった。はぴひる!のプロデューサーはワンダフルの演出をしていた利根川展だった。ワンダフルの企画が深夜枠にとどまるのものではなかったことの好例。
「カーステ刑事」(4、5期)
ドライブのシチュエーションごとにピッタリの曲を調査する。コーナーの冒頭はOver Drive扮する警官が東に「ボス、大変なことが分かりました。俳優の東幹久が…」と東のプライベートを暴露し、東が「おい、スタッフ!誰だ教えた奴は!」と怒鳴のがお約束。アシスタントのワンギャルは松梨知果から北川えりに変更。このコーナー内の一部企画にはやらせの疑惑(他愛ないもの)もあった。
コスチュームがファイナルファンタジーのティファ風のタンクトップ。
「ワンダフル映画調査団」(1期-5期)
新作映画の紹介や、映画のクイズなど。映画の原題から邦題をあてるクイズがきっかけで、1999年には番組で邦題を募集した。邦題名は「恋はワンダフル!?」と決まった。
「東幹久 こだわりの一品」(2期-4期)
東幹久がこだわっている物・事を思い入れたっぷりに紹介する。実はほとんどのものが初見だったりあまり興味が無い物・事。東がさも前から好きだったように熱く語るのを楽しむコーナー。例としては、テルミン。「昔から趣味で奏でている」。

[編集] 0時40分以降のコーナー

ワンダフルアニメとワンダフルドラマはいわゆる「コーナードラマ」である。

[編集] ワンダフルアニメ

初期は2か月単位で放送された。途中から1か月単位に変更。若年層に人気が高いながらもひとつの独立番組としては放送しづらい漫画をアニメ化した。

「行け!稲中卓球部」、「セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん」を見るためにワンダフルにチャンネルを合わせたことがきっかけで、ワンダフルを見るようになった者は多かった。

一般的なアニメとは異なり1本10分で作られていた。「ワンダフル」を一貫してネットしていなかった毎日放送でも一部の作品は「アニメシャワー」枠内にて放映されたが、この場合は30分に再編集されていた。

[編集] ワンダフルドラマ

  • 2000年01月 「OL生中継!!」梶原、小宮、林、森出演
  • 2000年02月 「PUSH!」遠藤、小宮、宮崎、宗政出演
  • 2000年03月 「お気楽!4バカ姉妹」石川、梶原、林、森出演
  • 2000年04月 「こちらヌキタイ編集部」山本、梶原、遠藤出演
  • 2000年05月 「セクハラおしおき隊ピーチエンジェル」
  • 2000年06月 「ワンダフル恐怖ストーリー040」
  • 2000年07月 「IZI~女が闘うとき~」石川、宮崎、森、林出演
  • 2000年08月 「(正式タイトル不明)」
  • 2000年09月 「のほほん女子大生旅日記」森、石橋出演
歴代主題歌

[編集] 月極ワンダフル

  • 2000年10月 「Newワンギャルカタログ」
  • 2000年11月 「裏ワンダフル」宮本、高井出演。
  • 2000年12月 「私立ワンダフル学園」
  • 2001年01月 「NaNa&麻裕 21世紀大予言」
  • 2001年02月 「(正式タイトル不明)」
  • 2001年03月 「ワンギャル更衣室」
  • 2001年04月 「ワンギャルトークバトル~NA-SHIHA~」石川、北川など出演。
  • 2001年05月 「(正式タイトル不明)」
  • 2001年06月 「今どきランキングFile Net探偵Boba」
  • 2001年07月 「プロが選んだランキングベスト5」
  • 2001年08月 「(正式タイトル不明)」
  • 2001年09月 「陰陽師占い」
  • 2001年10月 「今どきランキングFile Net探偵Boba」
  • 2001年11月 「プロが選んだランキングベスト5」
  • 2001年12月 「(正式タイトル不明)」
  • 2002年01月 「こだわりのウラ技レシピ 食べてMeal?」
  • 2002年02月 「アタシゴト」
  • 2002年03月 「(正式タイトル不明)」 
歴代テーマ曲

[編集] エンディング

  • 「天気予報」
正しくは水着で天気。番組初期の人気コーナーであり、水着ギャルが毎日登場し、天気予報を読むコーナー。途中から天気予報を読まず、画面表示だけで後はただ水着女性を見せるだけに変わった(この時期、比較的「事前収録」が多く、その場合は天気予報ができないことから、番組構成の整合性を取るという意味合いもあったとされている)。
余談として、のちにワンギャル1期生そして今や説明不要な位メジャーな女優に成長した釈由美子も、このコーナーにWG途中加入前に一度だけ出演している。9年前のスタート当初はワンギャルよりもこのコーナーが目的で見てた人もいるほど。
  • 「ストリート写真館」
都内近郊の街角で撮影した女性の写真などを、スタッフロールにあわせて紹介していくもの。番組本編の時間が足りなくなって、VTRを消化できる時間が無くなった場合や、エンディングでのトークが盛り上がった場合は放送されないこともあった。なお、年初や夏などにストリート写真館大賞の選出が行われた。大賞受賞者はパルコのポスターになったり、グラビア撮影などが行われた。

[編集] エンディングテーマ

  • ストリート写真館、エンドロールとともに流れていた。
  • エンディングテーマは月ごとに変更されていた。選曲には特にこだわりは無いようだったが、ほぼ全て邦楽だった。
  • 9月で期が終わるため、8月・9月と2月続けて別れをイメージさせる曲が選ばれていた。9月一杯で降板するワンギャル達へのスタッフ達からの惜別の想いの表れとも思える。
  • 8月・9月と別れをイメージさせる曲が選ばれるため、夏らしい曲は7月だった。
  • 2002年9月のワンダフル最後のエンディングテーマは東龍太郎の『over』。歌詞の内容は、夢破れても夢を持っていたことは忘れないでいて欲しいということ。歴史に残る長寿番組の終了に立ち会うことになってしまったスタッフ達の無念の想いが端的に表されていた。

第1期

第2期

第3期

第4期

第5期

[編集] 関連番組

オビラジR
TBS深夜の帯番組。スタッフにワンダフル担当者が何名かいるためか、ワンダフルをイメージさせるという意見も多い(ただし、この要素は番組当初よりは希薄になっている)。ちなみに収録スタジオもワンダフルと同じDスタジオである。
アナCAN
上記番組のない金曜深夜に放送されているTBSの番組。同じくワンダフルを髣髴とさせる要素が見受けられる。


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