プロトン (自動車)
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プロトン(Proton)はPerusahaan Otomobil Nasionalの略であり、マレーシアの1980年代に当時のマハティール首相の国産車(National Car)構想の元、政府のバックアップによって設立された国策自動車メーカーである。
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[編集] 概要
当初は三菱自動車工業と資本/技術面で緊密に提携していたが、業績を向上させるにつれて次第に独自開発色を強めた。そして1990年代後期にイギリスのロータス・グループ・インターナショナル社を傘下に収め、現在では北アメリカや日本等を除く世界の大半の国/地域で販売されている(中でもイギリスでは早くから進出し、低価格で成功した)。
[編集] 沿革
- 1983年5月7日 - HICOM(後のDRB-ハイコム)が70%、三菱自動車工業が15%、三菱商事が15%を出資してプロトン社が設立された。
- 1985年7月 - 第一号車である「サガ」の生産が始まる。
- 1992年 - 「サガ」を改良し「イズワラ」として発売。
- 1993年 - 小型セダン「ウィラ」を発売。
- 1994年 - 小型ハッチバック「サトリア」を発売。5月、三菱自動車などと共に合弁会社「ビナスター・モーターズ(Vinastar Motors)」をベトナムに設立する。
- 1995年 - 中型セダン「ペルダナ」を発売。
- 1996年 - 小型クーペ「プトラ」発売。またシトロエンと提携し「ティアラ」を発売してスモールカー市場に参入する。英ロータスをブガッティから買収。
- 1997年3月 - 当時の会長ヤハヤ氏がヘリコプター事故で急死する。
- 1998年 - 「ペルダナ V6」および「サトリアGti」発売。
- 2000年3月 - DRB-ハイコムの保有するプロトン株式(27.2%)がペトロナスに売却される。小型ミニバス「ジュアラ」発売。販売不振のティアラが生産中止となる。
- 2001年 - 初の自社開発車である「ワジャ」発売。三菱製1600ccエンジンを搭載。
- 2002年 - ペトロナスが保有するプロトン株式の一部(15.4%)を政府系投資会社カザナ・ナショナルに放出。ワジャの1800cc版(ルノー製エンジンを搭載)とSUT(スポーツ・ユーティリティー・トラック)の「アリーナ」を発売。
- 2003年 - 傘下のロータスとともに英国のサッカークラブ、ノーウィッチ・シティのスポンサーとなる。
- 2004年2月 - ロータスとの共同開発による「CamPro」エンジンを搭載した初の全面自社開発車である「Gen-2」を発売。3月9日、三菱自動車が保有していたプロトン株式(7.93%)を全株売却し、資本提携を解消する。4月8日、組織再編によりプロトン・ホールディングスが発足。マハティール前首相が特別顧問に迎えられる。
- 2004年10月 - ASEANに生産拠点を持っておらず、アジア圏での市場シェア下落に歯止めがかからない為に、ASEAN地域への手っ取り早い参入(生産拠点)を欲していたフォルクスワーゲンとの提携交渉を開始する。しかしながら、フォルクスワーゲン側が製品技術・生産技術のみならず、生産計画や経営全般に至るまで多岐にわたっての主導権を主張した為に、交渉が難航、長期化。
- 2004年12月 - イタリアのオートバイメーカー、MVアグスタを7000万ユーロで買収する。
- 2005年1月 - 三菱商事の保有するプロトン株式全株(7.93%)がカザナ・ナショナルに売却される。6月、「サヴィ」を発売。再びスモールカー市場に参入する。発売当初から不振を極めていたジュアラが生産中止となる。マハリールCEOが9月末で退任(事実上の解任と見られている)。しばらく経営トップの座が空席となる。
- 2005年11月29日 - ザイナル・アビディンが2006年1月1日付で社長に就任することを発表。高級セダン「チャンセラー」発表。
- 2005年12月27日 - MVアグスタの全保有株(57.75%)をイタリアの投資会社GEVIにわずか1ユーロで売却することを発表した。
- 2006年2月3日 - 三菱自動車との技術提携の基本合意書に調印。
- 2006年6月16日 - サトリアをモデルチェンジし、「サトリア・ネオ」として発売。
- 2007年5月 - フォルクスワーゲンとの2年間に渡る提携交渉がついに決裂。交渉に時間をかけすぎている間に、プロトン側の幹部も、フォルクスワーゲン側の幹部も交代。経営不振が進行したプロトン側の新幹部が考えを変えて譲歩し、前向きに検討し直した頃には、フォルクスワーゲン側の幹部も交代し、考えが変わってしまい、経営不振が止まらないプロトンに興味を失ったことが背景とみられる。
- 2007年7月 - 中国・青年汽車と提携。「青年蓮花」ブランドでGen-2の販売を行うことが決まった。
- 2007年8月15日 - Gen-2派生のセダン「ペルソナ」を発表。
- 2007年11月20日 - ゼネラル・モーターズ、フォルクスワーゲンとの提携交渉打ち切りが政府系投資会社カザナ・ナショナルによって発表される。
- 2008年1月 - 9日、中国でGen-2が「青年蓮花・RCR競速」 (Europestar RCR) として正式に発売が開始される。18日、2代目「サガ」を発表。
[編集] 車種一覧
- サガ(Saga):2代目ミラージュベースの4ドアセダン/5ドアハッチバック。1992年から2005年まではイズワラ(Iswara)のサブネームが与えられていた。
- ウィラ(Wira):4代目ランサー/ミラージュベースの4ドアセダン/5ドアハッチバック。
- アリーナ(Arena):ウィラ派生のピックアップ。海外向けは「ジャンバック」(Jumbuck)の車名で販売。
- ペルダナ(Perdana):エテルナベース。1994年発表。
- ワジャ(Waja):2000年発売。初の自社開発車となる小型セダン。英国では「インピアン」(Impian)の名称で販売。三菱・カリスマのプラットフォームを使用。2007年フェイスリフト。
- Gen-2:2004年発売のCセグメント級5ドアハッチバック。2008年フェイスリフト。2種類のCamProエンジン(1600ccと1600cc CPS)を搭載。
- サヴィ(Savvy):2005年発売のBセグメント級5ドアハッチバック。ルノー製1200ccエンジンを搭載。2007年フェイスリフト。
- チャンセラー(Chancellor):ワジャのボディを延長して三菱製2000ccV6エンジンを搭載した高級セダン。2005年11月に発表され、12月にクアラルンプールで開催されたASEAN首脳会議の公用車として使用された。その後間もなく発売が開始された。
- サトリア・ネオ(Satria Neo):2006年発売。サトリア後継の3ドアハッチバック。インドネシアではネオの名称で販売される。CamProエンジン(1300ccと1600cc)を搭載。
- ペルソナ(Persona):Gen-2派生の小型セダンでウィラの後継車種。2007年発売。Gen-2の弱点であった内装の品質向上が図られている。なお、ペルソナという車名は過去にウィラの輸出名として使われていたものであり、マツダ・ペルソナとは全く関係がない。
- サガ(2代目):2008年発売のサブコンパクトセダン。サヴィの車台をベースに開発。CamProエンジン(1300cc)を搭載。
車種一覧(画像)
[編集] 過去の車種一覧
- ティアラ(Tiara):シトロエンAXベース。1996-2000年まで生産。
- サトリア(Satria):4代目三菱ミラージュベースの3ドアハッチバック。1994-2006年まで生産。
- プトラ(Putra):ミラージュアスティーベースの2ドアクーペ。
- ジュアラ(Juara):タウンボックスワイドベース。2001-2005年まで生産。
- ペルト(Pert):・ランサーエボリューションⅦのバッジエンジニアリング車。ラリージャパンにも出場。
過去の車種一覧(画像)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- プロトン・ホールディングス
- プロトン・エダル(プロトンの販売会社)
- Proton Chancellor Minisite
- Proton Satria Neo Minisite
- Proton Persona Minisite
- 青年蓮花RCR競速