イバン・ロドリゲス
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イバン・ロドリゲス Iván Rodríguez デトロイト・タイガース No.7 |
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基本情報 | |
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国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | プエルトリコ ベガ・バハ |
生年月日 | 1971年11月30日(36歳) |
身長 体重 |
5' 9" = 約175.3cm 195 lb = 約88.3kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
守備位置 | 捕手 |
プロ入り | 1988年 ドラフト外 |
初出場 | 1991年6月20日 |
年俸 | $12,379,883[1](2008年) |
経歴 | |
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■Template ■ウィキプロジェクト 野球選手 |
イバン・ロドリゲス(Iván Rodríguez Torres、 1971年11月30日 - )は、プエルトリコベガ・バハ出身の野球選手。ポジションは捕手。右投右打。現在はデトロイト・タイガースに所属。背番号は7。ニックネームは、パッジ(Pudge 「ずんぐりむっくりした体型」の意)、I-Rod。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
アマチュアの野球選手だった父親の影響もあり、幼い頃から野球一筋だった。少年時代は投手も務めており、後にメジャーでもチームメイトとなるフアン・ゴンザレスと同じリトルリーグに所属していた。当時は直球だけでノーヒットノーランを達成するほどの豪速球を投げていたという。その後、父親の勧めで捕手に転向、捕手としてもその強肩と打棒で注目を集めるようになる[1]。
[編集] レンジャーズ時代
1988年、16歳のときにドラフト外でテキサス・レンジャーズと契約。1991年6月20日のホワイトソックス戦で19歳でメジャーデビュー。ケビン・ブラウンとバッテリーを組み、盗塁を試みた走者2人とも刺すなどデビュー戦から強肩ぶりを発揮。メジャーリーグ史上最も若い捕手として一躍注目を浴びた。ちなみに、相手のホワイトソックスの捕手は、元祖「パッジ」のカールトン・フィスクであった。また、この日はロドリゲスの結婚式が予定されていたが、突然メジャー昇格の知らせを聞き、婚約者を連れて球場入り。ロドリゲスはそのままスタメンに名前を連ねるというハプニングもあった[1]。
翌6月21日には、当時44歳でメジャー最年長投手だったノーラン・ライアンとバッテリーを組み、19歳でメジャー最年少捕手のロドリゲスとの25歳差バッテリーとしてこちらも話題を呼んだ[2]デビュー1年目から随所に強肩強打を発揮し、新人王の投票数は4位だった。
その後はメジャー屈指の捕手として君臨。1992年、リーグ最年少の選手となり(1991年はリーグ2位)、オールスターに初めて出場し以後10年連続出場した。ゴールドグラブ賞を受賞以後10年連続受賞。1994年から6年連続でシルバースラッガー賞を受賞した。1995年、打率.303を記録し以後8年連続打率3割を達成。
1996年、1930年にミッキー・カクレーンが記録した捕手のシーズン最多であった42二塁打を更新する44二塁打を記録した[3]。当時チームには同郷のフアン・ゴンザレスも在籍しており、2人を中心としてチームは1996年、1998年、1999年と3度の地区優勝を果たした。1999年に打率.332・35本塁打・113打点・25盗塁という成績を残し、アメリカンリーグMVPを受賞した。2000年には91試合を出場した時点で打率.347・27本塁打・83打点と前年を上回る成績を残していたが、7月24日のエンゼルス戦で、盗塁を刺そうとした際に右手親指を打者のバットに当ててしまい、故障者リスト入りでシーズンを終えることとなった。2001年にはアレックス・ロドリゲスがチームに加入し(I-Rodという愛称は、同じくロドリゲスという姓であるアレックスの愛称A-Rodと共にこの頃つけられた)、リーグ優勝への期待が高まったが、逆にチームは低迷。2001年、2002年と自身も故障が続き、好成績は残すもののシーズンを通して出場することが出来なかった。
[編集] マーリンズ時代
2003年、FAを取得しフロリダ・マーリンズに移籍。若い選手が多い中でベテランとしてチームをまとめ、チームのワイルドカード獲得の原動力となった。プレーオフ1回戦のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦では、2勝1敗で迎えた第4戦での9回表、1点差に迫られたシーンで、ヒットで生還しようとしたJ.T.スノーに吹っ飛ばされながらも、ホームを死守。チームもこのまま逃げ切り、リーグ優勝決定戦に駒を進めた。シカゴ・カブスとのナショナルリーグ優勝決定戦では、4勝3敗と僅差でこれを下し、自身も2本塁打・10打点という活躍で、MVPを獲得した。ワールドシリーズではニューヨーク・ヤンキースを4勝2敗で下し、メジャー13年目にして悲願のチャンピオンリングを手に入れた。
[編集] タイガース時代
2004年、1年限りでマーリンズを離れ、デトロイト・タイガースに移籍。移籍1年目に打率.334・19本塁打・86打点と好成績を残し、3年ぶりにゴールドグラブ賞を受賞。翌2005年は打率.276・14本塁打・50打点と低迷、出塁率もデビュー以来となる3割を切ることとなった。
2006年、ワールド・ベースボール・クラシックのプエルトリコ代表に選出される。シーズンでは打率を3割にのせ、チームのリーグ優勝に貢献。またメジャー16年目にして初めて捕手のほか一塁、二塁の守備につき、一塁では55イニングと63度の、二塁では2イニングの出場と1度の守備機会をそれぞれ記録した。
2007年は捕手に専念し、129試合に出場(捕手としてプレーしたのは127試合)。2年連続となる13度目のゴールドグラブ賞を獲得したものの、盗塁阻止率は自己ワーストとなる30.9%、打撃も精彩を欠いた。また、7月3日のインディアンス戦で、ボブ・ブーン(2225試合)、カールトン・フィスク(2226試合)、ゲーリー・カーター(2056試合)に続き、史上4人目となる捕手として2000試合出場を達成。チームも序盤は好調を維持したものの終盤で失速、ヤンキースにワイルドカードを奪われ、プレーオフ進出はならなかった。2007年10月10日、年俸1500万ドルでタイガースと再契約した。
2007年末現在、通算2495安打を記録。捕手としては史上初となる通算3000本安打の大台も射程内である。
[編集] 選手としての特徴
- 捕手として史上最多のゴールドグラブ賞13回を受賞しており、名捕手ジョニー・ベンチと同等かそれ以上といわれる。彼の守備の特徴は走者が一塁に出ているときでさえ必ず牽制をしているというところや、生来の強い肩に加えて捕球してから次動作に短時間で移れるところである。座ったまま強烈な送球を一塁や二塁に送り走者を刺すプレーも見せる。2001年には盗塁阻止率.603を記録した。また小柄な体を生かしてフットワークが異常に良く、捕球が困難なキャッチャーフライなどにもすばやく反応できる。
- シルバースラッガー賞7回、通算打率は3割を超える強打者。一方、早打ちでどんな球でも振っていくため、三振は比較的多く、四球は非常に少ない。2005年・2007年の四球数は規定打席到達者の中でメジャー1位の少なさである。これに加え右打者でもあることから併殺打が非常に多く、現役選手では最多の通算併殺数を記録している。
- 近年は故障がちでシーズンを通しての出場が難しくなった。また盗塁阻止率の低下やパスボールの増加など、攻守共に往年ほどの働きは見られなくなっている(といってもいまだ一線級)。しかし長年の経験からリード面では円熟味が増しており、若い投手のまとめ役としてチームにとってなくてはならない存在である。
[編集] 獲得タイトル・記録
- アメリカンリーグMVP 1回:1999年
- ナショナルリーグ優勝決定シリーズMVP 1回:2003年
- シルバースラッガー賞 7回:1994年 - 1999年、2004年
- ゴールドグラブ賞 13回:1992年 - 2001年、2004年、2006年 - 2007年
- MLBオールスターゲーム選出 14回:1992年 - 2001年、2004年 - 2007年
[編集] 年度別打撃成績
年度 | 球団 | 試合 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 | 盗塁 | 盗塁死 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 敬遠 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 長打率 | 出塁率 | OPS |
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1991 | TEX | 88 | 280 | 24 | 74 | 16 | 0 | 3 | 99 | 27 | 0 | 1 | 2 | 1 | 5 | 0 | 0 | 42 | 10 | .264 | .354 | .276 | .630 |
1992 | 123 | 420 | 39 | 109 | 16 | 1 | 8 | 151 | 37 | 0 | 0 | 7 | 2 | 24 | 2 | 1 | 73 | 15 | .260 | .360 | .300 | .660 | |
1993 | 137 | 473 | 56 | 129 | 28 | 4 | 10 | 195 | 66 | 8 | 7 | 5 | 8 | 29 | 3 | 4 | 70 | 16 | .273 | .412 | .315 | .727 | |
1994 | 99 | 363 | 56 | 108 | 19 | 1 | 16 | 177 | 57 | 6 | 3 | 0 | 4 | 31 | 5 | 7 | 42 | 10 | .298 | .488 | .360 | .848 | |
1995 | 130 | 492 | 56 | 149 | 32 | 2 | 12 | 221 | 67 | 0 | 2 | 0 | 5 | 16 | 2 | 4 | 48 | 11 | .303 | .449 | .327 | .776 | |
1996 | 153 | 639 | 116 | 192 | 47 | 3 | 19 | 302 | 86 | 5 | 0 | 0 | 4 | 38 | 7 | 4 | 55 | 15 | .300 | .473 | .342 | .816 | |
1997 | 150 | 597 | 98 | 187 | 34 | 4 | 20 | 289 | 77 | 7 | 3 | 1 | 4 | 38 | 7 | 8 | 89 | 18 | .313 | .484 | .360 | .844 | |
1998 | 145 | 579 | 88 | 186 | 40 | 4 | 21 | 297 | 91 | 9 | 0 | 0 | 3 | 32 | 4 | 3 | 88 | 18 | .321 | .513 | .358 | .871 | |
1999 | 144 | 600 | 116 | 199 | 29 | 1 | 35 | 335 | 113 | 25 | 12 | 0 | 5 | 24 | 2 | 1 | 64 | 31 | .332 | .558 | .356 | .914 | |
2000 | 91 | 363 | 66 | 126 | 27 | 4 | 27 | 242 | 83 | 5 | 5 | 0 | 6 | 19 | 5 | 1 | 48 | 17 | .347 | .667 | .375 | 1.042 | |
2001 | 111 | 442 | 70 | 136 | 24 | 2 | 25 | 239 | 65 | 10 | 3 | 0 | 1 | 23 | 3 | 4 | 73 | 13 | .308 | .541 | .347 | .888 | |
2002 | 108 | 408 | 67 | 128 | 32 | 2 | 19 | 221 | 60 | 5 | 4 | 1 | 4 | 25 | 2 | 2 | 71 | 13 | .314 | .542 | .353 | .895 | |
2003 | FLA | 144 | 511 | 90 | 152 | 36 | 3 | 16 | 242 | 85 | 10 | 6 | 1 | 5 | 55 | 6 | 6 | 92 | 18 | .297 | .474 | .369 | .843 |
2004 | DET | 135 | 527 | 72 | 176 | 32 | 2 | 19 | 269 | 86 | 7 | 4 | 0 | 4 | 41 | 6 | 3 | 91 | 15 | .334 | .510 | .383 | .893 |
2005 | 129 | 504 | 71 | 139 | 33 | 5 | 14 | 224 | 50 | 7 | 3 | 1 | 7 | 11 | 2 | 2 | 93 | 19 | .276 | .444 | .290 | .734 | |
2006 | 136 | 547 | 74 | 164 | 28 | 4 | 13 | 239 | 69 | 8 | 3 | 4 | 2 | 26 | 4 | 1 | 86 | 16 | .300 | .437 | .332 | .769 | |
2007 | 129 | 502 | 50 | 141 | 31 | 3 | 11 | 211 | 63 | 2 | 2 | 1 | 2 | 9 | 1 | 1 | 96 | 16 | .281 | .420 | .294 | .714 | |
通算 | 17年 | 2152 | 8247 | 1209 | 2495 | 504 | 45 | 288 | 3953 | 1182 | 114 | 58 | 23 | 67 | 446 | 61 | 52 | 1221 | 271 | .303 | .479 | .340 | .819 |
- 数字は2007年までのもの。太字はリーグ1位。
[編集] 脚注
- ^ a b オールスターで共演!イチローも認める強肩ロドリゲスとは? 2008年1月15日閲覧.
- ^ June 21, 1991 Texas Rangers at Chicago White Sox Box Score and Play by Play - Baseball-Reference.com 2008年1月15日閲覧.
- ^ "Career biography (1996)" 2008-1-15閲覧.
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
獲得タイトル・記録 | |||||||||
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投手 | 52 デニー・ボーティスタ / 62 フランシス・ベルトラン / 38 ジェレミー・ボンダーマン / 43 エディ・ボナイン / 34 フレディ・ドルシ / 49 ケイシー・フォッサム / 58 アーマンド・ガララーガ / 59 トッド・ジョーンズ / 45 アキリノ・ロペス / -- マカイ・マクブライド / 31 ザック・マイナー / 48 リック・ポルセロ / 50 クレイ・ラパダ / 29 ネイト・ロバートソン / 56 フェルナンド・ロドニー / 37 ケニー・ロジャース / 44 ボビー・シー / 32 バージル・バスケス / 35 ジャスティン・バーランダー / 21 ドントレル・ウィリス / 54 ジョエル・ズマヤ |
捕手 | 7 イバン・ロドリゲス / 13 バンス・ウィルソン |
内野手 | 24 ミゲル・カブレラ / 9 カルロス・ギーエン / 46 マイケル・ホリモン / 15 ブランドン・インジ / 19 ジェフ・レリッシュ / 14 プラシド・ポランコ / 8 エドガー・レンテリア / 39 ラモン・サンティアゴ |
外野手 | 27 ブレント・クリーブレン / 28 カーティス・グランダーソン / 20 マット・ジョイス / 30 マグリオ・オルドニェス / 25 ライアン・レイバーン / 33 マーカス・テームズ / 36 クリート・トーマス |
指名打者 | 3 ゲイリー・シェフィールド |
監督・コーチ | 10 ジム・リーランド(監督) / 17 ラファエル・ベリアード(内野コーチ) / 55 チャック・ヘルナンデス(投手コーチ) / 51 ジェフ・ジョーンズ(ブルペンコーチ) / 22 ジーン・ラモント(三塁コーチ) / 12 ロイド・マクレドン(打撃コーチ) / 18 アンディ・バンスライク(一塁コーチ) |
公式サイト(英語)より 40人ロースター 監督・コーチ一覧 2008年6月14日更新 |
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1 ルイス・カスティーヨ / 7 イバン・ロドリゲス / 9 フアン・ピエール / 11 アレックス・ゴンザレス / 14 トッド・ホランズワース / 18 ジェフ・コーナイン / 19 マイク・ローウェル / 20 ミゲル・カブレラ / 21 ジョシュ・ベケット / 25 デレク・リー / 31 ブラッド・ペニー / 35 ドントレル・ウィリス / 38 リック・ヘリング / 41 ブレイデン・ルーパー / 43 フアン・エンカルナシオン / 45 カール・パバーノ / 49 チャド・フォックス / 52 マイク・レッドモンド / 55 マーク・レッドマン / 74 ウーゲット・ウービナ 監督 15 ジャック・マッキオン |