りあるキッズ
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りあるキッズは、安田善紀と長田融季によるお笑いコンビ。吉本興業大阪本部所属。1996年5月結成。
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[編集] プロフィール
- 奈良県橿原市出身。ボケ担当。立ち位置は左。血液型O型。身長178cm。体重47kg。
- 20歳になった頃から急激に声変わりが起こり声が低くなった。
- 極度のマイナス思考で、極度の怖がり。
- 関西大学社会学部在籍中。
- バイセクシャルであることを2008年5月17日放送(関東地区)のやりすぎコージーにてカミングアウトした。
- 大阪府大阪市出身。ツッコミ担当。立ち位置は右。血液型O型。
- だんじり祭に対する思い入れが深く、自らも祭りに参加している。
- 湘南乃風が大好きでジャマイカに行きたいと言っている。
- 阪神タイガースの熱烈なファンでもある。
- 昔から芸人をやっていて、ほとんど学校に行っていないため一般常識が全くなく、よく周りにいじられている。
[編集] 略歴
1996年11月、『輝く日本の星! ダウンタウンを創る』という番組に、安田はダブル関西、長田はアップダウンという別々のコンビで出演し、安田が未来の松本人志、長田が未来の浜田雅功として選ばれ、コンビ結成。その当時はまだ11歳だった。 同番組内で、1988年12月放送の『4時ですよ~だ』で当時3歳の長田が浜田雅功の顔そっくりさんとして出演していたことも明かしている。
1998年、長田が『岸和田少年愚連隊 望郷』に主演として抜擢される。番外編の『岸和田少年野球団』にも出演。
1998年、吉本興業に正式に所属。
1999年、『爆笑オンエアバトル』第1回に出場。記念すべきの第1回目の最初のオンエアとなる。ネタ名は「大阪と奈良」で471KBだった。二人はこの時13歳。 なお、2007年6月現在も史上最年少出場・オンエア記録を守り続けている。
2001年、NHKのドラマ愛の詩の『まぼろしのペンフレンド2001』に出演。
2003年、うめだ花月が再オープンし、常時出られる舞台を得る。
2003年、第3回M-1グランプリ決勝進出を果たす。正統派のしゃべくり漫才で高い評価を得るも、この年は高得点が続出し、600点を超えたにも関わらず5位に終わってしまう。その際島田洋七に「いとしこいしを超えた、めちゃくちゃおもしろい。」と絶賛された。
2004年、安田が2004年に関西大学社会学部にAO入試で入学。教員免許取得も目指している。
2006年、M-1グランプリへの最後の挑戦で準決勝まで進んだが、決勝には進めなかった。
[編集] 受賞歴
- 1999年 咲くやこの花賞 大賞演芸部門
- 1999年 第20回ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞
- 1999年 第34回上方漫才大賞 新人奨励賞
- 2000年 第30回上方漫才コンテスト 優秀賞
[編集] 特徴・エピソード
- 同期には品川庄司などがいる。
- 子供のときから正統派漫才をやっていたため年齢・外見からは想像できないほど安定感がある。
- 子供のときから芸人をやっているため年上の後輩芸人が多い。
- そのため後輩芸人は先輩なので敬語で話すが、彼らより売れている後輩からは本来年上ということもありタメ口や呼び捨てにされることも多い。(「やりすぎコージー」にて)
- 子供のときから漫才をやっていただけあって現在では見違えるほど声変わりしている。
- 20歳になるまではお酒を飲むことが出来ず、年上の後輩たちを飲み屋に連れて行っても、本人たちはコーラしか飲めなかったと先輩・後輩たちに暴露されている。
- 安田は2007年夏、栄養失調になって倒れた。
- 2004年にエンタの神様でネタの収録を行ったが、いまだに放送されていない。