HANS
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HANS(ハンズ)とは、「Head and Neck Support」の略で、四輪モータースポーツの世界において近年普及が進められている救命デバイスの一つ。日本では東急ハンズの略称と区別するためか、「ハンス」と発音されることもある。
構造としては、ヘルメットと首のサポーターを紐状のものでつなぐようになっており、首のサポーターの部分は肩から胸まで伸びていてシートベルトで上から押さえつけることで位置を固定する構造になっている。
[編集] 歴史
モータースポーツの世界では昔から、クラッシュ時の衝撃により頭部や頚椎部を損傷し死亡、あるいは一命を取り留めても半身不随等の障害が残るケースが多く見られた。その理由について近年研究が進んだ結果、体がシートベルトによりマシンに固定されているのに対し、頭部は固定されていないため、超高速でクラッシュすると慣性の法則により頭だけが激しく前のめりになることで首が伸び、頭をステアリング等にぶつけることで脳が損傷を受けたり、首が引っ張られることで頚椎部が損傷したりする、ということが明らかになった。
そこでヘルメットと首のサポーター部を伸縮性の低い紐などで結ぶことで、クラッシュ時に頭が前のめりになっても紐の制約により首が極端に伸びることが制限され、頭部や頚椎部の損傷を防げるのではないか、ということで開発されたのがHANSである。似たような狙いのデバイスとしてはエアバッグが有名だが、エアバッグは機構が複雑でありレーシングカーに組み込むのには向かないことに加え、頭部の損傷防止には効果が高いものの頚椎部の損傷防止には効果が薄い。これに対しHANSは構造がシンプルな上、頚椎部の損傷防止にも効果が高いことなどから、モータースポーツの世界ではHANSの方が救命効果が高いとされている。
HANS自体は1980年頃、当時ミシガン州立大学の教授だったRobert Hubbardによって発明されたとされる。1996年頃からは当時国際自動車連盟(FIA)の医療チームのトップだったシド・ワトキンスが中心になって改良が進められ、当初は米国のIRLやCARTなどを中心に普及が進んだ。(CARTでは2001年よりオーバルコースでのレースにおいてHANSの装着を義務化)
F1においても2003年より全ドライバーが装着を義務付けられている。またフォーミュラ・ニッポンでもドライバーの1人である道上龍が、自らが遭遇し重傷を負った2002年のクラッシュ(第2戦富士スピードウェイ)の経験から[1]、復帰後自ら進んでHANSを導入し、それを他のドライバーにも呼びかける形で多くのドライバーがHANSを装着するなど、クラッシュ時の衝撃が大きい上位カテゴリー、特にフォーミュラカーの世界で普及が進んでいる。また世界ラリー選手権(WRC)でも2005年よりHANS装着が義務化されている。NASCARでも2001年のデイトナ500でデイル・アーンハートが死亡した事故を契機にHANSの普及が進んだ。
- ^ 道上は2002年の富士においてクラッシュした際、静止時には絶対に頭部が届かないステアリング部分に頬骨を強打し骨折している。これはヒトの頚椎が一時的な衝撃により平常時よりも瞬間的に数十センチ伸びる現象のためである。
[編集] 問題点
HANSは紐でヘルメットとサポーターを結んで首の動きを一定の範囲内に制約することで安全を確保しているが、その副作用として左右を振り返って後方を確認することが難しくなるという問題があり、ドライバーの中には「視界が狭くなりかえって危険だ」として、今でもなおHANSの装着を嫌がる者も少なくない。なおそのようなクレームに対応する形で、最近は左右に首を振ることのできる角度を広げたツーリングカーレース用のHANSも存在している。
またHANSの登場初期の頃はサポーターの角度が合わない、シートベルトで押さえつける肩の部分の形状が合わない等の原因から、走行中の横GでHANSがずれて肩や首を痛めたなどといった問題も多く報告されていたが、最近はHANSの肩に当たる部分に最初からパッドがついたものが登場しているほか、サポーターの角度もオーダーメイドで変更できるようになり、HANSにより逆に体を痛めるといった例は大きく減少した。
あと残る大きな問題としては価格がある。HANSは基本的にオーダーメイドで製作される必要があるが(そうしないと前記の様にかえって体を痛める可能性がある)、そのため2005年現在では価格が1セットにつき安くても1000ドル程度する。さらにドライブ時の姿勢が異なる場合に備えて、実際にはHANSも複数セット用意しなくてはならない。しかし下位カテゴリーのドライバーにはこの出費が大きな負担となることから、下位カテゴリーでのHANS普及のためにはさらなる低価格化が必要だと指摘する声が多い。