高度好塩菌
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?高度好塩菌 | |||||||||
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Halobacterium salinarum NRC-1 |
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分類 | |||||||||
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学名 | |||||||||
Halobacteria Grant et al. 2002 | |||||||||
和名 | |||||||||
高度好塩菌 | |||||||||
英名 | |||||||||
Haloarchaea | |||||||||
目(科) | |||||||||
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高度好塩菌(こうどこうえんきん、ハロバクテリア)とは、ユリアーキオータ門ハロバクテリウム綱に属す古細菌の総称。いずれも増殖に高い塩化ナトリウム (NaCl) 濃度を要求する。高度好塩古細菌やハロアーキア (Haloarchaea) と呼ぶこともある。
広義の高度好塩菌には、上記に加え、至適増殖塩化ナトリウム (NaCl) 濃度が2.5–5.2M(高度好塩性)の古細菌・真正細菌全てを含む。しかし、これらはいずれもメタン菌や光合成細菌(真正細菌)であり、系統関係上高度好塩菌には含まれない。発見種も僅かである。好塩菌参照。
目次 |
[編集] 概要
高度好塩菌は塩湖や塩田など高塩環境を好んで生育する生物で、古細菌の主要なグループの一つである。2008年5月現在、学名として正式に発表されているものは1科27属93種である。アメリカ合衆国のグレートソルトレイクの様な塩湖、塩田や海岸の砂、岩塩などから分離される。
性質としては何れも偏性好気性の常温菌(一部は弱い好熱菌)で、アミノ酸などを基質とする化学合成又は光合成従属栄養生物である。高温培養器や嫌気性菌培養機器などが必要ないため古細菌の中では比較的研究対象にしやすく、Halobacterium salinarum NRC-1は古細菌のモデル生物の一つとして知られている。分離も古細菌の中では最も早く、1922年には既にPseudomonus salinaria(後のHalobacterium salinarum)の分離に成功している。
また、多くの高度好塩菌は光合成をするために膜にバクテリオロドプシンという光合成色素を持つ。この色素は光エネルギーを直接水素イオン濃度勾配に変換するという働きを持っており、真正細菌や真核生物が行う光合成とは機構も起源も異なる高度好塩菌独自のものである。
[編集] 名称に関する問題
高度好塩菌は一般的に古細菌ユリアーキオータ門ハロバクテリア綱に属する古細菌の総称であるが、そのほかにも何種か高度好塩性(至適生育NaCl濃度2.5 M以上)の古細菌、真正細菌が知られている。しかしながら高度好塩菌が90種知られているのに対し、これらの生物は僅か4種のみであること、系統樹を書いた場合ハロバクテリアとは系統的に非常に遠い結果が得られることにより、ハロバクテリアのみが「高度好塩菌」とされつつある。しかしながら、Haloferax属は増殖至適塩濃度から高度好塩菌よりは中度好塩菌の定義にあてはまる。
真正細菌において高度好塩性を示すのは以下の三種である。
- Actinopolyspora halophila
- Ecthiorhodosphira halophila
- Halobacteroides halobius
また、メタン菌である
- Methanohalbium evestigatum (至適増殖NaCl濃度4.3M)も高度好塩性を示す。
高度好塩性の真正細菌については高度好塩細菌と呼んで区別することもある。
[編集] 分布
高度好塩菌は成育に高濃度のNaClを要求することから、分離源としては飽和に近い高濃度のNaClを含む水系に生息している。具体的には塩湖、海岸の塩のこびりついた砂、天日塩田、岩塩鉱山、断層の岩塩層などが挙げられる。
塩湖についてはイスラエルの死海、アメリカ合衆国のグレートソルトレイク、アラル海などが挙げられる。また有名なもの以外にも内陸部の河川による淡水の流入の少ない湖などはこの様な環境を呈することがある。アフリカの大地溝帯や中国ではアルカリ性の塩湖が存在し、マガディ湖、ガール湖ではpHが10–11程度である。このような環境からは好アルカリ性高度好塩菌が分離される。上記のような塩湖は降水量の多い日本では存在し得ないため、国内のサンプルで分離を行なうには海岸にて高濃度に塩が濃縮された砂、観光用の天日塩田があげられる。
また岩塩鉱山の岩塩結晶内に高度好塩菌が生残していると言われている。その証拠としてNaCl結晶内に高度好塩菌を封入した場合、室温暗所で長期にわたって保存が利くと報告されている[1]。事実、イギリスの岩塩鉱より高度好塩菌が分離されているが、地上からのコンタミネーションでは無いかという指摘もなされている。
上記のような環境中からの 16S rRNA 遺伝子を用いたクローン解析により、難培養性の高度好塩菌が優占している可能性が示された[2]。高度好塩菌の分離は寒天培養によるコロニーに依存している現状だが、コロニー形成能のある高度好塩菌は環境中では少ない傾向にあると考えられている。また同様のクローン解析法により生育が難しいと考えられた森林土壌から高度好塩菌に分類されるクローンが得られた。このことは、高度好塩菌の分布に関する問題に波紋を投げかけている。
pHは通常7程度で分離できるが、好アルカリ性高度好塩菌はpH10程度にて生息している。Natronobacterium gregoryiは最高pH12にて生育が可能で、2001年に好アルカリ細菌Alkaliphilus transvaalensisが発見されるまでは最も好アルカリ性の強い生物であった。低温で増殖可能な高度好塩菌としては Halorubrum lacusprofundi の4°Cが最も低い。一方、高温側は弱い好熱菌(Haloarculaなど)はいるものの、他の古細菌に比べ好熱性は強くない。
[編集] 生理
高度好塩菌はカザミノ酸、酵母エキス、ペプトンなど有機物を炭素源する化学合成従属栄養(栄養的分類)を示す。また、最終電子受容体は酸素、即ち好気性を示す。したがって、高度好塩性を示す光合成細菌やメタン菌は好気性を示さないためにこのような理由からも高度好塩菌の範疇から外される。
ただし、高度好塩菌における嫌気条件下の増殖については幾つかの報告がなされている。例えば、ジメチルスルホキシド (DMSO)、トリメチルアミン N-オキシド (TMAO) といった基質を用いての嫌気呼吸が幾つかの高度好塩菌で観察されている。なお、これらを基質とする嫌気呼吸については未解明な部分が多い。また、Haloferax volcaniiではフマル酸呼吸が行なわれる(呼吸鎖複合体IIを参照)。
高度好塩菌は他種高度好塩菌の殺菌作用を持つハロシンと呼ばれるバクテリオシンを分泌する。Haloferax gibbonsii から精製されたハロシンH6はNa+/H+トランスポーター阻害剤である。また、生育に酸素および光(バクテリオロドプシン)を要求するため、浮力を得るためにガス胞を所持している。ガス胞内部は窒素ガスに満たされている。
また、高度好塩菌は従属栄養であるにもかかわらず、炭酸固定能力があることが知られている。Haloferax mediterranei および H. volcanii ではカルビン - ベンソン回路のキーエンザイムであるRubisCOの活性が確認されている。H. mediterranei においてはRubisCOの精製もなされている。
また、膜中にはバクテリオベルリンという赤色の色素を所持している。この色素の生理的な役割は不明だが、β-カロチンの1.5倍以上の抗酸化作用が測定されており、食品、薬品などへの応用に注目されている。
[編集] バクテリオロドプシン
高度好塩菌は化学合成従属栄養性を示すと上述したが、1971年にStoeckeniusらは、Halobacterium を酸素制限下に光照射して培養すると、その細胞膜上に「紫色の膜」(purple membrane, 紫膜)と呼ばれる特殊な膜構造を合成することを明らかにした。この紫膜は電子顕微鏡により通常の細胞膜部分から容易に識別が可能であり、培養の終期には高度好塩菌の膜面積の半分程度を占めることがわかった。
この膜は通常の古細菌脂質(エーテル型脂質)が50%(重量比)、バクテリオロドプシンというタンパク質が50%の割合で構成される。バクテリオロドプシンはヒトの視覚に関与するロドプシンと性質がよく似ていることからこの名前が付けられた。バクテリオロドプシンはレチナールを内部に配位したタンパク質であり、レチナールが光を吸収して紫色を呈することから紫膜と言う形で観察される。
レチナール分子が光吸収すると、オールトランス型から 13-cis 型に異性化し、この構造変化が引き金になって、バクテリオロドプシン内のアミノ酸残基(特にアスパラギン酸残基)の側鎖(カルボキシル基)のpKa値が変化して、プロトンが一方向(細胞内側から細胞外側へ)に輸送される。これによって、膜を介したプロトンの電気化学的ポテンシャル差が形成される。これを利用して、同じ膜上にあるプロトン輸送ATP合成酵素(A型のATPase)が、最終的にATPの合成を行なっている。したがって、高度好塩菌は酸素欠乏条件下においては光従属栄養的な生育が可能であるが、バクテリオロドプシンの補欠分子であるレチナールの生成には、酸素分子が必要なので、嫌気的な条件で連続的に生育する事はできない。
高度好塩菌がバクテリオロドプシンを獲得した可能性として、高度好塩菌が好気性を示す一方で、飽和に近い食塩水においては酸素溶解度が純水に比べて低いことが考えられる。このバクテリオロドプシン発現の制御は、バクテリオロドプシンアクティベーターと呼ばれるタンパク質(転写因子)によって行われている。紅色非硫黄細菌においても酸素欠乏下においてはバクテリオクロロフィルの合成が行なわれる。
バクテリオロドプシンの構造生物学的知見については当該記事を参照。
[編集] 分類
高度好塩性古細菌は16S rRNA遺伝子塩基配列による系統解析が行われる以前は、生息pH、菌の形状、低張液への耐性、糖脂質の種類などによって分類されていた。分類は整然としていたが、分子生物学的手法が用いられることにより、かつては6属と考えられていた分類が26属にまで増加し、分離株も多くなると同時に系統樹は複雑になっていった。2008年5月現在、学名として正式に発表されている高度好塩性古細菌は以下の93種である。International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiologyに発表されておらず、16S rRNA遺伝子塩基配列登録時に属種名が付けられているものがあるが、これは学名として正式なものではない。古細菌の命名法については国際細菌命名規約を参照のこと。
Archaea ドメイン
Euryarchaeota 門
- Halobacteria 綱
- Halobacteriales 目
- Halobacteriaceae 科
- Haladaptatus 属
- Haladaptatus paucihalophilus (Type species)
- Halalkalicoccus 属
- Halalkalicoccus jeotgali
- Halalkalicoccus tibetensis (Type species)
- Haloarcula 属
- Haloarcula amylolytica
- Haloarcula argentinensis
- Haloarcula hispanica
- Haloarcula japonica
- Haloarcula marismortui
- Haloarcula quadrata
- Haloarcula vallismortis (Type species)
- Halobacterium 属
- Halobacterium jilantaiense
- Halobacterium noricense
- “Halobacterium piscisalsi” (IJSEM in press)
- Halobacterium salinarum (Type species)
- Halobaculum 属
- Halobaculum gomorrense (Type species)
- Halobiforma 属
- Halobiforma haloterrestris (Type species)
- Halobiforma lacisalsi
- Halobiforma nitratireducens
- Halococcus 属
- Halococcus dombrowskii
- Halococcus hamelinensis
- Halococcus morrhuae (Type species)
- Halococcus qingdaonensis
- Halococcus saccharolyticus
- Halococcus salifodinae
- Halococcus thailandensis
- Haloferax 属
- Haloferax alexandrinus
- Haloferax denitrificans
- Haloferax elongans
- Haloferax gibbonsii
- Haloferax larsenii
- Haloferax lucentense
- Haloferax mediterranei
- Haloferax mucosum
- Haloferax prahovense
- Haloferax sulfurifontis
- Haloferax volcanii (Type species)
- Halogeometricum 属
- Halogeometricum borinquense (Type species)
- Halomicrobium 属
- “Halomicrobium katesii” (IJSEM in press)
- Halomicrobium mukohataei (Type species)
- Halopiger 属
- Halopiger xanaduensis (Type species)
- Haloplanus 属
- Haloplanus natans (Type species)
- Haloquadratum 属
- Haloquadratum walsbyi (Type species)
- Halorhabdus 属
- Halorhabdus tiamatea
- Halorhabdus utahensis (Type species)
- Halorubrum 属
- Halorubrum aidingense
- Halorubrum alkaliphilum
- Halorubrum arcis
- Halorubrum coriense
- “Halorubrum californiense” (IJSEM in press)
- Halorubrum distributum
- Halorubrum ejinorense
- Halorubrum ezzemoulense
- “Halorubrum kocurii” (IJSEM in press)
- Halorubrum lacusprofundi
- Halorubrum lipolyticum
- Halorubrum litoreum
- “Halorubrum luteum” (IJSEM in press)
- Halorubrum orientale
- Halorubrum saccharovorum (Type species)
- Halorubrum sodomense
- Halorubrum tebenquichense
- Halorubrum terrestre
- Halorubrum tibetense
- Halorubrum trapanicum
- Halorubrum vacuolatum
- Halorubrum xinjiangense
- Halosarcina 属
- Halosarcina pallida (Type species)
- Halosimplex 属
- Halosimplex carlsbadense (Type species)
- Halostagnicola 属
- Halostagnicola larsenii (Type species)
- Haloterrigena 属
- Haloterrigena hispanica
- Haloterrigena limicola
- Haloterrigena longa
- Haloterrigena saccharevitans
- “Haloterrigena salina” (IJSEM in press)
- Haloterrigena thermotolerans
- Haloterrigena turkmenica (Type species)
- Halovivax 属
- Halovivax asiaticus (Type species)
- Halovivax ruber
- Natrialba 属
- Natrialba aegyptia
- Natrialba asiatica (Type species)
- Natrialba chahannaoensis
- Natrialba hulunbeirensis
- Natrialba magadii
- Natrialba taiwanensis
- Natrinema 属
- Natrinema altunense
- Natrinema ejinorense
- “Natrinema garumense” (IJSEM in press)
- Natrinema pallidum
- Natrinema pellirubrum (Type species)
- Natrinema versiforme
- Natronobacterium 属
- Natronobacterium gregoryi (Type species)
- Natronococcus 属
- Natronococcus amylolyticus
- Natronococcus jeotgali
- Natronococcus occultus (Type species)
- Natronolimnobius 属
- Natronolimnobius baerhuensis (Type species)
- Natronolimnobius innermongolicus
- Natronomonas 属
- Natronomonas pharaonis (Type species)
- Natronorubrum 属
- Natronorubrum aibiense
- Natronorubrum bangense (Type species)
- Natronorubrum sulfidifaciens
- Natronorubrum tibetense
- Haladaptatus 属
- Halobacteriaceae 科
- Halobacteriales 目
[編集] 歴史
- 1596年 中国の李時珍『本草綱目』「食塩」の項に天日塩田が赤色を呈すると食塩の結晶が現れると言う記載がある。赤色を呈しているのはバクテリオルベリン、バクテリオロドプシンと思われる。
- 1880年 塩蔵した魚に赤色の斑点が現れるという報告が寄せられる(pink eye, ピンク・アイ)。
- 1922年 ピンク・アイ原因菌の分離がKennedyによってこころみられ、Pseudomonus salinaria という名称が与えられた(当時は真正細菌に含められた)。
- 1923年 微生物分類の大綱である Bergery manual の初版では高度好塩菌は Serratia 属とされた。
- 1925年 2版で再び Pseudomonus 属に戻される。
- 1939年 5版で Serratia 属に戻される。
- 1948年 6版で Pseudomonus、Flavobacterium 属に分けられる。
- 1957年 7版で桿菌は Pseudomanadaceae 科の Halobacterium 属、球菌は Micrococcaceae 科の Micrococcus 属、Sarcina 属に分けられる。
- 1974年 8版にてHalobacteriaceae 科が設置される。
[編集] 参考文献
- ^ Norton, C.F.; Grant, W.D. (1988). "Survival of Halobacteria within Fluid Inclusions in Salt Crystals." J. Gen. Microbiol. 134: 1365-1373.
- ^ Benlloch, S.; Martinez-Murcia, A.J., Rodriguez-Valera, F. (1995). "Sequencing and bacterial and archaeal 16S rRNA genes directly amplified from a hypersaline environment." Syst. Appl. Microbiol. 18: 574–581.