嫌気呼吸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
嫌気呼吸(けんきこきゅう)とは、最終電子受容体として酸素を用いない異化代謝系の総称である。アルコール発酵など発酵過程の代謝はすべて嫌気呼吸といってよい。ただし、好気呼吸に比べると極めて効率が悪く、生産するATPの量は格段に差がある。
また、狭義には解糖系のみを含む場合もあるが、微生物には多様な呼吸が存在するため微生物学では上記の広範な定義が選択される場合が多い。別名無気呼吸、嫌気的呼吸、無酸素呼吸など。
目次 |
[編集] 嫌気呼吸の種類
嫌気呼吸には以下の種類がある。
- 嫌気的解糖
- アルコール発酵
- 乳酸発酵
- 酢酸発酵
- 硝酸塩呼吸
- 硫酸塩呼吸
- 炭酸塩呼吸
- フマル酸塩呼吸→呼吸鎖複合体
- TMAO呼吸
- DMSO呼吸
etc.
解糖系を伴う、嫌気呼吸は特に嫌気的解糖(けんきてきかいとう)と言われており、これらの反応は好気呼吸を行う生物群が貧酸素状態となるとこの経路をとる場合が多い。ヒトも筋肉などが酸素欠乏となると乳酸発酵を行う。
[編集] 嫌気的解糖
嫌気的解糖とは無酸素状態時の解糖系の経路のこと。グルコースからピルビン酸まで分解し、その後電子伝達系などが停止している場合には、ピルビン酸から更にアルコールや乳酸などに分解を行う。その主たる目的は嫌気状態でもATPの生産を行うこと、また再び解糖系を稼動させるためにNADHの酸化を行うことにある。
なお、収支式は以下の通りである
なお、酢酸発酵はアルコールの酸化を伴う反応であり、NAD+の還元を伴う。収支式は以下の通り
アルコール発酵は酒類の生産に用いられている極めて我々の生活に深く関わる、有名な反応である。この反応は酵母で行われており、様々な酵母から種々の酒類が生産されている。乳酸発酵は上記にも述べたが、好気呼吸を行う動物群は一般的に行っている。筋肉痛と言う形でその反応を知ることができる。酢酸発酵は酢酸菌の行う反応であり、ほかの微生物群が生産する酢酸の反応系をさすものではない。やはり食酢の製造に関わっており、我々になじみの深い代謝系の一つと言える。
[編集] 硝酸塩呼吸
無機窒素化合物を用いる代謝系には異化的硝酸還元および同化的硝酸還元の二つが存在するが、硝酸塩呼吸とは前者を指す。すなわち、嫌気条件下で硝酸塩を最終電子受容体として用い、一酸化窒素、亜酸化窒素、窒素などを放出する代謝系である。別名、脱窒反応、脱窒ともいう。
硝酸塩呼吸は電子伝達系を用いる反応系であり、NADHの酸化を行ない電子をユビキノンに伝達し(呼吸鎖複合体I)、キノールの酸化を行ってシトクロムcを還元する(呼吸鎖複合体III)。この際プロトンポンプ機構およびスカラー反応によってプロトンが膜外に放出され、ATP合成酵素にてプロトン濃度勾配を用いてATPが合成される。還元型シトクロムcはその後呼吸鎖複合体IVによって酸化を受けず、硝酸塩呼吸に特有な酵素群の反応への電子供与体となる。
硝酸塩呼吸に特有な反応とは以下の反応である。
これらの反応はそれぞれ1.NAR(硝酸塩還元酵素)、2.NIR(亜硝酸塩還元酵素)3.NOR(一酸化窒素還元酵素)、4.N2OR(亜酸化窒素還元酵素)によって触媒される。なおこれらの酵素は膜タンパク質であり、金属イオンを含有する。このうち1.のみはシトクロムcではなくて呼吸鎖複合体IIIから直接電子を受け取る。こうした形で、電子伝達系が稼動することにより、好気呼吸鎖と同じ系が働くこととなるが、放出されるプロトンは好気呼吸鎖の約半分である。
[編集] 硫酸塩呼吸
硝酸塩呼吸と同様に硫酸塩還元も異化的、同化的に分類できるが、硫酸塩呼吸は前者を示す。すなわち嫌気条件下で硫酸イオン(SO4-)の還元を行ない最終的に硫化水素(H2S)を放出する系である。
硫酸塩呼吸は、電子伝達系を用いるが電子およびプロトン濃度勾配の供給をグルコースからではなく、水素から行う反応系を持っている。すなわち、プロトン濃度勾配形成の式は以下の通りである。
- H2 → 2H++2e-
この反応はヒドロゲナーゼによって触媒される。このプロトンがATP合成酵素を通過しATPの合成に使用される。そして電子は膜結合型シトクロムc3、電子伝達鎖、フェレドキシンを経てATPで活性化されたアデニリル硫酸(APS)および亜硫酸(SO3-)に電子伝達が行われ最終的に硫化水素まで還元される。
また、乳酸を還元しその電子を用いてプロトンの放出を行ない、水素生産型ヒドロゲナーゼに電子を受容して水素の生産を行う、と言う系も存在すると言われている。なお、硫酸塩呼吸を行う生物は、硫酸還元細菌(Desulfovibrio属など)及び硫酸還元古細菌(Archaeoglobus属など)のみである。
[編集] 炭酸塩呼吸
炭酸塩呼吸とは別名メタン発酵でよく知られる反応系であり、この反応系を持つのは古細菌であるメタン菌群およびArchaeoglobus属のみである。特異な酵素、補酵素群からなる反応系であり、メタン菌に類似のこの代謝系を持つ生物群は知られていない。二酸化炭素から水素、ギ酸、酢酸などの電子を用いて、最終的にメタンにまで還元する反応である。収支式は以下の通りである。
反応系の途中でプロトン濃度勾配およびナトリウムイオン濃度勾配を形成し、ATP合成酵素にてATPの生産に当てている。ナトリウムイオン濃度勾配は直接ATP合成に使用される場合もあるが、Na+-H+トランスポーターによってプロトン濃度勾配に変化できる。
[編集] 他の嫌気呼吸について
現在、様々な代謝系が真正細菌、古細菌から見つかってきている。代謝系の多様さは真核生物の比ではない。鉄細菌と呼ばれる、鉄を還元してエネルギーを得る系も存在し、TMAO(トリメチルアミンオキサイド)、DMSO(ジメチルスルフォキシド)といった有機化合物をエネルギー源にする生物群も存在する。これらの代謝系は未解明な部分が多い。
フマル酸呼吸は呼吸鎖複合体 IIで行われる嫌気呼吸であり、よく知られた代謝系である(呼吸鎖複合体を参照)。