関屋駅 (新潟県)
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関屋駅 | |
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駅舎南口(2007年1月撮影) |
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せきや - Sekiya | |
◄青山 (1.5km)
(1.5km) 白山►
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所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
所属路線 | ■ 越後線 |
キロ程 | 79.2km(柏崎起点) |
所在地 | 新潟県新潟市中央区関屋大川前二丁目 |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面2線 |
乗車人員 -統計年度- |
1,644人/日(降車客含まず) -2006年度- |
開業年月日 | 1913年(大正2年)11月15日 |
備考 | みどりの窓口 有 |
関屋駅(せきやえき)は、新潟県新潟市中央区関屋大川前二丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)越後線の駅。
目次 |
[編集] 駅構造
- のりば
南側から、
1 | ■越後線 | 内野・巻・吉田方面 |
2 | ■越後線 | 白山・新潟方面 |
- 駅舎にはみどりの窓口(有人改札兼用、営業時間:7時30分~18時50分)、自動券売機(2台)の他、待合室(改札内。自動販売機あり)、トイレ(改札内。多機能トイレあり)などがある。バリアフリー対策として、改札口正面には音声案内装置を備えた周辺地図が設置されている他、南北双方のエントランスとホームにはエレベーターと誘導チャイムが設置されている。尚、改札外にトイレはない。
- 自動改札機が3通路設置されており、全通路でSuicaが利用できる。
- 業務委託駅で、駅業務はジェイアール新潟ビジネスが受託している。
[編集] 利用状況
- 1日平均の乗車人員 1,644人(2006年度)
[編集] バス
駅前にはバス停はないが、南口から徒歩約5分の新潟第一高校前バス停と、北口から徒歩約5分の信濃町バス停から各方面への路線バスが運行されている。いずれも新潟交通と地域子会社の新潟交通観光バスの運行による。
- 新潟第一高校前バス停(南口徒歩約5分)
- フレンズ前(郊外方面)
- 620・622 大堀経由 内野営業所
- 621 大堀・文理高校前・槇尾経由 内野営業所
- 623 大堀経由 信楽園病院、(西区区バス)文理高校前・中野小屋経由 赤塚駅前
- 623系統の一部は信楽園病院から先、西区区バスとして運行
- 630 寺尾経由 内野営業所
- 631 寺尾経由 上新町
- 632 寺尾経由 信楽園病院
- 640 大堀経由 流通センター
- 641 大堀経由 流通センター・西警察署前
- 800 平島・ふるさと村経由 大野
- 802 平島・ときめき経由 大野
- 810 平島・ふるさと村・大野・大通経由 白根・潟東営業所
- 820 平島・ふるさと村・大野・味方経由 西白根・月潟
- 821 平島・ふるさと村・大野・味方経由 西白根・潟東営業所
- 830 平島・ふるさと村・大野経由 木場学校前
- 第一高校前(市内方面)
- 古町経由 新潟駅前(上述のうち下記を除く全系統)
- 622 千歳大橋経由 県庁前・美咲合同庁舎
- 624 【モーニングライナー】南高校前・笹出線経由 新潟駅南口
- 812 【モーニングライナー】学校町経由 新潟駅前
- フレンズ前(郊外方面)
- 信濃町バス停(北口徒歩約5分)
- 第四銀行前(青山・小針方面)
- 11・12 青山本村・小針二丁目経由 西部営業所
- 600・605 西小針経由 内野営業所
- 601 西小針経由 新潟大学前
- 602・606 西小針・新潟大学・五十嵐二ノ町経由 内野営業所
- 607 西小針経由 信楽園病院
- くすりのコダマ前(有明・五十嵐方面)
- 11A (西循環線)信濃町先回り・浜浦町経由 新潟駅前
- 610 有明経由 内野営業所
- 611 有明経由 五十嵐一ノ町
- 612 有明経由 信楽園病院
- ウオロク前(市内方面・郊外線のみ)
- 学校町・古町経由 新潟駅前(上述のうち下記を除く全系統)
- 605・606 千歳大橋経由 県庁前・美咲合同庁舎
- 608・614 【モーニングライナー】学校町・南高校前・笹出線経由 新潟駅南口
- ウオロク裏(市内方面・市内線のみ)
- 11・12A (西循環線)浜浦町先回り・学校町・古町経由 新潟駅前
- 第四銀行前(青山・小針方面)
[編集] 駅周辺
周辺は古くからの住宅地であるが、近年マンション建設も盛んに行われている。またかつては工業地区でもあり、駅南東側には以前、工業用潤滑油などを加工する歴世礦油の工場があり、越後線が貨物輸送を行っていた頃には引込線も設置されていた。しかし1996年、同社がプラスチック油化プラントの試験運用を行っていた際に火災事故が発生し、施設の一部を焼損した。既に工場周辺は宅地化が進んでいたことなどから同社は関屋での操業継続を断念、工場の機能は新潟西港に近い同市平和町(現東区平和町)に移転統合された(プラスチック油化はその後試験運用を経て、2000年から本格的に事業化されている)。歴世礦油から譲渡された跡地は商業地として開発され、関屋ショッピングセンターとなった。 なお、南口、北口ともにタクシーが常駐していないので、注意が必要である。
[編集] 南口側
数件の飲食店がある。
- 新潟県道139号関屋停車場線
- 新潟県道16号新潟亀田内野線
- 新潟第一中学校・高等学校
- 関屋ショッピングセンター
- 新潟交通旧東関屋駅
- 新潟県庁
[編集] 北口側
[編集] 歴史
- 1913年11月15日 - 越後鉄道の駅として開業。
- 1927年10月1日 - 越後鉄道が国有化。国鉄越後線となる。
- 1932年 - 先代駅舎竣工。当時の駅舎は南側にあった。
- 1943年11月1日 - 信越本線(貨物支線) 新潟~関屋間開業。
- 1951年6月25日 - 新潟~関屋間の旅客営業を開始。
- 1951年12月15日 - 新潟~関屋間を越後線に統合、関屋~白山間の旧線を廃止。
- 1982年11月5日 - 貨物扱い廃止。
- 1987年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本に移管。
- 2005年1月13日 - 自動改札機導入。
- 2005年12月4日- 橋上化工事に伴い、仮駅舎開設。
- 2006年1月21日 - 新潟都市圏でICカード「Suica」のサービスを開始。
- 2006年12月9日 - 橋上駅舎完成・供用開始、同時に北口新設。
[編集] 旧新潟競馬場
かつて北口側には新潟競馬場があった。1906年に開場し、週末には多くの人々が越後線を利用して来場していたといわれている。また駅周辺はかつて「競馬町」という通称で呼ばれていた。しかし信濃川の分水路として関屋分水路が開削されるにあたり、計画ルート上にある住宅等を移転させる必要が生じたため、旧競馬場は1964年に閉鎖され、翌1965年5月から当時の豊栄市笹山(現新潟市北区笹山)に移転。跡地は掘削地の代替住宅地として再開発され、周辺には競馬場そのものの痕跡は全く遺されていない。なお、信濃町地内にある関分公園内には「新潟競馬場跡の碑」が建立されている。
この“関屋”の名は、新潟競馬場開催の重賞レース「関屋記念」として遺されているが、関屋駅周辺にも僅かだが痕跡があり、西側(内野寄り)にある「競馬場踏切」「競馬町マーケット」などの名称が、この周辺にかつて競馬場があったことをひっそりと物語り続けている(但し競馬町マーケットは老朽化等により2007年6月30日をもって閉鎖、2008年2月に撤去)。
[編集] 東関屋駅
南口から南西へ徒歩約5分のところに新潟交通電車線の東関屋駅があった。現在は駅舎・駅施設とも既に撤去されており、跡地は市や民間に売却され、市営住宅(アパート)をはじめ福祉施設やマンションなどが建設された。
[編集] 橋上駅舎化
関屋駅はこれまで南側にしか駅舎がなかったため駅北側からは利用しにくく、また合理化のため夜間は駅舎が閉鎖となる(夕方の通勤時間帯を過ぎると駅舎は施錠・消灯されていた)など、利用者や周辺住民からは不評で、新潟市やJR東日本新潟支社には北口駅舎の開設や駅舎の橋上化を求める意見がしばしば寄せられていた。
市とJR新潟支社は2003年度から関屋駅の橋上化事業に着手。改築工事は2005年11月に着工した。2006年12月9日、橋上駅舎と自由通路が完成し供用を開始した。引き続き南北エントランス部に駅前広場を設ける工事を実施し、2007年夏に完工した。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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