竹信悦夫
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竹信 悦夫(たけのぶ えつお 1950年 - 2004年9月1日)は朝日新聞記者。都市伝説的知性の持ち主と謳われた。
兵庫県生まれ。小学生時代から神童と呼ばれ、灘中時代に卓抜な「小林秀雄論」を書き、ブレイク前の吉本隆明が発行していた雑誌『試行』も講読していた。竹信の教えに同級生の高橋源一郎は大きな影響を受けたという。灘高から東大に進み、文学部西洋史学科在学中、「現代詩手帖」新人賞に入選、寺山修司に絶賛された。また、友人の内田樹をレヴィナス研究に導いた。大学院入試に失敗して朝日新聞社に入り、東京本社社会部から外報部、シンガポール支局長、翻訳センター編集長などを経て編集局速報センター次長。2004年9月1日、休暇で家族とともに滞在していたマレーシア・ランカウィ島で遊泳中、心臓麻痺を起こし死亡。
著書に書評集『ワンコイン悦楽堂』(情報センター出版局、2005年)がある。 妻は朝日新聞記者の竹信三恵子。