宣戦布告 (小説)
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宣戦布告（せんせんふこく）は、1998年に麻生幾によって書かれたポリティカルサスペンス小説。自衛隊の治安出動における武器使用の問題点や、弱腰な政治家達のやり取りをリアルに描いた作品。
注意：以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
目次 |
[編集] 概要
北朝鮮による韓国への潜水艦侵入事件「江陵浸透事件」をモデルとし、『文藝春秋』1997年1月号にて「北朝鮮潜水艦敦賀湾に漂着す」を発表。これをもとに新たに書き下ろしたのが本誌である。麻生幾は本誌の執筆前に、日本政府の情報機能の構造的欠陥を取り上げた「情報、官邸に達せず」を発表しており、情報伝達や命令系統の不備など本作品にも通ずるものがある。
1998年の北朝鮮によるミサイル発射実験直前に発売され、非常にタイムリーな内容の本誌は、63万部を売り上げるベストセラー小説となった。
また、現行法での自衛隊出動、警察力の限界、有事法制などの法整備が手付かずの状態に対する警鐘などが高く評価されている。
[編集] あらすじ
福井県敦賀半島に国籍不明の潜水艦が座礁しているのが発見される。警察が内部を調査すると、射殺された乗組員の遺体や小銃やRPG-7、原発を映したビデオ等が発見され、潜水艦が北朝鮮のものと判明する。だが、危機管理に強い内閣を掲げる諸橋太郎総理大臣（映画では諸橋揆一郎）の下に情報が届くまで、半日を有してしまう。諸橋総理は警察力のみでこの事態を乗り切ろうと福井県警に事態解決を託すが、座礁現場近くで拘束した乗組員の証言から、完全武装した特殊部隊11名が上陸した事実を掴んでいた岡田警備部長は自衛隊出動を要請する。
しかし、憲法や自衛隊法に縛られ、政府も時期尚早との判断から特殊急襲部隊（SAT）の投入が決定する。当初は隊員の安全確保の為、射殺もやむなしとして県警本部は「射殺命令」を下したが、国民のコンセンサスがないとした総理の判断により、射殺命令を取り消されてしまう。
折りしも特殊部隊を発見した特殊急襲部隊だったが、命令取り消しから応戦できず、逆に先制攻撃を受け二名の犠牲者と多数の負傷者を出してしまう。宇佐美警察庁長官は警察力での事態収拾は不可能として、自衛隊出動を内閣に要請する。だが、「防衛出動」「治安出動」ともに法的な出動理由が確定できず、また外務省は外交問題へ発展する事を恐れ、他の閣僚も野党やマスコミなどからの追及や反応を理由に及び腰での議論が続く。
ついには民間人、日本国民の犠牲者が発生すると諸橋総理は自衛隊の治安出動命令を下す。いくつも乗り越えなければならない法的な問題を残したまま、第14普通科連隊は敦賀半島に派遣され、大規模な山狩り「はぎ作戦」を開始する事となった。対戦車ヘリや護衛艦をも投入し、半島の3分の2を制圧した自衛隊であったが、突如特殊部隊による奇襲を受け、小銃小隊に多くの死傷者を出してしまう。警察比例の原則や現行法では、自衛隊は反撃する事もままならなかったのである。一方、内閣情報調査室長の瀬川は日本国内に潜伏する大物工作員パク・アンリーに政府の情報が流れている事を掴み、行動を開始する。
特殊部隊と自衛隊との交戦が続く中、防衛庁は北朝鮮が戦闘準備に入ったとの情報を得る。
[編集] 映画
2002年（平成14年）にドキュメンタリー出身で「イコン伝説」（1992年）などを手がけた石侍露堂（せじ・ろどう）監督によって映画化され、東映の配給で全国劇場公開された。
[編集] ストーリー
200X年、福井県敦賀半島に北東人民共和国（架空の国）の潜水艦が座礁、完全武装した特殊部隊が上陸した。この事態に諸橋葵一郎首相は警察力のみで解決するため、SAT隊を投入するが、無反動砲（RPG-7）の攻撃を受け、二名の殉職者を出す。
警察力のみでの対処が難しい事から内閣は動揺するが、各閣僚の思惑や法解釈から自衛隊の出動は遅々として下されずにいた。しかし、民間人犠牲者が発見されると、諸橋首相はついに自衛隊出動に踏みきる。だが、現場の連隊司令部と防衛庁の対立や指揮・命令系統の不備、法解釈ギリギリの出動であったことから武器使用の合法的な解釈が行えず、反撃の許されない自衛隊は6名の犠牲者を出してしまう。
そんな中、自衛隊出動を日本の宣戦布告と受け取った北東人民共和国のフリゲートが日本領海に接近。そして核ミサイルが発射準備体制にはいったとの情報が飛び込んでくる。そして警察の秘めたる部隊が行動を起こす…。
[編集] スタッフ
- 製作：石侍露堂
- 監督：石侍露堂
- プロデュース：増田久雄、和田康作
- 脚本：石侍露堂・小松與志子
- 撮影：阪本善尚
[編集] キャスト
- 諸橋揆一郎（内閣総理大臣）：古谷一行
- 瀬川盛良（内閣情報調査室長）：夏八木勲
- 寺崎秀一（内閣総理大臣首席秘書官）：杉本哲太
- 篠塚義章（内閣官房長官）：佐藤慶
- 櫻田吉成（副総理・総務庁長官）：財津一郎
- 山ノ内二郎（防衛庁長官）：石田太郎
- 土橋修三（防衛庁事務次官）：鶴田忍
- 小池政明（外務大臣）：天田俊明
- 村尾悟（内閣総理大臣秘書官・外務省出向）：河原崎建三
- 岡田史郎（福井県警察本部警備部長）：小野武彦
- 龍崎猛（警察庁警備局長）：西田健
- 宇佐美一也（警察庁長官）：中田浩二
- 船山光雄（警視庁公安部長）：岡本富士太
- 堤孝保（警視庁SAT第一小隊長）：田中実
- 葉山克則（警視庁SAT中隊長）：土門廣
- 陣内（警視庁SAT隊員）：二橋進
- 本間昭彦（警視庁外事課警部）：深水三章
- 前原真一（陸上自衛隊第14普通科連隊長）：塩屋俊
- パク・アンリー（北東人民共和国・偵察局大佐）：夏木マリ
[編集] 撮影
本作の撮影には、防衛庁（当時）・自衛隊は協力を拒んだ。 作品の内容が「北朝鮮の特殊部隊（劇中では北東人民共和国と名称が変更されている）が原子力発電所への攻撃を企て、上陸する」というものであり、批判を恐れた為でもあったとされる。陸上自衛隊の迷彩服の下地を製造している業者までにも、協力を断るよう通達している程の徹底振りだったと言われている。※ただし、監督は後のインタビューで「協力をお願いしたが断られた。だが、朝目が覚めると枕元に迷彩服の下地が置いてあった。協力しないとはそういう事」とも述べている。
防衛庁・自衛隊からの協力が得られなかった事から、自衛隊の車両から迷彩服、ヘルメット、小銃などの装備一式に至るまですべて自前で用意・調達せねばならず、73式大型トラック、ジープや陸自迷彩服等を所有している一般の人々（主に軍事マニア）へも撮影の協力を求めた。当時は自衛隊員の装備類の小道具が戦国自衛隊（1979年12月公開）の物くらいしかなく（これにはスタッフも驚いたという）、迷彩服や防弾チョッキなどは手に入る資料などを参考に一から製作された。リアリティを出すため、この点には力が入れられ、空挺レンジャー部隊と普通科隊員の装備する小銃の違いから起こるサスペンダーの取り付け方や、マガジンポーチなどの違いをも忠実に再現している。銃器類（プロップガン）はキャロット社の89式5.56mm小銃やTOP社の64式7.62mm小銃、アサヒファイヤーアームズのミニミ軽機関銃などが用意され、発火ユニットなどの特殊効果はビッグショットが担当した。車両に関しては、前述の通りミリタリーマニアからの協力の他、高機動車役としてハンヴィーの民生仕様であるハマーが使用された。対戦車ヘリコプターコブラやB-2爆撃機の登場するシーンは、実際の演習映像などが使用された。イージス艦についてはアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦がみょうこうの代役で出演している。
北東人民共和国特殊部隊の装備や服装は、中国人民解放軍特殊部隊や映画「シュリ」に登場する北朝鮮特殊工作員のものをモデルとした。ただし、実際に上陸を試みるならば、民間人と区別が付きにくいよう戦闘服などは着る事はないという。
また、撮影許可の下りなかった首相官邸も忠実に再現したセットが製作されたが、試写会に訪れた国会議員は「よく官邸の撮影許可が下りたね」と、本物の官邸と間違えたとのいうエピソードがあった。危機管理センターは写真などが公となっていない事から、イージス艦のCICをイメージし、日本軍の大本営の資料を基にセットが組まれた。
なおこの時製作された装備品により、映画界で使用される自衛隊関係の装備・小道具が一気に更新され、後に製作された「戦国自衛隊 関ヶ原の戦い」や「最終兵器彼女」でも使用される事になる。
撮影場所については政治的理由による妨害等を恐れ極秘にされ、千葉県中央の山中や勝浦市守谷海岸などで撮影されたという。
撮影段階では、諸橋総理大臣は小泉純一郎をイメージしていたが、後に本当に内閣総理大臣になってしまった。
もし当時の防衛庁長官が防衛庁・自衛隊の民生協力に積極的な石破茂であったならば全面的な撮影協力を得られていた可能性が高い。しかし協力を得られたとしても北朝鮮にある程度のシンパシーを持つ人々にとっては「政府提供の軍国主義映画」として宣伝する格好の口実を与えていたであろう事は想像に難くない。事実、左翼団体や在日朝鮮人団体からは非常に警戒されていた作品であった。
[編集] スケジュール
撮影は2000年3月より開始され、5月にはクランクアップしたにもかかわらず、全国公開まで2年を有した。
[編集] 評価
実写の邦画作品としては国民にクライシスコントロールの重要性、有事法制不備及び意思決定の遅れによるリスクについて初めて警告を発した作品という意見もある（アニメにおいては『機動警察パトレイバー』の劇場版2作が存在し、平成金子『ガメラ』シリーズにおいては自衛隊のシステムが緊急事態において機能不全に陥る可能性を示していた）。テレビ番組「ビートたけしのTVタックル」では、北朝鮮や有事法制、現行法下での自衛隊の武器使用関連の資料映像として、何度か取り上げられた。しかし、興行成績は余りふるわなかった。
また、公開当時は2002年（平成14年）9月17日の日朝首脳会談（第1回）による北朝鮮の拉致認定や謝罪があった極めて微妙な時期であり、北朝鮮にある程度のシンパシーを持つ人々は会談のショックに加えて本作品の登場を非常に警戒していた。
原作では、相手の武装より強力な武器で反撃する事が出来ないという「警察比例の原則」の問題を表す為に登場したRPG-7やAH-1S コブラであったが、映画版においてはそれらの描写が殆どカットされ、ただ単に武器の使いどころを間違えている工作員と自衛隊（対戦車火器であるRPGを人間に向けて使用したり、原作では偵察目的で投入され、発砲がなかなか許されなかった対戦車ヘリを終盤攻撃だけに登場させるなど）となっているとする意見や、特殊急襲部隊襲撃の場面がとってつけたようなお涙頂戴シーンと言われるなど「エンタテインメントとして成立していない」と、非常に厳しい評価もある。
ただし、そうした評価を与えた映画評論は、本来与えるべきアクション映画または、政治スリラーとしての評価を与えていない。加えて、そうした評論は結論に映画にふさわしくない内容としており、表現の自由を標榜する映画評論家にしては非常に自由な評論を行っていると評価できるだろう。
一方で、劇中後半の小屋に逃げ込んだ特殊部隊と自衛隊との銃撃シーン、特に89式小銃やミニミ軽機関銃の排莢描写（薬莢が次々に吐き出されるシーン）は一部のファンからは高評価であった。また、M203擲弾発射器が取り付けられたり、M4カービンのものの様な銃床を有した89式小銃など、オリジナル武器も登場している。だが、弾倉が外れてもなお発砲を続ける64式小銃（DVDの特典映像でも確認できる）や、レンジャー投入の際に隊員を輸送していたCH-47が、次のカットではV-107になっていたりと、いくつかアラが見受けられる。
武器使用の法的根拠が不明瞭であるために、反撃が許されない自衛隊員達が無力にバタバタと殺される情景は、法の不備や意思決定の遅れの描写にリアリティを追求した結果であると言える。もともと、この小説は日本の意思決定の可笑しさ、平時においては準備をせず有事において其の不備を現場に押し付けている実態、死者数などの現実を見せられなくては意思を作ることの出来ない国家、国民の存在を示していた。其の点ではこの小説はミリタリーではなく政治スリラーである。加えて有事法制でどういったものが必要かを公表されていないにも拘らず具体的な状況とそれによる不具合を示していることから有能な防衛関係者が補佐していることが伺える。有事法制施行後、福島県で行われた自衛隊と警察合同の対テロ行動はこの小説と全く同じシチュエーションで行われており、この作品の現実との深いつながりを示している。
尚、小説としては珍しく実在の政党（自民党、自由党など）や実在の企業（セコムなど）が登場する。
[編集] 書誌情報
- 宣戦布告（上） 1998年3月25日初版発行 ISBN 4062086123
- 宣戦布告（下） 1998年4月24日初版発行 ISBN 4062091151
- 加筆完全版 宣戦布告（上） ISBN 9784062731119
- 加筆完全版 宣戦布告（下） ISBN 9784062731126
[編集] 出典・参考文献
- 月刊アームズ・マガジン ‐ 2002年11月号p28～p33
- DVD版「宣戦布告」
