大分交通別大線
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別大線(べつだいせん)は、かつて大分県大分市の大分駅前から別府市の亀川駅前までを、国道10号(別大国道)に沿って結んでいた大分交通の軌道線。通称別大電車。
九州初の路面電車として開業し、末期まで黒字であったが、バス・乗用車の発達に伴い別大国道の混雑が問題視されるようになり、大分県警の要請を受けて1972年(昭和47年)に廃線となった。
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[編集] 路線データ
1969年3月当時
[編集] 沿革
- 1896年(明治29年)8月5日 豊州電気鉄道設立
- 1900年(明治33年)5月10日 豊州電気鉄道により大分町(後、堀川)~別府町(後、別府桟橋)間開業
- 1901年(明治34年)11月29日 荷揚橋~堀川間開業
- 1902年(明治35年)4月15日 南新地(後、竹町)~荷揚橋間開業
- 1906年(明治39年)1月4日 豊後電気鉄道に組織変更
- 1916年(大正4年)4月1日 九州水力電気に合併し、同社路線となる
- 1917年(大正5年)7月7日 外堀~南新地間開業
- 1918年(大正6年)12月18日 大分駅前~外堀間開業(1919年2月24日説あり)
- 1921年(大正10年)4月1日 警察署前(後、官公街勧銀前)~新川間開業
- 1922年(大正11年)4月2日 新川~かんたん間開業。外堀~警察署前間複線化
- 1925年(大正14年)12月30日 警察署前~堀川~かんたん間の旧線廃止
- 1927年(昭和2年)7月1日 別府大分電鉄として分離独立
- 1929年(昭和4年)5月1日 別府桟橋前~境川間、北浜~別府駅前間開業。警察署前~かんたん間、東別府駅前~別府桟橋間複線化
- 1930年(昭和5年)12月1日 境川~亀川間開業(複線)
- 1938年(昭和8年)11月19日 両郡橋~東別府駅間複線化
- 1942年(昭和17年)3月3日 亀川~亀川駅前間開業(複線)
- 1945年(昭和20年)4月20日 交通統合により大分交通へ合併、同社の別大線となる
- 1956年(昭和31年)10月19日 北浜~別府駅前間廃止
- 1958年(昭和33年)2月25日 大分駅前~警察署前間線路移設
- 1961年(昭和36年)10月26日 仏崎付近で豪雨による土砂崩れのため電車205号が埋没。31人死亡
- 1966年(昭和41年)10月1日 一部車両(503~507号)をワンマン運転化
- 1968年(昭和43年)9月1日 大分市内線ワンマン運転化
- 1971年(昭和46年)2月 大分県警が大分交通に電車軌道の撤去を要請
- 1971年(昭和46年)12月 別大電車の廃止が決定
- 1972年(昭和47年)3月23日 大分交通労使が別大電車の廃止で合意
- 1972年(昭和47年)4月5日 全線廃止
[編集] 停留所一覧
1969年3月当時
- 大分駅前 - 竹町 - 官公街勧銀前 - 新川 - 浜町 - 春日浦 - 王子町 - 専売公社前 - 西大分 - かんたん[1] - 白木 - 仏崎(信号場) - 田ノ浦 - 別院前 - 両郡橋 - 東別府駅前 - 浜脇 - 永石通 - 別府桟橋 - 北浜 - 仲間通 - 富士見通 - 境川 - 餅ヶ浜 - 国際観光港 - 春木川 - 深町 - 六勝園 - 聖人ヶ浜 - 照波園前 - 弁天前 - 亀陽泉通 - 亀川 - 亀川駅前
1956年までは、北浜から分岐して別府駅までの支線も存在。
[編集] 接続路線
[編集] 車両
- 廃止時の在籍車両:33両
- 100型(101~116、半数は150型に改造され廃止時は102・104・105・106・107・110・111・115であった)
- 寸法11,887×3,087×2,336mm、自重14.2t、定員80(座席32)名、日車C系台車
- 150型(151・153・158・159・161・163・164・166、旧100型を改造し+50番を付けた))
- 寸法12,387×3,087×2,336mm、自重15.3t、定員80(座席32)名、日車C系台車
- 200型(201~204(205は事故廃車))
- 寸法12,920×3,788×2,300mm、自重17.6t、定員90(座席40)名、日立KL21B台車
- 300型(301~302)
- 寸法12,920×3,828×2,300mm、自重16.9t、定員90(座席42)名、東洋TK201台車
- 500型(501~502)
- 寸法12,920×3,894×2,300mm、自重17.0t、定員90(座席38)名、近車KD202台車
- 500型ワンマン車(503~507)
- 寸法12,920×3,894×2,300mm、自重17.2t、定員90(座席38)名、近車KD202台車
- 1000型連接車(1001AB)
- 寸法[9,250×2]×3,894×2,280mm、自重[10.9×2]t、定員140(座席56)名、川崎611AB台車
- 1100型永久連結車(1101AB~1102AB)
- 寸法25,600×3,894×2,280mm、自重33.2t、定員200(座席80)名、近車KD50台車(シュリーレン方式)
- 100型(101~116、半数は150型に改造され廃止時は102・104・105・106・107・110・111・115であった)
- それ以前の車両
- 旧1型(13両)
- 付随客車(5両)
- 新1型(10両?)
- 7580型(7581~7585(旧名古屋市電))
150型・200型・300型・500型は密着式連結器を備え、総括制御車であった。
100型以外は間接自動制御車。
[編集] 保存車
- 501号:大分市・西大分公園(2004年に解体)
- 502号:別府市・亀川浜田公園(1992年に解体)
- 506号:大分市・大分市立佐野植物公園に保存中、保存状態は良好。1996年まで若草公園に保存されていた。
また、大分交通本社には敷石とレールを使ったモニュメントがある。
[編集] 譲渡車
- 504・505号:岡山電気軌道3501・3502号となるが、1982年に車体更新され7201・7202号となる。
[編集] 脚注
[編集] 関連商品
- 書籍
- 写真集「郷愁の別大電車」 大分合同新聞 編 (大分合同新聞社・2005年)
- RMライブラリー85「大分交通別大線」 田尻弘行 著 (ネコ・パブリッシング・2007年)
- DVD
- 「さようなら別大電車」DVD 別府8ミリクラブ 撮影(吉永カメラ・2007年発売)※1972年製作、別府市北浜の吉永カメラでのみ販売中。