夜桜銀次事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』

夜桜銀次事件（よざくらぎんじじけん）とは、昭和36年（1961年）1月16日、三代目山口組石井組組員・平尾国人（通称：夜桜銀次）が、福岡県福岡市内のアパートで、久留米市の鳥巣組組員・小川靖敏と同組組員・平元新治に射殺された事件。山口組は、福岡市の宮本組の犯行と誤認し、250人の組員を福岡市に派遣した。

[編集] 事件の経緯　

昭和36年（1961年）10月、三代目山口組石井組（組長は石井一郎。本名は山川一郎。通称は別府のジャギ）組員・平尾国人（通称：夜桜銀次）は、福岡県福岡市東中洲の山口組伊豆組・伊豆健児組長の預かりとなり、博多に移った。平尾国人は、伊豆健児が用意した、福岡市下祇園町の「博多アパート」302号室に住んだ。

福岡県嘉穂郡二瀬町の炭鉱経営者・松岡福利は、知り合いだった平尾国人が神戸市に潜伏していたころ、平尾の口利きで、金融業者から7000万円を借りることができた。平尾は、福岡市に戻ると、松岡から斡旋料700万円を受け取った。その後、平尾は、松岡から金をせびり取るようになった。

同年10月20日、博多の住吉一家（総長は住吉鹿之助）幹部・鷹木末雄が、鷹木の子分の宮本組・宮本勝組長宅で賭場を開いた。平尾国人は、賭場で宮本勝を殴打し、2丁のコルト回転式38口径で威嚇射撃をしながら、賭場から去った。宮本勝は、八幡市の鷹木末雄宅を訪れて、平尾国人をどうするか相談した。鷹木は、平尾が山口組の鉄砲玉だと主張し、平尾に報復しないように命じた。

同年10月21日朝、宮本勝は、宮本組組員に、平尾国人への報復を行わないことを伝えた。同日、伊豆健児は、平尾が宮本勝を殴打し、拳銃を発砲したことを知らされた。伊豆は、平尾に、福岡市から逃げるように忠告したが、平尾は伊豆の忠告を無視した。

昭和37年（1962年）1月1日、平尾国人は、松岡福利に100万円を要求した。松岡は50万円を払い、後日残り50万円を届けると約束した。

同年1月16日、「博多アパート」302号室で、平尾国人は、松岡福利が雇った久留米市の鳥巣組組員・小川靖敏と同組組員・平元新治の2人に、4発の銃弾を受けて射殺された。伊豆健児は、山口組・田岡一雄組長と別府の石井一郎に、平尾の死を伝えた。石井一郎は、10人の石井組組員を連れて、すぐに福岡市伊豆組事務所に入った。田岡一雄は、山口組若頭・地道行雄、山口組若衆・山本健一（後の三代目山口組若頭）、山口組若衆・山本広（後の一和会会長）を呼び、対策を協議した。田岡は、事実関係を確かめるために、山本広を福岡市に送った。

その後、伊豆組を見張っていた大島一家（宮本組とは兄弟分。住吉一家幹部・鷹木末雄の舎弟）組員と、伊豆組組員が喧嘩になった。伊豆健児は、大島一家・宮本組が手を組んで、自分たちを狙っているものだと判断した。山本広は、伊豆健児と石井一郎と話し合い、平尾国人を殺害したのは宮本組だと判断し、地道行雄に電話で報告した。山口組は、平尾国人殺害を宮本組の報復と判断した。田岡一雄は、企業舎弟である神戸市の船内荷役会社から、2000万円を調達し、戦費に当てた。

同年2月、中間市の大野組・大野留吉組長が、伊豆組・石井組と宮本組・大島一家の仲裁に乗り出し、石井一郎に手打ちを打診してきた^[1]。

同年2月6日、中間市の大野留吉宅で、大野と山本広、伊豆健児、石井一郎が話し合った。山本広たちと大野留吉の調停は決裂した。八幡市の住吉一家、中間市の大野組は、宮本組と大島一家を応援することを決めた。

同日、山本広、伊豆健児、石井一郎は、関西汽船「くれない丸」に乗って、神戸市に向かった。

同年2月7日朝、地道行雄、山本健一、安原政雄（前山口組若頭）が、神戸港で、山本広らを迎えた。その後、全員が地道組（組長は地道行雄）事務所で、今後の方針を話し合った。福岡市に山口組組員を動員すること、現地の指揮を山本健一が執ることが決まった。

同日夜、山口組は、石井組と伊豆組を応援するために、「平尾国人の葬儀参加」を名目として、三宮・神戸・明石・加古川・姫路から250人の応援部隊を、それぞれ夜行列車「霧島」・「日向」・「高千穂」に乗せて博多に送った。姫路市の竹中正久（後の四代目山口組組長）は、弟の竹中武（後の四代目山口組若頭補佐）ら9人の竹中組組員を連れて、姫路の湊組（組長は田岡一雄の舎弟の湊芳治）組員、姫路の渋谷組（組長は田岡一雄の舎弟の渋谷文男）組員とともに、姫路9時45分発寝台専用列車「日向」に乗って、福岡市に向かった。

同年2月8日早朝、福岡県警は、山口組の動きを掴み、258人の警官を動員して、博多駅前で検問体制を敷いて、山口組組員を待ち構えた。山本健一は、小倉駅で、福岡県警の検問を知った。山本健一は、一部の組員に、持参した武器を全部持たせて、博多駅の1駅前で下車させた。同日午前7時、博多駅で下車した山口組組員は、福岡県警の検問を通過した。

動員された山口組組員は、数組ごとに分かれて、福岡市柳町の「河合旅館」や「松屋旅館」などに宿泊した。山本健一は「松屋旅館」に入り、伊豆組幹部たちと作戦を練り、同年2月8日午後10時に、宮本組と大島一家を襲撃することを決めた。

同日午後、福岡市東中洲で、福岡警察署の警官が、伊豆組・石井組の応援に来ていた山口組中西会会員・上田実を銃刀法違反と拳銃不法所持で逮捕した。福岡県警本部長・水野唯一郎は、凶器準備集合罪を適用して、山口組組員を逮捕することを決断した。

同日午後6時30分、福岡市中洲一帯が停電した。福岡県警は、武装警官600人を、山口組組員の宿泊する旅館と伊豆組事務所に出動させた。同日午後8時ごろ、福岡県警武装警官は、停電を利用して、山口組の宿泊していた旅館に踏み込み、凶器準備集合罪で、山本健一、伊豆健児ら山口組組員を逮捕した。竹中正久だけは、警官を、竹中組に割り当てられていた部屋に入れずに、逮捕状の提示を求めた。福岡県警本部刑事課長が、竹中正久を説得した。

同年2月9日午前1時、警官隊は、説得に応じない竹中正久、竹中武ら竹中組組員10人を逮捕した。この日、福岡県警は山口組組員86人を逮捕し、短銃11丁・実弾82発、短刀5本、8連発ライフル銃6丁、15連発カービン銃2丁・実弾200発、日本刀8本、脇差3本を押収した。最終的な山口組の検挙者数は105人に上った。石井一郎は福岡県警を振り切って逃亡したために、指名手配された。

同年2月10日、山口組は、検挙された山口組組員1人づつに、シャツ2枚と5000円を差し入れした。

同年2月11日、福岡県警は、検挙者を筑紫野市、前原市、久留米市などの分散留置した。竹中正久は、容疑を否認した。

同年2月17日、宮崎県延岡市で、石井一郎は逮捕された。

同年3月3日午後5時、否認を続ける竹中正久は、警察から「竹中組から責任者を出せば、他の竹中組組員を釈放する。応じなければ、竹中組10人全員を起訴する」と言われた。竹中正久は、竹中組の凶器準備集合罪の責任を1人で取り福岡拘置所に拘留された。それから、竹中は、取り調べの検事を恫喝して、独居房に入れられた。

その後、平尾国人殺害容疑で、小川靖敏と平元新治が逮捕された。博多警察署は、小川と平元の自供により、鳥巣組・鳥巣信三組長と鳥巣信三の弟・鳥巣良三を殺人教唆で逮捕した。翌日、鳥巣信三・良三兄弟は、松岡福利から、平尾国人の殺害を依頼されたことを供述した。松岡は、鳥巣兄弟に50万円を支払って平尾の殺害を依頼し、鳥巣兄弟は5万円で小川と平元に殺害を命じていた。

同年3月15日、福岡県北九州市小倉延命寺の旅館「潮風園」で、山口組と宮本組・大島組・住吉一家・大野組の手打ち式が行われた。山口組側からは、山口組舎弟頭・松本一美と菅谷組・菅谷政雄組長（後の山口組若頭補佐）が出席した。仲裁人は、西宮市の竹田組・竹田辰一組長だった。